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【ゆっくり解説】北伐に関する一考察(何故陳倉に千人しかいなかったのか篇)
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【ゆっくり解説】北伐に関する一考察(第五次北伐前編)
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【ゆっくり解説】北伐に関する一考察(陳倉の戦い散関通過篇)
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Жазылу 54 М.
浸透襲撃
Күн бұрын
Пікірлер: 140
@島津家久
4 жыл бұрын
正史準拠でも演義でもサラッと何年何月とかは書いてくれますけど、こうやって具体的に羅列してもらえると、当時の魏国が、いかに連戦を強いられてたかが分かりますね。ホント勉強になります。
@はとなし-k2u
4 жыл бұрын
兵站のシリーズ見て以来、蕭何の補給能力はミステリーのレベルだと思ってましたけど、 改めて考えてみると蜀軍の兵站能力も良い勝負ですよね。
@mastsu379
4 жыл бұрын
確かに蜀の兵站は謎ですね。どこかで中継する兵站基地でもあったとしか思えない。
@peppertaro2224
4 жыл бұрын
スターリン「兵は畑から採れるんだぞ。知らないのか?」
@kappanouen
4 жыл бұрын
個人的には現地攻勢(城攻め)は現地協力者(反乱者、協力異民族、現地の隠れ漢支持勢力)がやっており 勝利後の占領統治と魏の鎮圧部隊との戦闘(本格的国家間規模の戦闘)を担うため蜀は兵を進めていたのではと考えます(このため馬超や姜維等現地に顔のきく指揮官が必要であった)
@gotoumsys
4 жыл бұрын
待ってました! 確かに散関抑えてないってのは不可解ですね 散関って楚漢戦争でも要害でしたよね? 散関を捨ててでも陳倉を守る必要があったか・・・ 職軍は本物のチートだった・・・ それとも孔明先生がなにかチート兵站をしてたか この辺りは同じく楚漢戦争時の蕭何も似たようことをしてる気もしますが この辺りの解説は・・・さすがに無理かw BGMに聞き覚えがって思ったら空の軌跡(で良かったかな・・・) このBGMは熱い
@奥野春樹
4 жыл бұрын
パズルボブル解説分かりやすくて好き
@春介-s3v
4 жыл бұрын
待ってたぜ 1番好きな解説チャンネルだよ
@xju342
4 жыл бұрын
待ってました!
@recordam
4 жыл бұрын
やっぱりこの主の考察は面白くて深いなぁ@@ gj
@recordam
4 жыл бұрын
五月雨コメで失礼 兵站250km限界説ですが、このあり得ないトンデモ兵站ならもしかして道中に臨時駅を置いて逓信?伝馬?的にその間ピストン輸送とかあり得るんじゃ無いでしょうか? 孔明ならそれ位準備してそうです
@7overs917
4 жыл бұрын
魏も戦線が広大すぎて毎回敵に対して寡兵で当たらないといけないの大変ですよね…
@ヒトカゲ-w6j
4 жыл бұрын
お疲れ様です。超待ってましたよ。
@akivekkla2583
4 жыл бұрын
上質の動画ありがとうございました。千人で守ったのではなく、なぜ千人しかいなかったのか。考えもしなかった点でした。 この時期の蜀と呉は上手く連携(同盟)を取っていたのも良くわかりましたし。劉備がいた時も、このようにしてればなぁ。
@山本太郎-j4c
4 жыл бұрын
作者さんの動画大好き今日動画発見し興奮しました。続き楽しみにしています。
@柴田大介-n4j
4 жыл бұрын
曹真さいこー何度も見てます
@sumiyama2212
4 жыл бұрын
まってました・・・!
@ツモロン-p7x
4 жыл бұрын
北伐編待ってました!!
