【ゆっくり解説】 楊貴妃 非命に倒れた絶世の佳人の生涯 【唐】

  Рет қаралды 126,699

鳥人間 中国史三昧

鳥人間 中国史三昧

Күн бұрын

玄宗に寵愛された中国を代表する絶世の美人、楊貴妃を紹介します。
チャンネルメンバーシップ、はじめました。
/ @c-history
※関連動画
唐朝最強の女帝 武則天の動画はコチラ
• 【ゆっくり解説】 中華最大の女傑 武則天 【唐】
楊貴妃を愛した玄宗の動画はコチラ
• 【ゆっくり歴史解説】 名君から暗君へ 玄宗 ...
武則天を目指して唐朝第二の女帝となり、女系王朝を開こうとした野心強き皇后、韋后を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 韋后 女帝になりたかった野...
こちらの中国史動画もどうぞ
漢の高祖劉邦を支え 漢王朝の成立に最大の貢献をした宰相、蕭何を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 蕭何 劉邦に天下を取らせた...
七度にわたる大航海を成功させた中国史上最大の提督、鄭和を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 鄭和 中華の大航海時代を作...
陽明学を創始した大思想家、王陽明の波乱万丈の生涯を語ります。
• 【ゆっくり解説】 王陽明 実践道徳を唱えた戦...
春秋時代、范蠡に見いだされて越軍を鍛え上げた伝説の女性剣士、越女を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 越女 越軍を鍛え上げた伝説...
始皇帝を暗殺しようとした中国史上最も有名な刺客 荊軻を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 始皇帝滅すべし 中華最大の...
南朝梁を建国し、全盛期を築き、そして国を潰した皇帝 梁の武帝 蕭衍の激動の生涯を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 王朝を創り、王朝を壊す 梁...
秦を滅ぼした西楚の覇王項羽の人生を彩った女性 虞美人を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 虞美人 覇王項羽が愛した謎...
侯景の乱とよばれる大乱を引き起こし、南朝梁をズタズタにした宇宙大将軍 侯景を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 宇宙大将軍 侯景 【魏晋南...
秦王朝を滅ぼしたとされる趙高は本当に悪逆の宦官だったのか。史記を読み解くだけでは見えなかった趙高という人物の実像に迫ります。
• 【ゆっくり解説】 趙高 大秦帝国を滅ぼした宦...
北宋時代において最も優れた将軍とされ、一兵卒から軍の頂点に立った名将、狄青の生涯を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 狄青 北宋第一 仮面の名将...
秦を戦国時代最強国にし、古代中華帝国を開く礎を築いた孝公と商鞅の大改革について紹介します。
• 【ゆっくり解説】 商鞅と孝公 古代中国を変え...
晩清の四名臣の筆頭で湘軍を組織して太平天国と激闘を繰り広げ、中国への西洋知識の導入に力を尽くし、多数の優れた人物を登用した文人、曽国藩を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 曽国藩 太平天国の乱を鎮圧...
中国史上最も有能で公正だったと言われ、アヘン厳禁政策を掲げ、欽差大臣として広州に乗り込み英国のアヘン商人に対して断固たる処置を取った政治家である林則徐の動画はコチラ
• 【ゆっくり解説】 最良の官僚 林則徐【清】
中華三大女傑の一人で、漢王朝の創始者劉邦の皇后となり権勢を振るった呂后の生涯について紹介します。
• 【ゆっくり解説】 中華三大女傑 呂后 【漢】
北宋の時代の大改革者 王安石の波乱の生涯と彼が取り組んだ大改革について紹介します。
• 【ゆっくり解説】 王安石 頑固一徹な大改革者...
中国史上最大規模の大殺戮を行ったとされる明末の反乱軍指導者 張献忠について紹介します。
• 【ゆっくり解説】 大殺戮伝説 張献忠 【明 清】
戦争の天才であり大改革者である戦国時代の人物 呉起を紹介します。兵法書「呉子」についても触れています。
• 【ゆっくり解説】 呉起 嫌われ過ぎた戦国の鬼...
中国史での悪玉、宦官。今回はその宦官の中でも一風変わった、武勇で頭角を現した宦官を三人紹介します。
• 【ゆっくり解説】 強すぎる宦官列伝 【中国史】
唐の時代に西域で名を馳せ 赫赫たる奇功を立てたり世界史に名を残したりした将軍 高仙芝の生涯を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 ハンニバル ナポレオンを越...
2000万人以上が犠牲になったと言われる清朝最大の反乱太平天国の乱とその指導者洪秀全を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 洪秀全 大清帝国を震撼させ...
明王朝の最盛期を築いた皇帝 永楽帝の生涯とその強烈過ぎる光と闇について紹介します。
• 【ゆっくり解説】 永楽帝 闇深き英傑が求めた...
商鞅の変法以前の戦国時代初期の秦と、この時代の秦魏の熾烈な争いについて話します。
• 【ゆっくり解説】 秦 戦国時代初期の秦につい...
中国の猛将を四人選んで紹介しています。
• 【ゆっくり解説】 中華猛将 四選
中国の歴史上ただ一人 皇帝となった女性 武則天を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 中華最大の女傑 武則天 【唐】
王安石とともに王朝の制度改革を目指した皇帝 神宗を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 改革を志した若き皇帝 神宗...
大清帝国の絶頂期の皇帝 乾隆帝を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 中華文明の極盛 最も幸福な...
超人的な政務処理能力で清朝繁栄の礎を築いた清朝第四代皇帝 雍正帝を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 冷徹なる政治マシン 雍正帝...
海を舞台に明朝の復興のために戦い続けた民族的英雄 鄭成功を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 鄭成功 海原を駆ける忠義の...
モンゴル帝国のチンギスハンやオゴタイハンに仕え、中華の地の安定した統治に貢献した政治家 耶律楚材を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 耶律楚材 民族興亡を乗り越...
隋末唐初の時代、唐の太宗 李世民がどのように群雄と戦い、唐の天下を平定していったか紹介します。
• 【ゆっくり解説】 唐太宗 李世民 最強の皇帝...
