結局ロックは日本語で歌うべきなのか?シーンを揺るがした大事件…?

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Mino Music

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Пікірлер: 233
@渡邉貴史-u5h
@渡邉貴史-u5h Жыл бұрын
私は現在71歳。まさにこのNMMの対談連中と同じ世代を生きてきたわけですが(はっぴいえんどや岡林のステージも当時覧てます)、この論争は今こうして聞くと若いなあと、つくづく思う。みな必死で自分の音をさがしていたんですよ。私もだったけどね。日本語だろうと英語だろうとカッコ良ければどっちでも良かった。でも最初はやっぱりロックは英語でシャウトしたほうがカッコ良かった。日本語で「愛してる」って歌うとまるで歌謡曲で、「アイラビュー」って歌うのと比べりゃあやっぱり英語でしょう。そんな程度の話です。学園祭に頭脳警察が来た時、イントロをミスり、演奏をやり直そうとしたので冷やかしてやったら、ボーカルのパンタから「歌謡曲やってんじゃないんだよ」と返された。そういう時代の話ですね。
@siouxsie1977
@siouxsie1977 Жыл бұрын
電気「OK BABY NEXT NUMBER(ほいキタ赤ちゃん次の曲?🤔)」
@東雄輔-q1q
@東雄輔-q1q Жыл бұрын
そんな年齢の方もこのチャンネル観てると思うと凄いですね
@ry-t9801
@ry-t9801 Жыл бұрын
71歳がKZbin使えてるのすごいな
@ジャック-h9f
@ジャック-h9f Жыл бұрын
内田裕也のはっぴいえんど批判は有名でしたね、FTBもはっぴいえんども僕はどちらも好きでした、65才になりました
@inumeri-lg2vk
@inumeri-lg2vk Жыл бұрын
これ読んだことあるんです。まず初めに言っておきたいことは「日本語ロック論争」というトピックがひとつの慣用句みたいになってみの氏の言うように独り歩きしてるわけです。ちょこっと雑誌の鼎談企画としてだったものが何度も“そんなすごい論争があった”みたいに取り上げられ、さらにメディア、ネットのなかで“日本ロック史を語る”みたいな時に常にトピックとしてとりあげられたりするから、エコーがかかって、まるで音楽業界全体で喧々諤々そんな論争があった!なんて思われちゃってる。それが間違いなんです。60年代いや50年代から日本語か英語かなんて意識せずに、英語でやりたい人はやってきたし日本語でやりたい人はやってきた。もちろん歌謡曲であろうがロックであろうが洋楽の影響下にあったので英語か日本語かみたいなのは潜在意識下にはあったとは思う。しかし多くの人はそんな論争とは関係なく新しいオリジナルを作ってたんです。日本語か英語かみたいな命題に立ち向かった!なんてことじゃなく多くの人はもっとナチュラルだったんです。
@cy7615
@cy7615 Жыл бұрын
「日本語ラップはダサイ」とか「ロキノン系非ロキノン系でマウントの取り合い」とか、そんなレベルの話なんですかね
@ymgt946
@ymgt946 Жыл бұрын
なるほど。はっぴいえんど史観ならぬ日本語ロック論争史観!?
@東雄輔-q1q
@東雄輔-q1q Жыл бұрын
そんな大それたモンじゃなかったと
@grasshoppermanshow1253
@grasshoppermanshow1253 Жыл бұрын
忘れちゃいけないのは、細野さんも大瀧さんも元々は日本語でやることに反対だったという点です。しかし松本さんの懸命な説得により、まず細野さんが折れて、テレビ出演時に「来年は日本語とロックを融合(結納)する」と発言。その後、大瀧さんも折れたと。
@埠頭半田
@埠頭半田 Жыл бұрын
故「蘭越ジミー」こと布谷文夫さんとかのブルースクリエーションは英語で歌ってたし。
@巣ごもり需要
@巣ごもり需要 Жыл бұрын
これニューミュージックマガジンに問題あるんですよ。はっぴいえんど以前の音楽をまったく排除してはっぴいえんどからの日本語ロック論争みたいにしてる。ほんとにロックと日本語を考えるのならそれ以前のロックの影響を受けた音楽をすべてまな板の上に乗せなきゃいけないのに。
@弾道あげたい
@弾道あげたい Жыл бұрын
はっぴぃえんど結成前、エイプリルフールから取り上げている雑誌ですからどうしてもはっぴぃえんどの側に立ってしまったのかもしれないですね
@old8249
@old8249 Жыл бұрын
NOTEの記事は後ほどゆっくり読ませていただきます。多大なお手間をかけていただきありがとうございます。 1970年当時は大学生で、三多摩地区にアパート借りて住んでたので音楽が聴けるのはAMラジオだけ。必然的にFENかベストヒット番組、あるいは深夜放送ぐらいしか聴けず、当時この論争がどういう形で進んでいたかということ自体知りませんでした。今ならSNSで当事者よりも周囲のリスナーの方が白熱した論争になるかもしれませんが、ネットもなければ一般的な大学生で下宿生活してるやつでステレオ持ってるなんていうのはほとんどいませんでしたから、まあ当時の大半の若者はそんなもんです。 私は当時主に聞いていたのは海外のロック。下宿にステレオはなく、レコードが聞けるのはたまに休みの時に帰省した自宅、ではなく(実家にもまだステレオはなかった)海外ロック好きの友人宅のステレオで聞けるレコード。 一方日本のロックはGSがほとんど終焉してメンバーがシャッフルされてさまざまなニューロックにシフトしていて、さらにGS以後に大学祭などで台頭してきたバンドもたくさん増えて、たまに日比谷野音などで聞けるロックフェスで生バンドはけっこう聞いてました。 また、時代はもう少し後だったかもしれませんが、年末年始にかけて浅草の国際劇場で行われた日本のロックバンドの大半が出演するロックイベント(確か、フランク・ザッパもゲストで来たことがあると記憶してます)も最初から何回かは行ってます。あの会場は日本酒の熱燗が買えて飲めたんで中盤から後半は酔っ払ってベロンベロンだった記憶が。w 因みに私見ですが内田裕也が英語英語言うなら発音の悪い「シェケェナベイベー」あたりをまず直してから出直してこいと思ってましたよ。
@aa-zq5gq
@aa-zq5gq Жыл бұрын
みのさんが「悪文」とバッサリ斬り捨てた「久民」氏の文章を読んでみて強烈なフラッシュバックに襲われた。 90年代の末期に「STUDIO VOICE」というサブカルチャー雑誌はこんな感じの文章が溢れかえっていたように思う。 80年代末から90年代前半にもてはやされたポストモダン系の成れの果てだと思っていたのだけれど、こんなに古い時代から使われてきたテンプレートだと知って軽い衝撃を受けています。
