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大正時代に登場したC51はアルコのパシフィック8900をベースに、高速狙いで1750㎜の動輪を持つ鉄道院のブレークスルーの機関車だったと言えます。多くの生産台数、標準軌に改軌し中支に送られこと、超特急燕の牽引、お召列車の牽引回数の多さ…が頭に直ぐ浮かび上がりますが、そのような華やかな活躍は一面であり、北海道から九州まで各地の地方幹線のサービス向上をギリギリまで改善した画期的な機関車です。
もうこれ以上の性能は不要とまで言わしめたことで、C51は改良を重ね、その過程では台車を変えたC54、C54のネガを徹底的に洗い出し改造されたC55、そして最終的にC57四次形に繋がる大きな流れの源流となったのです。重く、長くなって性能向上するのは当たり前ですが、その対応のための闘志は莫大になりますから、ある意味で国鉄の標準に繋がったのですね。今回の内容では、C51はDL化の前にはC57に必ず置き換わっていったことを各地の例を取り上げて検証してみようと思います。
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