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【三国志】「劉禅」が「暗愚ではない」という話をしよう【ゆっくり歴史解説】
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試験に出る三国志
Күн бұрын
Пікірлер: 307
@ここここ-w5n
3 жыл бұрын
とても愛のある、劉禅への思いが伝わってくる素晴らしい動画。 新年早々、こういう好きな気持ちが伝わってくる素敵な動画を見ることができて嬉しい。
@yd9615
3 жыл бұрын
まあ、三国志は劉備や孔明が主人公っていうのが一般的な印象ですからね。 その主人公の国を滅ぼした時の皇帝っていう立場から、孔明がいくら凄くても、こいつがトップならどうしようもなかった…という立ち位置を押し付けられたのが劉禅なんでしょうね。曹魏も人気だし、三国志という物語から人身御供としては劉禅は最適だった。
@kurokurokurokitp7572
3 жыл бұрын
こうして評価が割れる時点で「暗愚」では無い証明なんですよね 酒色に溺れるとか残虐行為を繰り返すとかだったら議論の余地がないですし だだこれと言って評価すべき点を持って無かったのも間違い無いかと
@drkk91
3 жыл бұрын
陳祗が佞臣扱いされているのはとても悲しいですね 便利な宦官をコントロールしつつ、姜維と相補的な役割分担が出来ていたように思えます
@stone3944
2 жыл бұрын
ヒント:荊州派閥でも益州派閥でもなく、許靖の親戚というコネ上がり
@松尾健治-b2i
3 жыл бұрын
劉備から皇帝の席を引き継いでから40年維持出来たのは凄い! 他にも蜀が潰れた後、魏に降参しても酒の席で司馬昭に絡まれても上手くのらりくらりとかわせるのは才能だ!
@獅子尾ななみ
2 жыл бұрын
孔明&四相「俺らのおかげだぞ」 てか呉の暴君ですら生かされてるんだから、その酒の席でうまくやり込めたって妄想でしかないんだが
@ななしのよっすん
3 жыл бұрын
あけましておめでとうございます。 「一年の計は元旦にあり」と言いますが、やっぱり好きなことから始めたいですよね! これからも頑張って下さい。
@KOUMEI_NO_WANADA
3 жыл бұрын
これからもよろしくおねがいします!!
@mocchi2643
3 жыл бұрын
蜀漢には建国当時から、「建国の大義である漢王朝復興を実現するため北伐が必要」と考える諸葛亮らの派閥と、「南方異民族を抑えて統治を安定させれば良く、リスクのある北伐に乗り出す必要は無い」と考える元からの益州出身者を中心とした派閥があったと考えられる。蜀漢滅亡時に初期対応の遅れがあったとすれば、当時の中央で多数派を占めていた益州出身者が「益州の安定が得られるのであれば魏の支配を受けても構わない」という意見に傾いていたからかもしれない。
@johnfrusciante5114
3 жыл бұрын
投稿主の劉禅の小説もとても面白いのでおすすめ
@KOUMEI_NO_WANADA
3 жыл бұрын
今年こそは小説家になりたいです(笑)
@KT-uh5bh
3 жыл бұрын
@@KOUMEI_NO_WANADA 小説家志望でしたか。 作品を出したら宣伝して下さい。
@syoujigion4246
3 жыл бұрын
小説家になるには、自分が小説家だと言い張ることです。
@johnfrusciante5114
3 жыл бұрын
@@KT-uh5bh 電子書籍ですが出ていますよ。 『三国志 ~継ぐ者達~』という作品です。 個人の感想ですが面白かったですよ。
@剣獅子丸-x5l
3 жыл бұрын
劉禅非暗君説は、陳舜臣という著名な中国史作家の方が、うちのような無名大学に講演に来られた際、大学院生特権?で拝聴した際に語っておられました。😉
@KOUMEI_NO_WANADA
3 жыл бұрын
羨ましすぎる……(笑)
@ユウキレン-l5l
3 жыл бұрын
史実でも決して名君とか英雄ではないけど、だからと言って演義で言われてるほどどうしょうもない奴ではなかったって印象 ぶっちゃけ一言で言えば演義における改変や演出面での犠牲者の一人だと思う
@フロムフロム
2 жыл бұрын
本動画を改めて拝見して思いましたが私も「暗愚」だった根拠は横山三国志でした。考えてみれば横山三国志も三国志演義を横山氏の視点で描いたものです。正史に則った上での考察素晴らしいと思います。「何もしていない」であっても「何も問題を起こさなかった」事も重要だったのではないでしょうか?
