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【4K HDR/60fps 前面展望】石北本線/特急 大雪4号(網走→旭川)@キハ183系
3:44:11
【車窓】キハ183「ミッドナイト」札幌→函館 2009年10月09日
5:19:40
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【車窓】キハ183「大雪1号」旭川→網走 2018年1月3日
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車窓 - SYASO -
Күн бұрын
Пікірлер: 35
@user-zi8jl2fp9p
11 ай бұрын
キハ183系は修学旅行で乗りました。牛の直前横断で急停車するハプニングに会いましたが良い思い出です。冬景色を暖かい車内から見るの凄く好きです。主様いつもわかりやすい動画アップありがとうございます。
@syaso
11 ай бұрын
まーくん様、おはようございます。いつもコメント、ご視聴ありがとうございます。 加えて、労いのお言葉を頂戴し、感謝です。 「冬景色を暖かい車内から見る…」 わかります、わかります!!そうそう、それがいいんですよね。 鉄道旅行の冬の醍醐味ですね!!
@papkd
11 ай бұрын
VVVFの音は勿論なく、駅を発つ時のディーゼルのゴゴゴという音は何かを彷彿とさせるね。
@syaso
11 ай бұрын
スリール様、おはようございます。コメントありがとうございます! 先日は「伊那路」にもコメントを頂き、ありがとうございました。 僕は子供の頃は東京で育ったので、電車が当たり前でした。 でも、母の実家が群馬県で、年に1回、八高線で高崎まで行く事がありました。 当時、八高線は気動車だったので、「ガラガラガラガラ…」という音を聞くのをすごく楽しみにしていました。 そんな私は、今、日本の都道府県で唯一電車が走っていない気動車王国の「徳島」に住んでいます。
@user-kw7wy6iz3r
11 ай бұрын
ものすごくいい音質!頑張って拝見してても数分にて心地よいうたた寝へと誘われてしまいました。特に終盤の美幌より先は5分と意識が もたない夕暮れの最果ての雪国。 雪により音が消されがちのジョイント音が加われば、おそらく秒で寝起ち…(笑) その美幌駅より昔は相生線が延びてましたね。もうちょいで阿寒湖ってとこまで行ってた記憶があります。 更に 北見駅からは池北線、後のちほく鉄道。映画GTOの中にも登場してましたよね。私が乗車したのは両線とも、朱色単色のキハ52だったか55だったかの単行でした。この路線が無くなったのはさすがにショックだった覚えがあります。 天北線、羽幌線、そして遠軽駅が突き当たりでなかった名寄本線、湧網線などみんな無くなっちゃいました。 長大路線は、悲しさも大きいです。 旭川駅を出てから網走駅迄、延々続く雪の中、さすが冬の北海道。それもオホーツク側で、かんなり寒かったでしょう。私は冬の北海道の経験、もしくは記憶がないので(5月に吹雪に会った事はありますが)その寒さたるや、いやいや、知りたくはないですが。 この動画では58:34辺りに見えるのが国道39号だと思いますが、私でも北見向きに一度しか走った事がありません。上川から層雲峡の崖の下を走る経路でしたが、私が行った時には崩落により風光明媚な場所は通れないように改良されつつありました。その先は箱根みたいな峠を越えて北見に降りてくのですが、石北本線の峠にしろオホーツク迄の道のりが大変なのを思い知らされます。 ですが、車窓に延々と続く高規格道路には興醒めです。(あくまでも個人的価値観です) 丸瀬布からも大昔には森林鉄道が延びてたみたいですが、私はまだ訪問した事がありません。SLと昆虫の垂れ書きに非常に興味をそそられます。 さて、最近ですが、時刻表復刻版の新幹線岡山開業が刊行されてたので、迷いなく購入してきて暇さえあれば読んでます。思春期の下品な下ネタ本より遥かに多い回数で。 私が母と一番多く鉄道旅行した時代。