後漢の時代、各地で勃発した反乱を鎮圧していった名将 馬援の生涯を紹介します。
• 【ゆっくり解説】 馬援 名声轟く鎮定の名将 ...
越王勾践を補佐した鬼謀の士で、卓越した軍才と政治的手腕で活躍し、後に鮮やかな転身を遂げた范蠡を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 范蠡 越王を覇者に導い...
唐朝を揺るがした大反乱 安史の乱を起こしたことで有名な安禄山を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 大唐帝国に挑んだ巨漢の...
中国の代表的な女性武将を四人選んで紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 中華女性武将 四選
中国で最も尊敬される悲劇の英雄 岳飛を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 英雄の中の英雄 岳飛 ...
女真族を統一して明と戦い 清王朝につながる後金王朝を興した清の太祖ヌルハチを紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 民族を統一し 恨みを力...
明末清初に活躍した武将・皇帝の呉三桂を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 明を見捨て親を見殺し子...
明の時代に大海賊として名を馳せた王直を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 中華の海賊王 浄海王 ...
前漢の時代に善政を敷き、後に「文景の治」と呼ばれた時代の皇帝 文帝・景帝を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 文帝・景帝 仁政の時代...
中国の歴史上最高の名君とされる 清の康熙帝を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 中華歴代最高名君 康煕...
明の時代の南北の脅威 北虜南倭を相手に大活躍した名将 戚継光を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 北虜南倭を迎え撃った名...
明の時代に猛威を振るい 専横を極めた宦官 魏忠賢を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 専横を極めた大宦官 魏...
唐王朝に壊滅的な打撃を与えた黄巣の乱の指導者 黄巣を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 唐朝を叩き潰した大乱 ...
人々から非難され続けてきた南宋の宰相 秦檜を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 究極の嫌われ者 秦檜 ...
後漢末に太平道を率いて黄巾の乱を起こし、後漢王朝に挑戦した宗教指導者 張角を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 黄巾の乱 中華最初の宗...
中華の歴史上初めて遊牧帝国を築いた 匈奴の冒頓単于を紹介します。
• 【ゆっくり歴史解説】 中華を慄かせた最初の草...

Пікірлер: 261
@2ytku723kp
@2ytku723kp 3 жыл бұрын
歌や舞踊が上手く楽器の演奏に優れよく食べよく飲み健康で明るく快活な性格のコミュ力お化け… 楊貴妃が少し昔(昭和)~今の時代に生まれてたのなら皆に愛される国民的アイドルとして楽しく平穏に暮らせたのかもなあ
@taku492
@taku492 3 жыл бұрын
この「よくも悪くも、何もしてない」というのが実に個性的で、それがわかりやすい解説で良かった。
@tawasikamenoko4442
@tawasikamenoko4442 3 жыл бұрын
絶大な権力を持ち、多芸多才で熱中すると止まらない玄宗。常に飽きさせず相手をするのは大変そうだが、それを余裕でこなしていた楊貴妃の対人能力は凄いですね。安史の乱は、女性が表舞台で華やかに活躍する時代の幕引きだったようにも。
@味噌汁のきらめき
@味噌汁のきらめき 3 жыл бұрын
楊貴妃自身は愛された相手がいろんな意味で悪かったなあと。 李瑁の妃として生きていければ、真っ当な人生を歩めたなと思います。
@にれすみか
@にれすみか 3 жыл бұрын
さらっと出てきた李林甫もいつかやって欲しいな 評価は分かれるだろうけど口に蜜あり腹に剣ありと言われた腹黒さが結構好きです
@金獅子ジャン
@金獅子ジャン 3 жыл бұрын
玄宗が暗君化する時期に重なって妃になったのも不運だったんですかね…。 傾国の美女扱いされてはいますが落ち度は少なく感じます。
@rerepopo663
@rerepopo663 3 жыл бұрын
唐は国土が西に延びて色んな異文化と触れてる分凄いグローバルで 調べると楽しい時代だよね。
@濱本貴寛
@濱本貴寛 3 жыл бұрын
序でに申し上げると、タラス河畔の戦いで高仙芝率いる唐軍がアッバース朝のイスラム軍と戦うも、裏切りがあって唐軍が惨敗しました。 その時イスラム側に捕虜となった唐の紙漉き職人がいまして、後に西洋へ製紙技術が伝わる切欠となりました。
@TomoTanSan
@TomoTanSan 3 жыл бұрын
以前の「武則天」や前回の「韋后」の解説とも繋がっていて、より深く理解できました…!☺️
@coldexp7189
@coldexp7189 3 жыл бұрын
政治的に野心が無く、趣味が合う若くて美人の妻。 うーん、これは楊一族が要職に就き国が傾く前の段階で早々に息子に譲位していたら、玄宗も楊貴妃と一緒に優雅な老後を全うできたかもしれないのになぁ。
@ヨーク公リチャードプランタジネット
@ヨーク公リチャードプランタジネット 3 жыл бұрын
玄宗と楊貴妃の仲が良好であったことを考えれば、安史の乱には単なる反乱以上の悲劇性があるなぁ…楊貴妃と安史の乱を通して、皇帝でない一老人としての玄宗の姿が浮き彫りにされる。