@msh7149
3 жыл бұрын
荊州を失った時点で魏打倒はほぼ無理ゲー。 そんな中で、才ある重臣たちに任せたのはある意味賢明だと思う。
@nagoyashimin569
3 жыл бұрын
隋の前身北斉が中国を統一しているんで北伐が成功していればチャンスは有ったよ。
@レッドヘリング-e6l
3 жыл бұрын
@@nagoyashimin569 無い。中原の人間は魏の圧政に苦しんでいたわけではないから土地を奪っても人がついてこない。だから少々乱暴な魏延の北伐作戦は却下されている。
@dignity9315
3 жыл бұрын
降伏後に領地の貧しい村を見かけて、蜀宮の花の栽培方法を伝授し救ったという逸話もあるので、根は悪い人ではないが戦乱の世の君主には不向きだったように思います。
@8eggstaityou
3 жыл бұрын
人の良さは日本での無能扱いされることの多い今川氏真に通じるところがありそうですね。 ・今川家が滅亡したあとでも奥さんから見捨てられていない ・人質(家康)と若殿(氏真)という家康から恨みを買って殺されてもおかしくない関係にも関わらず、なんだかんだ生かした上に、家柄があるにせよ高家旗本に取り立てている ・家康は隠居地として故郷の岡崎ではなく、人質時代の駿府を選んでいる 状況的には、氏真本人は自分の置かれた地位に関わらず、地位を傘にきて粗暴な人当たりをするような人種では無かったと推測できるかと思います。
@douzujonn9402
3 жыл бұрын
@@8eggstaityou この人物の父親の今川義元が評価されている漫画ありますので。
@Haroshikoch
3 жыл бұрын
@@8eggstaityou 氏真「サッカーしようぜ!」 家康「、、、」
@basilbasilicum
3 жыл бұрын
自分も劉禅は巷で言われるほど暗愚じゃないと思っているのでこういう動画は嬉しい(名君であるとはいっていない)
@WW-in3wg
3 жыл бұрын
有能ではない=無能、というわけではないですよね。
@tevalleyluckman8746
3 жыл бұрын
暗君ではなく、凡君だったわけだ。
@junjun5127
3 жыл бұрын
@@tevalleyluckman8746 凡君だったら、何らかの行動を起こして混乱を招いていたと思う。 「名」でも「明」でも「優」でもないが、「良」ではあったと思う。
@tevalleyluckman8746
3 жыл бұрын
@@junjun5127 むしろ、自分の才幹の無さを自覚して、みだりに動く気になれなかったと思う。
@kenjih1408
3 жыл бұрын
無能だが身の程は知っていた。だから何もしなかった。言われてる”ほど”は暗愚ではない。その程度の評価が妥当だろ。
@いけ-m1q
3 жыл бұрын
意外な劉禅再評価動画。面白かったです☆
@柴犬原理主義
3 жыл бұрын
諸葛亮を粛清しなかった点だけでも暗君では無いといえる(名君であるとは言っていない)
@結城友奈-v7q
2 жыл бұрын
40年も皇帝として居続けた時点で暗愚ではない 皇帝って、別に能力高ければいいってものでもないと思うんですよね 臣下たちを上手く使ってあげて能力を発揮してあげるのも、皇帝の手腕の見せどころなのかなぁと思います。
@fnami1941
3 жыл бұрын
三國無双での英傑である父や孔明に決して及ばない凡人であることを自覚した上で行動する姿は上手いことできてるなと 同じく苦しい国と忠臣を抱えたホノリウスと比べれば身の振り方はわかってた方 蜀が寂しくないエピソードって確か鍾会の乱後だしそう言ったのは正しかったようにも思える
@CrowNecoYah
3 жыл бұрын
近代のイギリス王家に生まれていれば歴史的名君になれた逸材
@森智志-e7j
3 жыл бұрын
劉禅は家臣の話しを良く聴く人物だと思うし劉禅自身は自分なりに努力してたと思う
@kuku4481
3 жыл бұрын
蜀漢自体が今で言う立憲君主制のような体制であり、皇帝が英雄的でなくとも成立し、何か失政があったとしても臣下が責任を負うことで国体が揺らがないような体制だったのではないかと思います。もしそうだとしたら主体的な動きを我慢できた劉禅は蜀漢にとって理想的な皇帝であり、それが在位期間の長さに現れているのではないでしょうか。 董允の没した246年に呂乂が尚書令を、陳祗が侍中を引き継いでおり、費禕政権における中央の政治体制がすでに呂乂・陳祗中心に動いていたのかと思います。そして251年に呂乂が没すると陳祗が後任の尚書令になり、費禕が成都を留守にしている間も滞りなく国政が動かせる体制が整えられたのかと思います。個人的には251年費禕が成都に帰還したのはこの件の為かと思っています。この諸葛亮から陳祗にかけての政権の流れは英雄的な天才政治家から普遍的な政治家による国家運営への変遷のようにも思えます。陳祗まではある程度上手くいっていたように思えますが、その後任の樊建董厥諸葛瞻の頃にはバランスが崩れてしまったのではないかと思います。
