助数詞シリーズは『宇宙兄弟』っぽいよね(自画自賛)【振り返り雑談回】#41

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ゆる言語学ラジオ

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@佐藤いふみ
@佐藤いふみ 3 жыл бұрын
オタク早口は話者が夢中になって話している証拠で、微笑ましいし楽しそうで僕は好きです。
@飛田龍人
@飛田龍人 3 жыл бұрын
現在中国在住ですが、現代の中国の方は桁数の多い数字を覚えるのが得意な方がとても多い印象です。数学の発音に四声(声調)があるためリズム感があって覚え易いのだと聞いたことがあります。 助数詞とは直接関係ありませんが、このような要素(音)も数学の発展にも影響しそうな気がしました。
@idishman
@idishman 3 жыл бұрын
堀元さんの中にある、高尚さへの無邪気な憧れと逃れられない俗っぽさの同居が好きです
@きなこもち-x6t
@きなこもち-x6t 3 жыл бұрын
15:21 関係あるかはわからないけど、物理や化学系の人は助数詞というか、単位・次元を気にする気がします。 5本+6冊=11が納得いかないのと同じように、 例えば5[kg]+6[s]や、-log0.56[mol/L]だとかは、不自然さを感じます。
@bar_anbar
@bar_anbar 3 жыл бұрын
伝わるまでが「通」だから、留守電や新着メッセージは「件」なんですね。納得。
@_nindin
@_nindin 3 жыл бұрын
宇宙兄弟は、週刊連載なのに毎話1つずつくらい感動ポイントが用意されてて驚異的ですよね… 「漫然とした失敗には意味がない 本気でやる失敗には意味がある」とか、名言チックなセリフがほぼ毎回ありますよね。
@kbss_xilanhua
@kbss_xilanhua 3 жыл бұрын
Twitterで言ってたお二人が疲労困憊した日はこの日かな…? 初っ端から疲労感(とフルマラソン完走したあとのような充実感)が伝わってきます。
@jmpadg2239
@jmpadg2239 3 жыл бұрын
水野さんの疲労感が伝わってきますね。堀元さんは余力がまだありそう笑
@kfopa
@kfopa 3 жыл бұрын
「助数詞のある言語は数学が発達しにくいのでは」と言う話ですが、英語のような言語も数が数えにくい要素があるように思います。 英語には可算名詞と不可算名詞があり、多くの日本人にとっては意味不明です。 furnitureやinformationは数えられない等、英語で数えるものと数えないものの区別をしています。 船の代名詞がsheだったり男性名詞, 女性名詞の名残のようなものもあるので、 英語も物を認識するときの認識の概念から自由になっていないと思います。 概念が物についてしまうのが数学の進歩の妨げになるのであれば、冠詞や格変化がある印欧言語も同様のことが起きうる、という話になると思います。 また、「5本の鉛筆と6冊のノート合わせるといくつ」という問題は下記の前提を出題者が説明していないことが悪い点だと思います。 1. 鉛筆とノートは同じレベルの概念として加算可能とする (「1本の鉛筆と1冊のノートを合わせても1本の鉛筆と1冊のノートにすぎず、両者は違うものという」思考はしないものとする) 2. 上記の加算可能なもの同士を足した場合、実体を数えるための助数詞はつけないものとする。 1については英語についても日本語と同じことが言え、2についても"11 items(数詞+名詞)"のように同じような混乱が起きうると思います。 なんせ日本語でも英語でも「11」という数自体は実体ではなく抽象的なものですから。 最期に、月本 洋さんの『日本語は論理的である』という本には「抽象的な表現は比喩を用いて表現される」という内容のことが書かれています。 何かしらの抽象化をする場合に意味づけをすべて剥がして理解するのはどの言語でも難しいのではないでしょうか。
@杉田文香
@杉田文香 3 жыл бұрын
助数詞おかわり希望だったので助かります。 ピダハン回と同じ日に撮ってたとはお疲れ様です。
@knife-dp9le
@knife-dp9le 3 жыл бұрын
日本は和算が花開いた国なので、助数詞と数学は相性が悪いわけではないですね。 もし、数学屋の私が5冊と6本の足し算の結果に助数詞を付けるならば、 5冊+6本=11点 買い物に行って、レジで商品に対する共通して使える助数詞は点ですよね。
@jajathree9506
@jajathree9506 3 жыл бұрын
小学校の先生の教え方の問題が関係している。助数詞を正しく教えていないのに助数詞の付け方で間違いにするのは生徒に不信感を与えて、数学嫌いにさせるのでしょう。 11の数字だけで丸を付けるべきです。
@shirokuma1962
@shirokuma1962 3 жыл бұрын
助数詞をつけたからって、バツにするのは、変だよ。こういうバカ教師が算数嫌いを生む。
@SitouIru
@SitouIru 3 жыл бұрын
私の小学2年時の先生は、全ての文章題に単位をつけろと言っていて、それゆえに速さの問題は引っ掛かるところがなく解け今でもありがたいと思っています。
@takashiumeda6276
@takashiumeda6276 3 жыл бұрын
納得‼ 何にでも対応するのは「個」しか考えられなかったけど、「鉛筆5個、ノート6個」はどうも気持ち悪い。「点」という数え方が有りましてね。すっきりした。 「冊」と「本」を纏めるためには、認識の枠を拡げて「点」にすれば良い分けですね。 もしや最強の助数詞では?
@nov3jun3
@nov3jun3 3 жыл бұрын
この問題の採点が10点だとしても、11点と回答したら、11点をあげてほしいですね。これが先生たる者の懐の大きさです。
@TsushiyTsushiy
@TsushiyTsushiy 3 жыл бұрын
初めてコメントします。 偶々目につき視聴した動画が、「象は鼻が長い」で、そこから一気にハマり一気見させていただきました。 動画を見ながらつい「なるほど~」や「わかった!〇〇だ!」と声を出している自分がいて、いい意味ですっかりキモイことになっています。 “世界の解像度が上がる”という言葉、とても好きです。本当にその通りで、ゆる言語学ラジオさんがきっかけで個人的パラダイムシフトが起こりました。ありがとうございます! 今後も楽しみにしております。
@reizoukoreizouko
@reizoukoreizouko 3 жыл бұрын
振り返り雑談もおもしろいな。 シリーズが終わるごとに毎回やってほしい。
@yamaru80
@yamaru80 3 жыл бұрын
助数詞と数学の関係はなんか分かります。一方で、助数詞が発達して単位を常に考えるのはどちらかといえば数学より物理ですね。物理では次元解析などもあり、単位のない量は気持ち悪いと感じますね。こちらの相関も気になりました。
@kazuyoshiishihara4914
@kazuyoshiishihara4914 3 жыл бұрын
1秒足す4グラムとかありえないしな。 助数詞=ベクトル空間の基底?
