【ゆっくり解説】合戦で命を落とす原因は刀ではなかった!?

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にっぽんぽん【ゆっくり日本史解説】

にっぽんぽん【ゆっくり日本史解説】

Күн бұрын

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歴史は何のために学ぶのか。この疑問を持ったことがある方は少なくないでしょう。仕事では直接使うことはほとんどないですよね。
過去を学ぶことで未来に活かせると私は考えています。教養という意味でも社会で必要な知識でしょう。
先人たちはどのような暮らしでなぜそのような文化が形成されたのか。面白いことばかりです。
こういった考えから、このチャンネルでは社会人の方が、ゆっくり楽しく歴史上の偉人のことを学べ、更に、そこから日常でも役立てられるような動画を作っています。
このチャンネルを通して学び、役立てられる人が1人でも多くなるようにチャンネル運営を頑張っていきます。応援してもらえると嬉しいです。
ほぼ毎日17時に動画を配信中 にっぽんぽん 運営 山本陽太
※動画内の素材はすべて引用であり、著作権や肖像権を侵害する目的はございません。
著作権などに関するお問い合わせはこちらのアドレスまでお願いします。
osigotoiraihakotira@gmail.com
#ゆっくり #ゆっくり日本史 #ゆっくり解説

Пікірлер: 256
@user-gj7ze6ri5m
@user-gj7ze6ri5m 20 күн бұрын
宮本武蔵が島原の乱に参戦したとき投石にはずいぶん苦しめられたらしい
@mitmasa7028
@mitmasa7028 26 күн бұрын
AIの作った絵が酷すぎてもう、
@user-in3os2ki6j
@user-in3os2ki6j 24 күн бұрын
もう色々な国の描写が混ざってて笑う。
@user-yv7co6cy1z
@user-yv7co6cy1z 22 күн бұрын
時代劇のクオリティぐらい笑える
@tomockinh
@tomockinh 17 күн бұрын
こんなもので日本の歴史の解説だとか言ってるから アサクリとかに付け込まれるんだよ。
@user-kc8uo7et6g
@user-kc8uo7et6g 26 күн бұрын
刀で人を殺せなかったのではなく、 弓矢や石のような〔後に鉄砲〕飛び道具の方が効率が良かったから、殺傷率が群を抜いていた。次に効率が良かったのが長物。
@k2m231
@k2m231 26 күн бұрын
まぁ、刀で甲冑が安々と切られるなら誰もあんな重いの着て戦うハンデを負わない ちょっと考えればすぐわかる事ではある
@戌井文太
@戌井文太 19 күн бұрын
鎧は飛び道具対策なのを知らないの?
@user-pm5ve8tj8t
@user-pm5ve8tj8t Күн бұрын
いつかやるの動画では足や指を狙う、て言ってたな。 内腿に鎧は無いから内側から刀を入れてそのまま切り上げる、て
@per20060828
@per20060828 26 күн бұрын
使わないものをわざわざ戦場に持っていくわけがない。 まず弓を撃ち、槍で突撃し、折れたら刀を抜く。 武器なんて簡単に折れるんだから全部使って戦うんだよ。
@youmiya5750
@youmiya5750 21 күн бұрын
冷静に論理的に考えてそうなるよな まあラストサムライみたいに刀振り上げて突撃とかはありえんよなーあれはあれで面白かったがw
@abbtk14
@abbtk14 27 күн бұрын
石投げは鍛錬が簡単だし、川中島のような河原を戦場にすれば小石は無尽蔵。数十人で投げまくれば騎馬武者だってただじゃ済まないでしょうね。あまり記録に出てこないのは、ほとんどの場合足軽ですらない小者や小人なんて最下級の人達の戦法だからかも…。
@TH-ul4gd
@TH-ul4gd 19 күн бұрын
石はタダ同然で手に入るから支配者側の統制が効かない だから嫌われていたのでしょう。 弾丸・火薬など高価な消耗品を要する鉄砲とは対極に位置する武器。
@user-bq4xc9zt2y
@user-bq4xc9zt2y 27 күн бұрын
戦場では、石礫や槍で叩かれる、弓矢で射られる等が死因の大多数だろうな。
@pekadon_sevilla2008
@pekadon_sevilla2008 27 күн бұрын
負傷すると破傷風とかで逝くなど多そうですね。 火縄銃は鉛弾なので、体内残ったら毒でしょう...