@あんあん-v7r
@あんあん-v7r 3 жыл бұрын
振り返ると 千人の美女が 自信を失ったという この表現が、好き
@飛岡奈尾美
@飛岡奈尾美 3 жыл бұрын
最強の 見返り美人
@章由安部井
@章由安部井 3 жыл бұрын
イチャイチャしている玄宗の画像は中年くらいだけど、700年代の55~70歳の容姿は爺さんだよね。世界的企業の老齢社長が愛人にのめり込み、愛人一族を片っ端から重役に据えた。 愛人一族は会社を私物化してやりたい放題して最後は自滅、うーん急に俗っぽくなる。
@しょぼーん-p7f
@しょぼーん-p7f 3 жыл бұрын
國破れて山河在り で始まる有名な杜甫の詩、春望もこの安史の乱のおりに詠まれたそうです この詩は後々本邦にも多大な影響を与え、先の大戦の終結時には、敗戦で荒んだ日本人の慰めとして吟じられたそうです(本来は不遇を嘆いている詩ですが、前向きな解釈を加え何もかも焼けてしまったと思ったが、まだ自然は残ってるからやり直せる!と奮起したそうです) そうやって、戦後の復興から高度経済成長に至る迄にこの詩が与えた影響の事を考えたら、楊貴妃の存在があればこその話なんだな~と何やら歴史の歯車と言うか、チャートと言うか、壮大なスケールを感じました( ˘ω˘ ) 虎は死して皮を残し、人は死して名を遺すと言いますが 1000年以上も名を語り継がれる楊貴妃は 世界的にも稀有な女性としてこれからも語り継がれるのでしょうね( ^ω^) 杜甫の春望 詩吟👇 www.kangin.or.jp/learning/text/chinese/k_B1_025.html
@二郎岩田
@二郎岩田 3 жыл бұрын
以前、ある中国人の作家の書いた中国における恋愛の歴史についての本を読んだことがあります(著者名、題名は思い出せません)。その著者によれば、中国の長い歴史を通じて、権力者による寵愛話は数えきれずあるが、権力者の恋愛話は、実は玄宗と楊貴妃の話があるぐらいで、歴史にほとんど例がなく、中国での恋愛物語は、権力者や市井の人々を問わず、欧米との交渉が始まる近代に至って初めて出てくる、その点で、日本と大きく違うと書いていました。著者は、さらに、皇帝は絶対的で、手に入れたい女性は、いつでも、躊躇なく手に入れることができた。従って、玄宗が楊貴妃を気に入ったのであれば、他の女性たちと同じように後宮に入れて寵妃にすればよかっただけで、恋愛が成立することはなかったはずだとします。そのような中国で、なぜ玄宗皇帝と楊貴妃の間で恋愛が成立したのかについて、著者はある仮説を立てます。それは恋愛が成立するには、男女の間に越えられない障壁(物理的あるいは社会的あるいは政治的な)があるときにはじめて成立するのではないかというものです(つまり、相手を手に入れたいがそれができない、或いは許されないとする物理的・社会的・政治的事情があることが必須ということです。シェークスピアの「ロメオとジュリエット」がその典型例)。そして、中国の皇帝の権力は絶大で、越えられない障壁はほとんどなかったが、そのような皇帝でも越えられない、あるいは越えてはならないタブーがあり、それが儒教の説く人倫の道であり、息子の嫁を妻とすることは、儒教最大のタブーであったと言います。だからこそ、玄宗皇帝といえども人の目を盗んで楊貴妃と密会しなければならなかった。ここに玄宗と楊貴妃の間に例外的に恋愛が成立し得たのではないかと書いていたと記憶しています。 つまり、「ゆっくり解説」では、玄宗が楊貴妃(玄宗の皇子の一人〔寿王〕の嫁)を自分の妻に迎えたことについて、「北方の遊牧民の風習で父が死ぬと息子が実母以外の妻を引き継ぐというものがあり、唐の皇室はそちらの地を引いていることから、皇帝が息子(皇子)の嫁を自分の妻にすることにそれほど抵抗が無かったからかもしれない」と言っていますが、それは逆で、大変抵抗が強かったからこそ、玄宗と楊貴妃の恋愛が成立したのではないかということです。またこれは余談ですが、唐王朝は、中国で仏教が盛んだった最後の時代で、それが男尊女卑の儒教の考え方を抑え、唐の時代に、武則天や数多くの女性の活躍を可能にしたのではないかと思われます。それでも、男尊女卑は根深いものがあり、日本の律令制のモデルであった唐の律令体制において、唐では口分田は女性には配られなかったようです。日本では男性の3分の2が配られました。
@ちーちゃん-j5x
@ちーちゃん-j5x 6 ай бұрын
武則天も初めは夫の父の側室だった。
@木元西
@木元西 3 жыл бұрын
やっぱり白楽天こと白居易の『長恨歌』でイメージが創られた人なので、史書からの紹介はとてもありがたい。権力や富より“愛されること”が幸せだった人だったんだな。 『長恨歌』の影響は日本でも大きく、後半を劇化した能楽『楊貴妃』が作られた。玄宗と幽冥を隔て、一人仙境にいる淋しさを「憂き世なれども恋しや昔」と謡う楊貴妃の哀れさが見どころ。 清朝の戯曲『長生殿』では「亡くなった玄宗の魂を方士が楊貴妃の元へ送り、二人は再会する」と少し救われる結末になっている。 (いつかTV放送された中国劇『長生殿』だと「再会は夢で、楊貴妃の形見を手に玄宗は絶望の底に沈む」という悲劇的な幕切れだった。背後で『長恨歌』の最後の句「天長地久有時尽 此恨綿綿無絶期」が悲壮な声で歌われていた)
@asterlily9914
@asterlily9914 3 жыл бұрын
楊貴妃は野心家ではなく天然タイプのような気がする。(そこが魅力の一つだったのかもしれない) 結局周りが勝手に騒いだだけなんだろうな。
@呉志
@呉志 Жыл бұрын
あれだ‼️例えるなら・・・・ 運に見放され美空ひばり⁉️
@air5042
@air5042 3 жыл бұрын
楊貴妃は確かに権力とは無縁だったとは思いますが、立場を考えた時に己の幸せだけではなく、人民の幸せも考えなければならない存在であったとは思います。
@呉志
@呉志 Жыл бұрын
虞美人みたいに⁉️味方の将軍を殺さないで、 くらい言うべきだったな 後、弟ぶん殴るとかな(笑)
@ドラゴンツッチー
@ドラゴンツッチー 3 жыл бұрын
楊貴妃は本人は何もしてないし、何の落ち度もないが、周囲の人間に利用され、振り回された挙句、哀れな最期を迎えた気がする…。かわいそう。宮中の世界に入るには彼女は心が純粋すぎたか…?