@shirokuma1962
@shirokuma1962 3 жыл бұрын
同じこと思いました。
@mccova625
@mccova625 3 жыл бұрын
@@kazuyoshiishihara4914 分かる 逆に、指数とかLogの中身が無次元になってないとムググってなる
@nicoshiva1
@nicoshiva1 3 жыл бұрын
今見返しても、助数詞回とピダハン回は特に神がかってますよね。未だに「助数詞」って単語だけでエモ!ってなります。
@miyatyu
@miyatyu 3 жыл бұрын
(数学という観点ではわかりませんが)普通、算数は日本や中国・韓国のような東アジアが有利と言われます。 1〜9までがいずれも1音節に近く(特に中国語)九九算の暗記がしやすいこと、10以上の数字も変則的でなく綺麗に10進法で呼ぶこと(eleven, twelve などの12進数の名残やthirteen, fourteenのような 20進数の名残がない)から、算数を直感的に理解しやすいため(アジア人は算数が得意)とよくアメリカでは説明されます。 1人の成長過程においては、助数詞よりも数の体系がそもそも算数に馴染みやすいかどうかのほうが重要です。
@user-dg4fj6vk9s
@user-dg4fj6vk9s 2 жыл бұрын
言語に優劣をつけるのはご法度ですが、漢字文化圏の数の表し方は個人的には世界一だと思っています 自然数の命名が10進法の思考回路を体現している上に発音・表記の簡便さもなかなかです 理系肌なもので、まず英語習いたての段階で「1〜12、13〜19、20〜99、100〜でそれぞれでルールをマイナーチェンジするのは合理的じゃない」と思ったのですが、大学でドイツ語を学ぶと十の位と一の位の読み上げ方が逆転していたり、フランス語では一部20進法的に表していたりと、(歴史的な背景があるので仕方ないにしろ)数学的には愚の骨頂としかいいようがない記数法ばかりで驚きました 表記・発音の簡便さについても、最初は自分が日本語話者だからfifteen/fiftyが紛らわしかったりhundredの表記・発音が煩雑に感じたりするだけなのだと納得しかけていたら、英語話者同士でもfifteen/fiftyは聞き間違えることがあるという話を聞いたり、1945年をnineteen forty-fiveと読むのも「絶対one thousand, nine hundred and forty-fiveって読むのがダルかったからだろ(要検証)」と思ったりしています
@user-river_mountain
@user-river_mountain 3 жыл бұрын
21:34 1000件削除ではなく1000通削除と書かれていたら消すの躊躇しそうな気がしますね やはり通だと相手が送ってきてくれた感が強いのでしょうね
@yosukesato
@yosukesato 3 жыл бұрын
かじった程度ですが、サンスクリット語には助数詞はなかったと思います。代わりに、単数、複数に加えて双数(二個の、二人の、などなど)があり、それぞれに応じて動詞活用します(つまり過去動画の「3ない」には当てはまらない)。 ちなみにサンスクリット語では名詞も単数、双数、複数の3通り×格変化(日本語の助詞にあたる)でだいたい72通りくらい活用し、前後の単語によって音韻変化(綴りも変わって単語が接合も)するので、読み解く作業はまるで暗号解読です……笑 その分、言語というものの一つのルーツを見ることができたようで面白かったです。 動画心待ちにしているので、これからも早口でバンバン喋ってください!
@takatake2255
@takatake2255 3 жыл бұрын
いつも楽しい動画ありがとうございます。 「助数詞と数学」についてですが、日本では算術が発展しましたし、中国も占星術や土木技術が発達していたので数学はそれなりに発展していたかと思います。 日本は世界的数学者を多数輩出しており(例えばフェルマーの最終的理を証明する際に使われた谷山-志村予想や、ABC予想を証明したとされる望月新一など)継続的に実施されている国際数学オリンピックでは中国が一位をとることが多いです。また、この国際数学オリンピックにおいてインドは特別順位が高いわけではありません。 歴史的な数学者の多くは確かに欧米圏が極めて多いですが、これは数学というよりもそもそも科学という思想が西洋において花開いたことが大きく起因しているように思います。科学における数学の歴史では西洋だけがプレイヤーだった時代が長いのですから。 今後も面白い動画楽しみにしています。
@きゅうちゃん-v1m
@きゅうちゃん-v1m 2 ай бұрын
でも日本で数学が発展したのは多分明治以降だよね。例に挙げられてた数学者も明治以降だし、和算などは数学よりも算術に分類されるのでは?それと中国語に助数詞があるの?中国語をよく知らないのでピンとこないけど。
@humhumtarai5772
@humhumtarai5772 Жыл бұрын
大阪の中学校数学教師です。「洋算」は西洋ですが、日本には世界に誇れる「和算」があります。「1つ当たり量」が、分かれば、いろいろなことが、関連できて、納得できます。理系の堀元さんなら、単位が、計算方法を表現していることご存知ですよね?単位が2次元、3次元に拡げてくれて、そこにエモさが含まれる、序数詞なある日本語バンザイです。 ところで、マレーシアでは、1冊の本を「ブク」複数の本は「ブクブク」と言います。みたいな言語は、他にありますか?
