Пікірлер
@marieantoinette3333
@marieantoinette3333 Ай бұрын
私の青春でした。ミニシアター巡り良くしてたなあ😊
@akinosinsinsin
@akinosinsinsin Ай бұрын
解説ありがとうございます。先日、ふと思い立って3部作を観なおしてみました。劇場公開時にはまだ少しちょいの間も営業していたようでおどろおどろしさが残っていましたね。佇まいはだいぶ変わっているでしょうけど、近々また黄金町行ってみようかなと思ってます。
@tsukishimaatsun
@tsukishimaatsun 2 ай бұрын
おっしゃる通り、テーマは不倫の是非とは無縁だと思う。 確かに現代の社会通念では不倫は悪だし、重い制裁も免れない。 物語はそれを運良く免れてみんな寛容に受け入れてハッピーエンドもあるんだよ的なメッセージを送っているものではない。 お話の中で言われた「選択と決断」。 これによって人生も周囲の人々も取り巻く環境も美しくもなるし醜くもなり得る。 フランチェスカの決断はまずあり得ないほど非現実的なものだが、これが物語の根幹だと思う。
@学氷室
@学氷室 2 ай бұрын
おっしゃりたいことは解ります(薫とかも)が、根っからのファンとしては楽しみたいのです。時代とのズレ?それでも楽しめる、楽しみたいのが、昔からのファンなのではないですか?
@Toshi-ju1om
@Toshi-ju1om 2 ай бұрын
ラスト、死神もいなくなって、ジョーもジャレットになってすべてを忘れる、ベティーはもともとジョーを知らずファーンズワースとして見ている。ということは全てを知っていて覚えているのはマックスだけになる。そのマックスがロッカーで落胆しながらいうセリフはジョーがいなくなるのが寂しいんだという。つまり全ては悲しみの中のマックスが見た妄想だったという含みを残して終わらせているように思う。映画制作陣も入念に考えていて、ラストしーんではベティーにあなたジョーねというセリフは用意せず、単にクォーターバック?と聞いただけ。ジャレットとベティーは運命に惹かれあった男女の出会いかもしれないという隙間も残していると思う。
@すもたく
@すもたく 2 ай бұрын
めっちゃ面白いのに人気ない、、
@torusano1124
@torusano1124 2 ай бұрын
ありがとうございます。励みになります。
@すもたく
@すもたく 2 ай бұрын
面白いのに人気ないな、、、
@gannba52
@gannba52 2 ай бұрын
映画3本目(罠)公開時 横濱日劇でロードショー公開イベントで 濱マイク探偵事務所ツアーに参加できました 懐かしいです^^
@k340512
@k340512 2 ай бұрын
アインシュタインは 「結婚とは、文明化による奴隷制度」だと言った それは極端だとしても、だれかが作った制度をそのまま受け入れるだけでは、自分の人生を真剣に生きたとは言えないだろう 経験や感性、立場によって、賛否が分かれる映画だが 私は登場人物それぞれの気持ちが理解できたし、色々あっても、誰も不幸ではない物語だと思った ただ、もし自分がフランチェスカの立場だったら 違う決断をする…
@ts-yu6bo
@ts-yu6bo 3 ай бұрын
内面の葛藤ならフランチェスカの夫もあっただろう。 った4日間だから美しく終われたのであって納得出来ない内容だったね。 つまらん不倫話以上のなにものでもなかった。
@加藤昌広-b6n
@加藤昌広-b6n 3 ай бұрын
でもなあ、次回もしもやると、多分5年以上先。 そうなると、80歳のあぶない刑事 車椅子銃撃戦が現実に…?
