1992戸狩祭礼 前半
14:33
1996横浜,人形の集い
12:24
3 ай бұрын
絵画と彫刻 独唱
2:33
4 ай бұрын
長野西高校歌、桜井版
3:47
長野西高校歌、片山版
3:37
豊井小学校校歌
2:42
4 ай бұрын
中野農商学校校歌
2:27
4 ай бұрын
薩摩踊り20120908
15:17
5 ай бұрын
さつま踊り1984 11 01
13:12
5 ай бұрын
2024朧月夜SP合唱団
5:17
5 ай бұрын
2024 tutti 朧月夜
2:41
5 ай бұрын
2023小布施への道前半②
4:29
2001常盤神社の改修
14:45
Жыл бұрын
2023小布施への道・後半
13:16
Пікірлер
@めそ-h2d
@めそ-h2d Ай бұрын
小学2年生まで伊那で暮らしていたけど4番は歌いにくかった思い出
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Ай бұрын
園原とか近くなのでしょうか?私は行ったことがないのでいつも想像で歌っています。 私の地元の人達は「これ(4番)がかっこいいよね」とよく言っています。 同じ私の動画の中のSinanonokuniMP4では 小学生の子供達が4番も熱唱しています。
@めそ-h2d
@めそ-h2d Ай бұрын
@@飯山ドルチェ 園原と言う地名は記憶にありませんね 小学校の先生に教わってクラスメイトと教室で歌いながら何故4番はメロディが変わるんだと思っていました
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Ай бұрын
@@めそ-h2d 阿智村、恵那山の近くにあるらしいです。 4番の変わるのは 今風に言えばBメロ。クラッシック風に言えば、第2楽章(緩やかな曲想が多い)で情緒豊かにして、またAメロに戻るのがかっこいいですよ。
@kkkkk963-x9y
@kkkkk963-x9y Ай бұрын
とっても良い歌声でした❣️ なにかやられてたのでしょうか? 次の歌声も楽しみにしてます❤
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Ай бұрын
ありがとうございます。いまは 団を離れておりますが、飯山の混声合唱団に長らく所属しておりましたし、友人達と”コーラスグループ・ドルチェ”名義で、高野辰之作品を中心に演奏会を開いたりしていました。年内には 渋沢栄一が日本側の窓口となっていた、いわゆる「青い目の人形」にまつわる動画をいくつか上げたいと思っております。
@籾山正宏
@籾山正宏 2 ай бұрын
私の故郷は、長野県南信州でず。亡き父より、何処に居つても、故郷は絶対忘れるな🙏と言われ、小さい時に、教わつた、信濃の国を😂心の中に、残してます。そんな私も、もう77歳となり、愛知で、頑張ってます。(笑)伊那谷、りんご🍎、中央アルプス、天竜川、心の故郷は、誇りに思います。(笑)山しかないけど、山ならある、いつぱいある❤😂
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 2 ай бұрын
私も大学出て東京に就職しましたが、山の見えない生活は何か不安でした。9年目にして地元に戻ってしまいました。北信の果ての私は南信の園の原など想像でしかありませんが、いつかは「訪ねまほしき」してみたいです。 おそらくネット唯一の動画版、オーケストラ伴奏の「信濃の国」もご覧になってみてください。SinanonokuniMP4としてアップしています。
@ponyotan0331
@ponyotan0331 4 ай бұрын
いい歌ですね。メロディが華やか。
@棚田耕三郎
@棚田耕三郎 4 ай бұрын
久しぶりの校歌独唱、お待ちしてました。今回も素晴らしいですね! 非常に貴重な音源になりますね。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 4 ай бұрын
ごぶさたしてます。私としても久々の独唱動画。もう2曲準備中です。
@balsamicosesaxan7717
@balsamicosesaxan7717 6 ай бұрын
そういえば低音パート歌えないわ。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 6 ай бұрын
大抵は 斉唱ですが、二部合唱や四部合唱も良いですよ。
@洋次山田-x1w
@洋次山田-x1w 6 ай бұрын
ここでは歌われていないけど、6番の「みち一筋に学びなば むかしの人にや劣るべき 古来山河の秀でてる 国は偉人のあるならい」の部分がいちばん好きです
