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[ゆっくり解説]曲亭馬琴の食べごと
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ゆっくり歴史グルメ
Күн бұрын
Пікірлер: 81
@西脇正倫
2 жыл бұрын
江戸時代、飲食が栄養的に偏っていたのは事実ですが、例えば白飯一椀には4グラム弱のタンパク質があるので、馬琴さんのように1日10椀もご飯を食べていたとすると、それだけで40グラム弱のタンパク質を取ることになります。白米のタンパク質スコアはあまりよくありませんが、不足するリジン等は大豆製品に含まれるたんぱく質で補えるので、味噌や豆腐などを副食でとっていれば、タンパク質に限ってはそれほどお粗末でもありません。かつて米を大量にとっていたのは、カロリーだけでなく、タンパク質補給のためにも必要だったのでしょう。
@hiz090zih
2 жыл бұрын
さくらご飯クッソ懐かしくて思わず反応してしまった静岡東部民
@bernigunther5804
Жыл бұрын
「ヘルシー」と言われる和食の概念が大崩壊。 未だに色々な野菜や肉、パンにまで”甘み”を求めて褒め揚げるのは染みついた貧乏性。
@t.4814
3 жыл бұрын
馬琴は18世紀中頃に産まれたひとでこの時期のお醤油はまだ関西からの輸送品、下り物と呼ばれる高級品で、庶民の手にはなかなか届かないもの。それを日常的に使うんだから、やっぱり馬琴は売れっ子絶筆家だったんだねぇ。
@chirimenjaco4955
2 жыл бұрын
名前が安定しない作家で言えば徒然草の著者も有名ですね 兼好法師とか吉田兼好とか卜部兼好(うらべかねよし)とか
@mjhg-c6h
2 жыл бұрын
肥満大国アメリカに住んでるけど、私より馬琴のほうがカロリー的にも値段的にもよく食ってる気がする
@あ鬼音
2 жыл бұрын
でも寝る時って今みたいに外に電灯が無いから早くに寝てたでしょ!知らんけどめっちゃ寝なお腹すくよね〜草
@kazuki2605
3 жыл бұрын
馬琴松「水滸伝女体化しておいたぞ」 「男の娘出しておいたぞ」
@user-imoimo_imoimo
2 жыл бұрын
正力松「読売巨人軍創設しておいたぞ」
@teru3x417
2 жыл бұрын
この動画でさくらご飯が静岡のご当地食だと知った。全国のどこでも食べられてるのかと思っていたよ。
@prc148mbitr
3 жыл бұрын
明治時代ですが正岡子規のエッセイ「仰臥漫録」を読んでも結核に冒されているのに凄い食欲に驚きます。
@KOME1990
3 жыл бұрын
大トロ中トロが好まれなかったのは脂っぽいからだけではないです。 脂分の多い大トロ中トロ部分は赤身よりはるかに腐敗しやすいです。 色も変色してとても見た目が悪くなります。 江戸時代の人のイメージは今の私たちが食べてる大トロ中トロのイメージ ではなく腐って変色した部位のイメージでしたからとても嫌われました。 そりゃ猫もまたぐわけです。 青魚などもほとんど刺身では食べませんでした、私の子供のころは 秋刀魚なんか刺身で食べたりするものではなかったです。 しかし冷蔵技術の発達によって青魚もトロも生で美味しく 食べれるようになったわけですね。
@さいたま2000-f6j
3 жыл бұрын
冷蔵や冷凍の施設が無い時代、普通に考えればお刺身って釣れた船の上か海の近くでしか食べられなかったわけだから、確かにマグロの脂が多い部分は江戸まで持ってくると腐るよな……当時マグロ料理の主流は鍋だったわけだし、トロなんか鍋にしても美味しくない。 明治時代の宮中の事を書いた本を読んだのですが、当時宮中の女官は殆どが京都生まれで未婚の若い時に東京に下ったので、江戸の庶民の魚【秋刀魚】を見たことも聞いた事もなかったらしいです。女官と言えば高位の家の人ですが、育ちの問題だけでなく塩物でも秋刀魚は京都まで来てなかったのですね。関西では銀色の魚と言えば太刀魚ですし。
@sada2735