初めてキハ181系に乗った思い出や、ここをこう連絡してこれに乗ったんやな、と母が考えて たどった経路を分析しては 楽しくてたまらないです。 出雲は特急に格上げ(20系)されてますし、山陽特急の しおじ も健在です。 当時、小学生ですが、この辺りから記憶が割と ばっちりです。子供心にも いい時代でした、昭和47年。 母の水商売(柳ヶ瀬)が黄金期で 落ちぶれた島根の元庄屋から脱して 不自由ない生活を送らせてくれた事は本当に感謝です。 さらについでに、コロナあけて製造業も活発化すると思いきや、自動車部品製造の下請け孫請けは何故か廃業が相次いでまして、そのしわ寄せが、当社に「これ、作ってくれませんか?」って感じで続々注文が来てます。 ですが、私はそうゆう仕事がしたい訳ではないので断りたいのですが、頼まれると嫌とは言えないし、逆に困ってるのを見ると やってしまう自分を知ってます。 ですから、ここしばらくは劇的に忙しいだろうし、心はくじけてくんだろうな、と嫌な予想をしてます。 仕事の分野は違えど、トラック野郎根性だけは抜け切れない不器用な奴だと実感する還暦間近です。
@syaso
11 ай бұрын
兄貴、おはようございます。お疲れ様です。 お忙しい中、ご視聴、コメントを頂き恐縮至極でございます。 北海道は、兄貴の得意分野とも言える「廃線」が、うごめいていますよね。 その手に取られた時刻表復刻版の昭和47年。 まさにその頃の北海道は網の目のように鉄道網が敷かれていたのではなかったか…ということで、私も書棚にある「1972年のダイヤエース時刻表(後の「大時刻表」)を開いてみました。 すごい数の路線ですね…。恐らく半分以上は消えましたかね。 相生線、池北線も健在、もちろん名寄本線も。 ダイヤエース時刻表の良いところは、SLが牽引する列車はSLマークが記載されているところで、この当時は、石北線、名寄線、宗谷線も普通列車はSLが多いですね。 急行「ニセコ」も晩年までSLだったハズだが…と調べたら、SLマークがなく、調べたら、前年のS46年9月にSLは引退したようですね。 一方、兄貴と縁の深い山陰方面にも目を通してみると…。 確かに「出雲」は特急になっていました。浜田行ですね。 急行「伯耆」が「石見」や「砂丘」と連結してます。「だいせん」には「はぎ」が連結。 SLの普通列車も門司から長門市(中には益田)まで健在です。 しかし、何と言っても、この辺りの列車で一番マニアックなのは、やはり「大社」ですね。 以前、兄貴に教えてもらって、その運行経路を改めて辿ってみると、面白すぎます。 名古屋9時10発、金沢9時20発、大社19時56着 所要時間も11時間弱。なんなら編成表も確認してみました。 1~2号車は金沢ー鳥取 3~5号車は金沢ー米子 6~9号車が名古屋ー大社 キロが金沢編成と名古屋編成にそれぞれ連結しているので、キロ2両ですね。 「だいぜん」+「はぎ」も編成表が掲載されていたのですが、こちらは見事な迄に長大編成。 米子~出雲市の区間においては11両+増2両の合計13両編成ですよ。 こちらもキロ2両を組んでますね。 13両編成の急行気動車の走る姿は圧巻だったでしょう そうなると、13両を超える気動車急行はないのか…と編成表を見ていると、なんとありました! 急行「きそ3号」803Dです。 名古屋~長野ですが、途中の塩尻~松本のちょっとの区間で15両編成を組みます。 「きそ」と言えば、キハ91。 兄貴はキハ91を見たことがあるかもしれませんね。 僕は、本でしか見た事がなかったのですが、3枚折戸がマニアックで、子供の頃、すごく気になっていた車両でした。 先述の15両「きそ」も、もしかしたらキハ91かな…と思って調べたら、1973年7月の電化前まで使用されていたというのですから、この15両編成のうちの何両かはキハ91だったかもしれません。 その後、「きそ」から離脱したキハ91は、「のりくら」で1976年9月まで運用に就いていたようですね。 キハ91。いいなぁ…。 という事で、ほとんど石北線には触れずに、古い時刻表からの話に終始してしまいました。 お仕事、ホントお忙しいそうですね。 しっかりと睡眠をとって、健康には気をつけて。 ではでは。これにて今日は失礼つかまつる。