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 6 ай бұрын
見ていただきありがとうございます。 sinanonokuniMP4などでは6番まで歌っています。歌の仲間たちは「4番がいいねー」。とよく聞きます。
@nnorio1251
@nnorio1251 10 ай бұрын
信濃の国のアクセントが本家
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 10 ай бұрын
長野県内のテレビ局のアナウンサーが 違うイントネーションで「県歌 信濃の国」と報道していると、わが家では、「どこ出身のアナウンサー?(怒)」という声が上がります。南信は友人がいないので不明ですが、長野県人はイントネーションで、長野県自体と県歌とを言い分けていると思います。
@nnorio1251
@nnorio1251 10 ай бұрын
長野県内では「しななのくに」とアクセントなくいうのでこんな感じなのかなと思います。 動画これまたちょっと違うますが。 他県だと「し」にアクセントつけていう人多いですよね
@shunsukeyasuda9033
@shunsukeyasuda9033 10 ай бұрын
信濃の国が流れながら、地元の県旗が掲揚されるのは、この動画を見るたびに毎回感動、感慨深い思いになります。ありがとうございます。
@yuichi-N
@yuichi-N 11 ай бұрын
力強い歌拝見しました。郵便の真髄、魂がうたわれてますね。多分コロナ禍活動自粛期間に撮られたのかと想像しました。
@オオカミ君-s9k
@オオカミ君-s9k 11 ай бұрын
どうも、今常盤小学校6年生です
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 11 ай бұрын
おー!50年以上の後輩からのメッセージだ。いよいよ中学ですね。来年は閉校記念のイベントが多い年です。1年先輩として、最後の6年生をフォローしてあげてね。 もちろん、我々年配卒業生も手伝うけど。気持ちの横に立ってあげられるのは君たちの宿命かな。
@オオカミ君-s9k
@オオカミ君-s9k 11 ай бұрын
はい
@시미즈후미코
@시미즈후미코 Жыл бұрын
うまい😂
@watashiwa.youchandesu
@watashiwa.youchandesu Жыл бұрын
いつ聞いても、信濃の国最高。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
長野県人の特技? 先月、縁があって大阪まで行って、信濃の国を6番まで全部歌ってきました。
@春吉抓揉
@春吉抓揉 Жыл бұрын
長野好きとしては国体で流れるのはムネアツ
@Inunaki_Doraemon
@Inunaki_Doraemon Жыл бұрын
高野辰之と信時潔の合作ですよ? どうしてこうまで無名になっちゃうんですかねえ
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
inunaki-D様 ご覧いただきありがとうございます。「当時盛んに歌った」というお婆さんの証言ビデオを見ました。みなさん気に入って歌っていたようです。残念ながら直後に太平洋戦争が始まって、軍歌に置き換わってしまったようです。『そういう』時代だったと思います。でも、若い世代が、大学生の皆さんが、昨年復活させてくれました。乞うご期待!!。
@Inunaki_Doraemon
@Inunaki_Doraemon Жыл бұрын
@@飯山ドルチェ 返信いただけて光栄です 日本で最も有名な横浜市歌だって、1903年に作られた割に1966年まで無名だったわけです。それでも今の知名度がある。振興努力があればまた復活すると私も信じています。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
@@Inunaki_Doraemon 森鴎外&南先生のコンビもパワフルですね。信時先生も「海行かば」の負のイメージが無ければ、もっともっと知られているでしょうに。高野の日の丸の旗、も三番の歌詞を気にする人々を忖度して地元でもあまり演奏されません。
@ちゃんくみC超
@ちゃんくみC超 Жыл бұрын
古関裕而さんが野球の殿堂入りをされたと、高校野球の開会式で知りこのチャンネルにたどり着きました。懐かしさを感じました。ありがとうございました。
@THAILAND-w9i
@THAILAND-w9i Жыл бұрын
3番の後半は「歩みを運ぶ」と歌っていました。 「歩み運ぶ」でしょうか?
