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知らないと見落としてしまう?人生が変わる前兆サイン

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Ken Honda 本田健

Ken Honda 本田健

Күн бұрын

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【本田健プロフィール】
作家。神戸生まれ。経営コンサルタント、投資家を経て、29歳で育児セミリタイヤ生活に入る。4年の育児生活中に作家になるビジョンを得て、執筆活動をスタートする。
 
「お金と幸せ」「ライフワーク」「ワクワクする生き方」をテーマにした1000人規模の講演会、セミナーを全国で開催。そのユーモアあふれるセミナーには、世界中から受講生が駆けつけている。人気番組「本田健の人生相談~Dear Ken~」は5000万ダウンロードを突破。
 
2014年からは、世界を舞台に講演、英語での本の執筆をスタートさせている。著書は、『ユダヤ人大富豪の教え』『20代にしておきたい17のこと』(大和書房)、『大富豪からの手紙』(ダイヤモンド社)、『きっと、よくなる!』(サンマーク出版)、『大好きなことをやって生きよう!』(フォレスト出版)など200冊以上、累計発行部数は800万部を突破している。
 
2019年にはアメリカの出版社Simon& Schuster社から初の英語での書き下ろしの著作『happy money』を米・英・豪で同時刊行。ドイツ、イタリア、スペイン、オランダ、ロシアなど、同作は34言語、世界50ヵ国以上の国で発売されている。ヨーロッパ、アメリカの数千人規模のオンラインイベントにも登壇している。笑いとユーモアあふれる講演スタイルが人気。
 
大好きなことをやっていきたい仲間が集まる「本田健オンラインサロン」も好評。Voicyでは毎朝無料で「本田健の1分間コーチング」を配信中。
本田健 公式HP(日本語)
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#人生が変わる#前兆サイン#本田健

Пікірлер: 59
@user-oe7dk6hd3o
@user-oe7dk6hd3o 5 ай бұрын
私は5年前に直腸癌になりました。今は完治しています。 夫の経営する会社を長年手伝っていましたが,経営者としても人としても価値観が違いすぎて苦しい毎日でした。 癌をきっかけに完全に仕事から手を引きました。 きっと神様が、自分を見つめろ!と休暇をくれたんだと思いとても嬉しかったです。 正に40年の休暇でした。そして去年やっと離婚が成立しました。 今はとてもしあわせです。 癌の神様ありがとうでした。
@sugeyo03
@sugeyo03 5 ай бұрын
僕は学生時代にイジメに遭い、ノイローゼになり、鬱を発症しました。無関心、無感情、無気力になりました。ただ自宅で寝ているか?それともテレビを見ているか?ネットをしているか?のどれかでした。ただ時間が過ぎて行きました。そのどん底の時から、今はパートで仕事をするまで、回復をしました。そうなるまでに、まず、自分の好きだった感情を思い出す事から始めました。ラジオを聴いたり、ガンプラを作ったりして、自分の好きだった事を思い出していました。しかし、今も自由がなく、見えない牢屋の中で過ごしています。そのため、またノイローゼになりそうですし、鬱になりそうになっています。
@user-dy1lg8jc7b
@user-dy1lg8jc7b 5 ай бұрын
健さんいつもありがとうございます 私は右上腕の激痛で2時間半睡眠が7ヶ月続きました。その後MRIで髄外腫瘍が見つかり手術しました。 その後、運気はいっきに好転し長年探していた人生のパートナーに出会いました。 仕事も1人でやらず、人に頼ることで売上げアップしました。 今でも右小指、人差し指が痺れていますが、これは頑張りすぎないようにとの体からのメッセージです。 治ったきっかけはご先祖さまにお祈りするようになってからです。そこから運気が好転しました。ご先祖さまに感謝です
@sunflower929
@sunflower929 5 ай бұрын
健さんありがとうございます😊 本当に健さんの仰る通りでした。 45歳で突然乳がんになりました。 不思議なことに、人間ドックでも引っ掛からなかったのに、数ヶ月後、眠ろうとしたら胸が「チクっ!」としたのです。触れてみるとしこりを発見!幸い初期の初期。でも再発のリスクを避けたくて全摘手術を決意。お陰様でその後も無治療で今年5年目を迎えます。 27年間事業を経営していますが、本当に毎日が苦痛でした。でも乳がんを経験してから自分が病気になった意味、命が救われた意味、色々考えましたね。 そして、二度とこんな病気になりたくない!と、パーソナルトレーニングに入会し、それから筋トレにハマり4年目です。体重が落ちて筋肉がポコポコと育ち。50歳になって今までで1番のコンディションです💪 筋トレでメンタルが強くなり、私が毎日ご機嫌になったことによって事業のスタッフも誰も辞めることなく、とてもリラックスした雰囲気で毎日頑張ってくれるようになりました。 病気になった意味、今ならよく分かります。私には必要な経験だったのだと思います。 死ぬこと以外は擦り傷。 生かされてる意味と、自分の使命を全うしていきます🫡!!