@naoyaucikawa8218
@naoyaucikawa8218 Жыл бұрын
確かに読み難い文章だけど予見的な事言ってる気がする。
@aa-zq5gq
@aa-zq5gq Жыл бұрын
@@naoyaucikawa8218 この文章が書かれたのはビートルズが解散して間もない頃ですけど、音楽も社会も経済も本格的な曲がり角を迎えるのはこの後ですね。 たしかに時代が変化しつつあるという雰囲気は読み取れます。
@hikaribb8588
@hikaribb8588 16 күн бұрын
面白い 最近はマキシマムザホルモンが響きに軸を置いた言語を見事に操ってますね
@siouxsie1977
@siouxsie1977 Жыл бұрын
はっぴぃえんどが日本語ロックの説得力を持ったのは、松本隆っていう天才作詞家がいたからなんじゃないかな
@United_sandglass
@United_sandglass Жыл бұрын
詞だけ見たらポエムや小説にありそうなフレーズを歌にしたんだから凄いっすよね
@埠頭半田
@埠頭半田 Жыл бұрын
彼を支えた人々も素晴らしかった
@umakara55
@umakara55 Жыл бұрын
でも当時としては、日本語ロックの扉を開けた松本隆が、歌謡曲の世界に身を投じたことに失望した人はそれなりにいたでしょうね。
@cozy_suzuka
@cozy_suzuka Жыл бұрын
「ロックに日本語は乗らない」という既成概念に真っ向から対立してそれを成し遂げてしまった人たち……最高にロックじゃないですか!
@東雄輔-q1q
@東雄輔-q1q Жыл бұрын
ロックン「ロール」 次のステージに転がしたワケだね
@1140aki
@1140aki Жыл бұрын
内田裕也が「春よ来い」を何言っているか分からないと言うのは、結局は大瀧さんの譜割にあると思います。大瀧さんは、日本語でロックを歌うとロカビリーのようになってしまうことが嫌で、譜割を考えローマ字表記にして曲を作ったりしたようです。そういう大瀧譜割は「さらばシベリア鉄道」の小林旭版、太田裕美版と聴き比べるとよくわかると思います。
@りっちめい
@りっちめい Жыл бұрын
昔ミュージックステーションに加藤和彦が出た時、タモリになぜ木村カエラと組んだのか聞かれて「ちゃんとした日本語で歌うから。英語っぽく歌う人いるでしょ、あれ嫌いなんだよね」と答えてました
@umakara55
@umakara55 Жыл бұрын
桑田佳祐も長いこと上の世代のミュージシャンから本当に忌み嫌われていました。 その世代がだいたいお亡くなりなり、桑田さんも大御所になって批判も止みましたけど。
@MrThe13825
@MrThe13825 Жыл бұрын
はっぴいえんどのメンバーの方々の、ラジオ収録された音源をいろいろとKZbinなどで聞いたり、 雑誌のインタビュー記事をまとめた書籍を読んだりすると、 松本さんは、オリジナルとして優れたものを世に出したければ日本語でなきゃダメという「絶対日本語派」。 細野さんは、言語なんてどこの国の言葉だろうがどうでも良い「こだわらない派」という事のようだが、  松本さんに言わせると細野さんは元々日本語に反対してたと言ってる事に対し、細野さんはそんな記憶は無いと言っている。  (いろいろ聞いたり読んだりすると、細野さんは、比較的記憶違いの多い人かなという個人的印象ですが、、、) 大滝さんは、元々内田さんとほぼ同じ意見の「英語派」だったのに、松本さんが「どうしても日本語で」というのに根負けして、  日本語で曲を作ってしまった以上「日本語派」にならざるを得ず、内田さんと本当はほぼ同意見なのに、内田さんに  食ってかかって反論し、「なんで俺は、本心は英語派なのに「日本語派」として意見せざるを得なくなってしまったんだろう。」  という「屈折した日本語派」。大滝さんは、はっぴいえんど解散後も責任を感じて日本語で音楽を作り続けることになった。
@umakara55
@umakara55 Жыл бұрын
結局いまになって見ると「ロックに日本語は乗らない」と言われた理由の多くは、メロディの譜割りやリズムの作り方、編曲次第でかなりカバーできるものだったんですよね。ただ内田裕也は自分も含めて失敗例をいくつも見たから慎重になっていたのでしょう。
@モガミ-l3d
@モガミ-l3d Жыл бұрын
動画では特に触れられてないが結局ミッキー・カーチスの発言に尽きると思う。 「英語で歌えばインターナショナルなものになるかといったら、ぼくなんか聞いてヒトッコトもわかんないような英語で歌ってる人も多い」「歌ってる人が歌詞の意味を完全に理解して歌わない限り、まったく説得力が出ないと思う」 内田裕也は「海外での成功」というゴールが前提にあって英語で歌うべきだと主張しているのだが、日本人がカタコト英語で歌っても伝わらないよ意味あるの?と。いわんや国内においてをや。
@user-un5ct4bp6i
@user-un5ct4bp6i Жыл бұрын
11:36 久民は中山久民さんのことですかね…? 新宿プレイマップの編集部の方みたいです。
@user-swmvjx
@user-swmvjx Жыл бұрын
何語でもいいなんなら言語じゃなくてもサウンドがカッコよくてフィリーリングが伝わればもう立派な音楽です
@DEEPZEP69
@DEEPZEP69 Жыл бұрын
70年代後期、とあるパロディ雑誌で読者による日本語ロック論争が展開されたことがあります。私はそれでこの「原点」に興味を持ちました。「そんなのどっちでもいいよ」という投稿で止まりましたが。共通の話題として定着したのだと思います。この頃サザンが登場し、新たなインパクトを与えます。
@菅野久美子-p3b
@菅野久美子-p3b 18 күн бұрын
このはっぴいえんどが出た前後って、レッドツェッペリンやディープパープルの初期名盤が出てたんですよね、あとプログレ系、クリムゾンとか…いやぁ、私を含め仲間内でははっぴいえんどの感想「フォークだね、コレ」でした。日本語かどうかよりはサウンド全体、バンドの雰囲気が「お坊っちゃまフォーク」にしか感じられなかったです。 なんなら、ちょっと前のGS達の洋楽日本語歌詞コピーの方がまだしもロック味あったですよ。 論争も聞こえてましたが、勝手に内田(派)の言わんとするのも、其処だろと解釈してましたね。 その時代からほぼ20年後の1990年前後に洋楽耳で聴いて日本の(語)ロックだわ❤(フォークぢゃない)!カッコ良いと思えるバンドがたくさん産まれてきたように思います。 あと、70年代〜90年代に海外進出を図ったバンド達は英語で歌うの必須みたいだったから、海外のリスナーの意識も変わったんだと思います。