3 жыл бұрын
脂身が醤油を弾いていわゆる「漬け」ができませんでしたからね。。。
@KazunariKawashima
3 жыл бұрын
滝沢馬琴と葛飾北斎のコンビの解消理由が作品の方向性(感受性)の違いと言うのが現代に通じるところがあって面白い きっと食べ物に対する考えも違ったでしょう(笑)
@オスカルフランソワドジャルジェ
3 жыл бұрын
北斎はいろんなことに無頓着な人だったから滝沢馬琴と合わなかったのかな。
@池田明男-j6l
3 жыл бұрын
馬琴は確か家でぶどう等を作っていたとかなぁ。
@erikasono565
3 жыл бұрын
日本の都会育ちの現代人はやらないのでしょうが、世界的には、農家でなくても自宅で野菜果物などを自家用に栽培している人は今でも多いですよね。 ***** 89年夏、ベルリンの壁崩壊の僅か3か月前に私が東独ヴァイマールのドイツ文学ゼミに参加した際には、東独は酷い野菜不足で、イタリアから来ていた参加者が食事に野菜果物が出ないのに悲鳴を上げていました。 当時は、東欧ではバナナなど南欧やアジア・アフリカでしか採れない果物は貴重品で、バナナを食べたことがない子供に、クリスマスプレゼントにラッピングしたバナナ1本をプレゼントするというレヴェル。 当時の東独首相は、「一家に一本、サクランボの木を植えれば済むこと」と言ったらしい。 - 当時のソ連では、都市部の食糧難不足解消のため、政府が都市住民にダーチャという別荘というより郊外の農村部の土地付き家を与え、旧家や週末に家庭菜園で自家用の野菜果物を作ったり、池で釣りをしたり、山に入ってキノコを採ったり、農家の畜産を手伝ってミルクなどを分けて貰ったりして自給自足することを推奨していました。 だから今でもロシアの都市住民は、ダーチャを持っている人が多いですよね。 ***** ドイツの村でも、今でも、庭の家庭菜園でネギやサラダ菜、えんどう豆などを栽培し、リンゴやプラムの木を植えて半分自給自足するのが普通です。 サクランボの木を植える人もいますが、リンゴやプラムの木のように枝を下の方に引っ張って固定し、実を取りやすくすることが難しいから、実ったサクランボを摘むために木によじ登り、木から落ちて亡くなる人などもいるので。 ブドウの栽培は、日当たりなどの関係で個人の庭では意外に難しくて、見たことはありませんが、レモンの木や月桂樹(葉を乾燥させてハーブのローリエにする)はスーパーでも見かけます。 私は、庭で家庭菜園を作ってもいいのですが、耕したり、水巻や収穫のために庭まで下りていくのが面倒だから、バルコニーでサラダ菜やラディッシュを作っていました。 今でもサラダ菜は時々苗を買ってきて植えていますが、普段はローリエ以外のハーブを10種類くらい栽培しています。 - 最近は、鶏を飼う人も増えてきて、我々の隣のアパートなどは、境界線の柵を壊して我々のアパートの庭にまで進出し、鶏の広い運動場と鶏小屋を作り、チャボを10羽くらい飼っています。ついでに大型プールまで設営して子供たちが夏場、水浴びをしている。 隣は集合住宅なのですが、チャボが10羽いたら、全員分の卵は賄えるのではないかな? と思ったりして……。(笑)
@池田明男-j6l
3 жыл бұрын
@@erikasono565 中学生の時に社会の先生がいた。神主さんもしていた人だなぁ。この先生がソ連の畑の作物(野菜)は小さいなぁと言ったら、大きなのもある。 それは個人に与えられた土地には大きく育った野菜等がなぁ。こんな話をしてくれた。50年前の話だが当たっていたと思うなぁ。 共産主義は失敗するということだなぁ。人は欲がありその欲が、自分の小さな土地から取れるものは自分の物。共同所有のものは自分の物ではないからまともに働かない。 今のソ連からロシアになっても今のロシア人を苦しめているのもそれではないかと思う。
@762forest_railway
3 жыл бұрын
梅干しは 3キロ単位で和歌山から取り寄せてる
@Koyo0623
3 жыл бұрын
今回も面白かったです
@ooutsuke1560
3 жыл бұрын