@hospitality334
@hospitality334 23 күн бұрын
ヒント 現代戦争学、ランチェスターの第2法則 中学歴史 レパントの海戦 長篠の戦い 戊辰戦争 この絶対的な〝法則〟を覆した例は 赤壁の戦い、桶狭間の戦い、アルマダ海戦くらいしかないし だからこそ、この戦争の勝者はジャイアントキリングを成し遂げた〝英雄〟として担ぎあげられたってコト バスケで例えるなら背の高い奴が10人いるチームの方が火力が高いっていうバカでも分かる理屈だからな 白兵戦なんて騎士道物語や武士道の物語の創作だけの綺麗事ってコト😢
@001lonestar7
@001lonestar7 20 күн бұрын
負傷原因は 鉄砲、弓矢、槍、石の順だと、とある記録に残っているそうです。刀を使いこなすのは難しいし、数打ちの安物では幾らも切れないでしょう。
@user-uu3mk8nd6w
@user-uu3mk8nd6w 19 күн бұрын
​@@001lonestar7 槍や弓のほうがはるかに扱うの難しいよ
@breezecaller
@breezecaller 12 күн бұрын
@@user-uu3mk8nd6w 槍については、「槍術」ならそりゃあ難しいでしょうけど、 「集団戦前提で、隊列を作って長槍を構えて突っ込んだり、長槍を並べて槍衾を作る」だったらそこまで技量は要らないんじゃないでしょうか。 あと、遠距離武器や槍って「相手から距離をとれる」性質がありますが、練度が低めな場合はこれも無視できない感があります。 同じ殺し合いをするにしても、相手から距離をとって仲間と一緒に槍でしばいたり弓や銃砲を撃ってた方が、 刀剣や鈍器を用いて超近距離でどつき合いするよりも恐怖感が薄まって思い通りに動ける可能性が高いんじゃないでしょうか。
@TH-ul4gd
@TH-ul4gd 19 күн бұрын
刀が主力級の武器として使われたのは戊辰戦争 銃の発達で鎧をつけなくなる ただし函館の戦いまで元込め銃は少数で先込めのミニエー銃系統のものが多かったから 射撃と立っての装填を繰り返す中で距離が詰まり白兵戦となる。 ただ銃剣をつける作業が煩雑なのでみんな抜刀して駆け寄る。 (装填時に危ないからか射撃戦の最中には銃剣はつけない) その様な状況が多くあったとされる。
@user-br8et8hi3r
@user-br8et8hi3r 27 күн бұрын
主武器では無かっただろうけど、たまに見られる不要だった論の首を落とすことにしか使えなかったっていうのは、テレビ受けのしやすさから広まった説だと思ってる。 首を獲る文化がない地域でも刀剣は姿を消してないからね。刀の方が槍より材料費が嵩むのに 結局、状況次第で武器を持ち変える必要があったんだろう。
@ShuuRon
@ShuuRon 12 күн бұрын
幕末は、佐幕、攘夷で、日本刀で斬りあってますよね。 また、家同士のけんかでも、斬りあってる。 合戦では補助的だったかもしれないが、私闘では刀使ってますよね。
@NM-kh7ym
@NM-kh7ym 27 күн бұрын
むかしNHKで長槍での戦い方をやってました。振りかぶって相手のアタマを叩く、しならせると凄く強い、兜を壊す事が可能、など実証してた
@user-qe4vx9jq9e
@user-qe4vx9jq9e 19 күн бұрын
だからこそ、信長が長い槍を開発したわけです。 あんな物でつくのはほぼ不可能です。
@user-cr3nb4mv3x
@user-cr3nb4mv3x 13 күн бұрын
私も見ました 叩いて瓦を割ってました
@laulealaulea8452
@laulealaulea8452 19 күн бұрын
刀は、拳銃の位置付けなんだな。
@ShuuRon
@ShuuRon 12 күн бұрын
なるほど。そうかもしれない。いや、そうだ。
@user-is4ye6rm9r
@user-is4ye6rm9r 27 күн бұрын
実戦となればリーチのある武器が有利なのは当然なので至極当然の結果なのでしょう。ですが、ここに悲しい真実が・・・ドラマにせよアニメ・漫画にせよ時代考証をより正確に作られた作品は視聴率にせよ読者人気にせよ反比例してダダ下がりになるという法則が・・。「飛天御剣流」や「あばれん坊将軍」がこの世に存在しないことは解っていますがフィクションを否定したら誰も歴史作品なんて見ないんですよね。
@user-om7ex6yg5r
@user-om7ex6yg5r 24 күн бұрын
面白いのは、江戸時代発展する剣術流儀は、そのほとんどが「受け」が基本で、攻めは後の先。唯一例外なのが薩摩示現流で受けがなく、先の先だけ。つまり剣は基本的には防御武器だった。但し、切れた。 戦国時代もっとも激戦で戦死者が多かったのが川中島の合戦。両軍で数千人の死者が出ている。不期遭遇戦だったためか。関ヶ原の戦いは両軍で30万近い兵数だったが、戦死者は1000人程度だったと言われている。
@user-qe8im7sv5j
@user-qe8im7sv5j 27 күн бұрын
現代の槍がアサルトライフルで、士官が持っている拳銃が刀だと思います
@NM-kh7ym
@NM-kh7ym 27 күн бұрын
何かの資料で第一次、第二次大戦ともにライフルでの死傷者数は少なく、圧倒的に大砲によるものだったそう
@user-gj9qg2zq1f
@user-gj9qg2zq1f 23 күн бұрын
幕末期には刀の方が活躍した。 槍や弓はかさばり人目につくから街中で使うのは不向きだったから。 現代でも警察が使うのは拳銃やサブマシンガンなどのかさばらず貫通力の低いものが選ばれる。
@user-ui6kv4ph2p
@user-ui6kv4ph2p 22 күн бұрын
トンチンカンなアタマピコーンお疲れ様でした
@koujinakayama4837
@koujinakayama4837 19 күн бұрын
中国ではアサルトライフルを自動歩槍って言うよな。
@user-vs3uc3po2v
@user-vs3uc3po2v 17 күн бұрын
​@@user-gj9qg2zq1f軍隊と司法組織をごちゃ混ぜとか、何か勘違いしてる
@user-iy6tj2bh3n
@user-iy6tj2bh3n 19 күн бұрын
絵巻を見ると言う程、少なくはない刀をもった兵士。
@kenzo5641
@kenzo5641 26 күн бұрын