@user-mx5qx5oj9c
3 жыл бұрын
実質親父からも「何もするな」と言われてるからね。それにまだ建国されたばかりの国で臣下達のモチベーションも高いから、そんな状況で何かしようと思うだけで辛いし国の行く末を見守ってたんだろう。
@風魔忍者ぶきみ丸
3 жыл бұрын
劉禅の剣の腕前は、魏延が誉める程であり、知識は孫子の兵法を諳じる程だったという。
@toyo156
3 жыл бұрын
魏延は野望があり過ぎて信じられないよな
@ねこちん-y8k
Жыл бұрын
実戦経験が無い、と言っているように聞こえる。 許褚と50合打ち合った、街亭で曹仁を罠に嵌めた、なら評価出来るが。
@或は里華Lyrica
3 жыл бұрын
多分蜀(季漢)がかなりバランス力の試される国家で皇帝に権限委譲し難い体制で有ったと推測します。 国家の中心となる主要な官僚や将軍が派閥を形成していた前提で語ると。 劉備が傭兵隊長をしていた頃の幽州組、豫州組。爵位を貰って統治していた徐州組。比較的新参の割にでかい顔をする荊州組。地元出身者益州組。北伐に協力してくれる為冷遇出来ない擁州涼州組…とこれらにバランス良く権限委譲をし無いと国家が持たないと思われ。何も起きてない事はそれだけで統治者としての能力が有ったと推測出来ます。
@或は里華Lyrica
3 жыл бұрын
そこら辺のバランス感覚が何処かの諸葛亮君には足りてない気がしてならない
@KT-uh5bh
3 жыл бұрын
@黒いみWikiさん この二派をまとめるために共通の敵が必要だからこそ北伐をやり続けるしか無かったのでしょうね。 夷陵の戦いの後には何度も内乱が起こっていた以上何もしなければ蜀漢は空中分解してたでしょう。 もっとも北伐中にも何度も派閥争いで諸葛亮の脚がひっぱられてたらしいですけど。
@提督オルタ
3 жыл бұрын
@@KT-uh5bh 今のアメリカ合衆国と似たような状況だな
@kenjih1408
3 жыл бұрын
@@提督オルタ アメリカじゃなくて北朝鮮だよw 国力が低くボロボロなのに、やたら官吏の数と軍事費が多い異常さ 軍事最優先の原理主義的イデオロギー国家で先代を神格化など、本当にそっくり。 蜀=北朝鮮。北伐=核兵器。
@roirush1826
3 жыл бұрын
@@或は里華Lyrica 劉備程ではないにしろ,このバランス感覚(政治力)がまさに優れていたからこそ諸葛亮が夷陵後の蜀漢を数年で建て直して北伐することができていそう
@to-bm5uk
3 жыл бұрын
あけましておめでとうございます! 記述がないからこそ、趙雲みたいに妄想が働いてしまいますよね。捗るぜ…… 劉禅が暗君かは、他の皇帝たちをどう見ているのかという、人それぞれの価値観に依ると思うので、難しいところです。
@ゴンドラ-s5l
3 жыл бұрын
当時と現代では価値観が違うから評価が変わってくるのはしかたない。 今川氏真も今では評価を上げてきてるし 戦乱の世には合っていなかったってことでしょうね。
@清水久彦-y1c
3 жыл бұрын
まさに劉禅って現代でいうと「二代目らしくない」跡継ぎかな? 先代のあとを継いだというわりに威張ったこともせずかなり部下に自由にさせる、ただし大掛かりな事業拡大などもせず休みは家族とのんびり過ごしてご近所付き合いもほどほどにこなし時には家庭料理も振る舞う、そんな雰囲気的にとても二代目社長らしくない人となってそう。
@トモエル-s8w
Жыл бұрын
おもしろかったです。 僕は三国志に詳しくないですが、初めて読んだ後に感じたのは、孔明の最後の策略が劉禅だったと思っていました。 北伐で孔明が自身の死の時はこの策、その際衰退するであろう蜀の今後を考えた時に劉禅には、「決して表に立たず、また敵の内にあるならば、無能を通して殺される対象とならぬように子を増やし、血を長く続けることで再興を伺う。」 という策を教育し、孔明自身の最後の策としていたと思っていました(笑)
@RR-cr2vd
3 жыл бұрын
KZbinをたまにみていましたがなろうの試験に出る三国志様だったとは。 士徽や劉協や魏延の作品はお気に入りです。 勝手に新作期待してます笑 今年もがんばってください!
@KOUMEI_NO_WANADA
3 жыл бұрын
まもなく、新作が出ます。。。🐎
@RR-cr2vd
3 жыл бұрын
@@KOUMEI_NO_WANADA ワクワクして待ってますね!