@kazy0103
@kazy0103 18 күн бұрын
いつも学びある素敵な動画をありがとうございます✨ 2人目が生まれたばかりの31歳の時に網膜剥離になりました。手術の炎症で緑内障になりまた半年後に手術。あの時はまだ産後二週間で娘と離れなければならない悲しさと申し訳なさがある一方で、このまま目が見えなくなってしまうんではないか、このまま死んでしまうのではないか(出産直後だったので精神的に不安定でした)と不安でしかたありませんでした。 あれから17年、色んなことがありましたけれど、とにかく家族が一緒にいられること、そばでお世話ができることがありがたくて、大変なことが起きてもいつでも幸せを感じることができていたとおもいます。毎日が奇跡の連続。そんな風に心で思えるようになったのはあの経験があったから。 それからもう一つの大事な気づきは、その人ではないとわからない苦しみがあるんだということ。病気はとても辛いけれど学びもたくさんありますね。 これを書くことでまた色々思い出せてよかったです。健さんありがとうございました!
@user-bx4su3el7p
@user-bx4su3el7p 5 ай бұрын
2年前に脳出血になりました。 病気になって最初に祈ったのは、「最悪手脚は動かなくなってもいいから知能だけは無事でいさせてください」でした。 思った通り左半身に麻痺が残り、特に左脚が不自由になり、知能には障害がなく、障害者手帳が交付されました。 だから強く願ったり祈ったりすることはとても大事だと思っています。 たぶんあの時、「元通り健康な身体に戻らせてください」と祈っていたら、五体満足な身体に戻っていたんじゃないかと思います。 でも、不思議と後悔はありません。 何故なら障害を持ったことで、今まで見えなかったものが見えるようになったからです。 歩くスピードはずいぶん遅くなってしまったけれど、ゆったりとしたスピードでなければ気づかないものが見えるようになりました。 例えば世の中には杖を持ったり車椅子に乗ったりして障害と一緒に歩んでいる人がこんなにいたのか、ということは、健常者のときには気づいていませんでした。 そういうのが見えるようになったのは、とてもポジティブなことだと思っています。 まだまだ障害者としては新米で、人生が好転したとまでは言えませんが、少しずつ色々試して人生を変えていこうとしている途中です。 麻痺が残ったのも、知能に障害が残らなかったのも、きっと意味のあることだと思います。 では今後どうやって生きていくのか、しっかりと考えて障害者のスピードで歩んでいこうと思っています。
@kiyomi504
@kiyomi504 5 ай бұрын
今日もありがとうございます✨ 13年前に膵炎で入院しました。死別シングルマザーで、子育てに一生懸命で子供のために生きている感じでした。自分を大事にしなさい!と言われたのでしょうね😊その時に子供達の愛を感じ、子供達を信じているだけで大丈夫なんだなぁ。と教えてもらいました🥰
@sayaka2984
@sayaka2984 5 ай бұрын
けんさん、いつもありがとうございます! 難病を食で克服しました。 今度は私がその経験をお伝えする番だと思っています💫
@taketrick99
@taketrick99 5 ай бұрын
動画を拝見しました。 少しでもお役に立てるならと思い投稿します。 私は今からちょうど一年前の58歳の3月に、背中が痛くて何気に病院に行った際に、受付で「多分筋肉痛ではないような気がする」と伝えたところ内科を受診、その担当医が検査結果を見て狭心症と診断され、3日後に入院、即手術と言われました。 今まで大きな病気も入院もなく生きてきたので、とても焦りましたし「ひょっとしてこのまま、、、」と、いろんな思いが頭をよぎり恐れ慄きました。 そんな時、1年半ほど前にゴルフで知り合ったドクターが心臓内科の名医であることを思い出し相談したところ、地元で一番のなかなか予約の取れない病院を紹介してもらうことができ、おかげさまでステントとバルーンという処置をうけ、一年経った今は以前と変わらず生活できていますし、好きなゴルフもできています。 この一年変わったことといえば、節制することはもちろん、自分自身を見直すことが多くなったことです。そして家族、特に妻の存在のありがたさを再認識し、なかなかそれを面と向かって言えないので、毎日感謝ノートを書いて気持ちを記しています。もうすぐ一年になります。 何かの動画だったと思いますが、人がいつも幸せでいるためのコツは感謝することだと言っていたのを思い出します。