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鹿児島城跡の発掘調査によって「大奥」があったとされる場所が見つかりました。
輿入れ前の篤姫も過ごしたとされる場所で歴史を紐解く手がかりになると期待されています。
「鶴丸城」とも呼ばれ、薩摩藩主が住んでいた鹿児島城。
その跡地について県は国指定史跡への登録を目指し2019年度から発掘調査を始めました。
今回、黎明館の駐車場の一角を掘り進めたところ、江戸時代の本丸大奥の跡とみられる柱を立てるための穴や排水溝の一部が見つかりました。
城のなかを描いた絵図には「大奥」の文字が残されていますが実際の場所はわかっていませんでした。
「大奥」と城山の間には通路があったとされ、柱の穴は(遺構)「大奥」と通路を隔てた塀の跡だとみられています。
鹿児島城などを研究する専門家はこの塀が「大奥」の特徴を表していると言います。
詳しくは、動画をご覧ください。
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