2004年の最後の演奏の年まで、正月恒例のピットインでのエルヴィン・ジョーンズ・ライブを聴くことから、私の一年は始まっていました。 エルヴィンは『時間と空間を歪ませることのできるドラマー』であり、いったんその『うねりながら加速度的に雪崩を打つような』リズムに慣れ親しんでしまうと、その他のドラマーの『規則的で等速な』タイムキーピングが物足りなくなってしまいます。 『リズムレンジが広い』エルヴィンと共演しているフロントプレーヤーは、彼に強くプッシュされながらも大きな部屋で自由に遊ばせてもらっている感じなのだろうと思います。 私は楽器を演奏しませんが、いろいろな演奏を聴いていて、「ドラマーがエルヴィンだったらもっと素晴らしくなっただろうに」と思うことが少なくありません。 私はロイ・ヘインズを素晴らしいドラマーだと尊敬していますが、彼がエルヴィンの代役としてコルトレーン・カルテットに参加した『マイ・フェイヴァリット・シングス』は、逆にエルヴィンがいかに唯一無二であるかの証明になっていると思います。 その切れ味の鋭さでロイ・ヘインズはこの曲を3拍/1小節ごとに『ブツ切り』にしますが、それに対してエルヴィンはもっと大きな波にコルトレーンを乗せて強く揺らしながら運んでゆきます。 ロイ・ヘインズの名誉のために付け加えると、数年前に発見された『Stan Getz - Live At The Village Gate, 1961』は大変な傑作で、ヘインズのキャリアの中でもベストの演奏のひとつだと思います。ドラムスのチューニングも最高です。 話が逸れましたが、エルヴィンの3連を基本とするリズム感は生来のものだと思います。 大勢の人間を集めて行進させた場合、ほとんどの人間は腕を振りながら「イチ、ニイ、イチ、ニイ」と数えると思いますが、その中でエルヴィンひとりだけは「ンカタ、ドゥカタ、ンカタ、ドゥカタ」と体の中で3連符を感じながら歩くと思います。 これぞエルヴィンという代表的な演奏を一つ上げるなら、コルトレーン・カルテットの有名な『Afro Blue - Live At Bird Land』です。 マッコイのピアノソロが終わりコルトレーンのソロが始まる4:45あたりで、3拍子のこの曲にエルヴィンのバスドラが2拍3連で割り込んでくる瞬間がこの演奏の白眉です。 これは『エルヴィンのドラムによるトレーンのサックスへの神降ろしの儀式』だと常々感じています。亡くなって20年近くになるのにエルヴィンのことになるとつい興奮してしまいます。長文失礼しました。
なるほど、プロのドラマーによる音楽的解説、色々腑に落ちました。拍が伸び縮みしてあのうねりが出るんですね。 ところで、デューク・エリントンとコルトレーンのアルバムは僕も大好きですが、エルビン・ジョーンズのリーダーアルバムで僕が一番好きなのは、ヤン・ハマーとジーン・パーラとのトリオでやっている"On The Mountain"です。エレクトリックサウンドなのですが、フュージョンというよりやっぱりエレクトリックジャズなんですね。 もし良ければ、黒田さんには、トニー・ウィリアムスとロイ・ヘインズの二人についても語って頂きたいです。
「音にもの凄い圧力があるけど、他の楽器の音が聴こえる。」というのは、トニー・ウィリアムスとの違いの一つということでしょうか? 以前の先生の動画でトニー・ウィリアムスのライブに行ったら他の楽器が聴こえなかったとおっしゃったり、ハービーがトニーの音が大きすぎると苦言を呈したらマイルスが「お前(ハービー)がピアノの音を大きくしろ」と言ったとかという逸話があったりしたので。 私もBlack Nile は特に大好きで、一日10回くらい、取りつかれたように聴きまくったりしてしまいます!