@齋藤弘-y1j
@齋藤弘-y1j 3 жыл бұрын
高校で習った『長恨歌』を思い出しました。名作ですね(涙)。白楽天も2人の人柄をそのように認識していたのでしょう。そのうちに、文芸作品とか詩人とかも取り上げてもらえませんでしょうか。
@佐和子河合-g1c
@佐和子河合-g1c 7 ай бұрын
能に『楊貴妃』の題で『熱田神宮』と『楊貴妃の冠』を描いた作品がKZbin番組の解説を閲覧しました❗️ 実際の能は見ていませんので粗筋だけでは何が何だかわかりませんが中世の日本人も玄宗皇帝や楊貴妃に好意を持っていた様です。
@ddrible9350
@ddrible9350 3 жыл бұрын
楊貴妃自身がイノセントな感じなのが悲しい。一族にバランス感覚のある実務家がいればなあ 玄宗は複雑でおもしろい人物だなあ
@naniuro
@naniuro 3 жыл бұрын
国を傾けて殺されたのに悪女扱いされたり悪辣な逸話を付け足されたりしなかったのは白居易の詩才のお陰だと思う。
@madmotor
@madmotor 3 жыл бұрын
楊貴妃に溺れることで皇帝ではない一人の人間としての愛と喜びを楽しんだ玄宗が、その楊貴妃との関係を自ら絶つことで皇帝としての責務を果たすのが哀しい。 コナミの名作RPG「幻想水滸伝」のラスボス・バルバロッサ皇帝と宮廷魔女ウィンディの関係も元ネタは玄宗と楊貴妃だろうなぁ。
@ななしのよっすん
@ななしのよっすん 3 жыл бұрын
本人にその気がなくても周りはそっとしておいてくれないのが権力の恐ろしさ。 何事もほどほどが一番とは言いますが、そう都合よくは行かないのがもどかしい。
@茶聖
@茶聖 3 жыл бұрын
楊貴妃の墓は最初土を盛った墓だったが、その土が美貌に良いとされて掘り起こされてしまい、仕方なく石を詰んだ墓を作ったという逸話がある。
@Taka18782
@Taka18782 3 жыл бұрын
ネルソン提督の遺体が浸かった酒樽の酒が、船乗りたちに飲まれたみたいな話ですね。
@虎色の脳細胞
@虎色の脳細胞 3 жыл бұрын
偉人にあやかるのに手段は選ばんのね…体に良くなさそう…
@daikon_yakusha
@daikon_yakusha 3 жыл бұрын
日本でも博打に勝つために大勢のギャンブラーに墓石削られて、結果として墓が跡形も無くなったという人いたっけ。
@遠江少納言
@遠江少納言 3 жыл бұрын
@@daikon_yakusha 森の石松ですね。
@toumasa4323
@toumasa4323 3 жыл бұрын
@@遠江少納言 清水の次郎長親分ですよ
@mogura1234
@mogura1234 3 жыл бұрын
鳥人間さん ちょっとズレますが質問させてください。   動画を拝見するようになってから ずっと思ってたのですが、OPの二胡?の 曲の曲名は何ですか?   凄くいい曲なので、ぜひ生活に取り入れたく思います。   すげー落ち着くんですよねコレ。
@きたまくら-f1f
@きたまくら-f1f 3 жыл бұрын
概要欄で紹介されている甘茶の音楽工房さまのサイトで「和風・アジア」のところにある「緩やかな風」という曲ですね
@mogura1234
@mogura1234 3 жыл бұрын
@@きたまくら-f1f ありがとうございます 辿り着きました。
@seattleslew2332
@seattleslew2332 3 жыл бұрын
1人の男として楊貴妃を求めたくせに急に皇帝に戻って死なせるなんて酷いよ😢
@呉志
@呉志 Жыл бұрын
一代の英雄の旦那とそれなり優秀な弟を 持ったおかげ天寿を全うした寧々 馬鹿な旦那⁉️とクズの弟のせいで、呂后、西太后並みの 悪女として扱われ悲惨な末路辿った楊貴妃
@quattrojulius7500
@quattrojulius7500 3 жыл бұрын
楊貴妃は美しすぎるのも災いになりうるという現代社会にも通じる事例だと思いました
@刃蝶堂
@刃蝶堂 3 жыл бұрын
高校の歴史の先生が、長恨歌の説明の際 楊貴妃の白い肌にはじかれた水滴とそれをはじく壁で 水滴が舞ってキラキラする浴室を覗く玄宗皇帝 このくだりをすごい熱弁してたのが印象的すぎて 玄宗皇帝の印象が風呂覗き皇帝に。 前半名君だったのに… 楊貴妃が明るい性格なので、彼女の後宮は穏やかであったというのも 中国史の女性の話としては珍しく感じたよ
@音伎
@音伎 3 жыл бұрын
権力者の妃たるもの、 政治にまったく無関心というのもマズイんですかねぇ。 「点数計算が上手いからって要職につけないで!」 「働いている玄宗様ステキ! お仕事頑張って!」 くらい言わなきゃいけなかったんだろうけど。 たぶん、口うるさく言わない全肯定の姿勢だったから 楊貴妃は玄宗に愛されてた気もするしなぁ。救えない。
@野次馬-g2e
@野次馬-g2e 3 жыл бұрын
玄宗は治世の前半は名君だったから楊貴妃を見出した辺りで譲位すべきだったのかな?玄宗ではなくて李隆基だった頃が最盛期なんだろうな、 楊貴妃は自ら権力を求めたわけでは無いからなぁ、
@KOME1990
@KOME1990 3 жыл бұрын
皇后的立ち位置の人って政治に関与しすぎても無関心すぎてもひどい目に遭うよね。 マリーアントワネットも無関心すぎたし、逆に関与しすぎると武則天や呂后みたいになる 内助の功ぐらいのレベルで政治にかかわるのが一番上手く行く気がする。 馬皇后 ほどは求めすぎかもしれんが身内の暴走を制止する程度の政治的見識は 必要なのかもしれない。
@ねこですよろしくおねがいします-t9r
@ねこですよろしくおねがいします-t9r 3 жыл бұрын
動画の最後のイラストが鬼のようにかわええ…これは傾国の美女ですわ…
@宮下弘明