この時代ぐらいになってくるとなういハイカラなMeでもしばらくは耐えられそうざんす しかしさらにもうしばらくすると ラーメン食べたい コーラが飲みたい とか言い出す自信がある
@石野真琴
3 жыл бұрын
曲亭馬琴と言う人は、生まれは武士で、後に戯作家となった人、滝沢と言う名字を持ってるのも生まれが武士だから、この人が食べた物がこの時代の庶民の平均的なものかどうかは・・難しいかも知れません。 何しろこの人物はかなりの変人だった事は有名ですし、儒学者で蘭学者(医者)なので、食べ物にもその影響が表れているかも知れません。
@MegaMaruno
3 жыл бұрын
歌川広重もたまに安藤広重と呼ばれる事があって、正確には歌川広重が正しい、と指摘されますね。安藤は本名で広重はPNだからチグハグだって。 池波正太郎の小説を読むと中々色んなものを食べてますが、あれはやっぱりフィクションだからですかね。 軍鶏鍋とか、どう見ても豪勢すぎる料理を日常的に食べてるし。
@さいたま2000-f6j
3 жыл бұрын
江戸後期の和歌山から来た勤番武士の日記があるんですが、小遣いは少ないけど結構頻繁あちこちに出かけて料理屋に入ったり、安い魚ではあるけれど昼夜のご飯のおかずに仕立てたり、お酒、甘いもの、買い食いなんかもかなりしてます。 よく日記に出てくるのは近海でとれる魚や鶏肉、大根やイモ類、菜っ葉等ですが、稀に卵や獣肉も出てくるので食事内容はあながちフィクションとは言えないと思います。 参勤交代についてきた武士なのでいわゆる社宅暮らし、武士は買い食いNGとなっていたらしいので(実際は結構してますが)日常のご飯は自炊する。そうすると男同士自慢の手作りお惣菜のやり取りをして腹を下したり、とっておきを同室の人間に勝手に食われて激おこなんて場面も見られて面白かったですよ。
@MegaMaruno
3 жыл бұрын
@@さいたま2000-f6j 知識ありがとうございます。 池波正太郎は本人がグルメですから作風もそんな風に傾く、という面もありそうですが、どうやら「男子厨房に入らず」は明治以降の風潮かも知れませんね。 鬼平は部下に「忠吾、この辺りの美味い店を教えろ」と言ったりしますが、実際そういうやり取りはあったかも。 もちろん木村忠吾はヒラの下級武士ですから自然とB級グルメが多いのですが、それを「お頭」(火付盗賊改方長官)の鬼平(四百石+臨時収入の旗本)も大喜びで食べている(笑) 社宅というと屋敷内の長屋になりますかね。与力など、そこそこ高い地位にある武士さえそういう「住宅」に住んでますから、江戸時代の日本は貧乏がデフォルトの国だったんでしょうね。
@さいたま2000-f6j
3 жыл бұрын
@@MegaMaruno 参勤交代についてきた武士と田舎に残ってる武士とは生活がだいぶ違っているみたいです。 今だと地元在留社員と都会単身赴任社員の違いみたいで面白いですね。 江戸は生活するには何もかも高いが、わずかな小遣いで色々うまいものが食えるし見物するところもたくさんあっていい。などと書き残して江戸詰めの武士は楽しんでたりもしますから、田舎在住の同期とかは羨ましいなと思ったんじゃないでしょうか。 ちなみに遊郭は勤番侍程度では金銭的に遊べるような場所ではなく、見物などに立ち寄ると遊女から田舎者だと馬鹿にされるので嫌だったとか。やっぱり田舎育ちの単身赴任サラリーマン味ありますよね(笑)
@MegaMaruno
3 жыл бұрын
@@さいたま2000-f6j 大都市ほど物価が高くなるのは江戸時代も同じだった、という事ですかね。地産地消だったイメージがありますが、廻船など、生鮮食品以外は意外と物流が発達していたみたいですしね。 江戸藩邸で生まれた藩士はむしろ江戸っ子だった、という描写も時代劇にはあったりしますし。こういう点も今も同じかな? 「江戸は生活するには何もかも高いが、わずかな小遣いで色々うまいものが食えるし見物するところもたくさんあっていい」。 ・・・コミケの季節には特に地方民の嘆きが聞かれますが、これも江戸時代から?地方の人は泊りがけでコミケに行く事も多く、会場近くの宿泊所の予約からして大変ともいいます。 芝居や落語などは夏場冬場は地方に巡業しており(避暑と言いました)、ある程度は演芸の文化も地方に伝わっていたようですが。 ちなみに落語と民話には似たような話が多く、どちらが先かはともかく、芸人たちが文化の伝播に一役買っていたのではないか、と思います。