@kappanouen
4 жыл бұрын
【12:41~】敵の備うる所の者多ければ、則ち吾が与に戦う所の者寡なし。故に、前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なく、左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なく、備えざる所無ければ則ち寡なからざる所無し。(孫子『虚実篇』) 和訳「敵が多くに分散して守るなら一か所の戦闘に用意できる兵は少なくなる。ゆえに前の備えを厚くさせれば後ろは少数、後ろの備えを厚くさせれば前は少数、左に備えさせれば右は少数、右に備えさせれば左は少数、全部の地点を守らせれば(そういう局面を作りだせれば)すなわちどの地点も敵は少数にならざるを得ない(孫子『虚実編』)」 ↑この状況ですなあ(;´Д`)
@from4284
4 жыл бұрын
初、先主留魏延鎮漢中、皆実兵諸囲以禦外敵、敵若来攻、使不得入。姜維伝より 秦嶺山脈は蜀が占拠してたと読み取れないかな? あと軍事無利、何為有賜?其物請悉入赤岸府庫、須十月為冬賜。趙雲別伝から 箕谷当たりに赤岸っていう拠点の存在がうかがえるよね 散関は元々蜀の勢力下だったのかもしれませんね
@山城2199
4 жыл бұрын
何故散関を抑えず、また陳倉に千人しか派遣しなかった理由について ①もともと陳倉方面には千人規模の守備隊が複数置かれており、郝昭はそれらを吸収・再編する事が許されていたため、直属部隊の千人を連れて行くだけで十分防衛隊を編成できた ②あまり大規模な兵力配置すると蜀軍が侵攻ルートを変えてしまう可能性があったのでそれを恐れた(散関を抑え無かったのも同じ理由) の二つが大きな理由であったと考えます。 今回の魏軍の勝利条件は蜀軍の壊滅ではなく、対呉方面の混乱が収拾するまでの時間稼ぎ及びいかに少ない犠牲で蜀軍を追い払うかであり、そのためあえて隙を見せ、蜀軍を防衛力の最も固い陳倉に誘導させたのではないでしょうか。
@micajya
4 жыл бұрын
待ってたぞ
@五大-q3j
4 жыл бұрын
陳倉も相当な堅城だったみたいですし、張郃も落ちないと推測してましたし、 千人しかいなかったとみるより、千人いれば守り切れると判断してたんじゃないかと思います。
@wonder7397
4 жыл бұрын
•蜀軍が近い将来再侵攻して来る事は予測出来ていた。 •でも何処のルートを使って来るかは分からなかった。 •主要ルート全てに偵察を兼ね少数の部隊を派遣。 •その中の一つである陳倉に蜀軍が押し寄せる。 曹真「俺の予測通り」
@yamakawa-chu-sho
4 жыл бұрын
蜀軍の兵站に関しては「一体いつから、秦嶺山脈が誰も拠点を作れない中立地帯と錯覚していた?」「なん・・・だと・・・?」ってことなのかもしれませんね。 既出の兵站考察動画を見てみると例えば途中に兵糧や兵器の集積所作っても「200キロにも渡れば側面から襲われると補給線はアウト」的な点が強調されていたように見えましたが、狭い山道の途中に側面など無く魏軍が破壊しようにも細い道を正面から進まないと破壊出来ないのは明らかなわけで。(ただし蜀滅亡時の鄧艾のアレは除く(早口小声))
@gahama-summer5160
4 жыл бұрын
お待ちしてました!
@tasnagai8574
4 жыл бұрын
陳倉をとっても、一応は東西を敵国に挟まれているし、補給面でも蜀は難しいところもあると考えられる。 最悪この辺を盗られても持久戦や包囲で対応が出来るんじゃないだろうか?
@0922197
4 жыл бұрын
攻城兵器に関しては補給に使ってた木牛流馬を散関辺りでばらして攻城兵器を組み立てていたとか? 補給に関しては張コウの粛清から逃れて山脈に身を潜めてた蜀に味方していた勢力からの手助けがあった可能性
@民ー-q7q
4 жыл бұрын
趙雲が進行した時期は春であり、秦嶺山脈は裸山ではないので食糧は満載せずとも拾い食い可能と考えます。人数も1万人以下のため、日本の縄文時代に山の幸依存の千人程度の単位の村があった事を考えると可能かと。また牛等も運搬役兼自走可能な食糧としていた可能性があります。(荷物を消費して運搬役が要らなくなれば食べちゃう)
@2biorin
4 жыл бұрын
蜀の兵站は独特なシステムがありそう。 諸葛亮の妻すら、発明家みたいな話もありますし。
@レトロ調の二段仕込みカレー大
4 жыл бұрын
諸葛亮の奥さんが全自動うどん制作マッシーン作ってた話好き( ´艸`)
@my-eg8ge
4 жыл бұрын
三郡が蜀に寝返ったのは事実だからその手当てに時間がかかっていたのと、曹真は蜀が攻めてくる地点までは読んでいたけど、その時期は読み誤った、という事でしょうか?(予想)
@民ー-q7q
4 жыл бұрын
私も同意見です。少なくとも冬を間近に控えている時期に山脈越しの進軍は通常であれば山の冠雪と同時に孤立するリスクがあるため、蜀軍の侵攻は早くとも越冬後の3月末頃と読んでいたのではないかと考えます。
@yabo15973
4 жыл бұрын
このBGMこそ至宝…
@根腐れ三十郎
4 жыл бұрын
長安を留守にした途端に子午谷道、斜谷道を通った別動隊が留守を襲うのを警戒していた為敵が来ない確証が欲しかったとか 大人数で籠城戦を行えるほどの物資兵糧が陳倉に無かったか運び出すかした為守備隊の数を削って長期戦を期したとか
@user-konroso
4 жыл бұрын
陳倉が釣りだって思うのはは孔明の用兵からみてもありそうだよね!第一次北伐だって釣り使ってたし!