@宮下弘明 3 жыл бұрын
ホント、老いた玄宗と楊貴妃、それを取りなした高力士の話だけ見ているとホッコリする夫婦の話なんだけどな。せめて上皇になった後ひっそりと楽しく生きていれば昏君にならなかったろうに…
@サトウタロウ-j4y
@サトウタロウ-j4y 3 жыл бұрын
楊貴妃の罪を敢えて挙げるなら、無邪気に奸臣を近づけさせてしまったこと、劉娥のように玄宗を諫めなかったことでしょうか。 この時代の人物だと、張巡・南霽雲・雷万春もいつか紹介して欲しいです。
@pro-kc7pn
@pro-kc7pn 3 жыл бұрын
楊氏一族の妬みに安禄山が挙兵したのに玄宗が逃げた事で却って事態を大きくしたのが安史の乱の結末。楊氏の怖れに振り回された玄宗も楊貴妃も安禄山も憐れでしかない。唐のこの頃はそれだけ平和だったと言えるだろう。
@MY-cd5kg
@MY-cd5kg 3 жыл бұрын
外戚の台頭は本当に碌なことにならないですね。衛子夫のように縁戚に傑物がゴロゴロいた例外もありますが。
@monyasi5288
@monyasi5288 3 жыл бұрын
玄宗が悪いよ玄宗が! 楊貴妃は贅沢こそしていましたが、この手の傾国の美女の中でも彼女自身には 権力を求めたとか、民衆を苦しめたとか他の女性と寵愛を巡り血みどろの暗闘を繰り広げたとか 悪い逸話は全く聞かないですし天真爛漫さというか、陽性の印象しかないですねぇ。 ただ玄宗と面白おかしく暮らしたいだけだったんだろうなあと思います。 権力者の箍が外れて過度の寵愛を受けてしまったがゆえに悲劇の末路を辿った被害者という印象です。 ただし楊國忠、テメーはダメだ。
@レイテルパラッシュ
@レイテルパラッシュ 3 жыл бұрын
季節柄ソルティライチ飲んでる楊貴妃想像してちょっと吹いてしまった
@rerepopo663
@rerepopo663 3 жыл бұрын
こんな世界屈指の美人と特殊な赤ちゃんプレイが出来た安禄山はある意味凄い勝ち組。
@green8714
@green8714 3 жыл бұрын
安禄山とロウ毒は中国王朝皇族の特殊趣味に巻き込まれた両横綱かなぁと(時代めちゃくちゃ違うけど)
@coldexp7189
@coldexp7189 3 жыл бұрын
これも、楊貴妃に実の子供が生まれてないからなんだろうね。 ……楊貴妃も皇帝との間に自分の子を欲しがっていたのかなぁ?
@濱本貴寛
@濱本貴寛 3 жыл бұрын
玄宗「安禄山、そなたの腹には何が詰まっているのか?」 安禄山「ただ陛下への赤心のみでございます」 楊貴妃「まぁ、可愛い子ですこと。 さぁ此方へいらっしゃいな 子守唄を歌いましょう」 安禄山「ばぶー」 …… とある家臣「安禄山が羨ましい!」
@呉志
@呉志 Жыл бұрын
@@濱本貴寛 これで、健康に気をつけたら⁉️ 天下を取れたろうにな⁉️
@四季菜摘
@四季菜摘 3 жыл бұрын
玄宗は開元の治のおかげで名君主だったと言われてきたようですが、実際はそんなことなかったようだと分かってきたんですよね。 玄宗の治世で前半から中盤まで政治に参加してたのは武則天の臣下たちであり、彼女が有望な人間を集めていたからこそできたこと。 実際の玄宗は政治よりも女性。名君には見えないなあ。 楊貴妃は傾国と呼ばれたわけですが、どう考えても傾国なのは愚帝玄宗の方だろうと。女のせいにするんじゃないって思ってしまいます。
@恵子山田-b8n
@恵子山田-b8n 3 жыл бұрын
ぶっちゃけ「バカな男がいた 」って話かも?
@user-mx5qx5oj9c
@user-mx5qx5oj9c 3 жыл бұрын
三国志の登場人物以外だと始皇帝、楊貴妃くらいしか一般の人達からあまり知られてないと思うけど、やっぱり絶世の美女と言う事以外あまりエピソードがないですね。
@reizoukoreizouko
@reizoukoreizouko 3 жыл бұрын
権力とほぼほぼ無縁の、ただただ玄宗といちゃいちゃしてただけの人なんだよね。。。
@紅茶好き
@紅茶好き 3 жыл бұрын
玄宗動画より玄宗の内面に触れている様な気持ちになりました うーむ、楊貴妃が生き延びるには玄宗が全盛期の半分くらいやる気を出してくれないと駄目っぽいですね 危急時に名君化するより、平時に平凡であることは中々難しいんでしょうね……
@城とドラゴン-e8e
@城とドラゴン-e8e 3 жыл бұрын
楊一族は恨まれすぎて煬って漢字に変えられたという小話を聞いたことあります
@yh6146
@yh6146 3 жыл бұрын
玄宗や安禄山はすでに解説があったから楊貴妃もすでにやっていると思っていたけど初めてだったのか。
@奈良岡昭宏
@奈良岡昭宏 3 жыл бұрын
「良くも悪くも何もしなかった」これが原因でしょう。 彼女が光武帝の妻、陰麗華のように縁戚を要職に就けることをしなかったのなら、安史の乱も起こらなかったかもしれないですね。安禄山は専横を極めた佞臣として記録に残るでしょうけど。 ただ、安禄山じゃなくてもどこかで誰かが反乱を起こして唐朝がズタズタになったかもしれないでしょうけど。
@みみんかかんか
@みみんかかんか 3 жыл бұрын
日本の王朝物語の源氏物語、夜の寝覚等に多大な影響を与えた長恨歌の史実ですね。
@宴は終わったが
@宴は終わったが 3 жыл бұрын
鳥人間さんも指摘している通り、玄宗は確かに楊貴妃を妾というよりは老いらくの恋というのが実際のところだったと思います。 しかし、そうであるがゆえに国にとっても玄宗にとっても楊貴妃にとっても悲劇であったと言えるでしょう。 これが権力者ではなく、芸人であればチャップリンとウーナ、加藤茶と綾菜さんのように幸せな生活を送れたかもしれませんよね。 28:19 日本にも楊貴妃の墓があるのですか?