@Chinese893
3 жыл бұрын
治世の凡君、乱世の凡君。
@syokatsuryo7537
3 жыл бұрын
いきなりエンペラースタートだから、戦や政治のあらゆる面で、少しずつ実績を重ねて実力を身に着けるってチャンスが無かったのかも。現場から登りつめたわけじゃないから、現地の細かい機微や感覚は分からないまま采配を振るわざるを得なかった。
@ななしのよっすん
3 жыл бұрын
即位した当初の若い時分から優秀な人材が側にいて、彼らさえいれば問題なく国政が回る形になっていたことで劉禅個人が経験やスキルを積む機会が無くなってしまったのかもしれませんね。 諸葛亮以外の上の世代の有力者(兄の劉封含む)が軒並み亡くなっていた御蔭で揉める事なくすんなり即位できたのは幸運だったといえなくもないですが…。 (その点、呉は君臣の距離が近すぎるのもあってか皇族も臣下も茶々入れすぎな気がする)
@tatekitani
3 жыл бұрын
明けましておめでとうございます。 動画を見ながら君主としては暗愚と思ってしまった。 1人の人間としては聡明で暗愚ではなかったかもしてないけど。 動画いつも楽しく見させて頂いております。 ありがとうございます。
@塚越純一
3 жыл бұрын
この方こそ平和をもたらした素晴らしい真の名君の中の名君!
@ikor2127
3 жыл бұрын
新年からすごくおもしろかったです! 立憲君主制みたいな今の世界のロイヤルファミリーに似ているなって思いました 呉や蜀の人物でそれぞれの国が滅亡した後に魏や西晋で活躍した人や2世にどんな人がいるのかが気になりました
@evolutiongmr7389
3 жыл бұрын
五男の劉諶が降伏に反対した時に「控えよ北地王!」と一喝した。 見たことも無い圧倒的な威厳に、誰もが腰を抜かしたらしい。
@wai-hasegawa
3 жыл бұрын
投降主劉禅
@BEKU02
3 жыл бұрын
とどのつまり「三国志演義」の影響が大きい。あくまで「物語」を真に受けすぎ。 史実のことなんて知ろうともせず、劉禅にどんな事情があったか碌に考えない。 孫呉の方が劉禅以上の暗君暴君が多いのに皆それを注目しないのがいい証拠。勿論孫呉にも事情はあるけど。 「信長記」を読んだだけで信長のことを知った気がして評価してるようなもの。
@douzujonn9402
3 жыл бұрын
竜馬も司馬遼太郎の小説補正ありますから。民を道ずれに滅びろというんでしょうか。
@いでたかゆき-r8i
3 жыл бұрын
本当に暗愚ならすぐに反乱が起きてとっくに廃位になっているよ
@真田安房守-r4p
3 жыл бұрын
そういう意味では魏の3代目以降の皇帝のほうがよほど暗愚だね。司馬一族の前に何も出来なかった。
@Ohune248
Жыл бұрын
曹叡ちゃんは 軍権司馬懿に渡しちゃったから…
@ja78109
3 жыл бұрын
諸葛亮が活躍できたのも、陳寿が三国志を著すことができたのも劉禅のおかげだと思います。劉禅は現在に至っても人身御供のままですね(´・ω・`)
@ローラン-j4q
Жыл бұрын
曹丕と曹叡と会話してたら二人は劉禅に対してどう思っていたのかな?気になる気になる
@危急存亡の秋怪文書
3 жыл бұрын
劉禅は父やその臣下たちと比べられてしまい、亡国の原因を作ってしまったと思われてしまうけど孫呉はメチャクチャな君主とか司馬一族の八王の乱とか考えると暗君ではなくよくも悪くも回りに染まりやすいと思う、
@mintblue256
Жыл бұрын
劉禅の比較対象は劉協あたりがふさわしいように思う。 そうすれば、すごく優秀に見えるかも。 皇帝権力・外様北伐派・益州人士 3つのバランスを上手く取っていたのかもしれないですね。荊州人士はもういないわけで。
@seiichiyuumi9955
3 жыл бұрын
演義知識的には、李厳に促されて諸葛亮を信用し切れず 北伐から呼び戻してしまうような所が駄目なんだよぉ('3')などと思ってます。 と言うか、思わされていると言うか… もう、そういう点は何と言えば良いのかワカラマセン。 ただ、動画を拝見させて頂き感じた事として、ただひとえに、劉備二世!劉備の再来!と呼ぶに相応しい育ち方が出来なかったから(出来るとは言っていない)暗いと言われているのだろうとは察するので、名君と呼ばれる為のハードルが高過ぎな人生だったのかなぁと考え直しました。
@takataka4212
3 жыл бұрын