@さいたま2000-f6j
3 жыл бұрын
@@MegaMaruno しつこくすいません…こういう話好きなんで💦 食材は基本買わなければならないし、当時は味噌米醤油も田舎であれば大体自家製ですが、江戸ではお金を出して買う事になります。 田舎からきた武士から見れば物価は相当高く感じたと思います。 三代続く江戸っ子は少し後の話で、両親が田舎出身でも【江戸の水道で産湯を使った】のが江戸っ子の証だったらしいです。 一般的な長屋は今でいえばワンルームに狭い流し台とミニコンロ一つ程度の設備。わざわざ個人で光熱費や材料購入の経費を割いて自炊しなくても、独身男であればコンビニ弁当で生きていける。江戸は圧倒的に男性の独り者が多く、しかも地方からの移住者や単身赴任の武士がたくさんいたので、米さえ自分で焚けば外で買うお惣菜の方が安くてお得だったとか。 それでも少ない小遣いを食べ歩きやその他の娯楽のために使いたいので、せっせと仲間内みんなで自炊して生活費を浮かせてみたり、自分の腕前自慢やお惣菜吟味をし始める武士………単身赴任とはいえ武士たるものは米を炊けてみそ汁と漬物くらいは作れないと一人前ではなかったのかもしれません。 落語と民話の関係はよくわかりませんが、それこそ参勤交代、地方巡業者、旅行者、移住者、出稼ぎと出入りが激しいので、やはり人の流れが文化の伝播を促進させたんでしょうね。
@chamochamo-chun
3 жыл бұрын
さくらごはんは浜松だけじゃなく、静岡県中部、西部で食べられています。 (東部伊豆地方はよくわからない) 給食で出るとクラス中のテンションが爆上がりしました
@hiz090zih
2 жыл бұрын
静岡東部でも給食で出てましたねぇ。大人気でした。
@ymnewSeed
3 жыл бұрын
昔は剣術の道場でもご飯と漬物青菜の味噌汁だけで3食喰っていたそうだ 滋養の為といってシジミの味噌汁か納豆がでるとご馳走だったそうだがそれも週に1度くらい 内弟子ともなると通いの一般塾生が帰ったあと夜稽古をしたがその場合は夜食に蕎麦を食べたそう それで剣術というなの総合格闘技をやっていたんだからスゴい辛さだったろうね 結核や栄養不良で死ぬ人が多いわけだよ 丁稚奉公なんか一日に一合くらいのコメでコキ使われていたそうだし 全般に現代人ならほぼ餓死する程度の栄養しか取っていなかったみたいだよ
@abbtk14
3 жыл бұрын
現代人からすれば質素な食事ではありますが、大坂の陣当時の証言をほぼ同じ時代に書き残したおきく物語の筆者は、今は当時に比べ日に三度も食べすっかり贅沢になってしまった…などと述懐しています。当時の100年200年などほとんど変化が無いように思えて、実は相当便利かつ豊かになっているようですね。
@娘ちゃんねる抹茶味
3 жыл бұрын
牡丹餅、お萩、北窓、夜船 全部同じものです 季節によって言い換えたらしいです
@kanrineko
3 жыл бұрын
江戸の長屋では、意外にちゃんとした食事がとれていて、アワビの貝殻とか出土しているそうですが、 そのあたりの庶民の食事も紹介して下さいませませ。
@しおからあげ-f8i
3 жыл бұрын
倍速再生で抗うぼく
@kieyama9328
3 жыл бұрын
こんばんは! 馬琴さんのお話、とても楽しく拝聴させて頂きました。北斎さんが挿絵を描いておられたのですね。凄い!馬琴さんが剣菱を樽で取り寄せられてた事に、美味しい酒を熟知した方だなぁと 思います。 それと、甘いものを作って食べてた事に 素材を美味しく食す術を色々考え 楽しんでおられた事にも凄さを感じます。 昔は、マグロの大トロは猫跨ぎと言われるように猫もソッポを向く部位だったのですが、 今や高級な食べ物になってますよね。 本日の動画も大変楽しくお勉強させて頂きました!ありがとうございました!