@mariel0171
@mariel0171 3 жыл бұрын
おしゃれタイトル・・・森博嗣かな。 「すべてがFになる」とか「黒猫のデルタ」が好き。
@gorilla-gorilla-diehli
@gorilla-gorilla-diehli 3 жыл бұрын
『喧嘩商売』『喧嘩稼業』は父から息子への継承っていう背景を持ってる登場人物が多すぎる。けど最高に面白いからもっと連載してくれ
@christmassuy84
@christmassuy84 3 жыл бұрын
木多の漫画を熱く語ってる奴がいる ってだけで面白い
@BPYS
@BPYS 3 жыл бұрын
ありがとうございました。助数詞っ面白いですね! ちなみに、話す内容は削らなくてもダラダラと脱線しながらでもいいと思います。 と言うか、お二人のダラダラとした話が聞きたいです。 20分くらいで切ってもらえれば、移動中や、就寝前に、とても便利です。
@大谷伸昭-h1x
@大谷伸昭-h1x 3 жыл бұрын
助数詞が数学の発展の阻害要因になってるって話がありましたが、個人的に高校生の時、「ある(特定の)x」と「任意のa」の違いを理解するのに苦労しました。英語圏の人であれば「the」と「a」の違いってことですぐに理解できるのでしょうが、冠詞のない日本語の母語話者で特に英語が苦手だった私には感覚的に理解出来なかったのだと思います。冠詞があると助数詞が発達しづらいって話もありましたし、水野さんの仮説は感覚的に「そうかも」ってすんなり受け入れられました。
@みやじー-z9j
@みやじー-z9j 3 жыл бұрын
私が書き下ろした曲がBGMとして使われてる!ありがとうございます!
@クウガ-p9n
@クウガ-p9n 3 жыл бұрын
BGM変わったなあと思ってました!おめでとうございます! 落ち着く曲で、とても聞きやすいです。
@yzengame
@yzengame 3 жыл бұрын
いつも楽しい動画の投稿ありがとうございます。 ちょうどニューズウィーク日本版に 「石たち」「椅子たち」──日本語の複数形は増えている という記事が公開されたタイミングで面白かったです。
@nbtk193
@nbtk193 3 жыл бұрын
ヒゲの有無から察するに、実は公開されてるのは、まだまだストックの一部分でしかないのか‥ ‥数学はさておき、 序数詞がいっぱいある日本語、 表やグラフが好きな日本人、 棚の整理がキッチリは、どっかつながってる。
@アイオライト-u1x
@アイオライト-u1x 3 жыл бұрын
『宇宙兄弟』に『BLUE GIANT』は分かりやすい… 最近の宇宙兄弟は一話ごとに泣いてしまってどうしようもないですね
@desperadoTK
@desperadoTK 3 жыл бұрын
ネットの反響がわからないでノリで回数増やして、でもちゃんと反響がシンクロするのがすごい(笑)
@nara3178
@nara3178 3 жыл бұрын
媚びずに己の面白いと思うものを布教?する姿勢が好きです♡
@炭酸3号
@炭酸3号 3 жыл бұрын
日本の学生は、他国の学生と比べて数学の能力は高い水準にあるといのが、国際比較のテストでデータとしてあったのを見かけたことがあります。ヨーロッパ語と日本語の違いから、数学能力にまで一気に繋げるのは飛躍しすぎですね。 私の積ん読でまさに『和算ー江戸の数学文化』小川束(中央公論新社、2021年)というのがありまして、序盤は少し読んだのですけど、江戸時代にはすでに庶民にまで数学を楽しむことが文化としてありまして、特に実用的な数学(商事に関する計算)が発達していたらしいです。また、この本の中で少し中国の数学の歴史についても触れられており、和算発達以前は日本の数学に、他の学問同様に少なからず影響を与えていたそうで、現代数学の源泉がヨーロッパやイスラーム文化圏だからといって、他の地域で数学がほとんど発達しなかった、なんてことはなさそうです。
@JohnDoe-ey9ws
@JohnDoe-ey9ws 3 жыл бұрын
助数詞は面白くためになりました。てか、その分、次章へのハードルが上がりましたね。その様な事も踏まえて次を期待しておりますwww.
@takucub3127
@takucub3127 3 жыл бұрын
助数詞は何を1にするかの意思も感じられていいですね カントリーマアムがどんなに小さくなっても一個
@モヒカン-j7b
@モヒカン-j7b 3 жыл бұрын
15:55 例えば「3冊の本と2冊のノート」なら合わせて5冊と数えることはできるけど"3 books & 2 notebooks"は合わせて5 booksとはならないと思うのでそういう意味では日本語の方が数字のみを取り出せているとも考えられる気がします
@おやつのじかん-h8t
@おやつのじかん-h8t 3 жыл бұрын
ということは、もしかして英語圏では、算数で「2つのりんごと3つのみかん、あわせていくつでしょう」なんていう問題は無いのでしょうか?! 聞いてみたいですね
@szkyan
@szkyan 3 жыл бұрын
文章問題は日本に比べて少ないみたいですね。
@趣味で数学をやっている者-g1b
@趣味で数学をやっている者-g1b 3 жыл бұрын
「助数詞の概念」=「単位の概念」だと思います。 6本+5冊=11に違和感があるのは 1kg+2L が計算できないことが概念的に理解できているからだと思います。
@theresagreatbigbeautifulto9315
@theresagreatbigbeautifulto9315 3 жыл бұрын
「鳥」というヒッチコックの映画では、カラスが人をつつき殺すシーンがでてきますね。ただ作中には他の種の鳥も殺人に参加しているので、もしかするとmurder of crowに着想を得たのかな?程度ですが。
@yuuhisa244
@yuuhisa244 3 жыл бұрын
言葉のセンスで思い出すのは、今敏監督のパプリカですね。 一見、意味はあるようでないような、それでいて耳に残るセリフが素敵。 オセアニアじゃあ常識なんですけどね
@sumimichi6125
@sumimichi6125 3 жыл бұрын
とても楽しく拝聴しています。助数詞もピダハンもそこにはただの言語を超えたドラマがあって感動します。 ところで、悪い集団を指す「一味」って助数詞でしょうか?「二味」とか聞いたことがないので違うとは思いますが、、
@ADA-あだ
@ADA-あだ 3 жыл бұрын
ニ、三、四、五、六味がなくても七味はある!😆(違う)
@myk6243
@myk6243 3 жыл бұрын
そういえば犬神家のふた族もないですねえ。
@sumimichi6125
@sumimichi6125 3 жыл бұрын
@@ADA-あだ 麦わらの七味とか商品化されそう
@飛田龍人
@飛田龍人 3 жыл бұрын
一味の「味」は助数詞ではないかもしれませんが、漢方薬や食品では助数詞として使われることがあるようです。 2種類の生薬で構成されている漢方薬を説明するとき「2味」などと表現しますし、生薬6味の「六味丸」、生薬8味の「八味地黄丸」などはまあまあメジャーな漢方薬があります。
@mkmk368
@mkmk368 3 жыл бұрын
同じような表現で、「一派」というのもありますね。「幕府の転覆を図った由井正雪一派」とか。悪役にありがちな「くくり」なんでしょうか?