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
44様 私の持っている資料では、歩みを運ぶ。と「を」が入っています。 中野市の高野辰之記念館の資料では「を」がありませんでした。 後に確認をして「を」がつくのが正しい。と解釈しました。動画のすぐ下の解説に、記載してあります。ただし、私は、「校歌は、今、歌いつないでいる生徒の物である」。という考えも持っています。そのため、各学校に、今どのように歌われているのか、教えてもらいたい旨の手紙を書いていますが、県ケ丘高校からは、回答がありませんでした。今現在生徒たちがどのように歌っているのかは存じません。
@ポムポムプリン-f4q
@ポムポムプリン-f4q Жыл бұрын
富山-直江津間は遅くに開通したというのもあり、この曲があるんですかね。正規の鉄道唱歌ではまだ船で渡ってますね。 曲調は中山晋平らしいですね。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
ご覧いただきありがとうございます。富山の音楽研究家の方からも後日資料を送っていただきましたが、富山から新潟までの海岸線の鉄道は悲願だったようです。今でいうと、テーマ曲。イメージソング。多くの人に知ってもらいたい。という気持ちがひしひしと伝わります。
@カーネルおじいさん
@カーネルおじいさん Жыл бұрын
KZbinスーツ氏の存在で知った曲。他県者としてもこの曲は素晴らしい。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
明治32年から4年間。今の信州大学で音楽の先生をしていた時に生徒から請われて作曲をしたこの曲。生徒達が先生になって全県の子ども達に歌い繋がれていく。なんて想像もしていなかったでしょうね。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
あの日は、晴天で、一世一代の舞台でしたよね。前の日の最終リハの時に、演技指導の先生の厳しかったこと。ほぼブッツケ本番の子どもたち。飯山の子たちだからこそ、雪の上の集団ダンスが可能でした。(都会の子ならコケまくり)。まだケーブルテレビが無くて、完全自腹で撮影したこの動画が、思い出になってくれれば嬉しいです。
@mattun81
@mattun81 Жыл бұрын
ちびっこダンスもしかしたらこの中にいます! 市内の当時8小学校の6年生が合同練習とかしました。懐かしい!
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
さすがに、あの服はもう着れないでしょ(笑)長野の21(トゥエンティーワン)の子たちは側転とかしてますね。
@mattun81
@mattun81 Жыл бұрын
@@飯山ドルチェ お返事ありがとうございます。 ダンスの先生の指導は厳しかったです。学校の担任の先生ですら言ってました。そして、あのエナメル記事の衣装はダサかったです。笑 今春飯山を離れまして恋しくなってました。 この頃はまだアイネットなかったですね。 素敵な思い出の動画をありがとうございます。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
私と同じく、高野辰之の研究を長らくされていた方が、昨年夏に、お亡くなりになりました。この松本第2中学校の歌詞の高野直筆の書を所有している方です。お宅にお参りに行って初めて知りましたが、県ケ丘高校出身の方でした。全く知らずに収録をして動画配信しましたが、これも「呼ばれた」のかもしれません。この曲の収録を選んだのも、ちょうどその頃なのです。不思議なタイミングです。
@上條憲二
@上條憲二 Жыл бұрын
52年前に松本県ヶ丘高校(通称「縣陵」)を卒業しました。とても懐かしい校歌、ありがとうございます。この曲はメロディ、歌詞ともとても好きな曲です。高校時代は基本的には1番、2番しか歌いませんでしたので、3番、4番は新鮮な感動がありました。高校からなんの回答もないのは母校として残念です。高校時時代はやや平板な歌い方をしていましたが、今回、とてもリズミカルで活気を感じます。なお、今年は縣陵100周年です。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
ご覧いただき、ありがとうございます。歌っていて、楽しいですよね。幾つも有る、作曲上のマジックの種明かしはしませんが、当時国内でも第一人者だった信時潔の面目躍如でしょう。一つだけ解説。楽譜の「若き」のところにスタッカートの指定が着いていて、「ワッ、カッ、キー」と歌うこと。の意味です。「わかきー」ではない。わ・の音が高いので自然に「ゥワッ、カッ、キー」になる。など仕掛けがあります。
@上條憲二
@上條憲二 Жыл бұрын
@@飯山ドルチェ 様。ありがとうございます。「わかきー」ではなく、「ワッ、カッ、キー」であること、知りませんでした。とても貴重なお話しをお聞きし、大変嬉しく思います。「高野辰之」氏「信時潔」氏による校歌、今さらながら誇りに思います。また、松本県ヶ丘高校の近くにある松商学園の校歌も高野氏、信時氏によるものなんですね。これは、今、知りました。松商学園の校歌は高校野球で聞いていましたが、曲調、歌詞とも悠然として格調が高く好きな曲です。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