動画を見て思ったのは、確かに劉禅は周りの臣下によって黒にも白にもなる皇帝だと思う。 皇帝として何もやっていないとの意見の通り、劉禅自身で何か大きな失策を犯したわけでも無く、素晴らしい功績があるわけでも無いですしね ただ、黄皓については、姜維が鍾会・鄧艾より攻められた時に中央に援軍を要請したが、黄皓が巫女を劉禅の前に読んで魏は蜀に負けると言わせ、劉禅をだましたり 姜維からの援軍要請の手紙を黄皓が全て破り捨てて援軍を遅らせなかった。 又、魏に降伏後黄皓は国を陥れた佞臣として魏より処刑されたとの事ですが、ここの所はどうでしょうか? ちなみに全て横山三国志での記述で演技内容なので事実と異なっているのかもしれませんが。
@yoshihironishida2540
11 ай бұрын
三国志で一番長生きした皇帝だったかと。 自分の才を知って、全て諸葛亮に任せてたと言う意味では暗愚では無かったのかも。
@tokusimaxx4325
3 жыл бұрын
安楽候になってからの後継者の事は、長男(と五男)が蜀滅亡時に死んだ事がかなりショックだったので正常な判断が出来ていなかった、とかは有りますかね?、日本だと長宗我部元親なんかは嫡男の死が切っ掛けでおかしくなった(健在だった次男、三男を排除して無理矢理跡継ぎにした四男自身の失敗も有りその代で長宗我部家は滅んでいる)といわれがちですが、劉禅もそうだったのかも
@KOUMEI_NO_WANADA
3 жыл бұрын
孫権もおかしくなったのは長男が急死してからですしね……
@織田信成-t7f
3 жыл бұрын
???「魏は楽しい所だなあ」
@ひょうべえ
3 жыл бұрын
@@織田信成-t7f そのエピソード、暗愚を演じる芝居どころか劉禅の生きてきた姿勢がそのまんま表れた話だと思います。
@山下龍吾
3 жыл бұрын
後継者問題でいうなら袁紹や孫権も凡人になる、後は陳祗は優れた内政官だったから佞臣とは言えない。黄皓はまぁ。
@山下龍吾
3 жыл бұрын
曹操はカクに助けられ、劉備は諸葛亮に劉禅に素質が無ければ自分が2代目皇帝になれと言い遺している。結局諸葛亮は死ぬまで臣下という立場を貫いた。
@獅子尾ななみ
3 жыл бұрын
その二人はまだ功績があるけど劉禅はマジで何の功績もないから比べるべきじゃない
@kenta-z3e
Ай бұрын
黄皓を重用さえしなければ三国統一は無理でも次代に引き継げたはずなのでは……。
@saburiryu28go
3 жыл бұрын
劉禅といえば、なぜか試験に出る三国志さんご自身の自画像アイコン。
@KOUMEI_NO_WANADA
3 жыл бұрын
ホントに良いデザイン🐎
@saburiryu28go
3 жыл бұрын
@@KOUMEI_NO_WANADA さん。ワイは、そのすぐ横に描かれている姜維が良いと思っています。
@岐部善一郎
3 жыл бұрын
劉禅が暗愚ではない。確かにそうだが劉禅は名君ではないとは言い切れる(笑)
@yuten1992
Жыл бұрын
蜀漢は、開府して漢中に駐屯して成都を不在にしがちながら政権を担う丞相(諸葛亮)/大将軍(蔣琬・費禕)兼録尚書事と成都で実務的に皇帝補佐を行った尚書令という形式的には北伐シフトでやってきました。しかし、実際には北伐に消極的な費禕に対して、劉禅は魏領であった涼州刺史に姜維を任命したり、衛将軍・録尚書事にやはり姜維を任命して北伐を求めました。それでも動かない費禕に大将軍府開府させて北伐させようとしたのも劉禅です。ここまで劉禅もある程度権力を行使しているし、失政はありません。 費禕の横死後、姜維―陳祗体制での北伐が始まりますが、姜維は軍トップとなりましたが開府を許されていませんので北伐にあたっては劉禅の意向がありました。北伐シフトの軍トップと皇帝のあいだで尚書令の陳祗が政権内部のバランスをとっていたと思われます。しかし、『仇国論』等反姜維派と北伐反対派の声が大きくなったあたりから雲行きが怪しくなります。陳祗が存命中はまだ良かったわけですが、陳祗が亡くなってから、劉禅がバランスをとらなければならなくなりました。董厥が尚書令になりますが、劉禅なりにバランスを取った人事でしょう。しかし、派閥闘争は深まるばかりで、劉禅が相談できる相手が内侍していた宦官の黄皓くらいだったということだと思います。あとは、成都での反姜維派の勢いが大きくなって董厥・諸葛瞻が平尚書事に任じざるをえなくなって政権は分裂です。姜維の軍権没収の建議を却けてはいますが、劉禅が政権内部のバランスを取れなくなっていたのは明らかでしょう。 と考えると蔣琬・費禕政権でも北伐方針を出して人事を行い、費禕の横死後も北伐方針を出しながらも派閥争いのバランスを図ろうとしてたわけで劉禅が必ずしも何もやらなかったというわけではないでしょう。北伐反対派に方針を出しているのは自分(劉禅)であって、姜維は自分の命令に従っているに過ぎないと説得できなかったところが残念ですかね。譙周たち北伐反対派も皇帝劉禅を直接批判をできないから北伐推進派の姜維を批判していたわけですし。 もちろん、曹魏をゆるがすほど北伐が成功する可能性はほとんどなく、北伐を行わずとも華北政権の分裂まで政権を維持できたとも思いませんが。(自称)漢の亡命政権の皇帝として劉禅は悪くなかったと思います。😮😅😮