@user-kw7wy6iz3r
11 ай бұрын
キハ91、何度か見た事はありますよ。名古屋駅で停車中のと、木曽路を走行してる姿や、確信はないのですが、急行のりくら号が岐阜駅を発車した直後のを昔、架かっていた東陸橋とゆう道路からとか、他に何回か。 第一印象は「垂れ目」です。前面の箱みたいな出っ張りも実車両はかなり目立ちますし。屋根上のキハ181みたいな配置は良く見たら違うな、って程度だったのは子供の視線からなのか。 三枚折戸は開くのを見てると二枚と一枚に観音扉みたいに動作するのは確認してます。 内装はキハ58と余り変わらなかった気がしますが、外から見ただけで乗車はしてないので感想としてはこのくらいです。 それと、編成は記憶が正しければ8両だったかと。 高山線運用のは6両だったかも。 大社号は長かったですね。 岐阜駅で乗車する時は駅のアナウンスで4両って言ってたのに、豊岡でホームへ降りた時は10両位はつないでましたから。 季節に依り増減はあるのでしょうが、14両とかは経験がないかな。 寝台特急は別にして、私が乗車した中で 一番長かったのは急行東海の15両だったかも知れません 目的の列車に乗る前とか、夜行列車にて降りた駅とかで、何時間も私の列車見たいわがままに付き合ってくれてた母には本当に感謝です。今の妻も、例えば9時台の快速みえ に乗車するのに7時過ぎから 名古屋駅に行くタイプです。 理由は、いっぱい見たいから。だそうで 私にとっては可愛い事この上なしクラスの妻です。 次回はホームライナーの予告も拝見しました。 こちらの地方でも しらさぎや伊那路の車両を使用した列車が いくつか設定され、勿論 何度か利用してます。 理由も簡単で、数百円にて贅沢が味わえるからです。 さらに、毎回のように下車駅が近づくにつれ、「降りたくない!」と訴える妻の気持ちは、主さんなら理解して頂けるかと(笑)
@syaso
11 ай бұрын
そうですか!キハ91、見た事ありますか! これも劇的に羨ましいです! 確かに、よ~く見たら、垂れ目のキハ91が存在していました。 車番によって、普通の窓と垂れ目のタイプと両方存在したようですね。 あの3つ折り扉は、2対1で開くのですね…。全然知りませんでした。 流石に現物は今、存在しないので、動画で見る事できないかと…調べましたがどこにもありませんでした。 そりゃ、そうですよね。 乗車する列車が入線するだいぶ前から駅のホームに入るのは、わかります、わかります。 でも、それが奥様の希望というところが、凄すぎます。 私も早めにホームに入るタイプですが、奥様が率先してそうして下さるというのは有難いですね。 そうそう、そもそも「ホームライナー」という言葉は、JR東海の特許?だったような。 意外とJR東海って、ライナーが健在しているのがいいですよね。そういう所、JR東海の好きな所です。 少々マニアックなところでは、「ホームライナー瑞浪」、長時間乗るなら「ホームライナー浜松」、しらさぎ編成なら「ホームライナー大垣」と、以前に比べたら種類も減りましたが、いまでも十分レパートリーが豊富です。 私は、このどれも乗車したことがないので、ぜひぜひ、乗車したいと願っております。
@user-gu2ci7qm6s
10 ай бұрын
犯罪者だけを運ぶ特別列車とかないかな~
@syaso
9 ай бұрын
網走だけにね😏
@nerner-ip9un
Жыл бұрын
キハ183引退してしまいましたね、 この頃の183は自動放送な時ですかね オルゴールのチャイム良いですね〜
@syaso
Жыл бұрын
nerner様、おはようございます。いつもコメントありがとうございます! 古いオルゴールや、車掌の肉声放送は、それだけで旅情を感じることができました。 最近は、自動放送の列車が多くなりましたが、そんな中で、たまに丁寧な肉声放送を聞くと嬉しくなります。
@masafumi4570
10 ай бұрын
いわくつきの常紋トンネル・・・ このトンネル周辺の鉄道施設は、霊障でかなりやばいと噂が絶えません!!