世にある幾多の快楽はその場ですぐ消えて無くなり継続すると当たり前になって有り難くなくなる、でも感謝の気持ちを常に持ち続けると、それだけでいつも幸せを感じていられる、と言っておられました。 今は妻にはこの気持ちを直接伝えることはなかなかできませんが、ノートを書くことで、日頃の自分の態度も柔らかくなり、毎日を穏やかに過ごすことができています。 いつの日か、面と向かって今までの感謝を伝えたいと思いますが、それまでの私の態度が突然変わるのも相手も気持ち悪がってもいけないと思い、まずは少しずつこちらが変わっていっています。 あとはスピリチュアルなことを考えたり調べたりするようになりました。自分の人生や過去世、ご先祖さまのことなどとにかく内省することが増えました。 こういう大きな出来事は本多さんが言うように、神様が今の状態をもう一度見直すようにとの思し召しだと思い、今は素直に向き合っています。 そして今は思えます。 どんなに悪い状況がきても、それが神様からの何かの知らせであり、それを無視せず、自分なりに解釈することこそが大切なんだと。 明けない夜はない、いい時もあれば悪い時もある、今が悪いならあとはよくなるだけ、そう信じて日々過ごしています。 まだまだ現役です。 長くなりましたがどなたかの参考になれば幸いです。 ありがとうございます。
@teke3
@teke3 5 ай бұрын
日本の「失われた30年」とよく言われますが、その間に同業下請け会社の社長が次々に心筋梗塞、脳梗塞、末期の癌で急死しました。60代以上でしたが明らかに働き過ぎ。休むことに罪悪感を詰め込まれ、そこから逃げ出そうとした私は、先輩社長に頑張るしかないと説得されました。 休み無しで働いたら、やはり1回目の手術入院。 それから運良く? 自然災害等もあり、抜け出す事が出来ました。2回目にならないように気をつけます。 ブラックな環境にいる方は全力で逃げてください。 健さん、何もかも御見通しでびっくりしています。
@user-vl1lt2pe5x
@user-vl1lt2pe5x 5 ай бұрын
健さん、ありがとうございます☺️ 私は、7年前に、ステージ3cの進行ガンで手術しました。 医者からは、 「抗がん剤をしなければ、次はホスピスです」 と言われましたが、抗がん剤はお断りし、それまでの生活習慣や、心の持ち方、考え方を変えて、元気になりました。手術後1年は、病院に行ってましたが、ガンを探そう探そうとして、検査ばかりの病院に行くのはやめました。まさしく、私にとっての人生の転機でした。今は自分の経験を人に伝えたりしながら、柴犬や家族と共に感謝しながら暮らしています。50代後半の年齢ですが、まだまだこれから、やりたいことも、やらなきゃいけないこともいっぱいです!
@user-jj5uq1zu6q
@user-jj5uq1zu6q 5 ай бұрын
5年前すい臓がんという病気になり、その頃から、健さんのKZbinを観ては勇気づけられています。ありがとうございます。 長い間寝たきりでしたが、ようやく少し動けるようになり、最初にしたことが健さんのコミュニティに参加することでした。 そこには輝いている人たちがたくさん。 でも当時の私には少し眩しすぎ、一度離れることにしました。 今日、ちょうど「元気になって健さんにお会いできる日がくるといいな」と思っていたとき、健さんのこちら動画が目に飛び込んできました。 「病気は人生を一変させ、好転させることもできる」という健さんのメッセージが、いま私の心に深く響いています。 病気が分かった時、5年生存率5.9%という数字に怖くなりました。 同時に、この試練を価値あるものに変えようと心に誓ったことを、思い出します。 これから少しづつ活動をスタートするというこのタイミングで、健さんの動画に出会えて良かったです。 いつも感謝しています。
@user-tj4ev9me7y
@user-tj4ev9me7y 5 ай бұрын
健さん、いつもありがとうございます。病気ではないのですが、流産の手術後に意識が飛んでしまい、自分の感覚としては「もう自分は死んでしまった。もう二度と夫と子どもに会えない。大好きなフラメンコも全くやってない。自分の人生を全然生きられなかった!」という強烈な後悔を身動きの取れない身体で恐怖心と悲しみの中で感じたのを覚えています。 その後、生きてると分かった時にどんなにホッとし嬉しかったか。その日以来、自分の人生を生きるんだ、と決めて今半分くらい自分の人生を生きられているところまで来ています。 あとの半分、これから取り戻していきます!