一部騎馬隊はあり、隊長クラスは馬に乗っていたようですが、「戦国時代の合戦では馬から降りて戦った」と 宣教師のルイス・フロイスも著書に記録しています。
@TH-ul4gd
@TH-ul4gd 19 күн бұрын
そりゃ歩兵が並んでの合戦になったらそうでしょうけど 陣の設営中を襲うのが騎馬侍の役目ですし。
@CHAOS-qs5py
@CHAOS-qs5py 27 күн бұрын
変な表現かもしれないが、”世界一美しい武器”、それが日本刀じゃないかな。
@tigerbig8430
@tigerbig8430 21 күн бұрын
世界一美しい武器、それは美女の美貌。
@SKULL-21
@SKULL-21 21 күн бұрын
クレヨンしんちゃんの映画、あっぱれ戦国大合戦で学びました😅
@breezecaller
@breezecaller 22 күн бұрын
一般的には「まずは銃砲や弓や投槍や投石等の遠距離攻撃で攻撃し、それが難しい近距離まで接近したら槍などの長柄武器でぶん殴り、更に近接したら刀剣の出番」でしょうし、刀剣による死傷が少ないのは道理でしょう。 遠距離攻撃や槍で一方的に攻撃できるなら、わざわざ危険な近接戦闘なんてするだけ損ですからね。 ただし、屋内や狭所での乱闘になるなどした場合は飛び道具も長柄武器も使い勝手は俄然悪くなりますし、 近接戦闘なんて意図していなくても突然起こり得るものですし(極端な例では、第一次世界大戦の塹壕戦の際にシャベルで殴り合いが起きたりしている)、近接戦闘を考慮しないなんて無茶はおよそ困難ですから、 単に「それによる死傷が少ない」点だけをみて「日本刀は役立たず」というのは誤りでしょう。 (もちろん、日常的に長柄武器や銃や弓矢を持ち運んで使うのはおよそ無理ですし、そういった街や村、もしくは街道での移動など日常的な場面では刀剣しか事実上選択肢はないですね。)
@user-pm9yi4vc7r
@user-pm9yi4vc7r 20 күн бұрын
今川義元討ち死にでは最初は槍で突かれそうになったが、義元は刀を抜いて相手の膝を斬りつけて相手はつんのめって倒れてしまう。次の別人の槍が義元に刺さり重傷を負わす。義元のあごや口に手を当てて喉を掻き切ろうとしたときも存命中だったので指をかみちぎった。首をとった武者は、膝の負傷で歩行に後遺症が残り指も無いなど、また刀の使い方など信長公記に記されてたはず
@TH-ul4gd
@TH-ul4gd 19 күн бұрын
当時城の建物は使い捨て同然 相手が力攻めに来たら隠れ場所の多い中で斬り合い頃合いを見て自分から火をつける
@soramame2752
@soramame2752 12 күн бұрын
西部劇でよく見る早撃ち決闘も、実際には最初から銃を手に持った状態で始まっていて、しかも最初に銃を抜いた奴が悪い、というルールがあったとか 創作物と現実で乖離があるのは日本も外国も同じか
@user-uy9ee7pi5e
@user-uy9ee7pi5e 26 күн бұрын
戦国時代の兵士らが持つ武器は槍であり、刀ではない。 刀は武術を学んだ者だけが持つ武器であり、一般のかき集め造兵たちは槍を持った。
@Hiro-tj1vl
@Hiro-tj1vl 8 күн бұрын
ステキな金縛りでも斬られてもすぐには死なない、2.3日は生きてる!ってセリフがありましたもんね。斬られた所によってはそうだったのかも
@user-wt8we2rn3z
@user-wt8we2rn3z 26 күн бұрын
昔の戦を描いた絵には刀抜いてる足軽もいるし城攻めとかには使う必要あっただろうな。沖田畷の戦いとかだと島津は弓と大太刀を装備していたとかあるね。
@shunkimaru
@shunkimaru 26 күн бұрын
刀がようやく実戦で使われたのは近世になってからと聞きます ある程度街が整備され槍よりも小回りが利くので幕末の動乱から使われだした 明治になっても西南戦争で薩摩藩士と新政府軍の抜刀隊が刀使ってますね
@hakku1129
@hakku1129 8 күн бұрын
新撰組も真剣使ってたけどターゲットを「斬る」のではなく「刺し」まくって◯してた。宮本武蔵は真剣を使うことすらなく木刀での「撲◯」という戦法をチョイスしてた。動かない巻藁相手なら切れ味鋭い日本刀も、動き回る生身の敵相手には効率悪い諸刃の剣だったんじゃないかと。
@user-eo8yz5ub6n
@user-eo8yz5ub6n 20 күн бұрын
小学生向けの学習雑誌でも鎧の弱点は弓矢(鉄製の矢で兜をも射抜ける)である事が記載されています。更に槍は鎌倉時代以降の武器です。
@TASUKU.M
@TASUKU.M 19 күн бұрын
葉隠武士道で 戦場にて刀を用いて戦う時は余程不利な時であり 死狂い死に物狂いで対峙しなければ生き残れない
@user-uh9kw7cr8c
@user-uh9kw7cr8c 26 күн бұрын
鎧を着用したもの同士だと、お互い刀で致命傷を与えるのは難しかったかも。
@user-le7nk9tk4g
@user-le7nk9tk4g 14 күн бұрын
普通に日本刀を使って甲冑を着た相手に戦う闘い方(剣術)も有るし、朝鮮出兵の際に明軍側が日本軍が刀を振るって突っ込んで来たと記述してる。 確かに刀は最後の武器なので、使う事は少ないけど、刀は役に立たないは、あまりにも動画回数稼ぎたいからって膨張し過ぎな気がする。
@user-km3fg9rw4d
@user-km3fg9rw4d 16 күн бұрын
ジョージルーカスがクロサワの映画を観て、スターウォーズでライトセーバーによるルーカス流のチャンバラにこだわったからこそ、スターウォーズの人気が確固たるものになったわけで、槍や長槍や弓矢や盾や銃や石にはドラマがないし面白みがない。喧嘩も本当に強い喧嘩師は、頭突き、目潰し、肘打ち、金的蹴り、膝でみぞおちなど、一発で喧嘩を終わらせて、映画みたいな殴り合いになんてならないのと同じですね。
@HageZura
@HageZura 26 күн бұрын
鎧の前に刀は無力であった!とかいう話を見ると 「無手の鎧武者」対「大小を揃えた鎧武者」で戦わせて勝率を競わせてみろよwとか 弓と石投げで戦場の優劣は決まっていた!刀は無力であった!とかいう話見ると 「じゃあ刀装備せずに弓と石投げ集団」対「刀装備付きの弓と石投げ集団」は どっちが有利か考えてみろやw ってなる 現代戦の兵隊ですら軍用ナイフを携帯してるのに 何を言ってんねんってなるわ
