Пікірлер
@菊地一樹-h6n
@菊地一樹-h6n 7 күн бұрын
ウィルソンは、ハウス大佐のワンちゃんね。サミュエル・ウンターマイヤーの猫ちゃん。 ハーディングはよくやったよ。
@AquaLight-1
@AquaLight-1 13 күн бұрын
大衆文化の成り立ちが本当にわかりやすくて、理解できました 非常に助かります ありがとうございます
@ki6oh
@ki6oh 17 күн бұрын
15:54 この図分かりやすすぎる
@ki6oh
@ki6oh 17 күн бұрын
スライド見やすいし、口頭での補足がとくにわかりやすいです。めっちゃ助かります。
@user-yb8ni7xj1o
@user-yb8ni7xj1o 28 күн бұрын
最高にわかりやすいです!!!!
@rx7752
@rx7752 Ай бұрын
この投稿主、天皇の回し者だな
@minamisuzuki5175
@minamisuzuki5175 2 ай бұрын
動画を拝見しました。こちらの動画作成はどのようなソフトを使っているのか教えていただけないでしょうか。
@bsieokn
@bsieokn 2 ай бұрын
まとまっていてわかりやすく助かります😭
@chie5213
@chie5213 2 ай бұрын
もうめちゃくちゃ分かりやすいです ありがとうございます
@りり-w3z
@りり-w3z 2 ай бұрын
わかりやすい🤍🤍
@なないち-j6g
@なないち-j6g 3 ай бұрын
高橋是清が暗殺されるのはニ・ニ六事件ですよね。
@Ama_iseki_park
@Ama_iseki_park 3 ай бұрын
絵もAIが描いたの?
@twice_love_4155
@twice_love_4155 3 ай бұрын
わかりやすい!
@looka_tme
@looka_tme 4 ай бұрын
とってもわかりやすいです! 助かりましたありがとうございます
@study__nako07
@study__nako07 4 ай бұрын
まじでわかりやすすぎます感謝です😿
@katsutoretv
@katsutoretv 5 ай бұрын
めちゃくちゃ明るい歌詞になってしまいました ロシア革命の光と影 詳しくみたい人は解説動画を
@宮野靖彦
@宮野靖彦 5 ай бұрын
まるでGHQが良い事をしているような説明だな
@じろーじろ-x8x
@じろーじろ-x8x 25 күн бұрын
まあ俺らの国は負けたんやし潔く従おうや
@shinonome_akatsuki
@shinonome_akatsuki 5 ай бұрын
とてもわかりやすかったです!学校の授業で荘園で苦戦してたので助かりました!
@user-yb8ni7xj1o
@user-yb8ni7xj1o 6 ай бұрын
ほんとうにありがとうございます😭何で田畑とかの法令が出たのか理由がよく分かってなかったので、助かりました!これからも動画使わせていただきます🥹❗️🥰
@zen-chan9732
@zen-chan9732 6 ай бұрын
ここでいうヤマト政権とはどういった人達の事を指してるので?蘇我氏や物部氏なんかの中央豪族の事ですか? あと、ここでいう豪族とは地方の豪族の事ですか? そこらへんの説明も欲しかったですね。
@としちゃん-p5d
@としちゃん-p5d 6 ай бұрын
歴史の検証に、下記の本を紹介させて下さい 国会図書館等にある朝日の戦前戦中の報道を検証した真実です 「朝日新聞が報道した「日韓併合」の真実    韓国が主張する「七奪」は日本の「七恩」だった 」 水間 政憲 (著)、2010年7月発行 1910年の「日韓併合」から100年。35年に及ぶ朝鮮総督府による韓国統治については、日本の敗戦による半島支配が終わってからすでに65年たつ今日でも、植民地支配によって搾取、収奪が行われたという韓国からの批判が続いている。 「創氏改名」「慰安婦」「土地収奪」「強制連行」などの「七奪」がその象徴としてよく指摘される。   