@tagtag5290
@tagtag5290 Жыл бұрын
日本語と英語のチャンポン歌詞を発明したジョニー大倉とキャロルはもっと評価されていい
@bingosaru
@bingosaru Жыл бұрын
NHK「音楽の学校」においても坂本龍一氏が同様に高く評価してました。 曰く『当時は日本語の一音(あ・な・た、等)に音符を一音あてる…が主流だったところに「キ・ミ・は・“ファンキー”・“モンキー”・“ベイビー”」ですよ、スゴくないですか?』と。
@by6522
@by6522 Жыл бұрын
キャロルはヤンキーロック(横浜銀蝿とか)の流れ以外でも、あの普通に日本語で自然にロックンロールした曲は評価されていると思います。 内田裕也もこの頃は英詩しか認めない、って感じですけど、「コミック雑誌なんかいらない」って、自分の曲みたいにしょっちゅう歌ってた。あれも、シンプル、ストレートで自然に日本語がノッた名曲ですよね。
@埠頭半田
@埠頭半田 Жыл бұрын
それって和田アキヲとか御小力とかいますけど、数少ない「よき在日」の人々が頑張って仕事したことになるじゃないですか。うーん・・・ねぇ
@えぴたふ-q6i
@えぴたふ-q6i Жыл бұрын
結局はっぴいえんどは「日本語でROCKを!」と最初に提唱して実行したグループであって、その課題は代々後輩たちに受け継がれていったわけですね。
@tomitajun57
@tomitajun57 Жыл бұрын
この対談の前提として当時のはっぴいえんどはGS〜NEW ROCKへと流れていった一派からはフォーク村の住人という認識で、若者文化の中心がフォークに流れて行く中ではっぴいえんどの音楽がロックの代表の様な評価に異議をとなえたかったのでは?と。ただ裕也さんの発言自体は対立と言うよりもっと上を目指せると言うエールの意味も有ると思います。
@KOBASouth
@KOBASouth Жыл бұрын
批判を受けそうな意見だけど、正直、ランダム再生で洋楽ロックの中に日本語ロックが混じって再生されたら違和感あるな。 日本語ロックは、洋楽ロックサウンド調の別なもんだと正直思う。 けなしてるわけじゃなくて、別でいいじゃん。洋楽ロックに影響受けた別なもので。
@磯部正義-b1b
@磯部正義-b1b Жыл бұрын
みのさんの「歴史」に対する関心の深さを再確認できる映像とnoteだったと思います。件の論争がいずれも『風街ろまん』という作品の成果は前提にしていないところで行われたものだった、という点は、踏まえるべき重要なポイントだよなあ、と思われました。
@umakara55
@umakara55 Жыл бұрын
風街で楽曲の完成度はぐっと上がったけど、同時にロック色は減退したので、あれはあれで別の論争を呼んでいたかも知れませんね。ZEPの3枚目みたいな感じで。
@tbkiyoshiro9097
@tbkiyoshiro9097 Жыл бұрын
忌野清志郎の日本語で歌うロックも、VOWWOWの歌う英語歌詞のロックも好き。 ロックなんだから、どっちでも別にいいじゃん。ってのが1番自分が思うこと。
@kenkenkenya
@kenkenkenya Жыл бұрын
この議論は日本音楽史における重要なファクターという認識をしてました。 でも実際は、音楽的で建設的な議論をしてる訳ではなかったんですね。 「何としてでも吊るし上げたい大人たち」と「そんな大人たちが気に食わない若者たち」の感情的な言葉の殴り合い感が否めない…。
@smirume9969
@smirume9969 Жыл бұрын
日本語ロック論争では「日本語はロックに乗るか?」ということが論点になってるけど、はっぴいえんどの面々は日本人ロックミュージシャンとしての自意識や自分達のルーツを表現することの方をより重要視してそう
@yurukuaruku
@yurukuaruku Жыл бұрын
ここまでしっかり追求するみのが素晴らしい。
@daybreak8427
@daybreak8427 Жыл бұрын
英語は強勢型リズム言語で、日本語はモーラ型リズム言語と言われています。言語の違いから生み出される文化の違いはいかんともしがたく、70年代初期までは、いかに英語圏の文化を日本の文化に取り入れるかの苦悶の歴史だったように思います。当時、ミュージシャンだけでなく、リスナーも同様の問題意識を持っていたように思います。70年代後半くらいのニューミュージックの台頭から、いつの間にか、この問題もふわふわと溶けて無くなっていった印象があります。サザンオールスターズのデビューが一つの転機になっているように思うのですが、、、、
@aimc9232
@aimc9232 Жыл бұрын
日本語ロックが日本語ロックとして樹立して何十年もたった世界しか見てないからかもしれないけどnote見た限りではなんかあんまりしっかりした議論がなされてるとは思えないな 本音で言ってるのか欧米コンプレックスに任せた勢いで言ってるのかわからない部分も多いし
@ASHMAN0901
@ASHMAN0901 Жыл бұрын
うーん、鈴木ヒロミツの発言で重要なのは“日本語は母音が多い”という部分じゃないかと個人的に思ってます。 逆に言うと、英語は子音の動きが多く活発なため、ビート上での運用の幅が広いというか、自由度が高い。 極端に言えば“俺はお前が好きなんだ”を、英語ならば音符一個に乗せられます。 なので、これは構造上の違いを指摘しただけで、決して欧米を上に置いての発言じゃないという印象を自分は持ちました。 はっぴいえんどは、その構造の違いに果敢に挑んだと思っています。 でも、イングリッシュスピーカーのみのさんの指摘は、とても興味深いですね。
@hirosuke2624
@hirosuke2624 Жыл бұрын
細野さんは等身大の表現方法でロックをやろうとしてたんだと思う。細野さんは内田裕也さんは商業的な成功を目指してたみたいなニュアンスの事を言ってたし。。
@NORGUITTER
@NORGUITTER 2 ай бұрын
ジャンルによっては日本語ロックは否定派 メタルなんかで日本語ロックやると、メタルよりもジャパニーズサブカルチャー扱いの方が大きくなる まあ現代において現れた問題の話ね
@めがねっこ-l8y
@めがねっこ-l8y Жыл бұрын
後に成功したと言われている日本語ロック、当時どのように捉えられていたかがわかる非常に貴重な資料ですね、ありがとうございます!