@keifu-mz8kz
@keifu-mz8kz 20 күн бұрын
鎧武者相手の剣術が有るので、無力ではないよ。 高温多湿の日本で使われる甲冑は、西洋のようなフルプレートアーマーではないので、関節部の内側は防御されていないからね。
@HageZura
@HageZura 19 күн бұрын
@@keifu-mz8kz 俺は無力だと言ってないんで 他の人に言ってあげて
@_tatibana1243
@_tatibana1243 3 күн бұрын
第一次大戦でも最も人がシんだのは大砲の砲弾だそうな 時代が違ってもリーチが長い武器が恐ろしいんだな
@user-wh6xw6fm4r
@user-wh6xw6fm4r 19 күн бұрын
まぁ最後の護身用兼自決用のピストルみたいなもんでしょ。 戦車兵だって拳銃持ってるけど、それが必要な事態はかなり追い詰められた状況。
@user-uu3mk8nd6w
@user-uu3mk8nd6w 18 күн бұрын
自決には大刀どころか脇差でも長すぎる。 あれは短刀とかそっちを使う。
@masa8337
@masa8337 13 күн бұрын
市街地戦や城に侵入した時は主力武器だよ。 町や村や城を奪うのが軍事目的。
@sugatakarino3123
@sugatakarino3123 25 күн бұрын
そもそも徳川幕府が帯刀を認め、平時にそれ以外の武器を持ち歩くことを原則禁止したのは、打刀や脇差が武器としてそれほど強くないからってこと。打刀ではよほどの実力差が無ければ薙刀持っている女性に普通に負ける。 鉄砲、弓矢、投石などで戦ったあと、接近戦になれば槍の出番。打刀は大将クラスが槍が使えなくなった時の最後の手段で無いよりマシ程度のもの。それも打刀で打ち取るというより、何とか抱き着いて体術で転がして鎧の隙間を脇差で刺すってところだろう。 現代で言えば槍がマシンガン、打刀はハンドガンみたいなものか。さすがにそこまでの差はないと思うが。 ただし幕末は治安用や暗殺用の武器として大活躍した。槍持っていたら完全に目立ってしまうから当然だが 笑 現代で言えばマシンガン持ち歩いていたら完全に意図を読まれるが、敵だと感づかれないように近づいてハンドガンで暗殺するような感じか。
@t-nakahiro
@t-nakahiro 19 күн бұрын
日本刀でバッサバッサ出血も無く斬っていける、パラレルワールドがあっても良い。
@user-ri3yz4fc6c
@user-ri3yz4fc6c 27 күн бұрын
史実通りにしたら 時代劇全然 面白くない
@ryutamunakata901
@ryutamunakata901 27 күн бұрын
兵士「はーい、弓弾いて」 兵士「はーい、石投げて」 兵士「はーい、槍で叩いて」 兵士「日が暮れてきたので帰りましょー」
@user-yv7co6cy1z
@user-yv7co6cy1z 22 күн бұрын
つまり日本刀は現代人が楽しむ為のオモチャってわけだ?
@user-of7lt6ih2c
@user-of7lt6ih2c 20 күн бұрын
​@@user-yv7co6cy1z 最後の保護具みたいなもんやしな 刀すらないなら徒手空拳って感じで戦いの中じゃリーチが命だから今でさえ大陸間ミサイルに全振りしてる国あるやん?
@もらもら
@もらもら 19 күн бұрын
大河「平清盛」の平治の乱で、平家方が多くの弓隊を伏せておいて、接近した源氏方を一気に殲滅したところは、ぞくぞくした。
@TH-ul4gd
@TH-ul4gd 19 күн бұрын
@@ryutamunakata901 逃げる敵に追い打ち 槍は何かに引っかかり投げ捨て刀に持ち替え 逃げる兵もかさばる槍を捨て刀を抜く
@user-ou8oj8df9y
@user-ou8oj8df9y 19 күн бұрын
鎧や兜に刀は歯が立たない、槍、鉄砲、石つぶてが有効だったみたいです
@user-uu3mk8nd6w
@user-uu3mk8nd6w 18 күн бұрын
刀が歯が立たないんなら槍や弓や石も歯が立たないんだが 甲冑を貫けると思う?
@user-takeda.nobushige.
@user-takeda.nobushige. 27 күн бұрын
鉄砲が伝わり普及する前と後でも変わる…まぁ余り有効活用しなかった・出来なかった将もいたが。 で、刀は戦場で余り使用しなかったのは事実。 平地での場合、先ずは石礫(距離次第)・弓から、その後足軽隊(槍)が前進、敵と接触する寸前『突く』のではなく振り上げ頭目掛け振り落とす。 当たり敵がフラついた処を・外した場合も振り落とした槍を戻してはじめて『突く』 これが当家の突撃。 武田と言うと『騎馬隊』のイメージが強いでしょうが…足軽が主体です。 刀(大太刀)は将によりけり。槍を好む者もいれば、初めから太刀で挑む者も。 なので長々と書きましたが、基本は槍。 初めから太刀で立ち向かう将は…いるにはいた。 他家の軍法も基本槍主体は変わらないと思う。 島津等は足軽迄鉄砲もって槍との比率が違うけど。
@tse1692
@tse1692 27 күн бұрын
当時の絵巻物とか見てると合戦開始は弓や槍が活用されて敵味方が入り乱れる乱戦状態になった時に刀を使ったみたいね。この状態だと槍や弓が使い難いから
@user-takeda.nobushige.
@user-takeda.nobushige. 26 күн бұрын
@@tse1692 そうですね。両軍入り乱れる混戦時は太刀を。足軽等は軽装故隙間から斬りつけたり、足軽大将以上辺りは時代にもよりますが、ほぼ完全武装なので、斬るより顔や太もも等を突いた後斬る。また組討ち(鎧通しで)のケースも。 ただ混戦時も槍のままの者もわりといたようです。 そもそも一口に槍と言ってもいろいろ長さや形状(シンプルなものから片鎌や十文字等)があるので槍が巧みな者は十分立ち回れたようです。
@001lonestar7
@001lonestar7 19 күн бұрын
鉄砲は使いたくても弾薬の手配が出来ない事も有るから、必ずしも 使っていない=無能では無いと思う
@もらもら
@もらもら 19 күн бұрын
@@tse1692 接近戦になったら、弓は短刀を付けて小槍として使用したって聞いたけど、どうなんだろう
@うにいくら
@うにいくら 27 күн бұрын
参考文献は鈴木眞哉氏の各御著書かな?