@北の独居
@北の独居 3 жыл бұрын
別コメにも有るように、死んだ楊貴妃は偽物で、本物は日本に逃れた伝説が有るんです。墓の有る土地は大陸からの漂着者が多い土地ではあるようですが、楊貴妃伝説の真偽の程となると…。
@daikon_yakusha
@daikon_yakusha 3 жыл бұрын
楊貴妃もクレオパトラも最近では史書などで伝わるほど美人ではなく、実際には男の心を掴んで離さないだけのコミュ力があったのだ。 なんて話もありますね。 美人の定義がどうなのか?という問題がありますが深く愛される「何か」があったのでしょう。 楊貴妃は容姿の表現の中に「豊満」なんて表現があるせいで「実は肥満体だった。」なんて説があるらしいですが、実際のスタイルはどうだったんでしょうね?
@green8714
@green8714 3 жыл бұрын
道教に出家し四年努めないと貰えない経典を貰い、乗馬を楽しみ、舞踊の達人だった…という事を思うと肥ってたらその人生無理と言う気はします
@daikon_yakusha
@daikon_yakusha 3 жыл бұрын
@@green8714 他のコメ欄に楊貴妃肥満体説が幾つもあって、知られているのだなぁと。 気になるのは、肥満体が美女の条件なら、昔の女性を描いた画に肥満体女性が描かれるのが自然なのに、何でそうではない絵が多いのだろう? 肥満型から痩せ型に美人の条件が変わったのはいつ? と言う興味深い疑問がわきますねぇ。
@001lonestar7
@001lonestar7 3 жыл бұрын
そうですねえ、もっとぽっちゃりした絵が有っても良いと思います。日本でも美人の要素は時代によって結構変わりますから。 朝鮮系の美人はほっそりとしたタイプと言います。西や南の美人は肉付きの良いタイプ?きっと流行りすたりはあると思います。
@green8714
@green8714 3 жыл бұрын
@@daikon_yakusha さん 『搗練図』と言う元絵は現代では散逸し宋の時代に描かれた模写が残ってる絵では、割とふくよかな女性が描かれてます。 同じ作者?の『虢国夫人遊春図』と言う絵はとにかく男性がみんなキュッとしまってて女性はふくよか、でも馬に乗れないとか極端な肥満体と言う感じでは有りません。 作者はちょうど玄宗皇帝の頃の人らしいので、国が豊かで地位の有る女性達は福々しいが美しいくらいの感覚だったのではと…
@001lonestar7
@001lonestar7 3 жыл бұрын
@@green8714 さん ありがとうございます。そうか纏足の影響もあるのか。
@ya79
@ya79 3 жыл бұрын
突然のウェルキンゲトリクスの登場に度肝を抜かれました。。。!!
@りん-l5t
@りん-l5t 3 жыл бұрын
動画UPお疲れ様です〜楊貴妃と聞くと張飛との話が思い出されてもう駄目だ...しかし楊貴妃なら例え幽霊でも一晩相手したいものですなぁ〜
@basilbasilicum
@basilbasilicum 3 жыл бұрын
玄宗が政治をほっぽり出して重臣達が楊貴妃を疎んでたんだと思っていました…ここでそうではなかったことを知り良かったです。 ごめんね玄宗誤解してたよ…
@中道左派
@中道左派 3 жыл бұрын
唐代は中国で唯一女性が馬にまたがる時代というのは知っていたが、そうか北方民族の風習を受け継いでいたのか
@まっちゃ-i4i
@まっちゃ-i4i 3 жыл бұрын
彼女は経国の美女と評されるけど、やっていることは単にちょっとした贅沢ってところなものが多いと思う。唐朝が衰退に向かったのは玄宗の治世後半の無気力さが原因だろう。 というより彼の治世前半は則天武后の名臣によって支えられていたことを考えると彼が名君というよりも後半生において地金がでたというべきなんだろう。
@さいぱんだ趣味人
@さいぱんだ趣味人 3 жыл бұрын
動画や中国史とは直接ではないですが、日中合作の映画、空海(原題は妖猫伝、夢枕獏作)のバックグラウンドストーリーがより深く理解できました。
@我妻花音
@我妻花音 9 ай бұрын
私もその映画大好きです
@トトノ号
@トトノ号 3 жыл бұрын
いつも楽しく拝見しております。 いつか李林甫作られること願います。
@cokura5273
@cokura5273 3 жыл бұрын
楊貴妃のビジュアル的偏差値がもうちょっと低ければ、あるいは政治的野心が多少あれば歴史が変わったのかな? とか妄想するのも歴史の楽しみですね。 今日もありがとうございます😊
@鷹の爪団員Tだぜ
@鷹の爪団員Tだぜ 3 жыл бұрын
楊貴妃は湖人《ペルシャ系》出身であったとか。 安禄山も同じ湖人出身。
@kousuke1976a
@kousuke1976a 3 жыл бұрын
玄宗が出兵したらしたで、玄宗のいない宮殿で李静忠辺りに殺されバッドエンドな気が・・・
@原田美紀-j9t
@原田美紀-j9t 3 жыл бұрын
楊貴妃見てたら、同じ四大美女の西施に似てるなぁって、思ってしまう。西施もその美貌で君主を骨抜きにし、国を傾けはしたものの、野心や権力欲はなく、悪辣な人物ではなかったし...できれば西施についても取り上げて欲しいです。
@濱本貴寛
@濱本貴寛 3 жыл бұрын
安禄山に玄宗が勝つには、少なくとも高仙芝を讒言による処刑をしていなかったら可能性は有った。
@fx9374
@fx9374 3 жыл бұрын
楊国忠が全ての原因に見える 玄宗も出世させすぎですな
@邇芸速日命
@邇芸速日命 3 жыл бұрын
二人のラブラブ話し大好きなぶん、普段より観てしまいました😆オープニングの曲名探してもみつからなくて、よかったらどなたか教えてくださいませ🙇
@c-history
@c-history 3 жыл бұрын
甘茶の音楽工房様の「緩やかな風」でございますゥ
@邇芸速日命
@邇芸速日命 3 жыл бұрын
@@c-history 今回もありがとうございます🙏
@Skyla1207
@Skyla1207 3 жыл бұрын
日本に墓が有ったのは知らなかったけど、初見で1枚目はなんか中国っぽくないなぁと感じて正解だったのがなんか嬉しかった
@user-es5qi7hp5z
@user-es5qi7hp5z 3 жыл бұрын
待ってましたァ
@すじ-g1j
@すじ-g1j 3 жыл бұрын
ありがとうございます!