@ガ二メデ-e9w
@ガ二メデ-e9w 3 жыл бұрын
「5本の鉛筆と6冊のノート」のようなある別の2つのものを問題文で扱う時は、「1本20円の鉛筆を5本と1冊100円のノートを6冊買いました。合計いくらになるでしょう」のように、ちゃんと共通する部分(値段[円])を計算させる構造になると思うので、助数詞の弊害というよりは、単に問題が不適当なだけだったという感じがしますね。 実際検索して小学1年の文章問題をざっと見てみましたけど、そのものの数を扱う問題はどれも同じもの同士を足し合わせていました。どちらかというと、『「はじき」丸暗記』に通じるものがある気がしますね。
@小園拓志
@小園拓志 Жыл бұрын
私も同感です。鉛筆とノートの数を足させてはいけないと思います。足して11、にはどこまで行ってもそうはならないはずです。助数詞が同じものでもホームラン5本と列車のダイヤ6本が足し合わせられないのと同様です。端的に、それが理解できていない作問者の責任でしょう。
@猫野九郎
@猫野九郎 3 жыл бұрын
フランス語って数え方が計算式でしたよね・・・どうやって生まれたんだろう。 江戸時代は和算本がベストセラーで神社に絵馬で出題して、答えを募集したり、現代でも難しいモノもあったとか。 算術や発明は暇な人が居ないと発展し無さそう。 昔の哲学者や研究者って奴隷を使役した側やそれに雇われた側だからなぁ。
@livrecolline6308
@livrecolline6308 3 жыл бұрын
バツは流石におかしいだろw しいて言うなら問題が悪いよね。合わせると「何個でしょう」とか「いくらでしょう」とか求めるべき単位を書くべきなんだよね。 「Q.鉛筆5本とノート6冊を合わせると?」なら、極論「A.勉強が捗る」でも問題ないし。
@shirokuma1962
@shirokuma1962 3 жыл бұрын
上手い、座布団一枚😄
@Thekaoriana
@Thekaoriana 3 жыл бұрын
毎回「?」から「なるほど〜」となるのが楽しみで拝見しています。不思議なことに、見続けていると、お二人から受ける(内容とは別物の)ことに注目していく自分がいました。よく出てくる「早口」もその一つです。この人が心から興味があることを人に伝えたいとき、一瞬、顔つきが変わったり、話すスピードが変化していく、それを受ける側も、確実にキャッチできていて、とてもいい返しをされている。なんだかとても気持ちな、、、と思います。
@花の神曲とゴミ動画
@花の神曲とゴミ動画 3 жыл бұрын
喧嘩商売とかいう激面白クソギャグ漫画をこんなに良い漫画みたいに話してるのすごいわ
@KosukeMikami
@KosukeMikami 3 жыл бұрын
自分の知らなかった概念を知れるのは本当におもしろい!そしてそれらを人生をかけて研究して人たちがいると思うとまたおもしろい!
@三竹山-m2r
@三竹山-m2r 3 жыл бұрын
助数詞と数学の関係の仮説、面白いですが全く関係ないのかなと個人的には思います 例えば江戸時代なんかは神社の絵馬に数学者でもなんでもないような民たちがそれぞれ数学の問題を出し合って解きあったりしていたり、ライプニッツなどに先んじて関孝和が行列式の概念を使っていたりしたそうです また、「数という抽象的な概念を鉛筆が一本、ノートが一冊、などのような現実的なものから切り離す云々」との話ですが、 これはむしろ助数詞の発達していないヨーロッパでこそ近代までできていなかった思想です 「x^2+xは平面(二次の項)と直線の長さ(一次の項)とが足し算されているから無意味な概念だ」や、 「負の数は現実には存在しないからx+1=0は考える価値がない」、もしくはかのオイラーが言っていた「1/xを考えればわかるが、負の数は無限大よりも大きな数だ」などが有名なところです フェルマーの最終定理なんかも斉次多項式に関する話ですが、あれも斉次だからこそ当時から考えられていたというわけでしょう (x^3 + y^4 = z^5なんかだと「次数が違うからナンセンスだ」なんて無視されていたかもしれません) 逆に負の数が認められると、すぐに複素数が認められたりして一気に現代数学へ進化していったようなので、それこそ「現実の数量の概念と抽象的な数の概念を切り離すと数学は発展する」というのは正しいように思えます
@yuniruyuni
@yuniruyuni 3 жыл бұрын
この動画もすごい面白かったです〜! でも独自考察については、日本の数学は算額が江戸時代にかなり強く、例えば関孝和あたりがデルタ二乗加速法を世界で最初で見つけていたり、中国は中国式剰余定理という重要な定理の発明がヨーロッパのそれよりも遥かに早いため名前にも残っていたり、少し雑かも……?
@user-dg4fj6vk9s
@user-dg4fj6vk9s 2 жыл бұрын
科挙や寺子屋など、文化による教育水準の高さが寄与しているのだとは思いますが、無理矢理言語と絡めるとすれば、日本・中国の数を表す言葉の仕組みが10進法の仕組みと相性がいいという説を個人的に提唱したいです 例えば英語だと、12まで、13〜19、20〜99、100以降のそれぞれで別ルールを採用していますし、ドイツ語、フランス語etc…はもっと統一感のないルールを用いています それこそ簡単な筆算をやろうとしても、アラビア数字のようなシステマチックな記号の導入がほぼ必須な気がします(one〜nineの形で書き並べて計算するのは煩雑な上、言語感覚との齟齬がある) それに対して漢字文化圏では、一〜九という数字が(完璧ではないが)アラビア数字のようにシステマチックに機能した数の表し方となっており、漢数字を使えば筆算の習得もかなり直感的だと思います 数を表す単語が文字上では一字に統一されているのも分かりやすいポイントです
@ネコ-c2y
@ネコ-c2y 3 жыл бұрын
明日から助数詞ロスに悩まされそうです…
@nekkoneko2525
@nekkoneko2525 3 жыл бұрын
確かに助数詞回は水野さんのテンションと、煽り方(いい意味)と進行が最高でした😆
@so8661
@so8661 3 жыл бұрын
Mr.ホリモトw
@monicas2461
@monicas2461 3 жыл бұрын
母語話者なのに〜?