@ry-t9801
@ry-t9801 Жыл бұрын
日本語のラップも将来的にはもっともっと浸透するって事なのかな
@gravurelovevelvet8101
@gravurelovevelvet8101 Жыл бұрын
内田さんは、ゴールデン・カップスの愛する君に は日本語にしてはいい曲だとデイヴ平尾さんに言ったそう。忌野清志郎もカップスの曲で好きなのは この愛する君に で、清志郎本人も『英語で歌わないのは、英語ができないから。』とか、『日本語はロックにならない。英語じゃなきゃダメだ"って言い切ってた奴らがいたじゃん。そんなことないのね。日本語にだってリズムがあるし、ロックになるんだ』と言ってる。それに清志郎は自分を貫いていたから、あんな風に日本語でロックを歌えたんだと思う。曲作りの際も、強烈なメッセージや日本語のイントネーションにめちゃくちゃこだわっていたそう。これだと合わないな。って時は、わざわざリズムを変えるまでしていたらしい。忌野清志郎も日本語でロックを歌ったシンガーとして、語ってほしいな。
@DJsouchou
@DJsouchou Жыл бұрын
UKドリルに日本語のラップが乗ってる現況を踏まえると『隔世の感あり』としか言えない論争ですよね。
@umakara55
@umakara55 Жыл бұрын
日本のロックシーンも、ミュージシャンたちもまだ若く青臭かったんでしょうね。内田裕也ですら30歳すぎたばかりだし。 でも成熟した現代の音楽シーンにはない苦悩や、そこから来るエネルギーも感じられます。
@keikomuro998
@keikomuro998 9 ай бұрын
日本語ロックの頂点はハイロウズのバームクーヘンじゃないか?しかし90年代は名作多かったね
@名前ないです-p6m
@名前ないです-p6m 8 ай бұрын
おっさんはコメントしないで
@keikomuro998
@keikomuro998 7 ай бұрын
@@名前ないです-p6m みのミュージックの視聴者って面倒くさい人多いよね
@アリストテレス-z8g
@アリストテレス-z8g 3 ай бұрын
マイルスとモンクの喧嘩セッションみたいに、付いた尾ひれのほうが大きい。
@saberunited
@saberunited Жыл бұрын
この時代ライブだった世代です。まずは書き起こしありがとうございます。新宿プレイマップは初めて読みました。NMMよりこちらの方が早いのですね。NMMの方は既読のはずですが、ほとんど忘れてました。もっと喧々諤々だった印象だったのですがそれ程でもありませんね。というか話があまり嚙み合ってないような気がしました。音楽の好みの違いとか精神論とか色々な違いにも原因はあるのでしょうが、英語派はマーケットが世界で、日本語派は国内だったのが大きな原因だったのではないかと思います。結果的に日本語派のその目論見は成功し、はっぴーえんどファミリーは大成しました。日本は韓国と違って国内だけでも十分成功できるマーケットがあったのが幸いしましたね。その代わり日本人で英語で歌っての成功者は誰も出てきませんでしたね。
@5656hanachan
@5656hanachan Ай бұрын
英語でカッコいい歌詞作れたら良いかも。英語の歌詞でもダサダサ過ぎたら笑っちゃう?曲にマッチして気に入れば何でも良い。
@うんぽこ-v8f
@うんぽこ-v8f Жыл бұрын
母国語ならスッと入ってこなくちゃというのはわかります。 でも例えばメタリカなんてネイティブでも何言ってるわからないらしいしそんなに気にすることでもないのかもしれません。
@永田誠至
@永田誠至 Жыл бұрын
何かを伝えようと思ったら伝わりやすく歌うのが良いんじゃないかな?分かりやすく歌いこちらのメッセージを伝わりやすく工夫して作る。それは大事だと思うね。
@ino1119
@ino1119 Жыл бұрын
雑誌の企画で取り上げる時点で 宣伝している様なもの この論争の出来レースに火をつけたのは編集部なんだと思う
@バイでぶ大統領たぬハリ副大統
@バイでぶ大統領たぬハリ副大統 Жыл бұрын
過去の論争発掘シリーズやってほしい。日本語ラップ論争はなかったのかな?