@低力非摩擦ボルト
4 жыл бұрын
逆ギレに見えたどすこいには忠義と愛に溢れていた
@ばね-c2l
4 жыл бұрын
ざっくり纏めると、蕭何と諸葛亮の兵站能力がおかしいって事ですかね
@戸田賢司
2 жыл бұрын
蕭荷さんの場合、関中は当時の穀倉地帯で、戦場の近くまでは川が繋がってるからな。能力がチートなのは事実だが、物理的な限界は越えてない。
@dazeriru
4 жыл бұрын
パズルボブル解説わかりやすすぎ
@mastak7357
4 жыл бұрын
1.陽動作戦の可能性をまだ警戒していた。ルート複数あるし。 2.呉との連携を警戒していた。最悪、後退させて魏全体で戦線をコンパクトにしたいと考えていた。 3.現地の冬の気候がよくわからないけど、冬将軍が到来したら遠征軍の蜀側は本拠地からの補給ができなくなると見込んでた。もしくは囲地(と言えるかどうか微妙だけど)での退路を絶てると見込んでた。そのため千人だけ配置して蜀側に落とせると思わせて陳倉に張り付かせた。 4.動画内でも言ってるけど、年内に来るとは思ってなかったから単純に手勢が少なく、千人割くのが妥当だった。 無理やり4点ひりだしたけど苦しいな。次回動画ならびに浸透襲撃さんの考察を楽しみに待ってます。
@前原勇介
4 жыл бұрын
戦力分散は愚の骨頂とはいえ、魏の周辺の防備を考えると、蜀方面だけに戦力集中などできるはずがない。このときは、曹休の推定十万前後の軍団が呉の陸遜に大敗している。一万の被害が出たそうだが、戦力の三割が失われれば軍は壊滅すると言われている。こちらに戦力を補填せねばならないし、とりあえず一応の脅威は去った蜀方面から戦力補填を行ったはず。街亭の戦いのとき、張郃が率いた兵力が確か五万程度だったから、ここから張郃が荊州に帰還するときに少なくとも一万程引き連れて行ったと仮定すると、曹真が陳倉の戦いの時に使えた総兵力はどれだけ多くても四万、下手したら三万位だったかも。いくら曹真が孔明が陳倉に攻めてくると読んでいても、他のルートの守備をゼロにしたとは思えない。こんな状況で打てる手段は、各ルートには、後詰の援軍が駆けつけるまで、ギリギリ持ちこたえれる程度の兵力を配置して、孔明が出現したルートが判明したと同時に援軍を派遣するという方法しかとれないはず。これが陳倉の守備兵が千人という理由ではないかと推測します。
@佐倉ハル
4 жыл бұрын
動画内でも示されていましたがやはり荊州方面への戦力転出、涼州方面への派兵によって長安付近の兵力が少なくなっていたのが要因な気がしますねぇ、あとは陳倉城の規模的に1000人くらいが適正な数だったとか、兵糧のもんだいですかねぇ?
@黒猫四一型乙
3 жыл бұрын
ちんそう含めた何か所かまでは攻撃対象になるのは読めていたからあえて兵を引き抜いたふりをして1000人しか置かず誘い受けを狙いで兵の数以外は完璧すぎる防衛設備にしておいた状態にしてちんそうに攻撃を誘導させたのかな?