@syaso
10 ай бұрын
Masafumi Ueda様、おはようございますコメントありがとうございます! 先日は「江差線」にもコメントを頂きありがとうございます。 「常紋トンネル」と言えば、タコ部屋。 流石に「タコ部屋」は行き過ぎかもしれませんが、昨今の囚人は、冷暖房完備で3食昼寝付きとか。
@大坂孝幸
11 ай бұрын
キハ183系先頭車両に付いた雪、暴風雪との格闘を物語る。
@syaso
11 ай бұрын
大坂様、引き続きのコメントありがとうございます! 雪との格闘の末、顔面が雪まみれになりながらホームに侵入してくる先頭車の姿を目にしたとき、鉄道ファンならずとも魅了されるものがあるのではないかと思います。
@大坂孝幸
11 ай бұрын
@@syaso さん、狩勝峠や遠野越えは有名。
@donta1966
Жыл бұрын
いつも動画楽しませて頂いてます。特急オホーツクは利用したことはありますが大雪は一度もないです。オホーツクは廃止になったんだろうか😮
@syaso
Жыл бұрын
水田様、おはようございます。いつもご視聴ありがとうございます! コメントはお久しぶりですね。ありがとうございます。 そうですか、そうですか。 石北線は長らく「オホーツク」オンリーでしたからね。 いつの頃からか「大雪」の愛称が特急として復活し、札幌発着の「オホーツク」と、旭川発着の「大雪」で、それぞれキハ283で活躍しています。 ただし、「大雪」は、不定期運用のようです。
@asakazetwilight
Жыл бұрын
こんにちわ 特急「大雪」には乗ったことはありません。まだ特急「大雪」が設定される前の「オホーツク」 で2回ほど旭川~遠軽・網走間はあります 1度目は途中下車なしの直通だったんですが、2度目はその当時の記事かなんかで見た 遠軽駅の「北一そば」が食べたくて、行路を組みました。 その時は、確か数十分後に「オホーツクの風」があったんです で、「遠軽~網走」ですね。 これ幸いと、遠軽駅についたのですが、未だ開店前(;^ω^) 駅員さんに尋ねると「そろそろこられるんじゃないかな?」と言われ、祈る思い(*´Д`)で 待っていると、写真で見た「北一そば」のおばあちゃんが、駅前の階段を上がってこられたんです この時はうれしかったです。 あまり時間はなかったんですが、美味しい蕎麦を頂き、歓談していると、 あっという間に時間がき、了解を得て、店と中にいるおばあちゃんの写真を撮らせて頂き 後にしたんです。私の宝物です。 他のHPによると、令和元年にお亡くなりになり、店も閉店されたとのこと( ノД`)シクシク… 正に「一期一会」でした。 それでも、私の心の中では生き続けておられます。 網走駅で釧網線の普通に乗り換え、あの北浜駅で降りました。 初めて流氷を車窓以外で眺め、「流氷ノロッコ号」で知床斜里までいったんです。 なぜか車内の観光案内は「地球温暖化のため流氷が減ってます」しか覚えてませんね(笑) そこからは釧路まで普通列車でした。 釧路には、網走駅からと根室駅から、そして大学時代の旅行サークル(レンタカー使用) で3回かな? その大学時代には、車ですから摩周湖、知床半島に行き、宿泊は川湯温泉、 「霧の摩周湖」は「ピーカンの摩周湖」でした(笑)。「知床半島」は峠道を下り始めた時に 今まで快晴だったのが急に「濃霧(笑)」と大自然を堪能したんです(大笑) 釧網まで言ってすみません(m(__)m 遠軽駅や石北本線周辺には未だ廃線が進まない内に訪問したかったものです。 特に北海道在住の方の「車内放送」などのページを拝見するとそう思います🚄
@syaso
Жыл бұрын