@user-ws1bh8le5d
3 жыл бұрын
暗愚であれば反乱とかもっと起きててもおかしくないような気がします🤔
@hanatosi2834
3 жыл бұрын
劉禅が暗愚なら、孫権、司馬炎、曹操の子孫がひどすぎる
@KT-uh5bh
3 жыл бұрын
@@hanatosi2834 あと晩年の孫権も。正直演義の劉禅にすら劣ると思う。
@hanatosi2834
3 жыл бұрын
@@KT-uh5bh 劉禅は確かに遊んでいたかもしれないが、粛清も、本来死ぬはずの武将も生き抜いたから、他の皇帝よりまし
@KT-uh5bh
3 жыл бұрын
@@hanatosi2834 というか劉禅が暗君なら在位が短過ぎて評価しづらい人物を除けば中華皇帝の半分以上は暗君かそれ以下の暴君になりそう。 少なくとも暴君でないだけマシ。
@獅子尾ななみ
3 жыл бұрын
なにもしてないだけの劉禅と比べてもな
@仁志飯野
3 жыл бұрын
せめて1回だけでも北伐時に関中に進出し督戦していれば印象も違うのに
@KOUMEI_NO_WANADA
3 жыл бұрын
司馬衷さんはそれやってますね🤔
@xx8862
3 жыл бұрын
正史の記述を元にするのであれば複数の伝で末期の蜀がかなり政治的に乱れてる様を指摘されており、更にそこに宦官の黄皓が関わってたことが示唆されている時点で劉禅が無能じゃ無かったは無理があると思う せいぜいマイナス100点言われてるけどマイナス80点ぐらいだろってだけでは よく建国時から無理ゲーだったって擁護を見るけど、別に末期の蜀は限られた資源の中で精一杯やってたけど国力差に押し潰されたって感じじゃなくて普通に政治腐敗してるっぽいのがな
@hiroshinaka1480
3 жыл бұрын
神童と言われても大人になったら凡人 それ以外でも蜀は配下の後継者が居ないのが滅亡の原因かと
@宮永咲-t9d
3 жыл бұрын
三国志のゲームで、劉禅が陣営に加わったら即解雇した懐かしい記憶ワラ
@オロナイン軟膏-v3p
3 жыл бұрын
暗愚とはさすがに言わないけど私の印象だと存在感があんまり無いイメージなんだよ。
@はぐりん777
3 жыл бұрын
他の自分の観ている、同じく三国志を解説している方は劉禅を無能としていました…やはり歴史全体を見ても、解釈はその人それぞれになるということでしょうか…💦ちなみに自分も劉禅は無能ではないと思う派です🍀
@土下座ムライ
3 жыл бұрын
劉禅は蜀が懐かしくないエピソードは司馬昭をやり込めた感じがして好きです
@獅子尾ななみ
3 жыл бұрын
演義のあれ? むしろ部下の前でなに言ってるのこの人って思ったわ
@雀-r4f
3 жыл бұрын
諸葛亮に任せっきりで、歴史的には良かったと思うが 当時の民衆は大変だったんじゃない? 国力が大きく劣る蜀漢から何度も戦争を仕掛け、 民の負担は相当なものだっただろう。 皇帝がボンクラだから、戦争ばっかりじゃないか! という声が起きない(諸葛亮の)狂信的な統治力が恐ろしい。
@中村毅彦-d4e
3 жыл бұрын
北伐傍観してた名士豪族相当あったはず。益州人口の七分の一ほどしか、劉禅政府の台帳にのっていなかったのでは?蜀の「国民」だけキリキリこき使われた。
@hontounosorairo
3 жыл бұрын
スリキン日本語版で劉禅の声を担当していたの、古谷徹さんだったからなぁ。 劉備のことをいつ「とうちゃん!」って言い出すか、気が気じゃなかったよ。 んなわけないかw
@TSUDATOSIYKI
3 жыл бұрын
マジもんの暗君なら後の時代だけど肅宝巻とか万暦帝とか居るからな。
@川村孝之-l8i
3 жыл бұрын
三国志を深く知れば知るほど、 劉禅が暗愚ではないのが、 良く解る😀 皇帝として派手な事は、 してないが、地味に国を保つ それが出来るのは、 暗愚ではない優秀とは言えないけどね
@sonchuzan
3 жыл бұрын
後漢の宦官にくらべたら蜀の宦官は大したことはない。 魏と比べて反旗が頻繁に起きるような事態も生じていないのだから、人材の扱いはマトモだったと推察される
@amida-gyorai
3 жыл бұрын