@クアントロ大尉
@クアントロ大尉 3 жыл бұрын
後から気付いたけど助数詞の面白い事例だとTCGとかそうかも 「モンスターカード1枚を手札に加える」 「相手のモンスター1体を破壊する」 形は変わらないのに,状態で助数詞が変わる あとゲームによっては同じ役割でも「モンスター」という名称使ってなかったり,イラストが人間のキャラクターだったり,それが二人ペアで1枚のカードになってたりするけど,それでも「1体」と数える
@独楽-y7o
@独楽-y7o 3 жыл бұрын
面白すぎて、貴動画を見つけた自分を褒めています💦ゆるく長く、不定期でいいので(あ、これは「ゆるく」でカバーできてるか💦)続けてください。ちなみに 独楽 (コマ)はどう数えるのだろ🤔自分で調べてみます。
@なごみ-k7z
@なごみ-k7z 3 жыл бұрын
「感動する事」=「自身の後ろめたさの裏返し」であるとする説があります。 父の跡を継ぐ子の物語に感動するのはそれに対する後ろめたさや憧れがあるのだろーなー。 私は父の跡を継いで家業を手伝っているので、この部分には感動しなかったのですよね。
@arsenal551286
@arsenal551286 2 жыл бұрын
部首回を神回だと思っていたのですが、まさかイビピーオで更新され、助数詞でさらに更新されよう などとは思っていませんでした。
@DiceKCRao
@DiceKCRao 3 жыл бұрын
ちょうど今、オリンピック期間中ですがメダルの数え方でモヤモヤしています。メディアでは日本8個目の金など助数詞「個」を使いますが団体競技の場合人数分の金メダルが授与されるわけで「個」で数えるのは間違っていると思うのですが言語学的に「個」でよい理由があるのでしょうか?
@papillon407ify
@papillon407ify 3 жыл бұрын
確かに気になりますね
@nbtk193
@nbtk193 3 жыл бұрын
この動画のせいか自分も気になってました。ゲームセンター等のメダルなら枚なのに。「ある種目の一位獲得」が、象徴されたモノ、とみると個が数えやすいのですかね。 メンバー数とか考慮してなんだとおもいますが、ニュースでは金メダルを取ったのは8人や8種目や8競技とかの方が好きです。少なくとも受賞は人が成したコトの範疇として扱って欲しい
@寺田-o2b
@寺田-o2b 3 жыл бұрын
サンスクリット語には冠詞がなく、男女別の名詞や複数形もあるみたいです。調べてみたら中々面白い言語体系でした。 参考:石井正人『サンスクリット語文法概略』(2016)
@defabc3923
@defabc3923 3 жыл бұрын
親子で一つの学問を極めるってかっこいいな
@mozhigengo9479
@mozhigengo9479 3 жыл бұрын
数学の発展と助数詞のあるなしに関係があるかという視点は面白いですね。 ただ、助数詞があるかないかというより、名詞の性数格変化があるかがポイントのような気もします。そのような屈折語の場合、数を意識することが常に「無意識」のうちにありますから、抽象的な数の概念の研究が進みやすかったのかもしれません。 数学の発展をたどると...  アッカド語(セム語系)→屈折語  古典ギリシャ語(印欧語族)→屈折語  サンスクリット(印欧語族)→屈折語  アラビア語(セム語系)→屈折語  ラテン語(印欧語族)→屈折語 サンスクリットはその言葉を直訳すると「きちんと作られた」という意味である通り、文法が整然と規則に則って整理されています。それを体系的に行ったのは文法学者パーニニですが、その頃がインド数学の発展した時期とも重なるのは面白いですね。ちなみに、日本語の「五十音表」はサンスクリットの整然とした音声学に基づく字母表が起源です。でも、日本語の音素が少なすぎて端折られたせいで、何故その順番なのかがわからなくなってしまっている...。 ちなみに、現代語のヒンディー語に助数詞はありません。冠詞もありませんが、性数格変化があります。インド言語の数で面白いのは、下桁が9の数字の言い方で、その次の数字のマイナス1という言い方をします。(19 = 20-1)天才的な数学者にインド人がいたり、IT産業を支えるエンジニアが多いので、インド人なら数学凄そうと思われがちですが、普通の人はみんな普通です。なお、現代教育では学校言語は英語がほとんどなので、数字も英語で言い、ヒンディー語でちゃんと1から100まで数えられない人も多いです。なぜならある程度規則はあるものの、完全に機械的に10の桁と1の桁を合わせるのではなく、それが合体して特有の単語になります。(19 = un -1 + biis 20 = unniis) (21 = ek 1 + biis 20 = ikkiis) ちなみに2桁の数字の言い方は、ドイツ語みたいに最初に1の位を言い、次に10の位を言います。
@mozhigengo9479
@mozhigengo9479 3 жыл бұрын
もちろんサンスクリットにもパーリ語にも助数詞はありません。文法書は古典ギリシャ語並みに活用曲用の解説だらけです。
@ひろし-q6z
@ひろし-q6z 3 жыл бұрын
鉛筆の本数とノートの冊数を足させた教員の数学センスが理解不能。
@デュナス-b1m
@デュナス-b1m 3 жыл бұрын
鉛筆とノートのセットが5組とノートが1冊余ります
@take-take2511
@take-take2511 3 жыл бұрын
小学校の教員にそこまで求められん
@たんこううどく
@たんこううどく 3 жыл бұрын
中世の西洋で、三桁の掛け算が出来たのは大商人だけですが、 日本人は一般庶民でも可能だったそうです。 ゆえに、助数詞が数学を妨害することはないと思います。
@thats9178
@thats9178 3 жыл бұрын
時代と場所にもよると思いますが、計算といっても結構適当で0の使い方も曖昧なままなんとなくで帳簿を付けてた、と読んだことがあります。1300年ごろのことです。
@しおやのめ
@しおやのめ 3 жыл бұрын
助数詞が面白い。私も自分の癖に気づかされました。知らなかった私を見つける動画になってる感ありますね~。
@poriemon1
@poriemon1 3 жыл бұрын
「長いストーリー」で「各回が面白い」で真っ先に出てきたのが伊坂幸太郎先生の作品だった・・・
@赤目先生
@赤目先生 3 жыл бұрын
日本人は数学得意な民族ですよ。江戸時代に独自に微分積分を考えていました。しかもそれを得意げにクイズにして遊んでいました。 そのおかげで西洋の科学知識をわりとすんなり吸収してしまったので、列強国に「あいつら植民地化できねーわ」となったのです。
@nara3178
@nara3178 3 жыл бұрын
武士のみならず、町人達も競って算額を奉納したりして大ブームだったらしいですね。 識字率&数学的思考を持っていた江戸人ってスゴいですね!