しかし、日本による「日韓併合」は本当に帝国主義的な植民地支配だったのだろうか。 日本による「半島支配」とは具体的にいかなるものであったのか。 本書は、戦前の朝日新聞の膨大な記事資料を発掘、渉猟し、「日韓併合」の実相に迫る試みである。   本書に掲載された戦前の朝日新聞の記事を読み進めれば、日本が韓国を近代化するために涙ぐましいまでの努力をしていたかが、よく伝わってくる。日本の半島経営は、韓国が主張する「七奪」とはかけはなれたものであったことが、実感としてよくわかってくるのである。  戦前の日本はすべて悪いとする戦後の歴史教育の歪みが、多くの日本人の歴史観をきわめていびつなものにしてきた。 そのため、韓国が主張する「日帝」の苛烈な植民地支配というイメージが日本人のなかにも固定化している。 しかし、「大日本帝国下の朝鮮半島」の日常生活を生き生きと描き出した朝日の報道を読めば、そのような戦後史観がいかに間違った歴史の見方であるかがひと目で理解できるはずだ。 以上はAmazonでの著書の紹介文です 朝日の現地特派員が内地(日本国内)へ朝鮮半島の飛躍的発展を報道しています しかし、朝日はそれを国民に知らしめるどころか 嘘の慰安婦問題を捏造して(誤報としているが)います 若者は、日本国民は、朝日を許すな 本当の歴史は、・・・併合は1910~1945 学校は両班向け40校程度を1000校(捉える期間で5000校とするサイトもあるが)、大学まで 病院・警察・裁判所・登記所・鉄道・水路・耕地整理・発電・植林・肥料農薬の製造、銀行・ホテル等 発電用ダムは、鴨緑江に作った水豊ダムは60万KWで、日本の黒部ダム33万KWの2倍近いものです 京城(現ソウル)帝大は、大阪・名古屋帝大よりも前に作った 李朝末期には、徴税制度の不備と両班の中途搾取で王宮に金がなくて宮殿はボロボロでした 両班(官僚貴族で文官・武官の意味)の略奪が国民を苦しめていた また国民の30%が奴婢(奴隷)で農奴・妓生・下等職人・火田民(焼き畑する流浪難民)など 併合で、両班と奴婢制度を無くして、国民を両班(地主・領主・代官)から解放した  登記所制度をもって、両班から農奴・農民への実質的な農地解放を行った
@lecture-notes
@lecture-notes 6 ай бұрын
いつも分かりやすい動画、ありがとうございます! 官位相当制についての質問なのですが、位階より下の官職に就くことは問題ないのでしょうか? 例えば、東寺百合文書の「鹿子木荘」に登場する藤原実政は、位階が従二位であるのに、官職は大宰大弐(正五位上が相当)と記載されています。 これが例外的なのか、よくある話だったのかが気になっています。
@katsutoretv
@katsutoretv 6 ай бұрын
律令下では「行守」というしくみがありました。官職が高く位階が低いときは、位階と官職の間に「守」の字を入れて名前を記します。逆に官職が低く位階が高いときは、位階と官職の間に「行」の字を入れます。そうした制度がさだめられていることから位階と官職が相当していないことはそう珍しいことではなかったと推察されます。日本では上級貴族が上位の官職を独占する閉鎖的な任用があったため、位階だけが高くなってしまい、位階より下の官職に就く「行」が主流で、「守」はあまりなかったようです。 コメントでご指摘の大宰大弐も「行」になると思いますが、大宰大弐は大宰権帥と同じように大宰府の実質的な長官になっていくので、見かけ上の位階よりも重みがあったはずです。平清盛も任命されているくらいですし(遙任だったようですが)。なので「行」といっても位階との違和感は他のものよりも当時の人は感じなかったのでは?
@lecture-notes
@lecture-notes 6 ай бұрын
@@katsutoretv  なるほど! 蔭位の制と相まって「上級貴族の数 > 相当する官職」の状況が起きやすくなり、その解決法の1つとして「行」という仕組みがある、ということですね。 ある意味、官僚の天下りの元祖みたいなものでしょうかw とても良くわかりました。お忙しい中、非常に丁寧な解説、ありがとうございました!