asakazeさん、おはようございます。コメントありがとうございます! 伊那路のコメントからの続きも含めて、こちらでお話させて下さい。 80系時代の東海道本線、しかも東京発。これは貴重ですね~。 仮に記憶は曖昧でも、お父様がおっしゃるのですから、そうなのでしょう。 調べたら、1977年3月末頃まで走っていたというのですから、もしかしたら、僕も見ていた可能性が少しはあるのですが、記憶にはありません…。 なんせ、1977年と言えば、私は6歳なので、まず、一人で東京駅に行く事はなかったですし、高尾在住でしたから、普段は、上野や東京に行くということはなく、父の実家の新潟に帰省する時に、唯一、東京や上野を通る位でした。 しかも、父は鉄道に興味がないので、神田で乗り換えて上野へ向かったりするので、こっちとしてはいい迷惑でした(笑) 旧型国電と言えば、私は3歳までは谷保にある公団に住んでいたらしく、南武線の記憶があります。 鉄道ファンにありがちでしょうが、幼少期から吊り掛け駆動の音マネをして遊んでいたそうです。 そのことは、自分でも記憶があります。 あの独特の音は、マネしたくなりますからね。 当時は、立川に行くと、青梅線にも旧型国電がいて、デッキ付きの電気機関車がウヨウヨしていたように記憶しています。 さて、話題は北海道へ。 遠軽の「北一そば」。 私も、以前、遠軽駅の構内で、長時間滞在することがあって、こちらでお蕎麦を頂きました。 寒かったので、あたたかいお蕎麦で身も心も温まった記憶があります。 六角さんの「呑み鉄本線 石北線」で、「お蕎麦屋さんが休業している…」ということから、店主の方がお亡くなりになられたことを知りました。残念でなりません。 遠軽駅と言えば…という代名詞みたいなお蕎麦屋さんでしたからね。 しかし、羨ましい限りです。 学生時代に北海道を満喫されましたね。 私は学生時代はバイト三昧で、旅行は1度、京都・奈良に新幹線で彼女と行った位で、あとは、どこにも行ってません。 その彼女とも数年後には別れてしまいました…。 そこで、そこで。 もう少し、仕事が落ち着いて、長期休暇を十分に取れるようになったら、北海道を10日間位かけて旅したいですね。 その際は、鉄道というよりも、鳥を見に行きたいと思っています。 中でも、釧路湿原にある「釧路湿原野生生物保護センター」に訪問したいと思っています。
@asakazetwilight
11 ай бұрын
syaso様 そうですか80系は1977年3月まで走っていたんですか、すると私は10歳なので もう走ってなかったという記憶違いの可能性は減りました(笑) 東京駅には主に新幹線で、当然日中の特急はなくブルートレインは夕方からですから 撮影は上野駅が主でしたね。 私の親の実家は「西八王子」で、住んでいたのは都内の社宅でした。 もしかしたら「西東京バス(笑)」か「国鉄」「京王」内で偶然あっていたかもしれませんね。 というのも、実体験があって、「Rail工房天都」さん(ぜひKZbinをご覧ください)という方が いらっしゃって、もちろん今でもお顔もなにも存じません。 KZbinでやり取りをしていたのですが、偶然「相生駅」にいらっしゃって、その日、その時間 私、「相生駅」にいたんですよ。「お、カメラ持ってる人がいる、珍しいな」と思ったぐらいです。 その時の動画がUPされた時びっくりしました(笑) でも、こんな偶然はまずありませんね(笑) 南武線、青梅線の旧国の記憶はありません。「ED16のさよなら」に乗ったぐらいでしょうか その時一緒に行った同級生に「俺が切符買ったんだから追加分ちょうだい」と言われたのが 「さよなら」が嫌いになった「大騒ぎ」の他の原因かもしれません(大笑) 北海道ですが 「遠軽」へ行かれたことがあるんですね(^^)/ 店主のおばあちゃんはご存じかもしれませんが、60年以上 お店に立たれ、現地の方や旅人の憩いの場だったんですよね。 残念でなりません( ;∀;) 遠軽に限らず、音威子府も閉店し、新得はまだあるのかな? 旅の憩いの場がどんどん減っていくのは悲しいです(;_:) 私が初めて北海道へ渡ったのは大学のサークル時代で、その時は「青函連絡船」が 末期の時でした。帰りの「はつかり」は583系でしたね。 それからしばらくは、仕事が多忙で旅行どころではなくなりました。 