@user-youra
@user-youra 5 ай бұрын
生きてくださってありがとうございます。 私も似た年齢です。母が妹の出産のときに出血多量で危なかったので、お子さんのお気持ちならわかります。 取り戻すというか、今までの経験を活かせるのかもしれませんね。 最高に楽しい幸せがわんさか訪れますように😊
@user-tj4ev9me7y
@user-tj4ev9me7y 5 ай бұрын
ありがとうございます😊
@kiwakowatercolor
@kiwakowatercolor 5 ай бұрын
16歳−17歳のときに骨肉腫(骨のガン)を経験しました。約1年の入院生活で治療が辛すぎて病院の屋上へ上がり自殺を何度も試みましたができませんでした。同室で仲良くなった同じ病気の友人も亡くなりました。最初にパートナー(夫)にこの話をしたとき「飛び降りないでくれてありがとう!病気を乗り越えてくれてありがとう!!」と言われて本当に感激して、それまでの人生をまるごと肯定されたような解放感のようなものを感じました。どうしてまだ生かされているか、なにか使命が(あるのかも)分かりませんが、目の前の人を笑顔にすることから意識してみます。同じような病気を乗り越えようとしている方の希望になれるのかもと思い、コメントしてみました。その時から足に障害を持ちましたが(普通の日常生活はできます)足が2本あることは当たり前ではないこと、そしてそれは到底お金に変えられないことなのだと十代の頃から思えるのは価値あることだと大人になってから気づきました。
@user-fv2uf1hb5y
@user-fv2uf1hb5y 5 ай бұрын
自分にも書けると思ったのでコメントします。去年8月に心臓の手術をしました。これは検診で何年か前からわかっていたものだったのですが退院してすぐ妻が脳梗塞になり、その次の週くらいに母が亡くなりました。妻の脳梗塞も多少言葉が出にくい程度で済み、また自分も会社を休んでいたので妻を助けることも出来たりでほとんどプラスに受け止められています。人生の転機と思い夢が叶うと思えています。
@mercibeaucoup358
@mercibeaucoup358 5 ай бұрын
私は29の時、ストレスが原因の免疫不全の病気になりました。  それから、薬や病院との関わり方、食、睡眠、思考、運動などなど生きるとは?の本質の追求がはじまると共に なぜか導かれるようにホリスティックな方向へ人生が180度変わりました。住んでいる場所も、仕事も、お付き合いしている彼も。。 なにもかも。1度目の矯正強制リセット体験。 20年経った今は、さらにさらに居場所がかわり、自然食の料理家が生業になりました。 が、今また人生2度目のリセット期。脱力して、委ねて転換期を味わおうと思います〜
@user-qc7kn1ec4i
@user-qc7kn1ec4i 5 ай бұрын
私は三年前に大きい病気になって お兄さんのお陰て治療して 貰いました。 私は病気を治す為に食事に とても気をつけたら健康になって顔が若くなりました。 そう思ったら病気に感謝しています。 ありがとうございました。
@user-wu5kh3ms3n
@user-wu5kh3ms3n 5 ай бұрын
健さん、こんばんは。いつもありがとうございます。私は、年末に予定変更があって上京する事になり、インフルエンザになって、そのまま何となく断酒しました。結果、お金も時間も健康も増え、それまでの不調がほぼ酒のせいだったと気づきました。
@user-ek5qm8ct8b
@user-ek5qm8ct8b 5 ай бұрын
私は足底筋膜炎と言うかかとが痛くなる病気になりました。ほとんどが自然治癒するらしいですが、私は難治性タイプになり、立つと両足の裏全体に激痛が走り松葉杖無しでは10メートル位しか歩けなくなりました。場所が足の裏でしたからもう治癒不可能だと思いました。絶望感しかありませんでした。仕事中は膝を付いて仕事をしました。手術しなくても痛みを軽減出来る機器のある病院を探すのに2年掛かりました。その治療が効いて痛みがかなり柔らぎました。そして先進医療を見付けて完治しました。3年間の闘病でしたり今はドスドス歩いていた幼少期からの癖を治して再発しない生活をしています。
@user-eh5iw4ri6c
@user-eh5iw4ri6c 5 ай бұрын
だから何?
