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【ゆっくり解説】 茶の中国古代史 中国を代表するスーパードリンク文化の誕生と発展 【漢 魏晋南北朝 隋 唐】
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【ゆっくり解説】 北方の辺境国[燕]は、本当に弱小国だったのか 【燕 秦 春秋戦国】
19:46
Chain Game Strong ⛓️
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She made herself an ear of corn from his marmalade candies🌽🌽🌽
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“Don’t stop the chances.”
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【ゆっくり解説】 天下を取れなかった東方の強国 斉 【斉 秦 春秋戦国】
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鳥人間 中国史三昧
Күн бұрын
Пікірлер: 172
@SuiSuiGaming
Жыл бұрын
田氏の生存戦略が田氏の斉における繁栄をもたらした一方で、田斉が戦国時代を勝ち抜けなかった原因となったというなんとも皮肉な話
@TSUDATOSIYKI
Жыл бұрын
中央集権の確立に一族が邪魔って後の漢王朝もだよな。 一族を王に配置したらそいつらが半独立みたいな形になっちゃって…だし。
@intelljp
Жыл бұрын
田斉は、事実上、五都(臨淄、即墨、莒、高唐、平陸)から成る連邦制国家だったと評されてます。首都、臨淄の外、他の四都にも行政機関や軍隊があったようです。
@太田真-z7g
Жыл бұрын
ありがとうございます!
@c-history
Жыл бұрын
ご厚意、いつも感謝しております~~!! ありがたし……ありがたし……!!
@よっしー-h5r
Жыл бұрын
宮城谷さん本を愛読すると、自然と斉びいきになるよね!ちなみに宮城谷さんの「孟嘗君」の主役は風洪だよね?
@yo-sea-private
Жыл бұрын
この夏の暑さで部屋から出たくないので、ずっとこちらのチャンネルの再生リストを見させてもらってましたー。何度見ても中国史は飽きない
@O-mega51
Жыл бұрын
飽きないけど、根っこはおんなじ事繰り返しとるよね😅 そして今も😂
@本間新一-r9r
Жыл бұрын
@@O-mega51 それは中国史というより人類史がそうだから
@nnsansa
Жыл бұрын
孟嘗君の様な有能な人材を扱いきれなかったところもあるけど、やっぱり2城を除いてほとんどが燕に奪われるほどの大敗を喫したのが大きいなって思う。 一度燕を滅ぼしかけた時に斉が燕を併合するか、または楽毅が斉を滅ぼしかけた時に燕が斉を吸収できていれば、あるいはかなりパワーバランスが変わる事になった気はする。
@プリンライス
4 ай бұрын
お互い生き残っても消耗しただけになっちゃいましたね
@山田稜-x5v
Жыл бұрын
東方の諸侯はどれもですが、史記は斉や燕の記述が淡泊というか何というか、孫臏や蘇秦といった著名の人物の活躍した時代の前後だけでも矛盾が甚だしいのは困ったものですね。 投稿お疲れ様です。
@すぅ-e2n
Жыл бұрын
姜斉と田斉とで全く違う国と考えてもいい国だしなぁ。他の国とはまた違った複雑さよな。
@長野業正-j9l
Жыл бұрын
血縁関係以外は、前漢と後漢くらいの違い。
@romagolf1360
Жыл бұрын
あ、‥ァカバ😅かかき😢ら😢あり流行😢😢😢
@ジャガーマン-t4l
Жыл бұрын
秦と斉を比較するなら劣勢になって侵攻受けた時の受け身の強さの差ってデカいと思うんだ 地形的に函谷関閉じて兵力集めれば合唱軍って台風やりすごせる秦と違って受け身に回れば多方面から侵攻受ける斉じゃ 失点犯したときのリカバリーの難易度が違いすぎる
@kayakugohan350
Жыл бұрын
大量生産された田氏一族は斉の円陵に住み大勢の人々が富み栄えた。 その子孫たちが前漢の頃に関中に移されたとき、あまりにも田氏が多かったので家格順に「第一」氏から「第八」氏に分けられ名を改めたという 三国志の時代にも第五文休なる人物がいる
@intelljp
Жыл бұрын
第五氏は、第五倫が光武帝により大司空に抜擢されて以来、後漢で栄えたみたいです。有名人が結構います。
@阿骨打努爾哈赤
Жыл бұрын
@@intelljp 唐の第五琦もそうだね
@はる-n2y3m
Жыл бұрын
海あるし川あるし平地(穀倉地帯)も山地もある… 武田信玄公「立地最高じゃないっすか💢」
@山田太郎-q4o9j
4 ай бұрын
あまりにも増え過ぎて後に第一から第八までに分けられちゃった田氏凄過ぎる。 増える田氏ちゃん。
@u-lala-good-go
Жыл бұрын
物産豊で人材豊富。やはり統治機構の健全さが大切なんですね。
@一面道中の岩
Жыл бұрын
春秋時代のそこいら中に異民族がいる感じ好き
@スナフキン-f2k
Жыл бұрын
楽毅にほぼ滅亡させられたのが 後々にまで影響したね
@イトウマサミ-m5v
Жыл бұрын
財や人に恵まれたのに、その後の凋落は残念だよね。田氏は下剋上した分際で、オレらは名門だから~っていう姿勢が一番の敗因だとオレは思ってる。ガッキーにやられたのは因果応報。
@YH-nu7wc
Жыл бұрын
出自にコンプレックスを持ってた方が良かった? それをバネに頑張る可能性があるので。秦は夷狄の国と陰で呼ばれてたから躍起になったのもあるので。
@m袖
Жыл бұрын
Thanks!