@黒猫四一型乙
3 жыл бұрын
持って行くの歩兵用の武具と一度炊いた飯を塩と香辛料、で味付けしたものを乾燥させたものと干し肉を細かく砕いたもの、生鮮食品は現地に商人に扮した調達部隊をばれないように派遣し、商隊が略奪されたと見せかけて入手 薪はヘンゼルとグレーテル作戦で行軍路にうまくかくしておく、水は水源をしっかり把握確保してない場所に水路か井戸を作っておく、攻城兵器は現地で作れない部品のみを持って工兵専門部隊で現地製作、UMAは現地調達。 帰りはブラックバック作戦の補給部隊バージョン、武具は安全圏まで到達したら秘密の隠し場所におきのちに回収部隊を別に作っておく、これでできるかはわからないが全力で妄想すとこんなかんじ
@aamm11111
4 жыл бұрын
第1次北伐と同年と知って驚きましたが、これ、第1次が孔明的には終わってなかったって事も考えられるのでは。 街亭で受けた打撃は一個の野戦軍であって、それ以外の兵力や物資はきちんと保持したまま一旦後退したわけで。 時間が経ってみたら散じていた兵士たちも戻ってきて、街亭の打撃が意外と復旧できたのでは?(この辺もしかしたら地域住民の協力があった?) 陳倉攻めの兵站や攻城兵器群は、街亭で勝った後に使う用に持ち込んであったものを、できる限り前進して隠しておいたのでは? 孔明はまだチャンスが有ると踏んでいて、政治的な敗戦処理を猛烈な勢いで済ませるために、自身の降格まで行ったのかも知れない等と。 あと、趙雲のチート移動も、極点探検隊のような事前の集積が有り、山間部の村か何かの協力が有り、そしてそれでまかなえる程度に兵力が少なかったんじゃないかなあ。歴戦の武将に指揮された山間部のゲリラ戦であれば、戦力をごまかすのも可能かもしれない。 まるで非対称戦ですが、曹真はそういう戦だと思っていなかったのかも? ただ孔明の側も「残り物でやる戦」になると思うんですが。
@kirin4126
4 жыл бұрын
そこまで行けば第三次北伐までひとまとめにできるようなそして翌年の曹真の漢中侵攻までが一連の戦役ともいえましょう
@NAME5466
4 жыл бұрын
>曹真は蜀軍の動きを予測していたのに、何故陳倉に千人しか配置していなかったんでしょうか。 どうなんでしょうね? 大まかに分けるとA:陳倉は1000人いれば大丈夫 B:陳倉は取られても大丈夫 この二つしか思いつきませんが... Aについては ①陳倉は地形的に難攻 ②陳倉は渭水流域に位置しており,この流域は魏が抑えている➡魏の渭水流域拠点に対する兵站は整えやすく早期に持久戦の構えを取れる ③そもそも蜀側は兵站を整えることが難しい➡陳倉争奪戦において蜀は持久戦に不向き ④陽動に備えた.広域を防衛範囲に収めるため,籠城による防御よりも援軍による防衛を選択した➡(速やかに陳倉に援軍を送る準備を整えていた) ⑤前提として,東部戦線の影響で曹真が用意できる戦力に制限があり,西部戦線の条件から予想される広域を正面戦力で防御するのに必要な戦力を用意することが不可能であった(④と同じですかね) BについてもほぼAと同じで,渭水流域に位置している事が理由になります ①陳倉は渭水流域➡とられても魏からはそこそこ攻めやすい(戦術的な防御には向くかもしれないが,長期的な防衛は不利?包囲すれば長期にわたる大規模な補給は蜀側からは困難に見える) ②蜀本国から陳倉への補給は難しく,陳倉単体の占拠では蜀の経済圏への編入も難しい➡陳倉拠点からの長安侵攻は困難? 蜀による統治・運営・運用も非効率的に見える ③陳倉に蜀が張り付くなら他に攻め込まれるよりよっぽどマシ➡防衛目標としての優先度が低い ④陳倉は渭水流域の端に位置するため,占拠されたとしても経済・兵站ともに影響が小さい➡この状況下で陳倉は損切り限界点であった?(③と同じか・・・) 占拠されることを前提に考えると,ネガティブな発想になりますね
@user-tabizukikazuo
4 жыл бұрын
次回まで考えておきますどすこい。 ごっつぁんです。
@yamakawa-chu-sho
4 жыл бұрын
石亭の動画で言ってた「孫権自身は後詰に回って機動防御に近い戦術を取っていた」のと同じ事を横綱がやってたってことかな?