@s-yo
@s-yo 26 күн бұрын
って説を唱える人々がいるのは知っている。 弓矢や長槍だけで死亡したとは考えにくい。 当時の銃もある程度の近距離、当たりどころが悪くなければ一撃必殺とは行かないと思う。 だけどどの武器も当たれば、切られれば痛い(苦笑) 甲冑の隙間を突くってのが戦国時代のやり方だったとも聞く。 鎌倉時代の刀や弓と戦国時代の物も違うし… 剣道有段者とチャンバラゴッコやったらやたらにコテ!で負けた覚えが_| ̄|○ il||li
@user-yv7co6cy1z
@user-yv7co6cy1z 22 күн бұрын
剣道?GHQが作ったチャンバラゲームのことですか? あんなのと戦場の戦いを一緒にしないでください。
@FreezeQueen-k4h
@FreezeQueen-k4h Күн бұрын
ポニー、道産子、ミニチュアなんとかホースみたいなのに甲冑着て長い槍や刀を腰に差して跨るバランス感覚がスゲェと思う。 暴れん坊将軍の馬もあんな立派な馬ではなく、道産子、ポニー、ミニチュアなんちゃらホースにしてあのOPを想像するとちょっと笑えるかも
@belushi3152
@belushi3152 8 күн бұрын
織田の長槍部隊については織田家中で議論があり、短い方が白兵戦には有利と主張する者もいたが、木下藤吉郎が組織した長槍部隊が模擬戦で短い槍の部隊を叩き伏せてしまい、採用された。 と愛知県人は小学校の郷土史で勉強しました。 また石合戦と言う遊びが子供の頃から盛んで、死者も出る危険な遊びだったが、投石の上手い足軽は重用され、戦国時代の合戦の死者数では投石で死ぬ者が一番多かったらしい。 少年時代の徳川家康(竹千代)が子供の石合戦を見て 「数の少ない方が勝つだろう」と予見し、その通りになったので家臣がどうして分かったか聞いたら 「あいつら本気で殺しにかかってたもん」 と答えた。と言う話も学校で習ったなあw
@健利石原
@健利石原 27 күн бұрын
古代ローマでもグラディウスのような剣は隣接戦での補助武器で、弓、槍が主武装。日本の槍はやや違う扱いで「長柄」は重さ二貫(7〜8kg)、三間二尺(6m)、とにかく頭上から兜ごと頭をぶち割る棍棒としての役割が大きな武器でしたね。
@user-zp2hk8xf5g
@user-zp2hk8xf5g 26 күн бұрын
西洋の槍を使った動画がyoutubeにあるけど、3m程度でも柄がしなるので突いて当てるのは困難。 6mとなったら古代のファランクスでも日本の足軽部隊でも世の東西を問わず、上からぶん殴るのが通常の使い方と思われ。
@健利石原
@健利石原 26 күн бұрын
@@user-zp2hk8xf5g サリッサやパイクなど、長槍はその柄そのものも、強力な武器ですからね。
@user-oc9fm8jz6q
@user-oc9fm8jz6q 10 күн бұрын
時代にもよりますが、グラディウスは実際の所かなり重要な武器でした。 ローマ軍の主力は何と言ってもローマ市民からなる軍団兵(重装歩兵)で、 その戦法は以下の様なものでした。 ローマ歩兵は通常2本の投げ槍とグラディウス、大盾を持ち、敵に接近すると 30メートルの距離で1本目の投げ槍、15メートルの距離で2本目の投げ槍を投擲しました。 ピルムと呼ばれる彼らの投げ槍は特殊な構造をしており、敵の盾に刺さった後に折れ曲がり、 引き抜くことも困難でした。 そして重い槍がぶら下がった盾を捨てざるを得なくなった敵に対して一気に距離を詰め、 敵の顔面に盾芯を叩きつけ、ガラ空きになった敵の胃の位置にグラディウスを突き刺します。 この戦法は歩兵同士の戦闘ではすこぶる効果的で、キュノスケファライやピュドナの戦いでは マケドニア軍の長槍ファランクスすら打ち破っています。 しかしそんなローマ軍にも欠点はありました。 クラッススによるパルティア遠征において行われたカラエの戦いでは、 この歩兵戦術はほとんど役に立ちませんでした。 ローマ軍の兵力は大部分が重装歩兵で、弓兵の数は4万の兵のうち1200人程度でした。 そのため8千の兵のうち大部分が騎馬弓兵であったパルティア軍に射戦で圧倒され、槍兵も少なかったため 投げ槍を投げずに騎兵に対する牽制に使うも、パルティア軍の重装騎兵に対抗することが出来ませんでした。 武器の性能というものはあくまで状況によって左右されるものであるという良い見本だと思います。
@user-ui6kv4ph2p
@user-ui6kv4ph2p 22 күн бұрын
11:03 こんな的外れな画像どこから引っ張り出してんの…
@Razgriz-0417-mebius
@Razgriz-0417-mebius 26 күн бұрын
お疲れ様です。 先手・・・さきて・・・真っ先に突っ込む雑兵、戦場(いくさば)ではそう言う。 先手・・・せんて・・・囲碁や将棋の時に先手(せんて)後手(ごて)で、順番に戦う場合に使う言葉。
@hakku1129
@hakku1129 8 күн бұрын
あの宮本武蔵も決闘の時は刀は使わず木刀を使ってるよね
@user-hr8fq5cg9n
@user-hr8fq5cg9n 18 күн бұрын
島原の乱で宮本武蔵は石投げられてケガしたとの記述があるらしいけど、実際鉄砲を除いたら今のプロ野球投手なんかまさに人間兵器みたいになれるだろうな。
@maco-piano
@maco-piano 25 күн бұрын
4mや6mの槍なんて突くのすら難しそうだけどね
@breezecaller
@breezecaller 22 күн бұрын
そういう長槍の使い方は、主に集団で「振り下ろしてぶっ叩く」「固定した状態で構え、押し込む」「槍衾を作る」だったりするので、そこまで積極的につつき回す使い方はしないんじゃないかなあ。
@もらもら
@もらもら 19 күн бұрын
中程近くをもてば、やじろべえみたいに、バランスが取れるから、それを放り出すとか、放り上げて叩くのを繰り返す感じだろう。
@井実芳仁
@井実芳仁 13 күн бұрын
叩かれて脳しんとうになりそう
@user-sr7up4mz9n
@user-sr7up4mz9n 14 күн бұрын
チャンバラごっこしてたらわかると思うけど、刀サイズの棒振り回すより、長めの棒振り回した方が技術とか関係なく戦える
@dabashya
@dabashya 13 күн бұрын
刃物でも切ることを主とした包丁やナイフはいまだ市中に出回っていいるけど、槍の穂先や銃剣など刺す事に特化しているものは銃刀法違反に入るから、殺傷の効率性は刺す方が余程に高い。銃弾も大きく見れば刺す方に入るのかも知れない。
@user-ce3wm8nh7q
@user-ce3wm8nh7q 25 күн бұрын
第四次川中島の戦いは、第一次から第三次同様睨み合いで終わるはずだったが霧によって行軍中思わぬ不意遭遇戦に突入指揮系統が効かない乱戦に突入した為両軍を引き離す為、上杉政虎(後の謙信)が信玄の本陣に突っ込んだと言う説があります
@もらもら
@もらもら 19 күн бұрын
上杉方は、妻女山を下りた後、善光寺方面に退却するために最短距離なら、武田本陣を突っ切らないといけなかったかな?