@c-history
@c-history 3 жыл бұрын
ご支援ありがとうございます! お心遣い、大変励みになります!!
@三宅猫之助
@三宅猫之助 3 жыл бұрын
楊貴妃がいなければ落語「野ざらし」も生まれなかったと考えると、文化面への影響も結構ありそう
@daikon_yakusha
@daikon_yakusha 3 жыл бұрын
あの話のオチを知って、腹がよじれるほど笑った記憶がw
@001lonestar7
@001lonestar7 3 жыл бұрын
関西では「骨釣り(こつつり)」というストレートなタイトルです。
@あひひあひ-l2w
@あひひあひ-l2w 2 жыл бұрын
おたかくとまっている人かと思っていたのですが天真爛漫な感じだったんですね 出来すぎだろと思うぐらい何もかも揃っていて実際に見てみたいです💖 そしてその不幸な境遇も含めてなんとなくマリーアントワネットに重なりました;;
@韓非-h4u
@韓非-h4u 3 жыл бұрын
絶対的権力者の傍にいながら政治には微塵も興味を持たなかったっての、たぶんエーファ・ブラウンみたいな人だったのかもなあと。
@Kasutera000
@Kasutera000 3 жыл бұрын
鳥人間さん武則天って呼ぶ時と則天武后って呼ぶ時があるけどなんか判断基準はあるのかな?
@昭和の老兵
@昭和の老兵 3 жыл бұрын
中国では則天と姓を付けずに呼ばれたが最近は姓を付けて武則天と呼ぶ様になった。則天武后とは本人の遺言で皇后の礼で葬られたことを重視した言い方で日本ではかつてはこちらの呼び方が一般的だった。
@MUSASI40
@MUSASI40 3 жыл бұрын
馬嵬の変の首謀者で玄宗と命運を共にした忠臣・陳玄礼をやって欲しい彼から見る玄宗の治世も面白いと思う。
@toumasa4323
@toumasa4323 3 жыл бұрын
このチャンネルの過去動画の再生回数でも、数々の英雄たちを抑えて武則天が君臨してますね、女帝強すぎw
@北の独居
@北の独居 3 жыл бұрын
某チャンネルのアイドルは女帝に成り損なったソフィアw。
@令和の土星人
@令和の土星人 3 жыл бұрын
楊貴妃がもし玄宗の皇子を産んでいたら展開は多少は変わったかもしれない(第2の武恵妃になったかもしれないが)けど、逆に子を成さなかった分玄宗への愛だけで生きられたのではないか。そして彼女の最期だが、静かに死を受け入れたのではないだろうか。見苦しく立ち騒いだり逃げ出そうとしたのなら史書に記録が残るはずだし、状況からいって自分が助かりそうにもない事は察せられたであろう。楊貴妃が醜態を残すことなく死んだのは彼女にとってはある意味幸運だったかも。
@ma-bera-love
@ma-bera-love Жыл бұрын
相手が60才だと立たなくは無いが…
@丸山康平-l2f
@丸山康平-l2f 3 жыл бұрын
くそ〜安禄山め、許さん! 悪いのは玄宗でもあるな、 皇帝の癖に嫁も守れんとは.... ワイもライチはぬこの次ぐらいに好こだ ぬこ好きとライチ好きに悪い人は 居ないと今決めた。悲しや
@コジコム
@コジコム 3 жыл бұрын
張飛との笑い話はさすがに挟む時間の余裕はなかったですね^^; いずれ中国の小話特集でもする時があれば楽しみにしてます
@濱本貴寛
@濱本貴寛 3 жыл бұрын
一晩、張飛と添い寝ってスゲェ罰ゲームwwwwwww
@はる-n2y3m
@はる-n2y3m 2 жыл бұрын
@@濱本貴寛 張飛将軍はイケメンだったらしいよ…
@taknar4020
@taknar4020 3 жыл бұрын
玄宗も在位30年以上経ち、政務に飽きたから性務に励むようになってしまった・・・。
@001lonestar7
@001lonestar7 3 жыл бұрын
退位してからなら、どんな体位で励んでも追及されないのに。
@anaheimmechatronics564
@anaheimmechatronics564 3 жыл бұрын
冷静に考えると武則天の時代は行政的にはまぁまぁだった事から、武則天の方が楊貴妃よりマシだよな。
@日常ポロネーズ
@日常ポロネーズ 3 жыл бұрын
何人も子どもを作って、最終的にアントニウスに変な助言をして、アクティウムの海戦でオクタウィアヌスにボロ負けして自殺したクレオパトラとは大違い。「無欲・美人・ちょっとわがまま」。←全然自分はこっちの方が好きだな~。
@001lonestar7
@001lonestar7 3 жыл бұрын
あっちはエジプトの女王様ですから、背負うものが違うかな。個人的には楊貴妃の方が好み。
@いでたかゆき-r8i
@いでたかゆき-r8i 3 жыл бұрын
ムカデヨウキヒの解説だ! 蘭陵王高長恭をリクエストします
@mogura1234
@mogura1234 3 жыл бұрын
大学の頃の中哲講義の余談で 「楊太真外伝」をやったのを思い出しました。   不人気の中哲、野郎しかいないマイナー 講義だったから美人談義が盛り上がったw     どこ情報だったか忘れたけど、 楊貴妃は胡人(ペルシャ系)の血が 混じってた説があって、体臭がキツく、 玄宗もそれに魅了されたのでは説があったと記憶してます。   講師の先生が「今でも『胡散臭い』 とか言うでしょ?胡人は東アジア人に比べて体臭がキツかったんですよ多分。」 みたいな事を言ってた気が。     だとするとフェロモンのキツいのが 好みだったんですかね。     好みは人それぞれですねw   ちなみにその話を受けた、その時の講義内での結論が 「楊貴妃=現代で言えばぽっちゃりのベッキー」     でしたw
@Noel-1045
@Noel-1045 3 жыл бұрын
歳の差30歳以上って私の父と母だけかと思ってた笑笑
@green8714
@green8714 2 жыл бұрын
長年、楊貴妃は『ただそこにいるだけで権力者を堕落させるファムファタール』と言う扱いだったんだろうなぁ…
@自称皇帝
@自称皇帝 3 жыл бұрын
謎の赤ちゃんプレイ好き
@玉置清二
@玉置清二 3 жыл бұрын
山口の墓は、偶然見つけたので、見てきました
@tyourea
@tyourea 3 жыл бұрын
これは、玄宗の罪やんけ。安禄山や楊国忠を起用した事が起因やろがい。 美人は、太平の世では、有利でも戦乱の世では、不利やな。
@m袖
@m袖 3 жыл бұрын
Thanks!