孔明が激烈に有能だったことが劉禅が実務をしなくても良い理由でもあるけど、孔明が激烈に有能だったことが、「皇帝に有能さが求められない国」になった原因でもあると思う。孔明とかいう偉大すぎる大黒柱が抜けてしまった蜀で、有能ではないが国の軸としてブレない為の柱としてだけ機能する。様々な家臣が右往左往してたけど、「漢の劉氏が治める国」の柱だけは概ね誰も傾けようとしなかった。ただ漢の天命を受け継ぐ象徴としてそこにいてくれることこそが求められてる。なんか最近の立憲君主制みたいで面白いなと思った
@t-2892
Жыл бұрын
歴史を持たない皇帝はある意味良いかもしれない。唐の太宗は名君で有名だけど、別の中国歴史動画で身内殺しのために史書の改ざんを行ったとあるし。
@YS-lg6vq
3 жыл бұрын
劉禅は敵味方関係なく周りの連中が良くも悪くもやべーやつだらけでそれらと比べられて暗愚って言われてる説(持論) どっかで見たけど劉禅は比較的安定してる時世だと名君寄りってのがあったな・・・
@順宮高
3 жыл бұрын
ムシロ売りから皇帝になった劉備の息子は、ムシロ売りの息子だった…って印象ですね劉禅は。
@aeat9965
3 жыл бұрын
といっても呉の薛クは使者として蜀を訪れた際に皇帝が暗愚だから家臣どもは保身のことしか考えてないって言われてるしな 万暦帝が暗君じゃないと言ってるようなものだと思う
@KOUMEI_NO_WANADA
3 жыл бұрын
その当時は、蜀と呉の関係性が悪化していた時なので、ことさらに悪く言われるだろうなぁ、と見ています🤔
@localoriental6089
3 жыл бұрын
劉琰の処刑も演義の愚行と描かれているが、普通に考えて皇帝を侮辱したんだから当たり前だしな
@松平竹千代-z2p
3 жыл бұрын
そもそも魏と蜀における力の差、それは領土や動員兵数だけに限らず、人口、つまるところ拾えて使える人材の数が圧倒的に差が出る 結果として亡国の皇帝であるが故に無能暗君と扱われているのでは? もし魏と蜀の力が拮抗していたならば暗君とまでは言われなかったのでは?
@corjioono7463
3 жыл бұрын
確かにあの地に封じ込めでは 北方系騎馬民族が曹魏に攻め込んで 一足早く五胡十六国の大混乱にならない限り 蜀漢や孫呉が南朝として生き延びるのも難しいし
@だも-s7g
2 жыл бұрын
劉禅の立場なんて絶対嫌だよねぇ 僕なら帝位なんかさっさと孔明に譲りたいけど孔明はそれを赦さないだろうし‥嫌だなー
@島純-z5k
2 ай бұрын
国内安定し過ぎなんだよな…
@HK-rs2xn
3 жыл бұрын
唐や明だったら名君とは言われないレベルの善政で平安をもたらした皇帝として逆の意味で名を知られなかった存在でしょうね。 劉禅は純粋に皇帝としての度量で語るなら「可でも不可でもない」ってのが妥当な評価でしょう。
@user-konbukonbu
3 жыл бұрын
圧倒的な国力差から天下統一には極めて諦観的で、それでいて誰も彼も劉禅の本心を見抜ける人物は皆無、皇帝であるにも関わらず国の滅亡まで道化を演じきった・・・三國無双の劉禅の性格はすごく上手く作ってるなって思いますね 魏の晩年、呉の二宮の変、晋の八王の乱に比べたら遥かにマシでしょう
@フォード-i1w
3 жыл бұрын
滅亡後に身内で二宮の変っぽいことにちょっとなりかけてましたがね(小声)
@にゃんにゃんにゃんこ-s9i
3 жыл бұрын
劉永伝の左遷の話は誤訳と思われます。 漢文を訳してもそのような意味には取れませんでし、謁見できない期間を考えても無理があります。 というか、ちくまの訳は訳しにくいところや面倒なのか字のまんま書いている傾向があり、参考にするのは構いませんがうのみにはできません
@野犬先輩
3 жыл бұрын
暗君ってより凡君って感じかな
@ja78109
3 ай бұрын
劉禅が凡庸だったかこそ蜀漢が40年保ったと見て良いと思います。 劉封に死を賜るよう進言した諸葛亮は正しかったと言わざるを得ない(´・ω・`)
@広竹丸
3 жыл бұрын
まぁ劉章も暗愚言われてたらいがいと忠臣多かったですもんね
@annetapu5202
3 жыл бұрын
無双の劉禅のキャラが刺さる
@大坂智義
3 ай бұрын
劉禅はほぼ40年皇帝の座にあったのである。世間が言うほど無能ではなかったと思います。
@rosan617
3 жыл бұрын
暗君というほど酷くはないが、名君でもないといった感じです 人口が少ないため、どうしても人材不足になりがちな蜀が諸葛亮亡き後も30年くらい続いたのは暗君だったらありえない
@中村毅彦-d4e
3 жыл бұрын
劉璋と同じ道辿ったでしょうね。
@まっちゃ-i4i
3 жыл бұрын
7:11 バチュラーの人?