@@上條憲二 , 甲子園で何度も聴いていましたので後回しにしていましたが、松商も今年動画にする予定です。すでに原典版楽譜の手配も終わり、あとは練習や収録。お楽しみに。 と、今、ここで宣言して自分にプレッシャーをかけておきます。
@kenkami497
@kenkami497 Жыл бұрын
@@飯山ドルチェ 以前チャットにてご連絡いたしました上條と申します。52年前の県陵の卒業生です。校歌について(特に、「ゥワッ、カッ、キー」の歌い方など)私の地元の同級生に話したところ、彼もとても興味をいだきました。おそらく、卒業生を含め、誰も知らないのではと思います。今年は県陵100周年ですので、「同窓会」でもこの話題を取り上げたいなどの話がでてきました。大変恐縮ではありますが、「飯山ドルチェ」様に個別にご連絡を差し上げたいと思いますが、どうのようにすればよろしいでしょうか。もしよろしければ、私のアドレス(勤務先の大学)をここに上げますが…。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
@@kenkami497 K様 私への連絡方法です。①野沢温泉の「朧月夜の館」学芸員の松澤朱美さんに電話をしてみてください。0269-85-3839。私の携帯やメールアドレスを教えてくれます。動画で伴奏をしている人です。①松本方面なら、信州大学、松本キャンパスの浜崎准教授とは、直接お会いしたり私の名刺もお渡ししました。松本市歌のご縁でやはり情報をお渡ししましたので。大学が 近く、連絡が取れそうでしたら、このほうが簡単かもしれません。
@mahi-vn6be
@mahi-vn6be Жыл бұрын
この学校の校歌はどのように入手したのでしょうか。 教えていただけると幸いです。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
私は高野辰之の研究をしている関係で、もともと知っていました。著作権が切れているのを知っていましたので、手書き楽譜の所蔵をしている、東京芸大図書館様にコンタクトをして、まずはネット上での開示をしてもらいカラー複製も取り寄せました。 それをPCで印刷用に再入力するときに、参考にした市販の歌集が、文字間違いでした。歌うにあたってイントネーションが不安でしたので、22年8月に県ケ丘高校に返信用封筒付きで質問の手紙を出しましたが、半年を経た今も、なんの連絡もありません。歌い方については、今の生徒達とは違うかもしれません。信時潔で検索すれば芸大の資料で閲覧ができます。歌詞の直筆資料は長野にあります。同じく、松本市歌も同様の流れでした。
@mahi-vn6be
@mahi-vn6be Жыл бұрын
@@飯山ドルチェ 「東京藝術大学附属図書館 信時文庫貴重データベース」というところのものでしょうか。松本第二中学校が2件ヒットしました。 東京藝術大学附属図書館 様にご連絡をすれば、いいのでしょうか?度々申し訳ありません。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
@@mahi-vn6be そうです。2件あるのは、信時潔本人の手書き初版。もう一枚は、奥様のミイさんの手書き版。おそらく清書、書き直し、のために描いていると思います。信時先生に限らず、文字など身近な人でないと読めなかったり、楽譜への書き方のクセ等など、他人には判読できない場合がありますので。例えば楽譜のミなのかファなのか黒丸がかぶっている場合、奥様なら、本人に直接聞くことが出来たでしょうから。問い合わせや申請は、芸大図書館トップページなどの問い合わせフォーマットからのメールから始めてみてください。
@tsuneokisato6586
@tsuneokisato6586 Жыл бұрын
照里分校に通っていました。 50年近く経ちましたが、今だに、一番は何となく歌えます。が、当時歌詞の意味はほとんど分かっていませんでしたね。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
私も、意味などわからず歌っていました。浅井先生の書いた通りの「をみなえし」という物があるんだ。と思っていましたから。分校は近かったけど6年生になったら本校まで通う。片道3.5Kの距離は子供には結構大変でしたよね。
@yuichi-N
@yuichi-N Жыл бұрын
興味深く拝見しました。踊っているときの真剣な顔つきには感動です。三番目は南中ソーラン節ですね。高校の文化祭でそっくりな振り付けと曲で踊りました。懐かしいです。スキー合宿で戸狩スキー場に行ったことも想いだします。
@haraguro3
@haraguro3 Жыл бұрын
北高の校歌も是非お願いします。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
本日、編集中。御存知の通り長ーいのでね。貴重な映像もあるからそれも入れたいと思う。編曲の藤森章先生も会場にいたし、すでに他界した第2代卒業生の私の父も歌っていた。近日公開予定。
@呉瑞穂
@呉瑞穂 Жыл бұрын
歌詞がかっこいいですね!