@DJsouchou
@DJsouchou Жыл бұрын
日本語ラップ『シーン(全般)』の論争なら、blast誌のバックナンバーを古本屋で探せば出て来るかと思います。 また、磯部涼著『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』にも、(部分的かつ著者の主観は入りますが)そういった記述を見つける事は出来るかと。
@バイでぶ大統領たぬハリ副大統
@バイでぶ大統領たぬハリ副大統 Жыл бұрын
@@DJsouchou ありがとうございます。探してみます。
@pork_pie_hat_issyひさし
@pork_pie_hat_issyひさし Жыл бұрын
それと当時中高生だった私の周りは邦楽も洋楽もあまり区別せずにメロディーとノリの良いリズムに反応して、それが英語だとか日本語だとかなんて小難しく考えず良いものは良い、とのめり込んでいました。 うんちくを語る奴は「トッポい」と相手にされないのが普通でした。私もブリティッシュロックと矢沢永吉、ダウンタウンブギウギバンドを同一線上で聴いておりました。 現代の方は直ぐ論争にする風潮があって昭和の人間には「頭でっかちだよなぁ」と感じる次第です。海外にしてもイタリア人やフランス人が母国語でもない英語(アメリカ等)のロックをノリノリで聴いてますし、小難しいことを言うのは日本人の悪いところかと思います。
@koutsukayuta
@koutsukayuta Жыл бұрын
70年代当時の雑誌は本当に貴重な資料ですよね。noteも観てみます。 ニューミュージックマガジンは71年6月号『イギリスのロックをさぐる』をディスクユニオンで見つけて即買いして大切に保管してます。笑 新人紹介のコーナー『ニュースター登場』でT-Rexが紹介されていました。 ビートルズ解散の記事が載っているニューミュージックマガジンも探してます。
@金澤華
@金澤華 Жыл бұрын
この日本語論争の後に日本の音楽市場が拡大し日本市場単独でビジネスとして成立した。 コレが僥倖だった。 仮に韓国のように人口が少ない小国だとビジネスとして成立するには国外に出て英語で歌唱する必要があったり、 英語圏や英米に隣接しているとより広い市場を求めて英語で歌唱したり英語圏の人間を連れてきて英語で歌唱する事になる。 ドイツや北欧出身者ははなんだかんだで北米で成功する為に英語で歌唱する事になった。 一方で誇りが高い仏伊出身者は母国語で通す事が多かった。 日本出身でも北米市場を見据えて英語で歌唱した人間が居ないわけでは無いけど、 他国出身者とは必死さが違ったかな。「ダメなら日本でナントカなる」という意識を強く感じた。
@gutsnchop1182
@gutsnchop1182 Жыл бұрын
note読んでみました。 スネークマンショーの「ロックは良いものもある、悪いものもある」を思い出しました😆
@caither2413
@caither2413 Жыл бұрын
当時はマスタリングとカッティングはほぼ同義でしたね。 テープの音はレコードに刻むと音が変わってしまうので、音ができるだけ良く刻めるように、刻む寸前の信号に最終的な音量やイコライジングをして補正してた。
@國正遼太郎
@國正遼太郎 Жыл бұрын
日本語で歌ってるロックバンドで言うとUVERworldやワンオクが該当するけど、両者ともかなり上手く昇華できてて、日本独自の音楽ジャンルに出来てると思う。 一方でcoldrainは全部英語で歌ってて、アメリカでレコーディングしてるけど、洋楽に聞こえるかというとそうではない。あのリズムやメロディーの中にどこか日本的な要素が含まれているために、全て英語なのに、何故か邦楽に聞こえる。だから、日本人が作曲する以上はどの言語で歌おうが結局日本風の独自の曲になると思う。
@pokix503h
@pokix503h Жыл бұрын
音楽雑誌を中心に検証するとはっぴいえんど中心史観の議論になる、日本語ロック論争にもなるのは当然ののだが、 その議論を全部ひっくり返してかっさらっていった、吉田拓郎、井上陽水と星勝(モップス)なのではないのかな? ビートルズ、ディランがロックならばそれに影響を受けて音楽を始めた第1世代とも言えるはずなので みのさんの解説をお願いします。
@ぐりま-y2p
@ぐりま-y2p Жыл бұрын
【悲報】日本語ロック論争、ちっとも議論じゃなかった …これってもしかしてむしろその後の「ロッキンオン史観」とか「スヌーザー史観」とかって言う方が正確だったりしてね
@todoada9046
@todoada9046 Жыл бұрын
別な言い方するなら本物か偽物か論争みたいなもんで洋楽ロックこそ本物で日本語ロックなんてまがい物なんだって思考はいまだにあるような気がする だからサビの歌詞は英語にしたり 日本におけるロックの原点は戦後間もないころの進駐軍の米兵相手に英語歌詞の完全コピーで歌ってた日本人歌手なんだろう そこからロカビリーブームとかが起きてその流れを汲むのがミッキー・カーチスであり内田裕也 そういう流れを知ってるからこそはっぴいえんどを認めることが出来ない 英語歌詞でなければ海外に評価されないという思い込み ならば今はどうなってるかと言ったら世界的なアニメブームによってそこで使用されてる主題歌の日本人によるロックを海外のアニメファンの人たちは日本語ロックとして普通に聴いてアニメの影響で日本語を学ぼうという若者も増えてる アニソンの果たした役割というものも日本語ロックの普及に多大に貢献してきたという側面も無視できないと思う
@wind239
@wind239 Жыл бұрын
僕が生まれる前だけどこういう論争は噂でしか知らないです。僕の子供の頃は桑田佳祐さん佐野元春さんの日本語ロック革命がピンときます。
@りっちめい
@りっちめい Жыл бұрын
海外の邦楽リアクションを見てるとなんで英語が混じってるんだと不思議がる人がけっこういる。外国でのセールも考えて入れてるんだと知ったかコメントをつける人も。ラッパーで僕らも外国語を入れてもいいかもと言い出したり。全部英語で歌ってる曲なのに私は日本語がわからないから歌詞の内容は不明だがと感想を言うイギリス人もいた
@amemaimi2008
@amemaimi2008 Жыл бұрын
はっぴいえんどの与えた衝撃の大きさ強さがそれほど大きかったということですかね。自分ははっぴいえんどよりジャックスが好きです。
@pistonjk
@pistonjk Жыл бұрын
日本語ロックの話をする上でやはりサザン桑田佳祐の存在は欠かせないと思う。
@alichen1111
@alichen1111 5 ай бұрын
非常に不毛といいますか、卑屈な論争ですよね。 GS出身者である内田裕也が日本語ロックを否定する時点で滑稽極まりない。 カーナビーツの『好きさ好きさ好きさ』の時代からチャンポン詞に慣れ親しんでたんじゃないのかと笑
@JoeJack2much4me
@JoeJack2much4me Жыл бұрын
ミノさん若いのに、ほんと、いつも掘り下げが素晴らしいですね。 内田裕也が色々とエラそうに語ってますが(あの人はべシャリだけは昔から最高にロケンローラー)1970年代実際に外タレ含めて色んなライブを観た俺が、シンプルに感想述べたいと思います。 1975年ワールドロックフェスティバルで観た内田裕也はカスだと思いましたが、おなじ頃に観たティン・パン・アレーのコンサートは最高でしたよ。 そのステージでのクォリティーの差はとてつもないものがありました。 芸能界の力関係とか序列には何の関心も知識もなかった当時十代のガキの素直な感想です。
@srstv6896
@srstv6896 Жыл бұрын
ゴダイゴのタケカワユキヒデは、 けっこう英語にこだわったと云う。ヒット曲の英語のみ のアルバムも出している。
@suzukinkun
@suzukinkun 5 ай бұрын
この議論を尻目にYOASOBIやAdoがバリバリ日本語の原曲ままで海外会場満員にして熱狂的に向かい入れられてるの面白い
@awwwHomO
@awwwHomO 7 күн бұрын
YOASOBIとADOってロックなのか?