@いさむ-c8t
3 жыл бұрын
斉の桓公と劉禅の評価を見ると・・・納得いかないですね。 管仲の死後に三バカトリオを重用して自身の死後、遺体にウジが湧くまで放置された桓公と 諸葛亮の死後もうまくやった(やらなかった?)劉禅の評価が・・・納得いかないですね。 蜀漢の滅亡後も余計なことをせずに静かに余生を過ごしたのも評価されてもよいかと思います。
@ファーロン-o2i
Жыл бұрын
もともと無理ゲーな国家を引き継いで、最後は民を戦火に苦しめなかっただけで、よく考えると名君。。。
@ノムラ軍曹-y8t
3 жыл бұрын
無能とは言わないが、皇帝の器では無かっただろうと思う。
@gorirakeizi
3 жыл бұрын
やはりみんな大好き劉禅
@tomohiro19880307
3 жыл бұрын
いつも楽しく拝見しています^ ^ 権力を持ちながらも、それを行使しない自制心を持った君主って、歴史上かなり稀な存在ですよね笑
@KT-ce7js
16 күн бұрын
暗愚の代名詞ならどう見てもシバチューだわなあ 孔明死後の混乱を鎮められた時点で並みの能力はあるかと
@gg-bv5el
3 жыл бұрын
対比されるのが曹丕になる訳でしゃーない
@butsuyokumaster1721
3 жыл бұрын
為政者としては凡庸ですが、暗愚ではなかったと思います。
@butsuyokumaster1721
3 жыл бұрын
管仲を重用して覇者になった斉の桓公と似たイメージです。
@しょぼーん777
3 жыл бұрын
チャプター機能のおかげで、見直す時とかめっちゃ便利になりましたね(*´ω`*) これでまとめテストも大丈夫です(笑)
@KOUMEI_NO_WANADA
3 жыл бұрын
ありがとうございます(笑)
@haku8760
3 жыл бұрын
魏と戦いながら、対呉に戦力を割こうとするのは失敗だと思います。 魏は、呉がいるお陰で、対蜀に全力を出せなかったというのがあるでしょうし。 チンシは、有能な人物でしょうが、官僚中心から皇帝中心に変える時に、優秀な人材が減ったっていうことはないでしょうか? 実務経験があり、大局を見据える人物が中央にいないのが、かなり痛手なような気がします。
@matukawatositane
3 жыл бұрын
名君でもないくらいが妥当なとこかしら
@山城2199
3 жыл бұрын
安定した時代ならそこそこの名君として名を残せたのではないだろうか?自分から何かをするタイプではないが有能な家臣に一任して平和な時代を維持し、無難に次代につなげたと思う。
@はぐれ雨読
3 жыл бұрын
劉禅時代に反乱が起きなかったのはよく言えば滅私、悪く言えばお飾りと言い方ひとつでイメージ変わりますね。 まあ個人的には家臣の対立を何とか出来てないし、新しい人材の発掘、開発の実績が乏しい気がします。 前線までいかなくてももう少し戦場で鼓舞するような活動があればもっと見方が変わったかなぁと思います。 私は若干暗寄りな凡なイメージですね。
@tamihiro7921
3 жыл бұрын
生き残りに長けた生まれた時代を間違えた人かもね 生き残る為の周りから愚かに見せる行動が上手く言っただけかも 親が偉大すぎたのも悪いかと
@hanahusa3545
3 жыл бұрын
裏を返して、諸葛孔明を押さえられなかったのが劉禅がダメだったところかもしれない逆説を言ってみる
@森智志-e7j
3 жыл бұрын
孔明の暴走が劉禅のダメさに繋がったと言ってみたい
@hanahusa3545
3 жыл бұрын
諸葛孔明を建てるにはダメ君主に仕立てた方が都合がよかったのかもしれない。事実状は諸葛孔明と取り巻きに蜀は牛耳られてるようなもんですから
@森智志-e7j
3 жыл бұрын
@@hanahusa3545 そうですねぇ もぉ〜劉禅はなす術が無かった孔明の傀儡になるしか無かったですね
@風魔忍者ぶきみ丸
3 жыл бұрын
始皇帝の息子の胡亥も愚鈍ではなかったという説あり。
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