仕事が落ち着いて来てふと気が付けば「トワイライトエクスプレス」ですよ(^_-)-☆ 2泊3日で札幌を往復した経験もあります(阿呆(笑)) 個人的には「北斗星」よりデザインと所要時間で気に入ったんですよね。 私も長期休暇とお金(笑)ができたら、今度は函館を中心に攻めたいと思ってます 私はやっぱり、魚よりも「ラッキーピエロ」「ハセガワストア」「セイコーマート」 「函館市電」「大沼だんご」「函館山」が主となるでしょう 行程表組むのが楽しみですし、それを現地でぶち壊すのも一層の楽しみなんですよね(あほ) ただねえ、新幹線はつまらないんですよね。飛行機でいこうかな(笑)🚄
@syaso
11 ай бұрын
そうですか、そうですか。親御さんのご実家が「西八王子」でしたか。 「にしはち」という言葉で、「そうかなぁ…」とは思いましたが、まさにそうでしたか。 その西八は、私にとって「縁の深い場所」です。 私が3歳の頃、谷保から高尾に引越した頃は、高尾にはスーパーがありませんでした。 なので、買物となると、母親に連れられて、隣の「西八王子」駅前にある「忠実屋」に行っていました。 つまり週に2~3回、中央線で高尾~西八王子を往復するわけです。 これが子供の頃は楽しくて、私が確固たる鉄道ファンになったきっかけは、このせいだと思います。 三つ子の魂百までってやつです。 ということで、西八は、幼少期に何度も何度も訪れた場所です。 「鉄道」と「スーパー」 この「西八」にからむ2つのキーワードが、その後の私の人生を大きく左右しました。 母に連れられて行く買物は「楽しいものだ」という事が脳にインプットされたせいでしょうか。 私は大学も「商学部」に入学し、卒論は「イトーヨーカドーVSダイエー」という論文を出しました。 アルバイトも、まさに「西八」にあった、「スーパーアルプス」というスーパーでバイトをしていた事もありました。 そして満を持して卒業後は「ダイエー」に就職。 「ダイエー」に就職して1年目に、かつてお世話になった「忠実屋」を合併することになり、縁を感じたものです。 そんな「ダイエー」も甲子園店での勤務を最後に、丸5年で退職。 ちょっとした紆余曲折を経て、現在は徳島県の中古車買取店で働いています。 自動車も大好きで、仕事が性に合っていたのか、中古車査定士という仕事に就いて来年で25年になります。 ちなみに、今話題の「ビッグモーター」ではありませんよ(笑) 随分と話が脱線しましたが、つい「にしはち」というキーワードから、話が膨らみました。 つまらぬ私事ばかりになり、どうもスミマセンでした…。
@asakazetwilight
11 ай бұрын
syaso様 忠実屋でしたか、私は「ロンロン」2Fのくまざわ書店によく行ってました。 私は幼少期、まだ橋上駅になってない頃の思い出も多少あります。 確か改札口まえに「カップヌードル」の自動販売機もあったんです。 お湯が出てきて、その場で食べられる販売機です。 橋上駅になった時、旧型国電が新性能電車(笑)にとってかわられた寂しさがありました まあ、京王八王子も地下駅になりましたから(笑) で、「文学部」を卒業したあと、私はある「通信会社」に入りました。 ここからは、自分語りをさせて頂きます。(しんどい話かもしれないので、とばして くださっても結構です) その勤務中に私は「脳挫傷」の怪我をしてしまいました。 退院までは2か月だったんですが、退院後、当時は判明していなかった 軽い「高次脳機能障害」になってしまいます。 私は人から話を聞いてもその「内容の記憶が残りにくい」というものでした。 「高次~」は見た目にまったくわからず、ただ、他からの「さぼっている」という印象が 残り、それがどうしてかも自分自身でもわかりませんでした。 ただ、人からの話し方や、目つきそういったものからは感じ取れます 私の心はまいってしまい、結局退社し、岡山へ引越(隠遁(笑))しました。 (東京は社宅でしたから…('ω')ノ) それからは「アルバイト」をはじめ、「天満屋」や「JR西日本メンテック」 でも働きましたね。 で、いつの間にか「高次脳機能障害」は治っていたんです。 しかし「社員募集」はいずれも落ちて(笑) 仕事はいずれも「アルバイト」や「契約社員」もしくは「有期契約社員」でした。 迷惑をかけた両親にはただただ御礼の言葉しかありません。 その契約社員の契約の合間などに、旅をし、大学時代の「サークル」では「北陸」 「四国」「北海道(車)」を回っていますので、その実績をたしてまず、「JR四国全線完乗」 をし次は北海道でした。数年がかりで「JR北海道を完乗」したところで、朗報が ありました。 とある兵庫県の自営業の方から、「うちに入ってくれませんか?」と、 それが、今私がしている仕事です。 まあまず長期休暇はとれません(笑)せいぜい1泊2日でしょう。 年度末になると決算もあるし…(;^ω^) 私こそつまらぬ私事ばかりで申し訳ありませんm(__)m🚄
@syaso
11 ай бұрын
そうですか、そうですか。asakazeさんの人となりを伺える1面を覗かせて頂けて有難いです。 やはり、ネットでのやり取りだけでは伝わらない「人柄」ってあります。 何だかんだ言っても、ネットは表面的になりやすいですからね。 asakazeさんの事をもっと好きになれました。ありがとうございます。 ※モーホーじゃないですよ(笑) ひとつ、また、接点がありました。 岡山は、私の現在の妻の出身地で、「天満屋」というキーワードは、岡山人ではよく出てきますよね。 ちょっと気になるのが隠遁(あえて使って見ました)で、なぜ「岡山」をチョイスされたのか?…ってとこですね。 話しにくいこともあるでしょうから、もしよかったらで良いので教えて下さい。 asakazeさんも、色々とありましたね。 人生って、自分が思い描いたようになる人って、どの位いるのでしょうか? それこそ、以下、つまらぬ私の話です。 よかったら、お付き合い下さい。 数か月前、大学で一緒だった友人から約30年振りに、突然ショートメールが来ました。 携帯の番号が僕はず~と一緒なので、届いたわけです。 その文面は、典型的な普通の家庭のお父さんの内容でした。 彼は、大学卒業後に大手製薬メーカーに就職。 現在はそこそこ偉くなって、子供たちも大きくなり、少し余裕もできたようで、「今度、みんなで一緒に飲みにでも行かないか…」という内容でした。 他の同期の仲間の近況も丁寧に記載されていて、「あぁ~、僕だけが零細企業で働いてるんだなぁ…」と、ちょっと気分が落ち込んでしまいました。 彼の中では、まだ私が「ダイエー」(現在はイオン)社員だと思っていたのでしょう。 ですが、実際の私は転職を繰り返し、一度は会社を作ってみましたが、それも失敗。 開店休業状態で数年過ごすこともありました。 その間には、結婚離婚も繰り返し(今の嫁は3人目です)、そうこうしているうちに同じ大学のゼミの仲間の中では、ステータスとしては一番の底辺に落ちてしまったと。 これは負け惜しみかもしれませんが、私は自分の人生を後悔はしていません。 後悔することは、今までの自分を否定することになるので。 でも、エリート街道を今も走り続けている同期の仲間と今更飲みに行って、会話が噛み合うはずもなく。 私は彼に丁重にお断りのメールを送りました。 有難いことに、今の会社の社長は、僕の能力を高く評価してくれていて、店舗の運営管理を全て任せてくれています。 シフトもある程度自由に組めるので、asakazeさんよりは連休は取得しやすい環境かもしれません。 ただ、それでも社員はたったの6人。 零細中の零細企業で、ある意味、いつ潰れてもおかしくないのですが、みんな良い人ばかりで、今の環境には満足できています。 asakazeさんも、僕も、残された人生を、少しでも良いものにできるように、日々過ごすことができたらいいですよね。
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