@浅見広明
@浅見広明 27 күн бұрын
長篠の戦いも武田の騎馬隊が突入する前に竹の束を持った前衛が前に進み、その後ろを鉄砲兵、長槍兵、投石要員、騎馬武者と云う順で突入したとのこと。さらに後ろに弓兵と当時の攻撃側のトレンドだった。しかも戦場が水田耕作地のため畦道しか突入は不可能だった。 対する織田側は三段の防護柵を準備。畦道の突入に合わせて三段それぞれの柵内に鉄砲隊を配置した。武田軍は横に広がった展開が出来ないので、畦道の数でしか攻撃ポイントは無い。ポイント毎に待ち伏せ的な守備体勢である。それでも三段目の柵を突破されていたと云う研究結果が出ているので、武田軍の戦いも悪くはなかった模様。 でもこれでは…騎馬隊の迫力が無いにも関わらず、二段目までの防御は突破されていた。なんとも締まらない…。 織田と武田の勝敗を大きく分けた要因が鉄砲の玉の精度にあったとか。織田の陣地側から発掘される鉄砲玉は歪んでいるが、水田側から発掘される鉄砲玉はキレイな丸い玉だけそうだ。
@user-vs3uc3po2v
@user-vs3uc3po2v 17 күн бұрын
戦国時代での刀の役目なんて、今で言うサブウェポンの役目なんですよね
@南田有摩
@南田有摩 23 күн бұрын
まあ、甲冑ごと刀でスパスパ斬られるような事があったなら、わざわざ重い甲冑なんか着ける意味がないし…… ( =Φ人Φ=)づ🗡️
@sy-rx4qs
@sy-rx4qs 17 күн бұрын
本庄繁長の地元は新潟県村上市です。
@user-qe4vx9jq9e
@user-qe4vx9jq9e 19 күн бұрын
戦国時代の刀は太刀が主流で、現代人が知る刀は主に戦にない江戸時代。 だから、当然剣術も今の剣術とは全く違います。
@hermitpurple3
@hermitpurple3 6 күн бұрын
いくさ場は、槍働きと聞いている。 刀は平時の武器で、西部劇の拳銃のような立ち位置と理解。 南北戦争もライフルで戦ったわけで… いざイクサとなれば、弓、槍、鉄砲で理解に違和感ないぞ。
@user-wagaranoHito
@user-wagaranoHito 27 күн бұрын
斎藤道三Z 強そう
@yuan_yuan275
@yuan_yuan275 25 күн бұрын
仮に日本刀で人を斬り殺しても血のりがついてそんな何人も日本刀で人を斬り殺せるものではなかったというのは確からしいですね 時代劇でよくあるように1人の侍が何十人を相手につぎつぎと斬り殺していくのはありえないと
@user-uu3mk8nd6w
@user-uu3mk8nd6w 24 күн бұрын
@@yuan_yuan275 斬れますよ それ迷信です
@user-hc7tp5qg8c
@user-hc7tp5qg8c 23 күн бұрын
一カ所刃こぼれができると、布などにひっかかって切りにくくなる、と読んだことがある。
@user-uu3mk8nd6w
@user-uu3mk8nd6w 23 күн бұрын
@@user-hc7tp5qg8c 斬れますよ。 新選組もそれで斬ってましたし。
@breezecaller
@breezecaller 22 күн бұрын
刀剣って「鋭く重量のある、頑丈な金属の塊」なわけで、血糊や脂で多少切れ味が鈍ろうが、「力任せに叩き斬る」要領でダメージを与えることは十分可能な感があります。 仮にこれで切断に至らなくても創傷や骨折などは十分生じ得るし、人間はその程度の負傷でも十分行動不能になるか、死にますしね。 ※刺突で相手を無力化することももちろんあっただろうけど、今は触れない。
@user-yv7co6cy1z
@user-yv7co6cy1z 22 күн бұрын
​@@user-uu3mk8nd6w 斬れたところで接近しないと意味がない弱武器
@user-gj9qg2zq1f
@user-gj9qg2zq1f 23 күн бұрын
アーサー王伝説を読むと「人の頭を兜ごと割った」というのが聖剣や手練の条件だという描写が結構出てくる。 初めて読んだ時はショボいなと正直思ったけど、剣で兜を割るのがどんだけ凄いのかというリアルな描写なんだよね。
@ohoaf445
@ohoaf445 20 күн бұрын
切るための日本刀と、重量で叩き潰す西洋の剣。
@koujinakayama4837
@koujinakayama4837 19 күн бұрын
大太刀なら可能そう。 馬鹿力必要だが。
@user-fy3so2mw6r
@user-fy3so2mw6r 26 күн бұрын
刀の基本は抑止力だわな生身でアレに接することを考えればすぐに分かる だからそれ自体が畏敬の対象として祀られたりもしてるし だけど甲冑がそれほど発展するまではそれが基本の武器だったわけで 要は武士とそうでないのを分けるのが単に装備の違いだったということ
@S-account2
@S-account2 12 күн бұрын
刀で人殺せないっていうのは一体情報ソースは何処なんですかね。 ちなみに、古伝の浅山一伝とかには、鎧武者を刀で殺す術理がありますが、どう考えます?