@suzukinkun
@suzukinkun 6 күн бұрын
@@awwwHomO Adoはロッキンで 「私がロックかロックじゃないかは私の歌を聴いて決めてください」って言ってたね 私はロックだと思うね。
@pomupomufurin1745
@pomupomufurin1745 Жыл бұрын
新しいものを受容するにあたって変化を加えるべきか否かっていうのは、結局は変化を加えた上で良さのあるものが生まれるかどうかで決まるということですよね。当然誰も経験したことのない良さになるんだから予想するにも限度があって、ある程度試しに作ってみないとサンプルがないから答えは出ない。
@fujihiro2346
@fujihiro2346 Жыл бұрын
当時の時代や雰囲気というものが良く出てる対談記事だと思いました。 つまり、当時は安田講堂事件の後、三島由紀夫事件の直前という、まさに左右入り乱れての闘争の時代で、若者は反権力、反体制で、尖っていて当然。という空気が、ケンカ腰とトゲトゲしいモノ言いに繋がってると思います。 特に福田一郎氏の発言は、テレビでニコニコと映画評論してる姿しか知らなかったので、以外でした。中村とうよう氏のカウンターで表舞台に登場したのが渋谷陽一氏だったと思います。 当時は、ニューミュージックはノンポリの軟弱者が聞く音楽。ロックは外国かぶれの、ええ恰好しいが聞く音楽。という風潮が確実にありました。
@めしを
@めしを Жыл бұрын
この議論と風街ろまんの完成の順番が逆だったらこのメンバーのパワーバランスもかなり違っていたかもしれないんですね、すごく興味深い内容でした。 それはそれとして今日のみのさん頭頂部のアフロ大分盛ってますねw
@neoangelo19
@neoangelo19 Жыл бұрын
当時の日本人の欧米崇拝は凄かったですからね ロックだけではなく車の評論もまともに見れたものじゃなかったです
@drittastrada7244
@drittastrada7244 Жыл бұрын
車に関しては、確かに比較するのが酷な国産車も多かったのは事実だからしょうがない。1990年代でも、国産高級車より欧州ゲタ車のほうが、挙動に不自然さがないとかシートの作りが良いとかあったしね。
@umakara55
@umakara55 Жыл бұрын
しゃーないっすよ。まだこの頃は日本のバンド文化はよちよち歩き。三味線音曲などの邦楽と、オーケストラ主体の歌謡曲がまだまだ多かった時代です。
@ゆう-s4y5i
@ゆう-s4y5i 5 ай бұрын
一番の問題は松本隆の写真
@christianrk2710
@christianrk2710 Жыл бұрын
みのリスナーの中で「自分は生まれてくるのが遅すぎた!」とか思ってる人たくさんいそう… 僕もです笑
@odangopan6176
@odangopan6176 Жыл бұрын
流行りの曲を聴いているのがかっこ良くないと思っていたイタい学生だった私は本を頼りに日洋問わず60-70年代の曲ばかり聴いていましたが、期待したわりに全く印象に残っていないのがSATORI ロックは日本において特別なもので先駆者であり頂点は俺だ。日本語でやられてそれが売れちゃったら存在価値がなくなる…と焦っている内田裕也と取り巻きなだけのような気がするね
@yuki909909
@yuki909909 Жыл бұрын
中山久民 年福岡県生まれ。70年に『新宿プレイマップ』誌の編集部に参加。その後、音楽評論と音楽関連書の編集プロデュースを行なう。76年から音楽之友社の新書判『ON BOOKS』シリーズの編集制作。86年に季刊『ビート・マガジン』(アルファー・ムーン)誌の編集長、90年~07年『CDジャーナル』(音楽出版社)誌の編集顧問を務める  この人?
@xxx-pz6hs
@xxx-pz6hs Жыл бұрын
日本語ロック一派とされる はちみつぱい (→ムーンライダーズ)にも注目が集まるとうれしいです。はっぴいえんどよりも大きな編成で、バイオリンとスチールペダルが特徴的なバンドです。※以下長くなります… 『風街ろまん』よりも、彼らの『センチメンタル通り』の方が好きです。 ●「塀の上で」は、“へいのうえで”自体が日本語をロックに乗せるためにひねり出した歌詞。名曲。 ●「土手の向こうに」は、元ネタのThe Weightをよりきらびやかに、より感傷的に上手く昇華している。 ●「僕の倖せ」は、バイオリンが光る直球のバラード。 ●「薬屋さん」は、なんとも言えないです笑。聴いてみてください。よく“無国籍”と表現されてます。 ●「釣り糸」は、釣りの最中に寝落ちしたら指に釣り糸がからまって自分が魚になっちゃったというシュールな歌詞。 ●「ヒッチハイク」は、カントリー色のインスト。スチールペダル絶妙。 ●「月夜のドライブ」は、かなり尖っている。転調・テンポアップ/ダウンが繰り返されプログレさながら。 ●表題曲「センチメンタル通り」は、コーラスワークが見事できらびやか。 ●「夜は静か通り静か」は、アルバムのラストにふさわしい落ち着いたワルツ。 その他、 ●スタジオ版が存在しない人気曲「煙草路地」 ●「僕の倖せ」の歌詞を書き換えて演奏し直した「君と旅行鞄」(鈴木慶一は松本隆が書き換えた歌詞を気に入らず、自分で書いた。レコーディングエンジニアは大瀧詠一) ●あがた森魚のサポートバンドとして。「赤色エレジー」「大寒町」「大道芸人」などの名曲。 長くなりました…お付き合いくださりありがとうございます。
@xxx-pz6hs
@xxx-pz6hs Жыл бұрын
「煙草路地」のローマ字表記は“Tabaccology”
@rauuuuul7
@rauuuuul7 Жыл бұрын
なぜかYMO『増殖』収録の、スネークマンショーの「若い山彦」を思い浮かべてしまった
@米津玄師の前髪2
@米津玄師の前髪2 Жыл бұрын
現代邦ロックの最前線に居て、しかも洋楽的な要素の多いKING GNUの歌詞のほとんどが日本語な事も、日本語歌詞のロックがいかに素晴らしいか、説得力ある理由になると思う。