@ButterChickenDX
@ButterChickenDX 3 жыл бұрын
自分は大学進学控えた浪人生で、大学では比較言語学を学びたいと思ってます。 なので外語大を第一志望にしているんですが早稲田とか他の大学でも十分学べるもんなんでしょうか?
@user-ls8ux9vx8ul
@user-ls8ux9vx8ul 3 жыл бұрын
Q.5本と6冊合わせていくつ? 設問の中に助数詞3種類もあって答えにはどれも使えないという悪辣問題文、これもう全米が震撼した映画のタイトルだろ…(小学生の算数の問題) インド人が数学強いのヒンディー語に秘密あるんじゃない?と思ってwiki覗いたら母音が10個あった、もう意味分からん 日本語の倍、ピダハンの3倍 次回も楽しみにしてます。
@SWORD_219
@SWORD_219 3 жыл бұрын
19:19「逃げ恥」を思い出しました。あれもハンガリーのことわざですからね 私事ですが、気に入った言葉をメモしたり呟いたりして見返せるようにしてます。ghoti, niubility, Dämmerung, uisce beatha, 躍度, 冬夏青々など
@jyozu
@jyozu 3 жыл бұрын
異なる助数詞の演算はコンピュータサイエンスでいうところの型の違うデータの演算に近いと思いました。 助数詞がない言語=型付けの弱い(暗黙変換)のプログラミング言語といったところでしょうか。 演算の認知のしやすさはどちらが優れているというのはなくて、それぞれにメリット・デメリットがあるように感じます。
@francescogatti3002
@francescogatti3002 3 жыл бұрын
すごくわかる気がします。なんで桁数とか文字列かどうかとか、TrueかFalseかとかでいちいち宣言せにゃならんのだ!って勉強し始めたころは思いましたが、コンピュータにとってそれがわかりやすいからそうしているわけで、世界中で助数詞の取り扱いが違うのは各国人の頭のOSということなのかそれが違うって考えるとおもしろいと思いますね。 上のコメントでスーパーで買うなら「冊」と「本」の演算の答えは「点」だろうと。スーパーじゃなければまた違う助数詞になる。でもそれがわかりやすいのが日本語話者OSなんだろうと思います。
@daimaru550
@daimaru550 3 жыл бұрын
知り合いにヒンディー語とサンスクリット語が出来る日本語勉強中インド人がいるので、問い詰めておきます!!
@100EIZO
@100EIZO 3 жыл бұрын
年取れば取るほどわかるけど、趣味って親に似るんだよな…… その前提で、親の枠から外れられなかった父親の心中を塑像すると、「人生が二度あれば」って思ってしまう 職業としては生かせなかったけど、趣味の行動力としての学歴を与えてくれたことをまずは感謝したい
@kamikami2941
@kamikami2941 3 жыл бұрын
14:17 基本的に世の中に理論的に完全に説明できるものは何一つなくて、科学ですら経験的なものに頼らざるを得ないから、聞くだけで自分は答えないってのは最強の論法です。 ひろゆきとかがテレビでよくやってますね。 例えば、幾何学だって二本の直線は交わらないってのも、本当にそうなの?って聞かれると証明のしようがない。 だから公理って名前つけて、「これはこういうもんなの!」って話を終わらせてる。実際、現実にそれで問題が起こってないから経験的にまぁそうなんだろうと承認されてるだけ。
@阿蛭栄一
@阿蛭栄一 3 жыл бұрын
メールの数え方が通から件に変化した背景にはメールのデータの保存先がフラットファイルからデータベースのテーブルに変化したとか、そういう要素がアプリ開発者にも無意識に影響してそうだなと思いました。
@さこ-f3t
@さこ-f3t 3 жыл бұрын
江戸時代の算術の発展は反証になるかもしれませんねぇ。
@francescogatti3002
@francescogatti3002 3 жыл бұрын
発展しないどころか、勝手に突っ走ってましたからね。
@charleshermite7517
@charleshermite7517 3 жыл бұрын
@@francescogatti3002 行列式などは書き表し方こそ違えど西洋より先に作ってましたからね。
@francescogatti3002
@francescogatti3002 3 жыл бұрын
@@charleshermite7517 漢数字しかなかったんですよね?基本的には。現代から見たら結構絶望。
@user-dg4fj6vk9s
@user-dg4fj6vk9s 2 жыл бұрын
@@francescogatti3002 でも漢数字の発想って結構アラビア数字に似ているので、まだ英語圏でアラビア数字がないよりは絶望感弱めだったりしませんかね? 実際漢数字で筆算してもあまり不自由ありませんし
@mccova625
@mccova625 3 жыл бұрын
助数詞面白かったです。 理系界隈にある数学vs物理闘争のヒントになるかと思います。数学の連中は量の意味を乱暴に抽象化しやがるので、イケスかない奴らなんですよ。 その点物理屋は単位を大事にするので自然と助数詞感覚が身に付きます。
@Okabi
@Okabi 3 жыл бұрын
いや、数学こそテンソル厳密に視るでしょ
@mccova625
@mccova625 3 жыл бұрын
@@Okabi テンソルこそ抽象化の極みじゃねっすか。 助数詞は抽象化ではなくて具体化の言語システムであって、数学連中の思考の真逆ですよって話してるわけで、なんでそこにテンソルが出てくるのかよくわからん。
@Okabi
@Okabi 3 жыл бұрын
@@mccova625 仮にそうだとして「乱暴に抽象化する」とはどういった了見? 十分精密に抽象化してると思うけど?