@slope0046
@slope0046 20 күн бұрын
中世世界では遠距離→中距離→近距離が基本。最初の遠距離攻撃でいかに敵戦力を削ぐか。だから投石器や弓や鉄砲、大砲が発達した。その際たるものがICBM。
@roshamia
@roshamia 8 күн бұрын
日本はヨーロッパと違い近世まで一貫して遠戦志向だからね
@tachesci6408
@tachesci6408 24 күн бұрын
古来武士は弓馬の家と呼ばれてたしな。
@井実芳仁
@井実芳仁 13 күн бұрын
刀が活躍したのは幕末よ
@user-hv9uu1wd7r
@user-hv9uu1wd7r 21 күн бұрын
豊臣秀吉は余り「鉄砲」を使わなかった。
@user-hi4fw3of2i
@user-hi4fw3of2i 22 күн бұрын
幕末、日本刀はピストルより速く抜くことができたので恐れられた、とか。
@nbkob3955
@nbkob3955 13 күн бұрын
矢や石、槍で動きを止めて刀で絶命させ、首を取るには刀が必要だし、耳首取るなら脇差が必要。。 よって手柄を取る為に刀が必要。
@user-zn2tm1ww7f
@user-zn2tm1ww7f 25 күн бұрын
戦国時代の兵がみんな刀を持っていたのは味方の兵から身を護るためだと思う。戦国時代の兵はガラが悪く味方からでも丸腰だと掠奪されるらね〜。
@bjjikeda2529
@bjjikeda2529 16 күн бұрын
長やりは天に上げてうち下ろす。
@user-ks5xb4gq9f
@user-ks5xb4gq9f 20 күн бұрын
平地での戦いばっかじゃないんだから状況によって使い分けるってだけでしょ
@user-ez7xs8lv9r
@user-ez7xs8lv9r 26 күн бұрын
最も生命を奪う武器は槍、薙刀、弓矢、鉄砲の登場からは槍、鉄砲、弓矢、それに白兵戦には古相撲、柔術、合気術などで気絶させ首級を脇差しで挙げて居たのだろう。刀は接近戦や護身用程度だったのではと思って居る。
@戌井文太
@戌井文太 19 күн бұрын
接近戦で何故刀を抜かずに体術で勝負すると思っているのだろう(刀は使わないという前提で話をしているからか?)
@seijuro_1111
@seijuro_1111 27 күн бұрын
武田信玄と上杉謙信の一騎打ちは創作と言われていますけどね
@user-iu9zc2jc2w
@user-iu9zc2jc2w 20 күн бұрын
落ち武者狩りで命を落とすことが多かったと思う
@alfa24632000
@alfa24632000 19 күн бұрын
時代劇を見て不思議に思うことがあります。日本の合戦は、何も生えていない野原のようなところで行われます。しかし日本の気候では普通、草刈しない自然な場所は2mを超えるような葦や草木に覆われてしまうはず。そんな場所で長い槍は使えないと思うのですが。
@user-vs3uc3po2v
@user-vs3uc3po2v 17 күн бұрын
そもそもそんな場所で戦うこと自体が無い。障害物だらけの場所で集団で戦闘なんてせいぜい城攻めとか拠点せめかくらい。大半は連携取れる開けた場所とかで戦うのが当時は当たり前
@alfa24632000
@alfa24632000 17 күн бұрын
不思議に思うのは、そういう連携取れる障害物のない開けた合戦向きの場所が、自然の状態では殆ど存在しないということなのです。日本の気候では、どんな空き地も数年放っておけば、人も入れない程の高さの草で覆われてしまいます。
@user-tf3tj2xx9z
@user-tf3tj2xx9z 14 күн бұрын
戦国期の殆どの戦いは城攻めに付随した後詰め合戦ですから城の周りが多かったのでは?徳川家康も「合戦らしい合戦なぞ三方ヶ原と関ヶ原ぐらい」といってたぐらいで、長篠の戦いも陣城にこもった織田・徳川連合軍に武田軍が城攻めをしかけた攻城戦ですし。
@dansinda
@dansinda 26 күн бұрын
17:10 ドラクエではカワの鎧は鋼の鎧よりも防御力は低いけど。。
@breezecaller
@breezecaller 22 күн бұрын
これはもう「『レザーの装備品は比較的軽量で、盗賊系でも装備可能など装備可能者は多いが、守備は低め』『金属鎧は守備力は高いが装備可能者は減る』というRPGの伝統」と思うしかw (実際は当然ながら、鎧の構造や素材によってどういう武器や攻撃に対して強いか、またどういう状況での使用に長けるかは全く異なる。)
@user-og8rv3ph6n
@user-og8rv3ph6n 27 күн бұрын
鉄砲、弓=ミサイル 槍=主砲(速射砲) 刀=近接支援火器システム(CIWS) こんな感じ?
@02Oyazi
@02Oyazi 25 күн бұрын
槍が主流ってのは否定しないが、槍が機能するのは陣形を保っていられる間だけだろうな。突撃するか突撃されて乱戦になってしまえば小回り効く刀のほうが良い。長槍なんぞ振りかぶる暇ねーわ
@breezecaller
@breezecaller 12 күн бұрын
槍兵隊は陣形を保てないと機能しなくなるので、突撃時に陣形を崩す真似はしないんじゃないかなあ。 (逆に、突撃を受けて一方的に陣形が崩れたら、乱戦以前にその時点でだいたい詰んでる。) ただし、槍兵隊同士が陣形を保ったまま激突した場合は最終的に白兵戦に至りえますし(西洋でいう「プッシュ・オブ・パイク」。圧死者が出るレベルの押し合いに至る)、 この状態まで至ればおっしゃるとおり、刀剣の出番でしょう。 (そして当然、この状態の発生は無視できない。)
@user-ko1ts2qi2m
@user-ko1ts2qi2m 27 күн бұрын
合戦では、槍です。豪傑と言われた人は必ず槍の使い手だったみたいですよ。刀は一回切ると刃がボロボロに欠けるし、重い鎧を切るには刀では無理だったんですよ。
@user-uu3mk8nd6w
@user-uu3mk8nd6w 26 күн бұрын
よほどの下手くそじゃない限り、一回斬っただけで刃がボロボロになんてなりません。
@user-kc8uo7et6g
@user-kc8uo7et6g 26 күн бұрын
鎧にそのまま斬りかかる馬鹿はいないと思うよ。 鎧の隙間を狙うんだよ。脇の下や股間などの関節部は動きの都合上、どうしても隙間があるしね。
@user-ui6kv4ph2p
@user-ui6kv4ph2p 22 күн бұрын
刀で対峙して斬りつけ合いながら隙を見つけて相手を組み敷いて小刀で喉切り裂いたり脇や股を抉るんでそ
@user-yv7co6cy1z
@user-yv7co6cy1z 22 күн бұрын
​@@user-uu3mk8nd6w 目に障害があるようですね?