@user-jg4lb9fs9m
@user-jg4lb9fs9m 3 ай бұрын
この映画を見たとき、ひとりの人間の人生をまるでおもちゃのように扱い、なおかつ彼のその一挙一動に世界中の人々が感動しているという光景を、あたかも感動的であるかのように演出していたので、映画をみている間、非常に不気味な感覚を抱いておりました。ただ、佐野さんのご指摘のようなコロナ禍にあった世界の状況と重ね合わせてみると、なるほどと思いなおす部分もありそうな気がいたします。
@BS-tk7mt
@BS-tk7mt 4 ай бұрын
ラストに吸血鬼みたいな風貌の権藤が競輪場の観客席を斜めにガチャガチャ降りて行くシーンが好きです 伊丹映画はシネフィルに評価されてない気がしますがマルサの女は名作だと思います
@tochika27
@tochika27 6 ай бұрын
私は映画は感覚的にしか捉えられませんが、この作品は三度ほど観て、浅草という街がある時期まで持っていた魅力と、主人公がいけないと思いながらも死者である両親の元に通ってしまい、すっかり子供になっているということに大変惹かれました。 佐野さんのおっしゃる通り片岡鶴太郎と秋吉久美子の二人が素晴らしいですね。 NHK-FMのラジオドラマ版も好きで、何度も聴いているので映画版と混同してしまうこともあります。 私の中では昔の浅草のイメージが重要な魅力になっているので、それを今度はイギリスの監督がどのように舞台を移して表現しているのか楽しみです。
@torusano1124
@torusano1124 6 ай бұрын
動画では語りませんでしたが、この作品は80年代の「都市論ブーム」に対するひとつの回答という側面もあると思います。新しいものを都市の進化として礼賛するか、失われゆくものをセンチメンタルに懐かしむかの二項対立的な議論が蔓延するなかで、そのはざまで孤立している現代人はどう生きていけばよいのか、という山田太一さんらしいメッセージがこめられていますね。そして、この視点もやはり「まちこわし」の問題に着目しつづけた大林宣彦監督に共有されていると感じます。
@tochika27
@tochika27 6 ай бұрын
@@torusano1124 ご丁寧なお返事ありがとうございました。「異人たち」は予告編を見ました。4月の公開が楽しみです。
@hiro-vg3tv
@hiro-vg3tv 5 ай бұрын
この映画が撮影された頃の浅草は、かつての賑わいが嘘のような「つわものどもが夢の跡」の街で、生者と死者とが交錯しても不思議では無い雰囲気がありました。 花屋敷をバックに鶴太郎さんが自販機で缶ビールを買うシーンが忘れられません。
@mikikataable
@mikikataable 11 ай бұрын
ダグラストランブルさんが監督した『ブレインストーム』と言う お別れしそうな夫婦問題にSFで切り込むと言う映画が がめっちゃ好きなんです。夫婦間の終末映画として無理やりコメントしてみました
@user-xc3tt2ll2k
@user-xc3tt2ll2k 11 ай бұрын
私が十代だった頃、正しく「言葉」に生きる人たちがいた。彼らの言葉は時に刃であり、慈雨であった。荻さんも、言葉を大切にした方であった。一週間に一度の、それも極めて僅かなひと時にテレビを通して聴く彼の言葉。その姿勢に、「批評」とその意味を教えられていた。今は饒舌な「感想屋」と「扇動屋」ばかりだ。
@666K-w9h
@666K-w9h Жыл бұрын
当時近所に住んでいたので日劇で観ました。 観客席に探偵事務所があったのも面白かった。 90年頃までは、メリーさんも見かけました。。 今は大阪に住んでいてナンバーパークスシネマで観ました。 解説ありがとうございます。とても懐かしかったです。
@ykhmbayside
@ykhmbayside Жыл бұрын
船に乗せてもらい、大岡川から横浜港に出て行くのですが、柳ジョージの「遺言」と言う曲を思い出しました。 この曲を聴く度涙が出るほど感情移入してしまうんですが、こうゆう事であったかと、映像との関連性は分かりませんが、そのまま体現している様なものでした。還暦過ぎて気づくとは、やっと答えが分かった気がしました。 ありがとうございました。
@ykhmbayside
@ykhmbayside Жыл бұрын
映画先行だと教えて頂くまで忘れていました。TVシリーズは見ていましたが、永瀬正敏演じる濱マイクはTVシリーズで更にファッショナブルで、当時先端の服装だったと思います。一つだけ思ったのは、白い男が杉本哲太に
@zalon7439
@zalon7439 Жыл бұрын
過去に佐野さんと鈴木涼美さんとのトークイベント視聴→涼美さんの『浮き身』を読む→横浜のこと書かれてるぽいけど知らなすぎてよく分からない→『ディープヨコハマをあるく』買ってみる→完全理解