@さいたま2000-f6j
3 жыл бұрын
誰だったか忘れたけれど、酒は夕方行燈の上に吊るしておいて、寝る前にじんわり温まったぬる燗が最高に美味いって書いてる江戸時代の作家がいた。 あと湯豆腐には豆腐以外の余計な具を入れずに、豆腐の中が温まる程度に煮たてたものを煮切った醤油をカツオ出汁で割ったもので食べるのが至高と書き残したのも見たことある。 江戸時代の庶民は結構グルメなのね。
@宇都宮秋人
3 жыл бұрын
酒といえば、灘などの有名どころで飲むより江戸へ持って行った酒のが美味い、というのが産地の方々の嘆きだったそうでw(蔵から出荷し、船で江戸に運ばれる間に樽の香りなどがついて風味が増したという理屈)。
@さいたま2000-f6j
3 жыл бұрын
@@宇都宮秋人 逆に昆布や干物、塩漬けの魚なんかは関西方面に行くまでに熟成されて美味しくなるという話も聞いた事あります。 江戸は水事情が悪かったので、当時の水道が整備されるまで関西方面のお酒が上物だったんですよね。
@shirataki-kon-nyaku
3 жыл бұрын
@@さいたま2000-f6j 灘の酒が船に揺られて江戸に着いた頃には味がこなれ(熟成して)樽香も乗って美味くなったんでしょうね。 ただし、当時の酒は今のそれとは造りも味もかなりの違いがあるとされているから(醸造の基本的な部分は同じだが)、熟成も味わいも飲み方も、現代の酒を当てはめると理解を誤りかねないと思います。 江戸の水が悪かったから関西の酒がもてはやされたというよりは、関東一円に銘醸地となる条件(水質・水量、技術、原材料、物流環境、地域の文化、etc)がそろった地が無かったという事ではないでしょうか。 水が悪いことでは江戸に引けを取らなかった大阪から僅か30kmの灘が銘醸地になった事をみればわかります。
@miyosito
5 ай бұрын
@@shirataki-kon-nyaku 灘は六甲山の伏流水が地下から湧いてたからね。大阪は高い山がなく殆どが海だったので地下水が悪いのですよ
@猫太郎-q6v
3 жыл бұрын
庶民が魚食べれないのは冷蔵庫や冷凍庫がなかったからじゃない?
@miyosito
5 ай бұрын
沖にでれる技術がなくてじゃない?
@fep2901
3 жыл бұрын
白米、豆腐と並び江戸の三白と呼ばれて町人にも広く食べられた 大根はビタミンB群がかなり含まれてるはずなんですが 保存の関係で漬物にしてばっかりだったから 脚気を予防するほど十分な量を摂取できなかったんでしょうかね?
@knak8040
3 жыл бұрын
B1は単体では消化吸収が悪いというのもありますが、水溶性なので塩漬け時に水分とともに抜けたのかも。B1の消化吸収をすごく向上させるニンニクも玉ねぎも、道教や仏教では煩悩を増すと好まれず、玉ねぎの普及は明治になってからのはず。アリナミンの発売は1950年です。
@笑いの公爵
3 жыл бұрын
鮪は古語で「しび」と言われていて、武士に取って死日と聞こえるのでかなり嫌われたみたいですね。
@天野康-e8o
3 жыл бұрын
お前等の貴重な時間を1秒でも多く奪ってやるといいつつ、視聴時間より動画の制作時間の方が多いのだから奪われている時間は主さんのほうが上
@dhkbeans327
3 жыл бұрын
炭水化物が殆どで(摂る量も多かった)栄養バランスは悪かったみたいですからね。 マンガ「JIN」でもそんな描写がありましたね。
@mebiusu1000
2 жыл бұрын
4:50そりゃ素人が鯉を捌いて美味しい訳が無いと思います、鯉が高級魚ってか美味しい鯉は値段が高いのは技術料だと思ってます
@miyosito
5 ай бұрын
泥をはかせないで調理したんでしょう
@parabellum7553
2 жыл бұрын
へばな⁉️東北人?
@tianzigzag
3 жыл бұрын
アンコウの腸って、あん肝である可能性はないのかな?