@c-history
Жыл бұрын
いつもご支援いただき、まことにありがとうございます! 有り難きことこの上ありませぬ!!
@ボタスキー-r2h
Жыл бұрын
御饅頭達も盆暮も働きお疲れ様です 私も盆は仕事でしたが休みになっても暑くて体が動かへん訳で そちらの御饅頭にも太田順也麦酒(超ズンビール)でも
@c-history
Жыл бұрын
お饅頭たちを酒饅頭にグレードアップしていただき、まことにありがとうございます……! 楽しい楽しい中国史の時間を今後もお届けしていきますので、ぜひお体に気を付けつつご期待ください……!!
@ボタスキー-r2h
Жыл бұрын
ご期待下さい、、、、何か隠しておられる 銀の盾、10万人、、、、パリピ仲達か!(彼は狂っていた
@多目的グルメさん
Жыл бұрын
国家や集団の発展に人材は必須で、秦はその人材を上手く活用できたのに、斉はできなかったんですよね。私はそれは簒奪者に簒奪を正当化する名分を与えているか否かにあると考えています。 つまり、秦では商鞅や張儀、李斯など外国人から宰相にまで登用し、厚遇した者も所詮は宰相という臣下の身分を超え、秦王位を簒奪するものではありませんでした。厚遇された者もそれ以上の地位を望む事ができません。理由は前例がないからです。だから秦王は国家の国権を有能な他人に預ける事ができました。 それに対し、田斉では斉王自らが宰相からの簒奪者(の子孫)なので、臣下は潜在的に再簒奪の名分があり、斉王は国家を裁量する大権を一族以外に託する事ができず、結果として人材の収集と活用に失敗してしまいました。
@wataken8527
Жыл бұрын
安能努さんの『春秋戦国志』『中華帝国志』に、戦国期の君主観として『登極せし者が王である』という血統無視の、超平等な思想が在ったと紹介されます。 史学的に妥当な考えなのかは知りませんが、田斉が簒奪から長い時間を経て既得権集団を作ってしまった事と、嬴秦が政治クーデターのたびに、政策は変えないが既得権集団を根こそぎに破壊し,政治運営の基盤を更新し続けた事の差が大きかったのでしょう。まして始皇帝は嬴姓ではない疑いが当時から在りましたしね。 要は簒奪から生まれた政権樹が老いた状態だったので、若樹が旧い樹を圧倒したようなモノだったと観ます。 そして秦『帝国』があっさり解体したのは田斉の逆で、既得権集団を今度は根付かせられなかったから、項羽と劉邦が主導した貴族+農民の『黄土をひっくり返す』ような大叛乱に耐えられなかったからだ、と想っています。
@o-d9242
Жыл бұрын
8:00 張飛並みに強い張五飛さんやん
@seattleslew2332
Жыл бұрын
立地がいいと満足しちゃって天下を取る気になれないのはあるある 秦はその逆
@akihikomaeda7080
Жыл бұрын
お疲れ様です。今回も素晴らしい動画をどうもありがとうございます。ちょうど今、コーエーテクモの「三國志12パワーアップキット」の特別シナリオ「戦国七雄」を田因斉(威王)でプレイしているため、もの凄くタイムリーな内容でした。😆
@user-Robespierre
Жыл бұрын
晏嬰の活躍は前の世代で萊が落ち着いたのもデカそう
@ケンケン-b3r
Жыл бұрын
ドズル田常「戦いは数だよ!兄貴!」 その成功が田斉の行く末を決めてしまった、ということですね。 あとは方針変更がうまく行かなかったのは、為政者が利益を手放せなかったということでしょうね〜。 時代も国も違っても、似たようなことはよくありますね。
@intelljp
Жыл бұрын
ザビ家も、ダイクン家から簒奪。子供たちに権力分掌させようとしたが、仲間割れで滅亡か。