@--kio--
@--kio-- Жыл бұрын
当時は雑誌が主なメディアだったと思うので、一部の局所的な盛り上がりが大袈裟に取り沙汰される今のネット論争みたいな感じだったんですかね…🤔
@warahiro
@warahiro Жыл бұрын
まあ何やるにしても初めに新しいことやる人間には批判は付きものってことかな。 そしてその半世紀後、同じ媒体(ミュージックマガジン)で50年の邦楽アルバムランキングを実施し、『風街ろまん』が堂々たる1位を取ったことは皮肉なものだ。ちなみにこのとき日本語ロックに懐疑的な意見を示した人が関わった作品は一つも選ばれていない。
@アールホーンアールホーン
@アールホーンアールホーン Жыл бұрын
日本語じゃのらないから無理って言ってる爺さんたちは心がロックじゃないと思います
@adjust_fit_0075
@adjust_fit_0075 Жыл бұрын
あるアメリカ人が日本語ロックを聴いて、「日本語はスタッカートとして聞こえるので、ロックに合う」と評していました。基本的に日本語は一音一語に対応するので、音符が細かい程にマシンガンのように言葉が入る感じなんだと思う。
@永田誠至
@永田誠至 Жыл бұрын
その通りです。私も今そのインパクトを感じていて、日本語のロックってイケル!と思っています。特に、ベースとパーカッションの音が日本語の歌詞と一体になって絡んで行くととても面白い新しい音楽を感じる。
@永田誠至
@永田誠至 Жыл бұрын
私はバービーボーイズの音楽が印象に残っていますね。
@sadowgen9135
@sadowgen9135 Жыл бұрын
今回は、歌詞の日本語、英語論争、大変興味深く、動画を拝見しました。 日本人のビート感、グルーヴ感に関してはどうですか? 自分としては、日本人は2拍子感が強くて、バックビートを極めたバンドは未だにいないのかな、なんて思っています^ ^
@George-zg1jm
@George-zg1jm Жыл бұрын
3:41の松本隆の画像は多分コラですね...「風のくわるてつと」に正式な写真があった気がします。
@永田誠至
@永田誠至 Жыл бұрын
今、自分は英語で歌うロックの歌詞をときどき、日本語に聞こえることがある。あれ?と思って聞き直したりするけど、今日本で歌われている音楽のルーツは、原則的にアメリカの黒人音楽でありアメリカの音楽もカントリーを除いて同様に黒人音楽を基礎に置いているわけです。だから、英語で歌っても日本語で歌うロックても同じだと思う。聴く人の先入観というか好みで差別意識で聴いているだけだと思う。今は逆に日本語の特徴が新たなインパクトを与えるように感じて、日本語のロックは面白いように感じる。
@フリードリヒニーチェ-h3s
@フリードリヒニーチェ-h3s Жыл бұрын
なんたる資料価値と探究心!流石だなぁ
@井上高章
@井上高章 Жыл бұрын
はっぴいえんどが凄かったのは日本の情景をロックで表現しきったとこにあると思う。 それについては彼ら以前以後でほとんどいない。
@recsy.9208
@recsy.9208 Жыл бұрын
個人的にムッチャ面白かったです😄 フラワーvsはっぴいえんど+京都の村8みたいな構造は知ってはいましたが、 そんな対談あった事自体知りませんでした。コレは貴重! みのさん、ぐっじょぶ👍👍👍
@41nakamura
@41nakamura Жыл бұрын
みのさん、いい仕事してるぜ! …地味だけど笑
@morin594
@morin594 Жыл бұрын
こういう問題って、いつも作り手の側から語られるけど、たぶん聴き手側の問題もあると思う。日本語ラップは今、市民権を得ているけど、それは日本語をヒップホップビートに乗せる上での作り手の研鑽だけでなく、聴き手が日本語でラップすることに慣れてきたというのも大きい要因だと思う。ラップ慣れしていない上の世代の人に、研鑽を経て洗練された現状の日本語ラップを聴かせても、ダサいという人はダサいと言いますし。つまり、日本語ロックが受け入れられている現状は、作り手の努力だけでなく、聴き手の変化の結果でもあって(もちろんその変化はある程度、作り手によって起こされたものでもあるのですが)、環境の違う現代の視点で、当時日本語ロックに反対していた人を評価することはできないだろうなと思います。
@morin594
@morin594 Жыл бұрын
あと、日本語ロックは、やはり英語のロックとは、まったく同じではないわけで、日本語用に崩したロックが、果たしてロックと呼べるのか、という疑問も当時の人にはあったと思います。英語のロックを手本にロックをしていた時代、どこまでロックを崩していいのか、という基準も、今の人の感覚とは違っただろうなと想像します
@NUS-VE
@NUS-VE Жыл бұрын
ピッチフォークが邦楽で最高得点を付けているのはYMOの「BGM」で9.2 ※全編英語詞 はっぴいえんども採点されているけどYMOより低い(風街ろまん8.8) 日本人の英語力が向上するなら別に日本語に固執する必要もないと思う やっぱ英語詞の方がサウンド面の可能性も広がるというのはYMOが証明している 細野晴臣自身は日本語ロックを自分から捨てちゃった人だから、本人あんまあれを業績だとは思ってないんじゃないかな 大滝詠一や山下達郎も「しょせん洋楽のパチもん」みたいに自分たちの音楽を自虐してた面がある
@johnlennon2009nyc
@johnlennon2009nyc Жыл бұрын
雑誌を読ませていただきました お疲れ様でした 大変に貴重な資料ですね 松本、大瀧が矢面に立たされて、内田が攻めると・・・すこし滑稽なところも含んで貴重な日本の音楽史ですね
@えぴたふ-q6i
@えぴたふ-q6i Жыл бұрын
内田裕也って死ぬまで「ROCKは英語で!」って言い続けてましたなあ・・・ 自分が頑張ってるのになんで認められないんだ!っていう意識の強い人でした。後年日本語で歌われたROCKが一世を風靡して、どう思ったんだろ?