@ittoushoushi8895
@ittoushoushi8895 5 ай бұрын
まさに今日、というか、さっき、治療院でその名前を聞いてきたところです。 陸上競技をやっているとなるようです。 休むこと、鍼治療を勧められたのですが、先進医療で治るんですね。
@user-ce4su5zt1m
@user-ce4su5zt1m 5 ай бұрын
29歳で仕事のストレス(人間関係)で帯状疱疹になり、2週間入院しました。これを機に仕事に対する考えを改め、さらに自炊をするようになりました。
@user-ub5ct3sm9t
@user-ub5ct3sm9t 4 ай бұрын
3年前に会社のパワハラで適応障害で休職しましたが、自宅近くで過ごしていた時間が長かった影響なのか糖尿病になってしまいました。今がホント辛いですが、自分の事を考えろという神様の言葉と思い、日々ウオーキングなどで歩いています。無理をしない、ありがとうと周囲に感謝、そして食事も見直し、予防医学などを積極的に取り入れます。このような機会を作って頂き、ありがとうございます。
@user-wd8wh5ro8x
@user-wd8wh5ro8x 5 ай бұрын
私は30年ほど前に、強度の自律神経失調症になりました。 勤務先で、身体の震えが止まらなくなり、出勤出来なくなりました。 1〜2年療養して、動けるようになりましたが、職場には戻れませんでした。 その後、療養中に通っていた オーガニックの八百屋のアルバイトすることになり、そこの店主と結婚することになりました。 主人である店主は、会社を立ち上げ長年頑張って引っ張ってくれました。 が、娘が天国に行った頃からすっかりやる気を失い、私に社長をやれと言い、私は自信もないままに会社を引き継ぎ、現在に至ります。 病気で倒れた時は、悲しみややるせなさで、お先真っ暗でしたが、 病気をきっかけに、別の新しい人生を歩むことになりました。 それが、現在の私のライフワークに繋がっています。 病気に感謝ですね。
@user-tb6gp6dg4o
@user-tb6gp6dg4o 5 ай бұрын
母は67才の時に糖尿病と診断されました。1カ月間の教育入院で運動、食事等の指導と実践を受けました。退院後も食事管理をし、毎日父が付き添い一緒に歩きました。体重も落ちてきてすっかり別人になり、体調も安定しました。最後は別の病気で亡くなったのですが、86才まで生きてくれました。その約20年は頑張りやさんだった母にとって好きなことができた、ご褒美の時間であったなと感じています。❤
@user-ql7kk6bh8b
@user-ql7kk6bh8b 5 ай бұрын
病気からのカムバックは、やはり、自分との向き合う時間を持ち、自分を大切にするんだ🌸と自分を安心させてあげ続けることだと思います🌸自分との人間関係を良好に🌸🌸🌸健さん❤いつもありがとうございます🌸🌸🌸
@user-ip2rp2dj9h
@user-ip2rp2dj9h 5 ай бұрын
何時もありがとうございます。コロナが日本で広がる前に本田さんのKZbinと出会い、色々あり過ぎた人生ですが全ては好転的に捉えられるようになりました。 7年前に離婚し昨年は肺癌の手術もし、先月は93歳の母が亡くなりました。全ては私の自立に繋がっている事ばかりで パートの給料では不足している生活費を米国債やオーストラリア国債の運用もスタート!配当金で補う事も学びました。66歳歳ですが新NISAもチャレンジ!年金も70歳まで受け取らないで働きながら自分の人生を楽しまなくちゃ!と、気がつきました。楽しんだ者勝ちだと🙇💕
@user-yy6td8cx2k
@user-yy6td8cx2k 5 ай бұрын
一度起きれなくなり、その上ついで実家を出て、夢や希望を好きなことを通して成長できた事、何より実家を出れてことです。
@user-lx4ud6cl2v
@user-lx4ud6cl2v 5 ай бұрын
コロナで入院した時に、死ぬかもしれない恐怖に襲われましたが、病室を快適に整え、ずっと観たかったアニメを全シリーズ堪能したら驚くほど心が元気になりました!! 「好き」は後回しにしちゃ駄目だと確信し、自分の気持ちを優先できるようになり、嫌なことややりたくないことをどんどん止めてます🙆✨
@sabuibo7
@sabuibo7 5 ай бұрын
20代前半から30代半ばにかけて鬱に悩まされ、何度も会社を辞めることに。そして、一番しんどい時期に「自分は今しあわせなんだ」と気付き、薬の服用も止めて人生が好転しました。運が良かったんだと思います。
@user-wz6oz5go5d
@user-wz6oz5go5d 5 ай бұрын
こんにちは 私も今鬱に悩まされています。 コメントを見て勇気が出ましたありがとうございます😊 今幸せだと気づいた時どのようにしてそう思ったのか詳しく教えていただけませんか?🙏
@sabuibo7
@sabuibo7 5 ай бұрын
@@user-wz6oz5go5d コメントありがとうございます。なぜ自分がしあわせだと気付いたかですが。それは、薬を飲んでもカウンセリング受けてもどうにもならないドン詰まりの状況で、ふと心の中に浮かんだんです。努力とかでもないんです。うまく説明できなくてすみません。
@user-wz6oz5go5d
@user-wz6oz5go5d 5 ай бұрын