@くま爺-t4z
4 жыл бұрын
まあ、張郃伝の所に張郃が関中諸軍を率いて、荊州行っちゃってるって書いてますからねえw 諸軍ですから一軍3,200人と考えると、確実に万単位の兵を引っこ抜いているわけで、そりゃ兵も少なくなります。 張郃は水軍も強いし、基本何でもできる将軍だから、魏にとっては使えるならどこでも使いたいんでしょうな。
@どらやき-z1w
4 жыл бұрын
ふと思ったけど、自称でも蜀が漢を名乗っているなら 『うちは魏帝国になりました!』って魏側が支配地域に喧伝しないのなら 大きい街はともかく、小さい集落民は未だに漢帝国であると思う。 そして魏帝国を名乗ってる連中は侵略者だと勘違いする。 つまり、山脈部分の住民は蜀が官軍で、魏が賊軍と認識して 蜀が現地調達すれば「補給」になり、魏が現地調達すれば「略奪」になる (追記) つまり、蜀の補給が潤滑に行えたのは 近隣に魏帝国をしっかり喧伝しなかった夏侯楙の職務怠慢説
@らすぼす-d5i
4 жыл бұрын
このBGM好き
@代理執政官
4 жыл бұрын
素人考えだが道中に倉庫とか作ってたんじゃないかな。補給に適した地点にあらかじめ倉庫を建設しておいていざというときに機動できるようにする。後は他にも書いてる人いたけど原住民の協力を取り付けてたのは間違いないと思う。人跡未踏の秘境だと思ってるのはいわゆる漢人知識人の見方で実際にはある程度人住んでそう。
@ダッシュバグ
4 жыл бұрын
うぽつです。蜀軍の兵站能力については、今回の動画でも言われていたように、戦闘部隊の兵士自身に弁当などの最低限+αくらいの食糧を持たせていたのも然る事ながら、孔明が発明したという木牛と流馬なる人力一輪車を食料や小型荷物の輸送用に使って、馬用の食糧を節約していたのでは ないかと。 それと、陳倉城への蜀軍が用いた攻城兵器については、幾つかは分解した状態で運んだのでしょうが……陳倉城に着いてみたら、城の守備兵が予想以上に少なく、兵士を兵器工作へ回す余裕が出来たので、材料となる木材伐採の時点から現地制作する事が出来たのでは ないかとも考えられます。 あと東方キャラがパズルボブルとか言い出すと『東方スペルバブル』を思い出しますね。下記で、自分の動画シリーズが長期化した大きな要因の一つです…… >皆さん拙速してますか? 自分は、拙速しようとするとモヤモヤしてきて却って手が止まって結局 功遅してしまう性格が災いして、ある動画シリーズの制作が現在進行形で遅延し続けて 大いに長期化してくる真っ最中ですorz
@日本之助
4 жыл бұрын
荷馬さんの食料が納豆になってるの成り立ちを説明してるみたいで草。 それはさておき、蜀軍の補給、食料に関しては豚とか山羊とか、喰える動物を連れて行ったんじゃないかな? 自分で歩ける食料ならいくらか楽になるだろうし、最後喰うの前提だから酷使して途中で死なれても(倫理面以外は)問題ないかと。
@Bチャー
4 жыл бұрын
バケットホイールエクスカベーターは自走できるからそれに補給物資を積んで移動すれば兵站は問題ない! 曹真は誘い受け
@PoorCoder
4 жыл бұрын
陳倉の守備兵が少なかったのは、石亭後編で説明が有った機動防御を曹真がやろうとしたのでしょうかね。 防御すべき所が多い様ですし。 大拠点長安から故道まで距離があり過ぎるのが難点ですが。
@mikelulu724
4 жыл бұрын
劉邦が東進をしたルートか。 この時よりも物資の保管や運搬も良くなかったのに謎だ。
@戸田賢司
2 жыл бұрын
関中の民は劉邦軍に付いてたからな。劉邦が珍しく真面目にして略奪しなかったのが生きてきたんだ。
@doryuji
4 жыл бұрын
蜀と呉で同盟組んで挟み撃ちって、連携しようにもタイムラグが大きいしタイミングがズレてしまう印象があったけど、このときはうまく機能していたんだな。
@スタイルズ
3 жыл бұрын
タイムラグは魏軍が東西に大移動させられるって効果もあるんで、戦略的には有り。司馬懿とかかなり振り回されてる
@autumn_prismfox
4 жыл бұрын
兵站能力の異常さを考えると諸葛亮先生が魏延の奇襲案を蹴った理由も見えそうになるのは自明…
@勇拗侃
4 жыл бұрын
北方三国志やったら、攻城軍(新兵)の演習で撤退したあとすぐさま武都陰平を奪った、ってなってましたね。 なかなか面白い解釈やなあ、と思った記憶があります。
@ガガギ
4 жыл бұрын
黒部ダムの建設も同じことしてたし、できないことはないぜ。ただし、こっちは鎧込みだけど。
@ケースケ-f2y
4 жыл бұрын
パズルボブめっちゃ懐かしい
@ggst3262
4 жыл бұрын