@bingosaru
@bingosaru Жыл бұрын
一次ソースに食らいつく“みの”氏…さすがです。 解説を聞いて…音楽界の話ではありますが、文芸賞の審査過程と同様なモノが公(おおやけ)にされた数少ない事例だったのかな?と。 文芸賞審査員だった方が教えて下さった話では…もう作品否定を越えて“人格否定”や“人物否定“にまで至る…すったもんだの末に決まるモノだそうです。 先人達が…すったもんだの末に『日本語ロックを認めた』、現代視線でそれは正しかった訳で。
@page9509
@page9509 Жыл бұрын
かなり白熱した議論していたんですね🎵 根本にあるのは 言語の事ではなく 自分達のスタイルを各々 認めてもらいたいという思いがあるんでしょうね🎵 いい音楽をつくるためのぶつかり合い これが日本の音楽を発展させたんでしょうね🤚
@chiipiisan
@chiipiisan Жыл бұрын
グループサウンズはまともに日本語ロックだと思うのだが、、 僕はどんなにノリが悪くても伝わりにくくても、自分がしゃべれない言語で歌を歌うのは論外だと思っています。 もしも英語圏で歌わなければならない状況になったら、可能な限り英語をマスターして英語に翻訳して歌う方が良いと考えます。
@愛ちゃん-z5m
@愛ちゃん-z5m Жыл бұрын
2016、2018ダウンロードフェスティバル 見れば日本語でもいけると思う
@SDEMO-sq7vy
@SDEMO-sq7vy Жыл бұрын
商業的な成功した最初のロックバンドは、ずーっと後年の世良公則&ツイスト。彼らの成功によって、各事務所やレコード会社が日本語ロックも商売になると気づいたのよ。
@paulodybala3361
@paulodybala3361 Жыл бұрын
おー本当にすごい! 我々が貴重なものの詳細なところまでアクセスできるようにしていただけて感謝です!
@ByeByeTenSan.
@ByeByeTenSan. Жыл бұрын
アフロ版吉沢亮
@pork_pie_hat_issyひさし
@pork_pie_hat_issyひさし Жыл бұрын
当時の評論本と一般の若者の感覚にはハッキリとした乖離があると思います。
@きばすし
@きばすし Жыл бұрын
矢沢永吉、はっぴいえんどの曲は知ってるけど実際に日本語ロック論争に関しては知識がなく、初めての情報ばかりで楽しかったです。
@nkira.sxdub20
@nkira.sxdub20 Жыл бұрын
サザンの いとしのフィートとブルースへようこそ は衝撃だったな〜ってか笑いも出たけど
@yopiee1234
@yopiee1234 Жыл бұрын
ブルースへようこそはムクちゃんへの風評被害が酷すぎる(笑) あれに比べたら「そんなヒロシに騙されて」なんて可愛いもんだ
@nkira.sxdub20
@nkira.sxdub20 Жыл бұрын
モロ洋楽に気分で日本語を乗っけてる感がズバ抜けたセンスやった…カッコいいとか好きだ嫌いだ…愛だ希望だも無くw
@大野靖男
@大野靖男 Жыл бұрын
カッティングが悪いってのは今風に言えばマスタリングがダメ、って事だけど、昔も結構気にしてたんだね。古い雑誌でもそういう話題ってあまり見た記憶がなかったから意外でした。
@yとも-b9b
@yとも-b9b Жыл бұрын
後に永ちゃんが…と言う話がチラッと出てきましたが。更に後の考察も欲しかったですね。サザンオールスターズの登場からの佐野元春。そして氷室京介、ラウドネスを始めとしたHR勢、などなど。まぁそこまでを一本の動画にまとめるのは無理があるだろうし。続編を期待します。
@芋荒い中村
@芋荒い中村 Жыл бұрын
日本語ロックはキャロルとサザンとRCサクセションと佐野元春聞いた時にやっぱりピンとくる。 全然嫌いじゃなくて、寧ろ好きだけど、はっぴぃえんどは結局「です。ます。」の曲ばっかりだし。日本語ロックのルーツと言われればなんか微妙 大瀧詠一が桑田佳祐について語った貴重なラジオ音源 kzbin.info/www/bejne/nKrRhYWLpK-cadU
@tagucr
@tagucr Жыл бұрын
アメリカのロカビリーやポップスが日本語の歌詞で歌われてヒットした時代のかなり後に、「日本語ロック論争」が出てきた背景がよくわからないですが、作曲も日本人というのが前提なんですかね。
@mammutan8470
@mammutan8470 Жыл бұрын
ロックの世界においては欧米に対する憧れやコンプレックスは みの氏のおっしゃるように今の時代はもはや存在しないのかもしれませんが 現代の日本人であっても多くの人はやはり英語に対していまだに 憧れかコンプレックスのどちらかを感じているのでは? そもそも日本人って普通に日本語で言えばいいものを、メディアや企業や知識人は やたらと英単語を使いたがりますし日常会話でもそれが共通認識化してます。 ダイバーシティだとかサステナビリティーだとかコンプライアンスだとか どれも日本語で言った方が誰にでもストレートに伝わりやすいはずなのに、 わざわざカタカナにして英単語で言いたがるのはなぜなのでしょうか。 日本語で説明すると長くなるような固有の外来語ならともかく、 これらはどれもひと言の日本語の単語に置き換えられるものばかりです。 これらの単語を耳にするたびに「日本語で言えよ」と思ってしまう自分は 高校は英語科で大学も英語学科でしたけどwずっと教師や教授に 言われ続けたのは「英語以前に日本語がしっかりしてないとダメ」でした。
@金澤華
@金澤華 Жыл бұрын
漢籍由来の故事成語や故事成句を用いても同様です。 古代文明発祥の地ではなく本来文字すら持たざる民族なのでどうしても外部から引用せざると得ない浅い文化なのです。 漢籍古典から目が逸れ欧州発の文明に視点が向いた明治以降も同様です。
@trickstar66618
@trickstar66618 Жыл бұрын
派閥や軋轢、メンバー募集から、短期活動とかが 日本では印象的
@Extension_Cord894
@Extension_Cord894 Жыл бұрын
日本語でロック音楽を歌うべきかどうかに限らず 日本のロックバンドは世界に打って出て結果を残るべきか 否か というバンド運営に対する根本的な思想の違いも見れる気がする
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