そうなんですね、 そんな状態でも幸せだと思えるってすごいことですね 私も幸せだと思うようにしてみます。 お返事ありがとうございます😊❤
@user-kf8tf4mt6k
@user-kf8tf4mt6k 5 ай бұрын
先週、生まれて初めて全身麻酔&開腹手術をしました。昨日、退院してきたところです。 これまで自分を我慢させてきちゃった細胞が凝り固まっちゃったんだなぁって思いました💦 これからも誰よりも自分を大切にする人生にすると決めて退院しました。来月から再始動しますが、またいろいろ手放します。 健さん、タイムリーなシェアを本当にありがとうございました。
@yoshihasakawabata7778
@yoshihasakawabata7778 5 ай бұрын
ありがとうございます。 これも学びます。 感謝します。
@mach555mach
@mach555mach 5 ай бұрын
マッハは3年前2021年11月21日の脳梗塞になった時から、今までと全く違う環境での生活を強いられて、行動できる時間と心理的な余裕を持てました。今まで障がいを持った人に薦めていた足こぎ車椅子COGYを自身でリハビリのために使うようになり、2021年11月11日には、健さんにも応援いただいたクラファンで、横浜武道館で勇者の日の祭典を行う事ができ、そこで知り合った人たちとのご縁でbraveheart楽団、アリギリスあばた劇団、それぞれのAI物語DAOと色々な仲間ができて、今年は、マッハがこの世に生まれた本来の目標であるワンネスな村「お・か・ち・ま・ち〜村」の開村に向けて動き出せるところまで来ました。 脳梗塞さん、本当にありがとうございます♪感謝です。
@user-yj1fz3ou3m
@user-yj1fz3ou3m 5 ай бұрын
私は6年前に糖尿病I型になりました。 不摂生も起因していると思いますが突然でした。 それからは血糖血コントロールとの闘病生活です。 毎日注射するようになり、なぜこんな面倒な生活送らなくてはいけないんだろうと恨めしくも思いましたが、日に日に自己管理の楽しさ、食事の大切さに目に向けるようになりました。今はこの病気のおかげで考え方、生活習慣変わりました。 毎日、運動筋トレする人ではなかったのですが習慣となりました。 習慣が変われば人生が変わる。まさにこの病気のおかげだと思っています。 人生が良い方向に変わっているのを実感しております。 健さんこのようなワークを設けて頂き有難うございます。
@chiyuki3404
@chiyuki3404 5 ай бұрын
今回の動画は非常に腑に落ちた内容でした。たびたび理由が不明な病気や遺伝性の病気で手術・入院する事がありましたが、今も存在しているのは最高に強運な持ち主だと感じます。健さんが仰ってた通り、その度に自分と見つめ合い、立ち上がりパワーアップし、たくさんの事に挑戦し幸運度も絶賛アップ中です。そして病気が見つかる前に必ず予兆のサインは来るといのも現実にありました。そのサインを見逃さなかったからこそ今があると思います。最後に長期入院した病気も完治はしませんが、症状が再発しない様に生活環境に配慮し自分のご機嫌を取ってあげれば毎日幸せです。
@ly1859
@ly1859 5 ай бұрын
年明けに爆裂坐骨神経痛になり、現在も痺れが取れず悶絶中…… 好転するキッカケにしたい💪
@user-ps9uw7jq9d
@user-ps9uw7jq9d 5 ай бұрын
けんさんいつも元気が出る動画有難うございます❤私は過去にたびたびうつ病で苦しんできました。再発するたびにお金の心配、将来の心配、独身で親に頼ることの情けなさ、同年代の人より遅れているような肩身の狭さ、無職というなんとも身の置きどころのない感覚を感じる毎日。年単位での療養を経て仕事復帰しても再発。何度打ちのめされ、何度無力な自分に無価値観を感じ、生きてる意味はあるのかと自問したでしょうか。健康な人であればバリバリ仕事したり、恋愛、結婚、出産などしていることでしょう。でもうつ病を乗り越えるたびに自分の心に嘘をつく回数が減り、お金のために我慢して働くことが減り、世間の幸せの定義ではなく自分にとっての幸せを見つけることができました。そんなこんなしているうちに気づけば42歳。人生折り返し地点です。私はきっと後半の人生で成功するんだと良い意味で諦めがつきました。長かった、、、、。けどこれからが楽しみです。
@user-sn9sg8hl9i
@user-sn9sg8hl9i 5 ай бұрын
いつも学びをありがとうございます! 今、60歳です。 17歳と21歳の時に、それぞれ2ヶ月づつ腎臓の病気で入院してました。 その後は、大病はしていません。 これは、そのままで良いということでしょうか?
@60-xu8oi
@60-xu8oi 5 ай бұрын
偶然見た健さんのyoutuveです。 私は、長年のたくさんの病気や精神疾患何十年でした。頑張って来たけど、もう限界。人生リセットしようとした時、「こんなに、痛みや色々な事に頑張って来たのに、命を捨てはいけない」からの14年前。気づきと学び成長の歳月でした。 今、むちゃ、あり得ない人生を送ってます。 まさかのyoutuveまでやってる65歳😆
@ten-ce7lr
@ten-ce7lr 5 ай бұрын
ありがとうございます!