@tochika27
@tochika27 Жыл бұрын
「この家族が大切にしているのは血縁の濃さより、同じ屋根の下に家族として暮らしていこうという意志を共有すること」という言葉にハッとしました。「家族ではない者たちが、家族のように一緒に暮らす話。困った人はいるが、悪い人は出てこない」という、保坂和志の小説や、岡田惠和、木皿泉等のドラマに多く出てくる物語が好きな私にとって、更に深く考えたくなる言葉です。
@tochika27
@tochika27 Жыл бұрын
冒頭一瞬、本編の音声かと思いました。お上手ですねー😊佐野さんに対する印象が変わりました😅 いつもよりずっと饒舌な語り口。あまり好きな言葉ではありませんがまさに「神回」。私は都内とは言え西の外れで育ち今も世田谷に住んでいます。子供の頃は年に二回ほどロマンスカーに乗って新宿に出て上野の動物園に連れて行ってもらったり、帰りに中村屋で食事をするのが夢のような体験でした。「男はつらいよ」シリーズや或いは他の映画に出てくる『東京の東の方』に対する憧れとコンプレックスを持ち続けてきたように思います。ある時期小林信彦の著作を読み漁り、まああの人特有の特権意識(いやな感じではありません)故の「柴又なんて下町ではない」という言葉に、そういうものなのかと思って実際に訪れてみたこともありました。 架空の下町。幻風景。イメージとしての故郷。 頭の中で漠然としていたものがいろいろ結びついた回でありました。
@torusano1124
@torusano1124 Жыл бұрын
口上についてはお恥ずかしいかぎりです(笑)。 僕は逆に東京のひがし側で生まれ育ったので、西側に対する心理的距離と憧れのようなものがあります。 柴又はお話ししたとおりこのシリーズで知って、20代前半のときに初めて訪れましたが、じぶんの生まれ育った場所とも西側ともぜんぜんちがう不思議な空気を感じました。
@user-qs8ei2gu2s
@user-qs8ei2gu2s Жыл бұрын
藤棚商店街も昔は賑やかだったけど最近は廃れたね〜😮
@監督ライター
@監督ライター Жыл бұрын
解説ありがとうございます! 濱マイクはドラマシリーズから入りました。 当時高校生で、映画オタクな僕は、ドラマ観ないタイプでしたが、このドラマは毎回異なる日本人映画監督が撮ると聞き、ハマった記憶です。 この3部作は観たいなとずっと願ってますが、なかなかチャンスがなく…DVDもなく、TSUTAYAにあるのはVHSのみ。 これを機にBlu-ray化できないかな?と願ってます。 今回の劇場公開、タイミング合えばいきます。 情報ありがとうございました!
@tochika27
@tochika27 Жыл бұрын
いつも面白いお話ありがとうございます。 暗いSF映画というタイトルに興味を持ちました。子供の頃父親の本棚に並んでいた「トリフィドの日」「華氏451度」などのハヤカワSFシリーズを読んでいました。50年代に書かれた物が多かったと思います。ほとんどの作品がまさに終末的な世界を描いた重いもので、私にとってSF小説というと暗い陰鬱な印象がありました。そこに惹かれてもいたわけですが。 その後観るようになった映画が、動画の中で語っていらした60年代末から作られた終末SFなのですね。SFというものは戦後の社会状況、未来への不安や絶望と密接に関係していたのだなと、こちらの動画を聴いて初めて考え、(サイエンスフィクションからはずっと離れていましたので)古典的な物から現在の作品まで、観たり読んだりしたくなりました。スタートレックやエヴァンゲリオンまで私の中では一貫してSF物は暗いです。
@大原秋年
@大原秋年 Жыл бұрын
あらすじを読み資料の1部を語るだけでは物足りない。貴方自信の感想が少ない
@ponponyo7
@ponponyo7 Жыл бұрын
個人的なチラ裏話しで恐縮ですが、一時期黒澤映画を見まくり、いくつかの黒澤映画のクレジットに「原作山本周五郎」の文字があるのに気付き、それから山本周五郎の本を読みまくった経験があったものですからこの動画は私には大変タイムリーでした。 赤ひげを見た周五郎が「原作を超えた」と発言したのは決して社交辞令では無く本心からだと思います。
@killercontents9474
@killercontents9474 Жыл бұрын
謎の銀球=地獄のピンボール。自分の中ではそうした認識が定着している。ラストで銀球を操る側のトールマンが、球を制御出来ずに体内に侵入されズタズタにされるオチには驚かされた。こうした演出から、コスカレリ監督が独特のセンスを持っているのが伝わって来る。 晩年を迎えてからの作品でも、随所に鋭い感性が垣間見られるのは、1ファンとして喜ばしい限り。