Пікірлер
@こた猫-b1g
@こた猫-b1g 11 ай бұрын
中学生の時に合唱祭で歌った懐かしい曲です。大好きだったこの曲、今でもよく覚えています。まさに、遠い日の歌ですね✨素敵なハーモニーをありがとうございました😄
@syd_seiko
@syd_seiko Жыл бұрын
👏👏👏
@SHIMPEI_MUSIC
@SHIMPEI_MUSIC 2 жыл бұрын
かの昔、合唱部で歌いました。懐かしいです。
@jchbg9435
@jchbg9435 Жыл бұрын
昔歌った合唱曲は、思い出になりますね。また歌いたくなりますよね🎶
@พิณทิพย์พัวพัฒนกูล
@พิณทิพย์พัวพัฒนกูล 2 жыл бұрын
มีภาพวิวสวยๆๆและบทเพลงประกอบ ไพเราะได้เป็นอย่างดีค่ะ
@truongthuattuong5480
@truongthuattuong5480 2 жыл бұрын
Thật tuyệt
@jchbg9435
@jchbg9435 2 жыл бұрын
Cảm ơn🎶
@みかん-e3q
@みかん-e3q 2 жыл бұрын
素晴らしいです。 周防大島町から応援しています!
@jchbg9435
@jchbg9435 2 жыл бұрын
ありがとうございます♪これからも笑顔で歌っていきたいと思います。
@白田正樹
@白田正樹 3 жыл бұрын
"いかにして契りおきけむ白菊を都忘れと名づくるも憂し” 承久の変に敗れ、父帝の後鳥羽上皇(隠岐に配流)と同じく佐渡に流された順徳天皇が詠んだ歌です。配流先で父の愛した白菊を見つけ「都忘れ」と名付けて遠い都を偲んだもの。それをモチーフにした詩に千原英喜氏は美しい旋律をつけ独特の合唱音楽を完成させました。本演奏はその千原音楽の世界を見事に表現してくれています。本人は演歌や民謡に通じる歌謡性を意識した、としていますが、本演奏はそれにあまりこだわらず、むしろサラっと明るく歌いあげているところにかえって「すずやかさ」と「せつなさ」を感じます。 ついでながら、現在の皇室の「菊の御紋」は後鳥羽上皇が白菊を愛したことに由来するとされています。また、後鳥羽上皇も順徳天皇も藤原定家に師事したとされ時代を代表する歌人です。小倉百人一首は、天智天皇の歌に始まり、99番目が後鳥羽天皇、100番目が順徳天皇の歌で終わっています。 因みに歌謡版では因幡晃(いなばあきら)の「都忘れ」が最高です。
@naochannelinny9124
@naochannelinny9124 3 жыл бұрын
素晴らしい! ありがとうございます。
@jchbg9435
@jchbg9435 3 жыл бұрын
とても嬉しいです!励みになります!!!
@naomikomatsu4829
@naomikomatsu4829 3 жыл бұрын
美しい歌声とハーモニーと生き生きとした皆さんの表情に感動しました。ありがとうございました。
@jchbg9435
@jchbg9435 3 жыл бұрын
ありがとうございます❗️これからも、みんなで生き生きと楽しく歌っていきたいと思います♪また是非聞いてくださいね。
@-gmailkoji.o9744
@-gmailkoji.o9744 3 жыл бұрын
みなさんの素晴らしい歌声に、心がホッと明るくなりました。 ありがとうございました!
@Lushfan
@Lushfan 3 жыл бұрын
Very nice!
@emikikuchi1555
@emikikuchi1555 3 жыл бұрын
Ed-san, Thank you for watching!!
@immabeartheangrykodomo4675
@immabeartheangrykodomo4675 3 жыл бұрын
Beautiful