@c-history
@c-history 3 жыл бұрын
ありがとうございます! ご厚意、感謝感激でございます!
@NT-iv9os
@NT-iv9os 3 жыл бұрын
楊貴妃って勝手に悪女というイメージを持っていましたが、実際にはそこまで悪い女性では無く、才色兼備の無邪気な女性なのかなーと感じました! でも!玄宗…立場や当時の常識とか色々あるとは思いますが、「楊貴妃を頃すならまず俺を頃せ!」ぐらいの事は言って欲しかった!😓
@fox37812
@fox37812 3 жыл бұрын
25:00 まあ地図上で見ればこんなんでも歩いて行くとなると結構大変だしな
@TY-pf8bd
@TY-pf8bd Жыл бұрын
玄宗の所にも書きましたがさっさと皇太子・粛宗に位を譲って隠遁生活を送っていたらこんなことには…と。 老いらくの恋、富貴の身分でなくても二人は仲睦まじく幸せに過ごせたでしょうに…。 幸せなエピソードを見て余計そう感じました。
@takahiroseto4028
@takahiroseto4028 3 жыл бұрын
そうですね、楊貴妃のような美女に晩酌してもらいながら中国史を楽しみたいですね。 そんなことを妄想しながら一人晩酌で楽しむ中国史。 ビーーーール最高!
@akasatananasi
@akasatananasi 3 жыл бұрын
女性の時代かぁ…唐の直前にも一代の英雄を尻に敷いて皇帝裏山家出事件なんて招いた独孤皇后なんて強者がw
@金欠雑兵
@金欠雑兵 3 жыл бұрын
今からでも赤ちゃん○レイを極めておくか、 いずれ役にたつであろう。
@北の独居
@北の独居 3 жыл бұрын
介護だったら嫌だなw。
@mwmw0518
@mwmw0518 Жыл бұрын
そもそも李隆基こと玄宗皇帝は、非常に聡明な皇帝でした。そのような才智あふれ、人を見る目がある賢明な玄宗皇帝が古今の愚かな君主のように美貌だけでこのような稀な寵愛を一人だけの女性に注ぐ訳がありません。玄宗皇帝は、若い頃から文武に優れた名君でした。
@yaizudamashii
@yaizudamashii 3 жыл бұрын
ヴェルチンジェトリックスもやってほしい!ちょっと中国から遠いけど。
@佐々木公彦-e5p
@佐々木公彦-e5p 3 жыл бұрын
あれ?楊貴妃の最後って「陛下のお心を慰める美女を探すように」みたいな事言ったんじゃないの?
@Zeros1980
@Zeros1980 3 жыл бұрын
一言で言うなら 悲劇の人 運が悪かったかな? それでも玄宗の元でひと時の幸福が得たのだから、自分の嫁や娘に惨たらしく殺された中宗よりはマシかな。
@kappanouen
@kappanouen 3 жыл бұрын
動画内容の話じゃないけど 最後のパペット魔理沙とパペット霊夢を装着した魔理沙がかわいすぎてどえらいツライ🙃
@user-hp3tj4tk5k
@user-hp3tj4tk5k 2 жыл бұрын
9:53 からのような楊貴妃の人物を打を調べているんですけど、参考文献などを教えていただけませんか🙇‍♀
@すじ-g1j
@すじ-g1j 3 жыл бұрын
高松塚古墳とかでも思ったけど美人の基準が違いすぎる。
@harryz9540
@harryz9540 3 жыл бұрын
唐代はふくよかな女性が美しいとされていたと聞いた事があるんですが、楊貴妃も案外豊満だったりして?
11. Byzantium - Last of the Romans
3:27:31
Fall of Civilizations
Рет қаралды 5 МЛН
小蚂蚁会选到什么呢!#火影忍者 #佐助 #家庭
00:47
火影忍者一家
Рет қаралды 115 МЛН
Ozoda - Lada ( Official Music Video 2024 )
06:07
Ozoda
Рет қаралды 31 МЛН
小丑家的感情危机!#小丑#天使#家庭
00:15
家庭搞笑日记
Рет қаралды 32 МЛН
ТИПИЧНОЕ ПОВЕДЕНИЕ МАМЫ
00:21
SIDELNIKOVVV
Рет қаралды 1,9 МЛН
太平洋戦争への道
3:35:33
YouTube高校 / 日本史・世界史
Рет қаралды 1 МЛН
【ゆっくり解説】 中華最大の女傑 武則天 【唐】
43:41
鳥人間 中国史三昧
Рет қаралды 712 М.
【孫子の兵法①】世界最高の戦略書!
22:57
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY
Рет қаралды 2,9 МЛН
小蚂蚁会选到什么呢!#火影忍者 #佐助 #家庭
00:47
火影忍者一家
Рет қаралды 115 МЛН