@tosikiyuumagawa9123
@tosikiyuumagawa9123 Жыл бұрын
拝聴致しました どちらも美しいですが 改訂前の方が言葉が より美しく聴こえてきます
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
ご覧いただきありがとうございます。私もオリジナルのほうが好きですし、歌い手としてもオリジナルの方が歌いやすいです。最後の「しい、い」と同じ文字が並ぶよりも「しい、や」のほうが素直だからです。同じ理由で歌詞を変えられてしまった「春の小川」はオリジナルでアップしています。歌詞の視点者が変わりすぎるので。
@yuichi-N
@yuichi-N Жыл бұрын
素晴らしい歌詞ですね。山登りに学習を例えてよい構成だと思います。高社山は飯山市からよく見えるのですか。飯山に行きたくなりました。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ Жыл бұрын
早速見ていただきありがとうございます。高社山(こうしゃさん、たかやしろやま)は飯山からよく見える山で中央には木島平スキー場があります。常盤小だけでなく飯山北高校(現:飯山高校)の校歌や地域のたくさんの歌に詩われています。
@トントン-b2w
@トントン-b2w 2 жыл бұрын
確か飯山、木島平の地名は出てこないけど皆さんが歌ってくれる事は嬉しい。木島平の方々も歌って欲しいです。そうじゃなかったらいつまでも長野県は1つになれない。県の南の方々も明治の始めは筑摩県だったけど1つなろうとしてる。
@Chernoaist2
@Chernoaist2 2 жыл бұрын
「信濃の国」で何よりも印象的だったのは長野五輪の開会式。 入場行進の行進曲で信濃の国のパートになったら(恐らくは)自然に湧き上がった歌声にちょっと感動してしまいました。だって、ワンフレーズめは良しとして、その続きに何番の歌詞を歌えば良いのか観衆が困惑していたのがモロに流されてね、要するにこれは前もって仕込まれていたのではなく、自然発生的に観衆が歌い出してしまったんだなと感じて(そこまで計算した演出かも知れないけれど)。 俺は40年前に県外から長野の某大学に進学したのだけど、そこで某学生寮の(最も有名な)寮歌を半強制的に教わり、この歌はむしろ自発的に全曲憶えた。何しろ、そもそもが我が学部の前身校の歌だからね。結局、卒業したら県外に流出してしまったけどね。 各地方にこのような歌はあるのだけれど、21世紀の今にこの「県歌」に匹敵するものは、今俺が住んでいる某県内の某市で、地元プロ野球チームの「チャント」となっている森林太郎(鴎外)作詞の「市歌」ですかね。ちなみに県歌の方はサッパリです。 ところでこのクリップのアナウンス、「信濃の国」のアクセントが正しくて心地よいですね。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 2 жыл бұрын
ご試聴ありがとうございます。「信濃の国」のイントネーション。この頃テレビ局でもおかしな言い方をするアナウンサーがいて、聞いていて違和感が有ります。曲名でなく、県の呼称になってしまいますからね。この時のアナウンサーは、「県」から来た人なので、だいじょうぶでした。私は画面上部の赤い服の合唱隊で歌いましたが、楽譜が配布されていました。某市の「人形の家」には何回か研究取材で行きました。私の他の「友情人形関係」動画で使っています。 波打ち際も良いでしょうが、御開帳でも見に山の中に遊びにおいでください。
@ぴこぴーたん
@ぴこぴーたん 2 жыл бұрын
ある程度の年代は適当に集めてもほぼ、一番くらいなら歌える
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 10 ай бұрын
昨年、姉妹提携している大阪市に行ってフルコーラスを歌ってきましたが、⑤番⑥番になると私もカンペ必要。
@池田博機
@池田博機 2 жыл бұрын
日の丸が、邪魔!!
@kかめ
@kかめ 2 жыл бұрын
は?
@ライヘナウヘルマン
@ライヘナウヘルマン 9 ай бұрын
エホバか?日教組か?