@Okabi
@Okabi 3 жыл бұрын
単位の係数は反変テンソルで、単位と数値の関係を極めて厳密に定義していると思うが… 思考が真逆ってのはまあ分かるが、「乱暴」の意味がまったくもってわかんない。 ましていけ好かないとかねえ
@Okabi
@Okabi 3 жыл бұрын
そういうわけで乱暴ってのが適当にって意味なら完全に間違い 節操なく抽象化したがるという意味なら、テンソルの例でもわかるように具体的な対象を一般化させて、 特徴を調べるという極めて真摯な向き合い方をしていると思うけど。
@赤目先生
@赤目先生 3 жыл бұрын
象鼻回と助数詞回どっちも良かったです。
@k.a.4639
@k.a.4639 2 жыл бұрын
8:03 親子が同じものに奮励して、師弟にも似た関係になるの熱いんですわ‥!
@Oppenheimer71
@Oppenheimer71 3 жыл бұрын
助数詞の件は面白かったです。最後の冠詞との関連についての言及は今後の広がりに期待しないわけにはいきません。 助数詞と数学の発展について、「無」という言葉、漢字が浮かびました。 当然、無は無いことを意味しますが、無量大数のようにとてつもない大きな数字にも使われているという事実があります。また、般若心経では「色即是空 空即是色」とあり、それに通じるのかとも考えたことがありました。 印欧語族を話す民族は基本的に家畜が生活に絶対的に必要な社会にいるため、数字の数え方には言語ごとに色々な変わった言い方があったりしますね。フランス語も4x20で80を示しますし。そういう意味では日本においての数字を使うことについては米、麦、粟、稗などの穀物が中心だったため、個数という意味での数字というよりは、嵩、いわゆる量における数字の発展が主であったのかもしれません。アラビアでは幾何学や化学が発展したということで、文化や生活様式によって数字の重点が変わると思います。 どのように変わるかいろいろ調べるのも楽しいかもしれませんね。
@mozhigengo9479
@mozhigengo9479 3 жыл бұрын
色即是空の「空」はパーリ語のシューニャ(शून्य)の訳ですが、ヒンディー語などサンスクリットにつながる現代インド言語では、数の 0 (ゼロ)を「シューニャ」と言います。 インド数学の「Shunya」がアラビア語に入り「Sifr」となり、中世ヨーロッパに伝播して「cifra」となり、それが英語の「zero」の語源になりました。
@Oppenheimer71
@Oppenheimer71 3 жыл бұрын
@@mozhigengo9479 ありがとうございます。そういう話は面白くてゾクゾクします。勉強になりました。
@山田太郎-e5w2s
@山田太郎-e5w2s 3 жыл бұрын
ダイアグラムは、ダイアグラムの図を折れ線で引くことと関係があるような気がします。 「ダイアグラム」という単語も、ダイヤ型の模様ができることからの出来た和製英語だと言われていますし。
@ShigehiroYoshinaga
@ShigehiroYoshinaga 3 жыл бұрын
diagram は和製英語ではなく、「図」という意味の普通の英単語ですよ。 たぶん「鉄道の世界でdiagram という英語は『路線図』のことで、『ダイアグラム』に相当する英語は timetableまたは schedule だ」という話を誤解しているのではないかと思います。
@山田太郎-e5w2s
@山田太郎-e5w2s 3 жыл бұрын
@@ShigehiroYoshinaga 調べてみましたが、「ダイヤ型だからダイヤグラム」は勘違いだったみたいです。 ただ、元とかけ離れた意味で使われる英語由来の表現のことも含めて和製英語と言う場合もあるらしいです。
@さぐま-i3m
@さぐま-i3m 3 жыл бұрын
それイビピーヨじゃないよね?が最近の友人間での流行語です
@jmpadg2239
@jmpadg2239 3 жыл бұрын
助数詞とピダハンは私の中ではtop2の面白かった回です。 オックスフォード大辞典もかなり面白かったですね。
@uraniwa-niwa-niwatori
@uraniwa-niwa-niwatori 3 жыл бұрын
ピダハンのような探検記を味わえる作品として、『修羅場のリーダーシップ』が面白かったです。国際協力の本ですが、いろいろなところに旅行というより、仕事にいっている気持ちになれます。北朝鮮への食糧支援の話が面白かったです。
@256g
@256g 3 жыл бұрын
20:10 「メール」と「手紙」って大体同じものを指してたのに いつの間にか「メール」は「Eメール」を指し「手紙」は従来のもののみになってて釈然としない 「E電」なみの存在になってしまった「Eメール」が可哀そう
@誉めすぎちゃう人
@誉めすぎちゃう人 3 жыл бұрын
助数詞的世界観だと単位が常に配慮されるから数学が発展しない代わりに、物理は発展しそうですね。そういえば日本はからくりとかは発達していましたよね。 あと江戸時代の算術問題とかも代数より幾何学の方が盛んだったのも関係あるかも。 それに銭勘定絡みの金融系算術も発達していたはず。
@francescogatti3002
@francescogatti3002 3 жыл бұрын
親の仕事を継いでいく究極の姿は天皇なんだろうな(直接の子ではない場合もあるけど)。 あと数学が発達しないのはちょっと納得しがたいというか、日本語話者が数学苦手って言ったら世界中から「それはないわ」って言われる気はします。
@神岡大介
@神岡大介 3 жыл бұрын
助数詞があることで算数に疑問を持つ可能性があるというのは、今後の子供の発達を見守る上でも知っておけて良かったかも知れない。 自分には全く意識の無い感覚だった。 しかし、私は中学英語で『Apple』を『アップル』と発音する事に疑問を持って、法則性が無いかということを気にし出したら、いつの間にか英語について行けなくなっていた。 どんな学問でも最初に躓くと先には進めないので、最初が肝心。 ゆる言語学ラジオのように、最初に本質を教えてもらえると、学びやすいと思います。
@クウガ-p9n
@クウガ-p9n 3 жыл бұрын