曹真は人心もあり勝つ戦略よりも負けない戦術に長けていました。 陳倉城に敵が攻めてくると予想して守りを固めていますし、むしろ彼は陳倉を補給の面とかから最適が千人と考え守りきれる算段があったのでは?援軍込みの算段で言えば援軍が来る間持ちこたえればいいので。攻城兵器をもってしても千人の陳倉が落城しなかったのは普通に考えればおかしい話、事実2回目の陳倉は簡単に突破されていますし。 日本でも高橋昭運が1000人足らずの兵で城にこもり九州に豊臣本隊の軍が来るまで時を稼いでいますし籠城で兵が多ければいいってもんではないということかもしれません。必要なのは数で敵に劣っていても援軍がくるまで戦い抜く意思、敵が多ければ降伏を考える人も出てくるので余計に増やすよりも選りすぐりの兵で戦う方がより多く時を稼いで守れるのかも
@KOUMORIish
3 жыл бұрын
これは想像だが蜀ではチベット・ネパール等の山岳民族を傭兵として雇っていたのでは?街亭の戦い以降は流石に馬謖のヤラカシで前線には出しにくくなっていたと思うが。勝ち戦ならともかく負けて犠牲者が多い上に一人雇うのに人件費も高騰していたと考えられる。
@taknar4020
3 жыл бұрын
確かに蜀の兵站能力はチート呼ばわりされるくらいおかしいw それだけ兵站補給関係者はある意味厳しいノルマと厳罰のブラック職場と化していたのかもしれない、李厳が嘘ついて誤魔化そうとするくらいに・・・
@karl4534
4 жыл бұрын
状況を考えれば魏の兵力不足はしょうがない 防備を整えてたら相手側は漢中という巨大策源地だから厳しい 守備兵+現地の臨時徴兵で持ちこたえればいいと言う形でその間に軍を興して対処すればいい 問題は蜀が予想より多いい・・・馬鹿みたいな兵力だった事だろう これによりもし手に入れたらそこから占領地域を広げ軍を維持できる程度の領地確保も狙ったのだろう それでも山越え+城攻めで思うようにいかない、よしんば上手くいっても維持に莫大な労力を払う事になるから厳しいと思うが魏・蜀どちらにとっても賭けな所はあったと思う
@せるじい
4 жыл бұрын
あくまでも当時の記述を信じるならという話ですね
@渡邉聡-k5q
4 жыл бұрын
史実を全然知らなくて今回戦術マップを初めて見たんだけど、渭水の上流から物資や兵隊を送ったんじゃないだろうか。この地図を見る限り、渭水を通れば散関をスルーできているのも納得できる。歴史書を書いた人は従軍記者じゃないから、実際には船で兵隊が移動しているんだけど、「最初に陳倉を襲われた」という事実から「故道を通った(と思われる)」と記載した…とか。山道を登って来るならまだ10日かかるかなーと思ってたら船で1日で襲ってきたから後手回った…とか。
@wai-hasegawa
3 жыл бұрын
第1次北伐で、諸葛亮が祁山を攻めあぐねている間に、馬謖が街亭で敗北したために全軍撤退しています。 祁山・上邽・街亭を抑えられていない状況で、渭水を下るのは難しいんじゃないかと思います。 4:25(戦術マップ)
@daid-6771
4 жыл бұрын
やはり孔明発明の木牛流馬で輸送したんでしょうか?(無理だろうなぁ)
@hc-cp3oj
4 жыл бұрын
渭水があるから長安にいればある程度動ける気がするけど... 機動防御に近い事やろうとしたのかな?
@deltacs4934
2 жыл бұрын
恐ろしいこと考えついた、往復の補給を考慮しない行軍。つまり物資の運び屋の“往復”を考慮せず途中までの荷役のためだけにそこら辺の農民を徴兵して一定の距離を歩いたら間引いてたんじゃ……
@sabak7390
4 жыл бұрын
趙雲はヘリコプターでも使ってるんちゃうか?オーパーツやでほんま。
@ぐんそー-v5o
4 жыл бұрын
数年は蜀の戦役はないと考え、兵力不足なので徴兵しようとしたが、蜀の戦役はが予想以上に早かったので間に合わなかったっと言ったところでしょうか。 郝昭配下の千人の兵が下士官級であれば、ある程度の兵力の育成はできるかと思います。 また、蜀軍の兵糧はブラックバック作戦のようなことをしたとは考えられないでしょうか?
@pandapan9278
4 жыл бұрын
パズルボブルで例えると、っていいな 天才かよ
@memento0028
4 жыл бұрын
はやい
@KAZWACKY
3 жыл бұрын
孔明さん農家の達人だしなぁ。 奥さん工業博士だしなぁ。 奥さんのお父さん豪商だしなぁ。
@雀-r4f
4 жыл бұрын
北伐での食料調達は、他の人も触れているが人肉食ではないだろうか? 途中の山中で動物を放牧しても軍を養うには足りないだろうし、そこから連れて歩くのは困難。 それが人間であれば荷物も持たせられるし、指示通り動く。 戦闘後であれば、周りに処置済みのが散らばってるわけだし…。
@tanakayuto148
4 жыл бұрын
三国志エアプだけど、山脈の北端まで蜀の統治下だったんじゃ無い? 演義しか分からんけどたしか北伐で補給拠点関連の話たくさんあったよな?
@from4284
4 жыл бұрын
起雲梯衝車以臨城は 雲梯衝車を建てて、これを以て城に挑んだ、って訳すべきじゃないかな?