@nhdj964
@nhdj964 7 ай бұрын
歴史めっちゃ楽しすぎて今日ずっとやってます!役立ちました。ありがとうございます
@su-jt2gu
@su-jt2gu 7 ай бұрын
長くて申し訳ないです、 山川の教科書に、「国司は田所・税所などの国衙の行政機構を整え、代官として派遣した目代の指揮のもとで、在庁官人に実務を行わせた。これに応じて、在庁官人や郡司らは、武士として公領を自らの領地のように管理し、荘園領主に寄進したため、かつての律令制度のもとで、国郡里など上下の区分で構成されていたものが、荘園と公領が並立する体制へと変化していった。」とあるのですが「公領を自らの領地のように管理し、荘園領主に寄進した」というところがよくわかりません、公領なのに寄進!?って感じなのと、後もう一つ、そのことによって荘園公領制へは変化していったという因果も掴めてません。簡単にでいいので教えて頂けたらと思います。
@katsutoretv
@katsutoretv 7 ай бұрын
国司は地域で税を集めるため地方で顔がきく在地有力者を在庁官人にして、公領の税集めを行う郡司・郷司・保司の役目を任せていきます。国司が現地に行かなくなる地域では、国司らに代わって現地の行政を取り仕切るようになります。 しかし彼ら在庁官人はもともと現地の有力者であり、国司と主従関係になったわけではありません。国司とズブズブの関係で現地の支配を強めていければ国司のもとで動いていきますが、国司の統治が自分の現地支配に合わないものだった場合、国司に従っても旨みがないので反発することがあります。(例えば自分の支配下の武士などを国司が圧迫した時などはそうした武士からの突き上げがあります) 在庁官人である有力者は郡司・郷司・保司として公領を支配しているのですが、もともと自分が開発した土地などを公領に編入した場合があったりして、国司から郡司に任命してもらったなんていう恩義はありませんし、もともと自分の土地だったっていう意識が強いので当然自分の私領のように管理します。そうしたなかで国司との関係が悪くなると、郡司をクビになるかもしれませんし、そうすると自分の土地だった公領を手放さなければならなくなります。そこで、土地を守るための2つ目の方法「寄進」を行うようになります。土地を守ろうと在庁官人のまま公然と寄進していくのでややこしいんですね。 公領はこれまで班田が行われて50戸ごとに里長が集めて郡司が集めて国司に納めるっていう縦の(上下の)構造でしたが、12世紀ごろの公領は班田などは行われず私領(荘園)のように扱われて、荘園と同じ構造で支配されていくようになります。荘園と公領が同じ構造でありながら、名義上「荘園」、「公領」として並びたっている土地支配体制ができます。これが荘園公領制です。長くなってしまいました。すみません。
@su-jt2gu
@su-jt2gu 7 ай бұрын
なるほど!!スッキリしました✨
@yu_150-i4c
@yu_150-i4c 7 ай бұрын
テスト範囲で理解できていなかったため、とても役に立ちました!
@ばいきんまん-u9w
@ばいきんまん-u9w 7 ай бұрын
わかりやすい!!
@ばいきんまん-u9w
@ばいきんまん-u9w 7 ай бұрын
テス勉に役立ちました。ありがとう😭
@user-rs9sn8iz1v
@user-rs9sn8iz1v 7 ай бұрын
在庁官人がよくわかんないです💦😊
@katsutoretv
@katsutoretv 7 ай бұрын
在庁官人は国司の役所である国衙の事務をとった地方役人のことです。国司が現地で雇った地方公務員だと思ってください。で、どういう人を雇ったのかというと、 平安時代に地方では富豪の輩っていう地域ごとの有力者がいました。この人たちは田堵として田地をたくさん耕したり、任期が終わった国司で現地に住み着いた人の子孫だったり、地方の有力者が任命される郡司の出身だったりいろんな背景の人たちがいますが、共通しているのは「税を集めるのが得意」だったり「軍事力」があったりすることです。税をしっかり集めたい国司はこういう人を現地の税集めの公務員として雇っていきます。地方の有力者なので彼らを雇えば地方の統治もしやすくなることも理由としてあります。これが在庁官人です。在庁官人は税集めのノウハウがあるので、公領の税集めを行う郡司・郷司・保司の役目も任されます。国司が現地に行かなくなる地域では、国司らに代わって現地の行政を取り仕切るようになります。 のちに公領をだんだんと自分の領地のように扱うようになっていったり、もともと地方の有力者だったので、国司と合わない場合(国司が自分達を圧迫する政治を行った場合)には国司に反抗する在庁官人も登場していきますが、これは武士の登場の動画(近日公開)でも見ていきます。
@アクエリアス-x9e
@アクエリアス-x9e 7 ай бұрын
朝廷とヤマト政権って違いが分かりません😭
@katsutoretv
@katsutoretv 7 ай бұрын
聖徳太子のころ以降に、大王(天皇)を中心に貴族や豪族が中央集権体制を作って日本全国をまとめる統一国家ができていきます。その国家の中央政府、中央政治組織のことを「朝廷」って言います。 氏姓制度のころの「大和政権」は現在の奈良盆地を中心とする豪族達の政治連合で、日本全国に勢力を広げていきます。しかし、あくまでいろんな地域の豪族が集まってできた連合国家(いろんな勢力がとりあえず1つに集まっている状態の国家)なので、まだ日本全体を大王が中央集権的に治めている「統一国家」にはなっていません。なので厳密に言うと大和政権は「朝廷」とは呼べないんです。
@hegemony-y1g
@hegemony-y1g 8 ай бұрын
日本史で一番理解出来なかったところ一瞬で理解できた😊ありがとうございます😭
@種柿の-r2j
@種柿の-r2j 8 ай бұрын
田堵って言うのはどちらかに分けると在庁官人ですか?それとも名主ですか?