@さいとうまさき-j6o
@さいとうまさき-j6o 2 жыл бұрын
スーツさんの中山道自転車旅でBGMでこの曲がBGMで使われてました。
@アトロピンスコポラミン
@アトロピンスコポラミン 2 жыл бұрын
長野出身の父が酔っぱらうとよく歌ってたw
@hofckagawakun
@hofckagawakun 2 жыл бұрын
去年秋まではこんな歌があることさえ知らなかった。 とあるyoutuberが中山道を自転車で走破するという動画を載せていて、その中で頻繁に掛かっていたメロディ。郷愁を誘いつつ、山々を遠くに望む風景が脳裏に浮かぶような曲だな・・・。 それが、この歌を知るきっかけでした。今では大好きな歌です。山口県民ですが。
@MpmtJmgjpmtdtdgd
@MpmtJmgjpmtdtdgd 2 жыл бұрын
やっぱり信濃国が一番好きです。 昔の特急あさまに乗ったことがある方はわかると思いますが、チャイムでなるんですよね。 それで好きになって歌えるようになってしまいました笑 多分チャイムで県歌が流れるのは信濃国くらいだけだと思います。 それだけ愛された曲なんでしょうね
@hofckagawakun
@hofckagawakun 2 жыл бұрын
「それでは、20番宿、追分宿に到着です」の後に流れるメロディですよね。 「あさま」で聞いたことはないけど、いい曲です。山口県民なのに好きになっちゃいました。
@MpmtJmgjpmtdtdgd
@MpmtJmgjpmtdtdgd 2 жыл бұрын
それですそれです! なんか他の県歌にはない魅力があると思います。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 2 жыл бұрын
新幹線の長野駅ホームの「信濃の国」飯山駅の「故郷」どちらも長野県出身の方が、アレンジ、演奏、をしています。JRや地下鉄ホームの音楽演奏者として有名な方です。限られた時間制限の中で曲の特徴を落とさず、「まとめる」のには驚きです。
@やまさききまぐれ
@やまさききまぐれ 2 жыл бұрын
名曲。県民じゃないけど歌えます。こんな有名な県歌って他にありますかね?
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 2 жыл бұрын
長野県民でないのに 歌えるとは、めずらしい方ですね。最初から県歌ではなく、学校スタートで広まったあとに、県歌になったから、歌い継がれているのかも。でもそういうこと抜きでも、私は好きな歌です。
@やまさききまぐれ
@やまさききまぐれ 2 жыл бұрын
@@飯山ドルチェ さん。 コメントありがとうございます。長野オリンピックを現地観戦して、皆さんが歌ってるのを見て歌いたくなり、長野県観光課みたいな部署に聞いたら、CDやらパンフレットやらたくさん送って頂きました。
@池田博機
@池田博機 2 жыл бұрын
@@飯山ドルチェ この私だって四国の人間ですけど全部歌えますよ。 もっとも、替え歌にして長野出身の人を怒らせる歌詞にして歌うことが多いのですが😁😁
@yuzurushimaoka3123
@yuzurushimaoka3123 8 ай бұрын
信濃の国はダントツですね。
@yuichi-N
@yuichi-N 2 жыл бұрын
素晴らしい校歌です。何度も聞いてます。飯山の風景が浮かびます
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 2 жыл бұрын
昭和40年代に、3つに統合。その後2つに。そして数年後には、1校になることが決まったようです。これも少子化ゆえ。時代の流れですね。
@さくらポンタ
@さくらポンタ 2 жыл бұрын
飯山で生まれ放浪しました 信濃の国は忘れ難い
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 2 жыл бұрын
私も 何回も歌ってきているのに 未だに 気持ちよく歌える。 長野県人の遺伝子に入っているのかも。
@masun-tc9lm
@masun-tc9lm 2 жыл бұрын
良~い編曲だなぁ~ 老若男女の声が一つに調和して、歌声を天高く捧げ上げるような感じだ。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 2 жыл бұрын
ありがとうございます。この動画には収録していませんが、編曲の藤森先生も会場で聞いていただき。終演後に「素晴らしかった」と言っていただきました。私にとっても恩師の生前の最後の声になりました。
@トントン-b2w
@トントン-b2w 2 жыл бұрын
こんにちはしゃんしゃんです。見事な張り柱ですね。棟梁の名前もあり地域の中心的な仏閣だと思いました。飯山は冬季は御仏壇をこつこつ作ると学校で習いました。飯山仏壇もう一度見に行きたいものです。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 2 жыл бұрын