@こぶらのどく
4 жыл бұрын
かの後漢の名将、皇甫嵩さんが焦る董卓に、 「陳倉城は堅いから、どうせ敵はそのうち帰るゾ」 って言ってたよ! 張郃もこの急襲に対する増援に派遣(仕事しすぎぃ!)されるけど、 「諸葛亮は到着する前に撤退してるっしょ(ハナホジ)。多分あと10日で帰るさ」 って言ってるから心配いらないね! そもそも、あの韓信ですら素通りして長安攻めちゃう難所なんだ! だからぜったい大丈夫! 冗談はさておき、 正史に記載はないですが曹真はこの頃、安定や隴西で蜀に通じた異民族や反乱者を 摘発しながら、長安方面を守っていたと思われます。 また街亭ルートの更なる道路舗装や中継地点の建設などもやったことでしょう。 ここまで派手に侵入されたわけですから、曹真ほどの人物がこれを放置するとは思えない。 曹真はやることが山ほどあり、漢中から北上する道を防ぐ暇がなかった。(後でやりたいことあるし) もしこの段階で、蜀が無謀にも突っ込んでくるなら、対応しやすい。 それは張郃が予想した通りで、しかも趙雲もその答えを出している。 「堅牢な陳倉城を瞬時に落とせる兵力を賄える兵站は維持できない」 「持ってこれたとしても、1か月が限度」 「しつこいようなら、長安軍で捻りつぶすまで」 と考えてたのではないでしょうか。 くそ狭い道、冬、兵力が多ければ多いほど、その負担はでかく、リスクがでかい。 それに長安軍に本当に出てこられた場合、困るのは兵站線の短い諸葛亮の方。 むしろ、来てくれるなら城攻めに拘らせて、疲れたところを叩きのめす、 皇甫嵩作戦を想定してたんじゃないかなと。 あとこれは邪推にはなりますが、攻城兵器を持ち込んだのって本当ですかね? 魏書にはめっちゃ書いてますが、蜀書に一切ないんですよね。 定説では攻城兵器を持ってきてることにはなってますが、少し気になりますね。 諸葛亮がとんでもないモノ持ってきたけど、魏はそんなの関係なしに追い返したぜ! ってアピールのために、誇張したとかないっすかね? 石亭で敗北してるし、蜀はケチョンケチョンしたんだって喧伝し、 魏はやっぱツエー!って思わせたかったって・・・考えすぎっすかね。 これ綺麗に持ち帰ったのか?って思うと無理ゲーだし、 魏側にはその鹵獲の話もないんですよね。 また曹真は、このあと蜀に攻め入る計画も立てていますので、 街道を封鎖する選択はこの時は、なかったのではないかと考えてます。 最後に、いつも楽しく見させてもらってます! 動画内容に毎回生意気言ってる自分ですが、 こういう動画で説得力を持って説明できる人は憧れますわ・・・。
@kirin4126
4 жыл бұрын
岐山も攻めて陽動していた 足止めさえすれば兵糧不足で撤退くらいかな
@Sジュケン
3 жыл бұрын
招集兵に農村支援隊とか 畑を作らせたりしてたんじゃないかな どんな政策でも食い物が無いとね ただ消費するだけの人間を何万人も置いておく事はしなかったと思う でも色々想像できて面白いよね。
@カラシネコ
4 жыл бұрын
結論 諸葛孔明と蜀の兵はチート
@バロローン-t1k
4 жыл бұрын
諸葛亮の兵站を考えるに、象の存在はあったのではないかと、象であれば山中の笹みたいなものを食べさせればいいし、量も、馬より運べると思われる。そして四川の地は、塩が豊富なので、中原の人が食べないようなものも発酵させて食べるとか(メンマみたいなもの)、それを山中で作ることもできる。魏の人は腐ってる物を捨ててるようにも思えるし。そしてサトウキビみたいな物もあったんじゃないか?パンダとかも食べてたんじゃ。そういうことなら冬に行軍するのも考えられるよな。腐らないから。
@antikim9821
4 жыл бұрын
木牛流馬はスチームパンク的な代物に違いない。400km補給もできるし攻城兵器も運べる!
@ロックたん
3 жыл бұрын
このBGMなんて曲なんですかね?妙にヤル気が湧く!!
@須藤直也-q8f
4 жыл бұрын
色々解説してるけどこのチャンネルは三国志が1番好き。 他も面白いけど。
@Taka18782
4 жыл бұрын
蜀の兵站ねえ……。一説には、孔明が画期的な手押し車を発明したとか何とかありますけれども、それだけじゃあねえ……。兵卒はみんな山の民だから山の移動に慣れていたとか?