@まる2
3 жыл бұрын
鮟鱇の七つ道具と言って、胃も腸も普通に鍋に入るから違和感は感じなかったな。
@宇都宮秋人
3 жыл бұрын
関西ではお百姓さんが長屋街を回り、肥しとして"小"を貰いお代は大根や菜などという文化があったそうですね。 ちなみに大きい方のが肥しとしては上ですが、そちらは大家さんの物とされ、お代も大家さんへ払ったそうです(下の話で失礼)。
@さいたま2000-f6j
3 жыл бұрын
浮世絵や風俗画を見ていると京都や大阪を描いたものには、通りのそこかしこにひざ丈より少し大きいような桶が置いてあるものがあって あれって【小便たご】って呼ばれてる小用公衆トイレらしいですね、男女共用の。もちろん普通に厠もあるのですけど。 明治まではどこの地方も女性も尻はしょりで立小便(女性の場合は跨って尻を突き出すようにして小をする、或いは中腰で屈んで後ろに飛ばす)する習慣があったようで……東男に京女とか優しく優美なイメージですが、優しげな女性でも人前で立小便して誰も咎めず本人も平気だったと思うと面白いですよねw
@宇都宮秋人
3 жыл бұрын
@@さいたま2000-f6jさん そんなに大っぴらだったんですねw 勉強になりました、ありがとうございます。
@レモンクラブだもん
3 жыл бұрын
鯉ってなんか臭そうなイメージあるけど不味いんだ どんな味がするのかな?🤔
@tororo321
3 жыл бұрын
鯉は美味しいよ、元々鯛より上等な魚だし今でも長野県佐久地方の名物だよ。
@とあるアラブ系会社の事務員
3 жыл бұрын
鯉は刺身で食べるのが好きです。 辛子酢味噌で食べます。 私は気にならないですが 臭いとも聞きます。 好き嫌いがはっきり分かれる味だと 思います。
@さいたま2000-f6j
3 жыл бұрын
鮮魚店で注文して洗いや鯉こく用に捌いてもらうか、お店でしか食べたことが無いから特別な臭みは感じた事はなかったたけど 生き物だから個体や生育環境によって味や匂いに差が出ることはあるんじゃないかなとは思う。
@オスカルフランソワドジャルジェ
3 жыл бұрын
鯉は美味しいですよ。 養殖だと泥臭くはないです。 甘露煮とか味噌汁は絶品です。
@品田尚宏
3 жыл бұрын
甘露煮で食べると旨いですよ。鯉そのものの味ではないのが難点ですが……。
@0013447
3 жыл бұрын
え、鮟鱇の腸は汁にすると美味です、ブヨブヨしていますがコラーゲン一杯。私もそうなんですが肝より好きです。手に入るとよく作ります。腸汁作ってあげようか?
@a-kitaipugenjin
3 жыл бұрын
興味あります!
@まる2
3 жыл бұрын
鮟鱇は皮とか腸とかのアラが美味しい。私も同意です。
@品田尚宏
3 жыл бұрын
いいなぁ。食べてみたいです。
@gru6755
3 жыл бұрын
今後の食生活改善の為に参考にさせて頂きます。大変勉強になる動画ですね。
@平田日出人
3 жыл бұрын
河内地方での茶粥と茶飯の違いと同じで興味深いです。
@中山星子-m7u
3 жыл бұрын
このシリーズ結構楽しく見ていますが、6分30秒あたりの「白菜は・・・当時の日本人は白菜の存在を知りません」という表現はどうなのでしょうか? 少しあれっと思いました。
@karu05
3 жыл бұрын
私は違和感何も感じなかったですが、どういう点を疑問に思われたのですか?(@_@)まだ日本に入って来てない野菜だから、今では定番の白菜の漬物が当時は無かった、白菜という野菜の存在すら知らなかった、という意味だと受け取りましたが。
@青海苔-d3m
3 жыл бұрын
その時代江戸に存在してないけど、なんか間違ってる?
@まる2
3 жыл бұрын
白菜は明治辺りに入ってきた野菜だと認識しているけど、江戸の人が知らないこが問題があるのかな?
@赤兎-i4d
3 жыл бұрын
ご飯一日13杯!? 米だけで軽く2000キロカロリー超えてるんじゃないの
@knak8040
3 жыл бұрын
肉体労働は今より多かったのでは?あと穀類中心の食事の場合、植物に含まれてた多量のカリウムを排出するときには塩も人体で回収せずにで排出しますから、漬物は必須だったかも。塩は今より高価な気もしますけど仕方なかったのかな。
9:23
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