@user-uh8yg7ys6l
@user-uh8yg7ys6l 15 күн бұрын
殺すよりも先ず失神させる事時代劇等刀で面白味を出す屋内でも太刀を使う本当なら天井に打つかり使えない
@user-pb1ug3ni9m
@user-pb1ug3ni9m 25 күн бұрын
弾と石と矢と槍が死傷の大半らしいね
@tigerbig8430
@tigerbig8430 21 күн бұрын
鉄砲もあったし、槍や、弓があったのだからわざわざ相手の目の前まで近寄って行って切りつける必要もないだろう。
@tnmix661
@tnmix661 22 күн бұрын
元寇はかなり大きい出来事だったか
@user-uh8yg7ys6l
@user-uh8yg7ys6l 14 күн бұрын
本当の事をしたら刀自体の意味がぜんぜん無く為る時代劇を観る人も居なく為る
@user-fy6mk2lc8b
@user-fy6mk2lc8b 3 күн бұрын
石最強
@ndsttube
@ndsttube 17 күн бұрын
剣道や居合など剣にまつわる武道は有名だが、槍の道場って聞いたことないよな。それに美術品、文化財としての刀剣の価値はあるけど槍でそういうのあるのかな?
@ebihamu
@ebihamu 26 күн бұрын
またつまらぬものを切ってしまった…は創作かぁ〜(そらそーか)
@Q-bay
@Q-bay 25 күн бұрын
お世話になります。 武器の進化と共に鎧も進化していきました。鎧の進化に合わせて戦術の変化。 戦術の変化に合わせて武器の変化。 さておき、剣道やると刀の使い方がよく分かりますよ。
@keifu-mz8kz
@keifu-mz8kz 20 күн бұрын
剣道と剣術は似て非なるもの。 狙う場所も違えば刀の振り方ひとつとっても異なるし、合戦で乱戦の最中だと剣道的な考えではあっという間に首級を取られる。
@Q-bay
@Q-bay 20 күн бұрын
@@keifu-mz8kz 様 実際に真剣が重たいのは存じております。剣術主眼の稽古だと怪我が絶えません。 真剣で打ち合うのは、現代では現実的ではないと思うのです。 術と道の違いは語られている通りです。
@user-fo1nb3jm4e
@user-fo1nb3jm4e 22 күн бұрын
絶対戦なんかに参加したくねぇw
@user-uq8kj3fm9m
@user-uq8kj3fm9m 21 күн бұрын
飛び道具の類は手柄にならんゆえに出世したくば
@tk-sd2ln
@tk-sd2ln 18 күн бұрын
そもそもさ、日本刀の切れ味がいくら素晴らしくても何度も何度も斬ってるうちに切れにくくもなるわ、硬いところに当たりまくってたら変形して使い物にならなくなるって思うと実際に刀で人1人が人を殺せる人数なんて限られると思ってる。
@user-uu3mk8nd6w
@user-uu3mk8nd6w 18 күн бұрын
普通に斬れるよ そして甲冑の隙間を狙うわけだし
@user-hc7tp5qg8c
@user-hc7tp5qg8c 23 күн бұрын
戦死や負傷も論功行賞の対象になるので、詳しい記録が残っており、昔、戦国時代の戦死や怪我の原因の統計を取った研究があり、刀によるものは少なかった。また、現存する刀で実際に使用された刃こぼれのあるものは少ないという。
@user-uu3mk8nd6w
@user-uu3mk8nd6w 18 күн бұрын
そりゃ刃こぼれしたら直して使うからね
@tomockinh
@tomockinh 17 күн бұрын
日本刀が戦場で頻繁に使われたとしたら 目釘が一本で茎が柄より細くて短いものばかりなのは解せんな。
@TH-ul4gd
@TH-ul4gd 16 күн бұрын
湿気で茎がサビないように持ち手との間に空間を設ける必要があったのでは? 錆止めや錆落としのために頻繁に取り外すだろうし
@tomockinh
@tomockinh 16 күн бұрын
@@TH-ul4gd インパクトの瞬間、テコの原理で刀身は柄の中で遊んですぐにグラグラになったはずです。仮に柄の太さと刀身の太さが同じで三枚の板によるサンドイッチのような構造ならインパクトの瞬間にも刀身は動かないはずですが、同じくサンドイッチに例えるならいわばランチパックのような構造のためにいくら柄ひもで締めあげてもインパクトの瞬間に緩む力が働いたはずです。
@user-pm9yi4vc7r
@user-pm9yi4vc7r 20 күн бұрын
火縄銃で撃たれて重傷を負った敵兵を追い掛けて刀で首を切る、のが使い方だろ
@user-hc7tp5qg8c
@user-hc7tp5qg8c 23 күн бұрын
ドラマでは鎧武者同士の斬り合いがあるよね。
@user-yv7co6cy1z
@user-yv7co6cy1z 22 күн бұрын
アホな昭和世代が作った偶像ですね
@戌井文太
@戌井文太 19 күн бұрын
@@user-yv7co6cy1z こんなサムネ詐欺動画を真に受ける。単なる使用頻度の問題を刀の性能の低さと誤解。
@toushirouarai7258
@toushirouarai7258 17 күн бұрын
合戦で刀を使ってた訳がない。 そんな事も知らないのは、日本人の大部分が 侍の子孫じゃないから
@user-tf3tj2xx9z
@user-tf3tj2xx9z 14 күн бұрын
組み打ちで相手を仕留めるときに使う鎧通しも刀の一種やぞ。
@栄大平
@栄大平 17 күн бұрын
戦場における主武器は、源平時代は弓、戦国初期から中期は槍、後期は鉄砲であった。、しかし夜戦の主武器は刀である。元寇の時、夜戦での日本刀の威力を恐れて海上に逃げたのだ。
@sogi7744
@sogi7744 22 күн бұрын
宮本武蔵も 石で大怪我してますしね。 なぎなた 味方を斬っちゃうから 辞めたって 資料で見たこと有る。
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