@user-bh2su6gm1u
@user-bh2su6gm1u 5 ай бұрын
16歳から25歳まで偏頭痛の予防薬と、向精神薬を服用していました。オーバードーズで入院したこともありました。 そんな不安定な心でしたが、なぜかふと、子どもが欲しいと強く思い、主治医に相談して、断薬をしました。断薬途中は幻覚や幻聴などに悩まされ、本当に辛かったです。お薬を飲む前より、辛かった···。 感情のアップダウンありましたが、妊娠出産し、今では三人の母です。第一子は可愛いという感覚より、大変さの方が勝り、可愛いと思えたのは3歳を過ぎてからでしたので、とてもじゃないけど優しくて良い母ではなかったと思います。とにかく必死でした。 以前、霊能力者?の友人に、なぜ私を選んで産まれてきたのかを聞いてもらったところ、こんな答えが。 「神様は、『このお母さんのところにいくのは大変だよ?本当にいいの?』って聞いてきたけど、うん!いい!って自分で決めてお腹に入ったの」 神様がとめるほど親になれる器じゃなかった私を、子どもが決意をして来てくれたことに感謝しかありません。 子どもたちが来てくれなかったら、私は絶対、どこかで命を終わりにしていたと思います。 子育てを通して、のたうちまわりながらも自分の心の傷と向き合い、ようやく30代後半にして、心から楽しいと思える毎日になりました。 あの頃の自分に教えてあげたい。と最近よく思います。
@user-pz2dy7co1h
@user-pz2dy7co1h 2 ай бұрын
根本治療とは 自分の生き方そのものを変えること。
@noriko-ty5lv9su3t
@noriko-ty5lv9su3t 5 ай бұрын
素敵な動画を、ありがとうございます。 今までの人生で一度も、入院する様な大きな病気をしたことがないのは、すごく幸運な ことだったのか。。。。とこの動画を見ていて「当たり前に感謝しなくちゃ」と思いました。
@yukofurui8335
@yukofurui8335 5 ай бұрын
健さん、いつも有難うございます。 仰せの通り体験経験しました。病気は好転するきっかけだと思います。夫婦関係、人間関係、経済など良くなっている事を実感しています。😊
@yumekichik
@yumekichik 5 ай бұрын
健さんいつもありがとうございます。数年前、音楽活動を勢力的に行っていた際に無理をし過ぎて鬱病になりました。慢性的な寝不足から睡眠障害になり、ある時不可逆的な一線を越えたような感覚を今でも覚えています。それまで病気をしたことがなくいつもポジティブマインドだったため、まさか自分が鬱病になるとは思いもしませんでした。 好きなこととはいえ無茶をしていたこと、完璧主義的で知らずに自分を追い込んでしまい心身のサインを見落としていたこと、そして鬱病になった自分を支えてくれた家族や職場の方々への感謝をなおざりにしていたことに気づきました。幸いにも半年ほどで完治しましたが、今となってはこの上ない学びの時間だったと感じています。
@user-gf3zh7eh5o
@user-gf3zh7eh5o Ай бұрын
また危機的な状況のサインが出てきました。会社に尽くしても体が悪くなるだけなので変容が必要になったことです。
@user-ob8cb9nm7b
@user-ob8cb9nm7b 5 ай бұрын
産後うつになった時に、フォーカスしたものが拡大化すると知り、自分が怖いことばっかり考えていたので、おもしろい方へ思考を転換させていくようにしたらみるみるうちに人との出会いなど恵まれるようになり、ある時涙がばっと出て自分がほしいものは全てそろっており、とても幸せだったことに気がつきました 😊
@hoku-lewaMIHO
@hoku-lewaMIHO 5 ай бұрын
いつもありがとうございます♪私自身大人になって大きな病気になったことはないのですが…子供の頃に腎盂腎炎やりました。その頃は子供すぎて転機はわからないですが、1月の健康診断で不正脈と言われました。首の後ろのアトピーも現在人生最高潮にひどくなっていて…人生の転機が来た!と感じています 。
@breeze7865
@breeze7865 5 ай бұрын