@peppertaro2224
4 жыл бұрын
♪兵糧をたくさん、出したいな~w
@みな太
4 жыл бұрын
意味不明な補給能力で、きりのないしかも失敗したらアウトなもぐらたたきを強いられるくらいなら いっそある程度引き込んで、がっつり叩いて人的含めた資源を叩こうとしたのかな ギャンブルだけど、侵攻場所まで読み切ったことに自信があるならするかも
@SiR-sz9lv
4 жыл бұрын
三国志もうやらないかと思ってた人は僕だけじゃないはず💦良かったw
@sonchou0918
4 жыл бұрын
魏の西北部の守備戦力は現在充分とは言えない。ならばいっそこの状況を逆用できないか。 蜀の厄介な原因はつまるところ諸葛亮の存在である。 彼の高い内政能力による国力の異常回復、その後に国是である北伐を再起するのは予測できる。 可能性のある複数のルートから蜀は自由に選択でき好きなタイミングで攻撃してくるだろう。 諸葛亮が健在なかぎり何度も。 そこで魏軍の罠である。 陳倉とそこへの侵攻ルートを手薄にし蜀軍に北伐成功の可能性をチラつかせるのだ。 蜀軍は、侵攻ルートと目的地を設定「させられ」ノコノコ天然要塞から出てくる。 魏軍は攻撃箇所は予測できるのだから、陳倉包囲の際に速やかな援軍集中を行えるよう準備しておく。 そして野戦で諸葛亮と蜀軍主力を撃破し当面回復不能な打撃を与えるのだ。 諸葛亮を討ち取れば西部戦線の問題は一気に解決する。蜀の要害に籠もられていればそれも叶わぬが、野戦ならば! キモは陳倉籠城戦力を「罠とわかっていてもタイミング次第で抜けるんじゃないか」と蜀に決断させる程度の 兵力数と将軍を配置すること。多すぎても少なすぎてもいけない。
@ヨドバシカメラ-t4j
4 жыл бұрын
攻めてくるのは知ってたけど冬に来るとは思わなかったんじゃないの?
@papapandoki3862
4 жыл бұрын
敵軍の主力を殲滅するためにあえておびき寄せたとかですかな?
@蒲生氏郷-u6l
4 жыл бұрын
まってたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
@シャドームーン-p9i
3 жыл бұрын
攻城兵器にバケットホイール見えたんやがあんなんあったら城壁どころか城すらすり潰されるぞ…
@焼肉師匠-m3u
4 жыл бұрын
1:54おいやめろw
@よろずや-r3m
4 жыл бұрын
趙雲 三國無双人説
@nezunyan_
4 жыл бұрын
まぁ関係ないんですけどね、この動画で兵站の話を聞くたびに蕭何のおかしさが強調されるんですよね チートってレベルじゃねーぞ
@ラガク
4 жыл бұрын
兵站を最重視してた面をみると諸葛亮が軍事に秀でてないわけでもないよな ただ蜀の立地と魏の国力と内政がうまくいってるから勝ち目がないってだけで
@mastak7357
4 жыл бұрын
いやあ、むしろ兵站を重視して実際に輸送に成功(今回の動画でいえば山越えでの攻城兵器やその他物資の輸送)しているという事は、それだけで軍事に秀でていると言って良いのでは? 立地に関しては、すでに魏に中原抑えられてた上に、劉焉が築いた下地をぶんどる形での建国ですから仕方ないかなと思います。逆にそこは初めから織り込み済みでないと戦略が成り立たないのかなと。 劉邦や公孫述、劉焉の例もあるので、この頃までの蜀は独立するだけならしやすい場所って印象があります。劉邦のケースは敵がまとまりの悪い項羽だったからワンチャンあって、そのワンチャンをものにできたから天下取りできたけど、内政がうまくいってる魏に対しては厳しいかな、というのは僕も思います。 結果だけ見れば蜀漢も公孫述、劉焉と同じくほとんど代数を数えられず外敵に潰されてますから、返す返すも関羽、劉備、馬謖が数少ないチャンスを潰してしまったのが惜しまれます。
@user-5239
4 жыл бұрын
陳倉北!
@丸祐-z2w
4 жыл бұрын
動けるデブ=曹真
@鷹狩陽向
4 жыл бұрын
攻城兵器を運ぶ人夫を多めに雇いその一部を食料にしたとか
@どらやき-z1w
4 жыл бұрын
モンゴル馬じゃねーんだぞw と言いたいけど、劉備の食人エピソードがある以上 全否定できない…
@るキーにルいじ
4 жыл бұрын
兵部京介のアニメは面白かった 1000人しか配置できなかったのは魏の国境が広くて守るべき場所が多すぎたからかな?
@みょみょん-q8t
3 жыл бұрын
コメント今更やけど、籠城を長期間するための千人という可能性も?
@リヒリヒト
4 жыл бұрын
しかし皆異常に詳しいな、やっぱ本とかで詳しく調べたのだろうか
@kazumasuishikawa2733
4 жыл бұрын
誰がサモハンやねん w
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