@lecture-notes
@lecture-notes 6 ай бұрын
原則として、田堵=名主です。また、田堵の中には在庁官人となる人もいました。ただし、必ずしもそうなるとは限りません。
@月-v9n8e
@月-v9n8e 10 ай бұрын
ネトウヨが喜びそうな内容だね。歴史修正主義者が特に「韓国が併合をお願いした」「日本軍は虐殺なんてなかった」「大東亜戦争はアジアの解放だ」←そりゃ信用なんてできるはずないよな😂🤓🤓🤓🤓🤓🤓🤓🤓🤓🤓🤓🤓🤢🤢🤢🤢
@月-v9n8e
@月-v9n8e 10 ай бұрын
インフラを整えたとあるが日本軍だけが使うだけで「日本軍が韓国のために造った」なんて言えねえよ。大東亜戦争をもし勝ったとしても大東亜共栄圏という名目でどうせアジアの人々をこの世から解放するつもりだったんだろ?
@ジョンスミス-d9z
@ジョンスミス-d9z 10 ай бұрын
どれだけ調べても国・郡・里から郡・郷・保になった理由やその違いが分からなかったから、その説明がされてありがたい。
@チョコート
@チョコート Жыл бұрын
めっちゃわかりやすい!!!
@レム-f9c
@レム-f9c Жыл бұрын
なにこれ?わかりやすすぎ
@田中二郎-h4o
@田中二郎-h4o Жыл бұрын
最近土地制度見直してて、めちゃめちゃわかりやすくて感動しました😮
@てゅらむ
@てゅらむ Жыл бұрын
わかりやすすぎて泣きそう
@MasahiroSunami
@MasahiroSunami Жыл бұрын
いやいや。。😅😅😅
@_ao-md1np
@_ao-md1np Жыл бұрын
テスト直前…めっちゃ分かりやすくて助かった…。ありがとうございます。°(՞இωஇ՞)°。
@ナダル-w8g
@ナダル-w8g Жыл бұрын
ここ苦手だからありがたいです
@ミルクレープ-p8c
@ミルクレープ-p8c Жыл бұрын
てんきゅー!!!
@ふぇあり-w4z
@ふぇあり-w4z Жыл бұрын
わかりやすいです!もっと伸びてほしい🥺
@ふぇあり-w4z
@ふぇあり-w4z Жыл бұрын
すごくわかりやすいです!日本史はこのチャンネルで勉強します५✍
@くそニート-r7h
@くそニート-r7h Жыл бұрын
めちゃくちゃわかりやすい!!テスト頑張ります!!^_^⭐️💞
@co-hk2dy
@co-hk2dy Жыл бұрын
わかりやすいですありがとうございます!
@life77755
@life77755 Жыл бұрын
歴史の教訓は、暴れているルール破りの人に譲歩して増長させないこと。
@BeautifulSunny
@BeautifulSunny Жыл бұрын
先生に何回聞いても分からなかったので助かります!!🙏🏻💖 3回にわたって本当に分かりやすかったです…何回も見て共テに備えます!!!!ありがとうございます!!!!!!
@buzz_baccori
@buzz_baccori Жыл бұрын
わかりやすい😮
@usagi_pan
@usagi_pan Жыл бұрын
めちゃくちゃ分かりやすかったです🥲ありがとうございます🙌🏼
@paka1746
@paka1746 Жыл бұрын
とてもわかりやすかったです。ありがとうございました!👏✨