いつも氣づきをありがとうございます。 現在、整形外科に通院中です。診断は左肋骨肉離れ?で、iPadミニを持ってポチポチするのも辛い状態です。ちょうど胃袋の内容物の影になっている部分だったため、もう一度レントゲンを撮りましょうということになりました。 原因はキッチンのレール式引出との格闘です。24時間痛みとの闘いにもかかわらず、3月になってしまったのにまだ通院していません。 原因は、毎年やってくる魔の季節。 くしゃみ、鼻水、目のかゆみ!今年は特に鼻水がひどく、娘が「牛の鼻輪!😆」と言って笑いこけてます。毎日がんばってお弁当作ってあげててるのに٩(๑`^´๑)۶。 モウー!牛になるぞ! うるうるの涙目なのに、目のふちガサガサ、充血状態なので全く色氣無し。 これまでの病歴を思い出してみると、入院は1回、手術は無しです。 ・交通事故(後方車の前方不注意での追突)でムチ打ち、3ヶ月の寝たきり入院。 ベッドの手すりにバックミラー?をつけられて、馴れない左手でスプーンでの食事という日々がありました。退院後、右腕が鉛をぶらさげているような感覚になり、しょっちゅう吐き氣に襲われていました。 もう、右手は動かないのか・・・、絶望感に悩まされていたとき、母が通っていた鍼灸院に連れて行ってくれたんです。針とかお灸で治るわけないじゃん、20代のわたしは民間治療なんて。 ってナメてました。 3か月通いましたが、準社員として入力の仕事ができるようになりました。 それ以外、入院歴はありませんが、交通事故はもう一回。青で渡っていた横断歩道で、登り坂の赤信号をむりやり右折してきた車にはねられ、氣がついたらボンネットの上で、寝そべるように右肘をついていました。「大丈夫ですか?いっしょに病院へ行きましょうか?」と年配の女性に声をかけられて、いつのまにか横断歩道に震えてうずくまっていたことに氣がつきました。この時、車にあたった瞬間の状況とか痛みの記憶がまったく無いんです。 あとは内科系で、 ・肺炎三回(点滴通院7日てい?)、無熱生肺炎2回。 腎盂腎炎三回(点滴通院)。この3回目の診察はインターンの先生だったのですが、カルテに目をこらして、これは風邪にしてはおかしい、とレントゲンを撮ったんです。そしたら右の腎臓が遊走腎であったことがわかりました。生まれつき右の腎臓が下がっているので曲がった尿管に残ったウイルスが排泄しきれなかったんですね。 治す方法は脇を20センチくらい切って肋骨に結びつけるんだそうです。 先生いわく、「そうなるともうビキニ着れなくなるなぁ、あははは。あとはもっと肉と脂肪をつけて動かないようにするかだね。手術の予約とろうか?」って事もなげに言われ、思わず、入院も手術もキライなのでがんばって肉つけますから!って言ってました。 そしたら先生は真顔になって、「なんでも手術すれば良くなるって思っている人が多いんだけど、体にメスを入れるっていうのは体にとって大変な負担なんだよ。自分の体は自分が一番良くわかってないといけないんだ。」と。 貴重な出会いであったことを神様に感謝せずにはいられませんでした。 どうもわたしは右側の怪我が多いようです。 痛みに効果的な以外な食材が身近かにあるんですが、ご存じでしょうか? それは生姜。右上腕部骨折、胃がん末期の実母を在宅介護で見ていた頃、通いのクリニックの看護師さんが「すり下ろした生姜を湿布しても痛みに効くのよ」と教えてくれたのです。また、最近目にした管理栄養士さんのレシピ サイトに、生理痛で悩む女性に生姜はおすめ!と書いてあったり、内科医の記事で、生姜を摂取し続けた60歳以上の女性たちに、著しく記憶力の向上がみられた、という論文もありました。 目のフチの痒みに何かないかな?と思った瞬間、精製水!と閃いたんです。 精製水は純水(体拭きとかお尻拭き)という表記で目にされた方も多いと思いますが、プレ化粧水と言われていますよね。基礎化粧品にこだわりのある方ならご存じではないでしょうか?。 化粧水の前に使うことで、成分をより浸透しやすくする効果があるんですね。 さっそくコットンに精製水をひたして目の周りを拭いてみました。 無臭、刺激ゼロ!目に直接ふれてもまったく異常なし!でした。 くしゃみと鼻水は、鼻うがいとメンソレータム塗りまくり! もうこうなると女捨ててますね。😢 でも、これでかなりスッキリします( *´艸`)! 怪我や病気が良いことの前兆なのかはわかりませんが、自分の考え方、氣持ち次第で、良い医師や、健さんのように素晴らしい考え方の人、あるいは現状に必要な情報に出会うのかなということは、実感しています。
@user-gf3zh7eh5o
@user-gf3zh7eh5o 4 ай бұрын
あまり過去の事は書きたくはないですが、いちどは生命の危機的状況にはなりました。 それから戻りました。その後はリーマンショックとかで仕事のなくなるようなこともありましたが、今世紀の豊かさは単なる物質だけの豊かさでは自分自体が保てない時代と感じてます。やはり気の合う仲間や、同じ旗のもと集まり自から行動する人でないと新たな豊かさは教授できないと思います。より良い価値を創造するそんな流れでないとだめだと思います。
@user-sy4pb5mb6q
@user-sy4pb5mb6q 25 күн бұрын
21才の時に入院先で知り合った友達と、時々あっていたら、彼氏ができたんですよね!彼氏が、自分達の結婚の披露宴に、私を呼んでくれて、隣の席にいた男と、私が、なんとなく仲良くなって、結婚しました(^^; よくある話ですが。
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