この正覚寺さんは堤防決壊した所から500mほどのお寺です。だいぶ高いところまで水に浸かったそうです。壁などは被害になりましたが、幸いこの柱はまだ大丈夫。となったそうです。この木材を選んだ杣棟梁さんと縁があり21年前に撮影していました。
@user-usuiyama489
@user-usuiyama489 3 жыл бұрын
これって長野五輪❓
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 3 жыл бұрын
タイトルに有る通り 国体の開会式です。 なお、長野五輪のイベントも参加、撮影しました。それは 善光寺物語 という動画になります。来年御開帳の 善光寺のできた経緯をストーリーにしています。飛鳥時代。物部氏と蘇我氏の対立です。
@aiueo695
@aiueo695 3 жыл бұрын
すごい寒そう…
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 3 жыл бұрын
晴天ではなかったけど 寒くは無かったです。合唱隊は赤い、吹奏楽隊は黄緑のジャンバーをいただきました。私はビデオカメラ3台への撮影指示を無線で行いながら裏を走り回って、歌の時には最上段に移動して合唱をしていました。 この動画の前に来るのが アトラクションです。飯山地方の獅子舞や子どもたちのダンスがありました。
@トントン-b2w
@トントン-b2w 3 жыл бұрын
編曲を担当した藤森先生が遺してくれた大事な県歌です。コンサートバジョーン。飯山地方はあまり歌詞に出てこないけど、こうして歌ってくれるのは嬉しい事です。
@yuichi-N
@yuichi-N 3 жыл бұрын
一つになる歌声素晴らしい。長野大好きです
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 2 жыл бұрын
いろいろな意見が有るのは知っていますが、長野県各地の情景が歌われていて、私も好きな曲です。園原とか遠くて行ったことはない。
@棚田耕三郎
@棚田耕三郎 3 жыл бұрын
素晴らしい演奏ですね! 全員暗譜されていますし、歌を自分のものにして歌っているように見えました。誇らしく歌っている姿を見て明るい気持ちになりました。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 3 жыл бұрын
当時3校あった飯山市も人口が減って、現在は2校に統合。この校歌も現在は歌われていません。今、20代半ばの人までが この校歌を歌いました。
@ヤス-m4x
@ヤス-m4x 3 жыл бұрын
3:34からフルートソロとピッコロ聞きたかったのでありがとうございます(*・ω・)ノ
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 3 жыл бұрын
はるう さん。 この人は 部長さんで とても「しっかり物」の方でした。 少ない人数の中で持ち替えの多いフルート。大変ですよね。私の娘も、この数年前にフルート&ピッコロでした。この直後の太鼓の二人。地元の野沢と栄村の太鼓のグループに小学校から入っていて、パーカスの人が見れば、構えが、和楽器風だそうです。
@トントン-b2w
@トントン-b2w 3 жыл бұрын
私たち夫婦は両方が跡取りでした。どっちかが実家を捨てなければと思ってました。結局私がこんなに素敵な県歌を捨てました。長野駅の発車メロディーは他界した両親が背中を押したのか、うしろ髪を引いたのか見送る人も誰もいませんでした。鞄のなかには家に咲いてた小花数本を持って東京駅に向かいました。信濃で暮らした年月が恋しい。名曲です。
@飯山ドルチェ
@飯山ドルチェ 3 жыл бұрын
トントン様 私も大学後、東京で就職して、8年居ましたが、家の事情と山が見えない寂しさで、Iターンしました。東京の神田川、隅田川とかと千曲川のイメージが違うし、山は富士山くらいしか見えませんでしたし。(会社は日本橋)。年をとったら、この流れが、楽です。不便ですけど。
@トントン-b2w
@トントン-b2w 3 жыл бұрын
@@飯山ドルチェ ご返信ありがとうございます。千葉県ではほとんど知られていない信濃の国を生きる糧にして頑張ります。私の住んでる処も木更津近くにならないと山らしい物がありません。これから夏山登山の季節ですね。星空も綺麗ですよね。ではごきげんよう。
@papataro1948
@papataro1948 3 жыл бұрын
しみじみ感じます。名曲ですね。明治人の気概も感じられます。
@カデナ-g7q
@カデナ-g7q 2 жыл бұрын
トントンさんお疲れ様です。当方は信州人の端くれです。メッセージ拝見させて頂きましたがその中で「県歌を捨てました。」と仰っていましたが、その言葉は違うと思いますよ?トントンさんが生きていらっしゃる限りは「信濃の国」はトントンさんにとりましても立派な県歌「信濃の国」ですから!信州に里帰り出来る時になりましたらまたこの「信濃の国」を口ずさんで頂きたいです!