あくまで個人的な感想ですが、「最初に本質」だとどういうことか分からないと思います。 実際、助数詞を通じても最初は問題提起「論文もホームランも本で数えるのはなぜ?」から入って、最後に本質を話しています。 これまでも、「アレもアレも共通してる」「だからこれが本質だと思えないか?」「そうすると別のことも分かる!」という流れであって、 多少の具体例(既存の知識)がないとひらめくような理解には繋がらないと思います。
@漏る瓶
@漏る瓶 3 жыл бұрын
パスカルいわく我々の認識は無限に広がり宇宙も包み込む 助数詞は世界の認識だから助数詞は宇宙よりでかい
@りるら-l4z
@りるら-l4z 3 жыл бұрын
15:55 そもそも、この問題で「助数詞をつけたら不正解」とすることが良くないと思います。その理由で不正解とするのは、余計なことである上に苦手意識を与えると思います。 「『11個』と解答して不正解になった」という話は、「助数詞があると数学は発展しづらい」という主張の例としては不適切かなと思いました。
@イクいく
@イクいく 2 жыл бұрын
あまりにも面白買ったので、数え方の辞典を購入し、読みました。 その中でどうしても気になったことがあります。 諸味のことは、盃(わかし)と数えるそうです。 そもそもなぜ盃でカウントもするのかや、読み方も特殊で意味がわかりません。 調べてもわからず、途方に暮れています。 もし分かるなら教えていただきたいです。
@何故か上から目線
@何故か上から目線 3 жыл бұрын
過去一です!!
@juntktk1376
@juntktk1376 3 жыл бұрын
いつも楽しく見ています! 見ていてまさかと思ったんですが、、 話と話の間に流れるイラストが今回の水野さんの寝癖(?!)を反映したイラストになっていますね∑(゚Д゚)??!
@someyamamoru
@someyamamoru 3 жыл бұрын
全然見れるのが凄い
@shoheifukuoka8767
@shoheifukuoka8767 3 жыл бұрын
数学→神学 このように世界が美しいなら →並行宇宙論 無限に生まれた中からパラメータの組み合わせが絶妙なものだけ長期間残れる やっぱり神はいらないに戻る。。。
@島崎陶人
@島崎陶人 3 жыл бұрын
買ってしまいました!『日本の助数詞に親しむ』飯田朝子著 音楽してます。音の数え方《実際の音として立ち上がった》模索中です。
@s.morita9511
@s.morita9511 3 жыл бұрын
最高です助数詞
@joshyam4026
@joshyam4026 3 жыл бұрын
水野せんせいの早口モードが、以前にお話になったことのおさらいだと、頭に記憶が蘇えるので、べつだん早いとは感じませんでした。(読点多めで書くのは、言葉を口で話すのと一致させようとする衝動が自分にあるからです)。
@smb280
@smb280 3 жыл бұрын
いつも動画拝見させてもらってます。 ひとつ気になった事があったので、コメントします。 テニスプレイヤーの錦織選手、『にしきおり』ではなく『にしこり』ですよね。 なんか、英語でI lov youが、『あい らぶ ゆー』じゃなくて『あいらびゅー』になるのと同じ事なのかなと思いました。 動画で取り上げて貰えると嬉しいです。
@シンシン-m4x
@シンシン-m4x 3 жыл бұрын
4回にわたるほど盛り上がったと堀本さんが言うんならリスナー側としても続きを期待していいんですね? 感想のコメントやおたよりは一葉と数えられるようなものを送りたいものです。
@kamikami2941
@kamikami2941 3 жыл бұрын
15:30 そうかなぁ… 江戸時代の日本の数学のレベルは当時の欧州と比較してもひけをとらなかったっていうし、あまり関係ないような気がする。
@nbtk193
@nbtk193 3 жыл бұрын
むしろ、算術が発達してたから、物流や勘定でコレとコレは別物と仕訳が行われて、序数詞がいっぱい必要だったんじゃないかとも思いました。
@えもにゅー-k1c
@えもにゅー-k1c 3 жыл бұрын
人類の継承、研鑽を描いているというとDr.STONEもオススメですよ…
@kennethmchale4393
@kennethmchale4393 3 жыл бұрын
今ここを大事にするって禅みたいですね ヒッピーのころアメリカではビーヒアナウって本が売れたらしいですけど ピダハンの作者もその影響とか受けてたりしますかね
@fourfiveone5968
@fourfiveone5968 3 жыл бұрын
プルースト。確か太田光さんは読破していたような。 確かに、数学的には可換でしかない掛け算を「順番がある」とむちゃくちゃいうひとがいるのは助数詞のせいかも。
@ささき-c5s
@ささき-c5s 2 жыл бұрын
大学で「失われた時を求めて」を見た時は冊数と分厚さに思わず嘘だろと声を漏らしました。やっぱりあれ読めないですよねw
@アイ-n7p
@アイ-n7p 2 жыл бұрын
「本」は作業的なイメージ、で映画をたくさん見ていることを誇っている人は「映画◯本みた」というな〜と思いました
@直助-u1h
@直助-u1h 3 жыл бұрын
日本の数学(和算)は西洋数学をはるかに凌駕する内容だったと聞いています。例えば〇次関数の〇が十何次関数だったりして、西洋数学では考えられなかったレベルだった。ただそれがあまりにも高等すぎて日常生活からはかけ離れすぎていたため、明治に西洋数学が入ってきたところ、政府によって西洋数学を重んじられ、和算は衰退していった、と記憶しています。 日本が西洋に比べて数学が発達していなかった、という説は調べなおして頂きたいです。
@yasayuyu6368
@yasayuyu6368 Жыл бұрын
和算は西洋数学に負けないくらい発達していましたね。
啊?就这么水灵灵的穿上了?
00:18
一航1
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This mother's baby is too unreliable.
00:13
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