@user-vv2pk6yw4l
Жыл бұрын
田常の逸話聞いててすごいと思ったのは、後宮で産ませまくった血縁の無い養子達ががっちり団結したことよ いくら息子として育てられたからって、田常の血を引く実子や実孫の方が当然大事にされるし厚遇されるだろ 養子達やその子孫は田常と血の繋がってる謂わば直系の田氏に不満はなかったのだろうか そこら辺をうまくまとめてたなら、田常は相当優秀な人物ってことになるな
@coldexp7189
Жыл бұрын
ある時代では強みだったことが次の時代では枷になるって事はよくあるよね。 生物の進化と絶滅にも通じる部分がある。 まさしく、盛者必衰の理。
@高橋宏明-s7f
Жыл бұрын
最大の負け要素は人材の宝庫の割に商秧のような改革家が居なかった事かな。
@satosin2660
Жыл бұрын
豊かで人材も豊富だったから、改革する必要が無かったと言える。 そして衰えた時には、改革するだけの国力が無かったと。
@air5042
Жыл бұрын
今日の内容は、現代にも通じる重要な事が沢山示唆されているように感じました。
@カプリチョーソ
Жыл бұрын
衛が何故、最後(秦、胡亥の代まで?)まで生き残ったのか、資料が僅少なのを承知で鳥人間さんの知識・経験で山盛りの妄想で結構ですので聞いてみたいです♪
@MUSASI40
Жыл бұрын
国自体は 始皇帝の即位前後に 併合されていたみたいですけど捨て扶持を与えられ祭祀のみ胡亥まで 継続を許されたのでは? 私も解説を楽しみにしています。
@intelljp
Жыл бұрын
二世皇帝の代で廃されてるので始皇帝個人の考えで、理論化はされてないようですが、参考になる話はあります。 漢武帝の代に前代と前々代の王朝の子孫を尊重するという「二王三恪」が理論化されます。すなわち、26年に姫姓周王朝の後裔、子南氏(衛の分家)が周子南君国(衛公国)、29年に子姓殷王朝の後裔、孔氏が殷紹嘉侯国(宋公国)に封じられます。 前王朝の社稷は維持しておこうという考えだと思います。
@intelljp
Жыл бұрын
訂正します。上の衛公国と宋公国は、後漢の光武帝の代の話です。 前漢の武帝の代では周子南君が周承休侯、成帝の代に孔吉が殷紹嘉侯に列侯です。
@カプリチョーソ
Жыл бұрын
詳細ありがとうございます。その前漢武帝ですら、周の宗家たる東周(戦国時代にさらに東西分裂両国含む)の社稷復活はかなわなかったんですね。たぶん、頑張ったけど無理?だったんで衛の分家で手を打ったのかなぁ。。。 実は東西分裂後の東周も鳥人間さんの手にかかれば、愉快な“復活”を遂げるのではないかと期待しております。
@wataken8527
Жыл бұрын
平㔟隆郎先生の史書の編年研究では、先代が薨去した翌年から年号を改元する(踰年称元)のは史記以降の考えで、それ以前は日本のような先代が崩御・薨去した前後で新元号か新君主の元年としていた(立年称元)から、衛は秦帝国成立以前に国としてはもう潰されていた、とされます。 君主が交代する度に編年が後世に伸びるのだから、そりゃ政治的に潰れない国も出るか、と想っています。 むろん平㔟説には批判が多いですが、なんかしっくりくるので紹介しました。 それに国は滅ぼしても君主一族の社稷祭祀は続けさせるため、助命をし続けたのは変わっていません。 後世になるほど戦後処置が苛酷になるのは、何処も変わりませんねぇ。
@dekamega999
Жыл бұрын
国土面積に対する海岸線が長いとその国は栄えやすいみたいな傾向はありますよね
@神君聖天
Жыл бұрын
待ってました
@kenjih1408
Жыл бұрын
春秋戦国時代は一まとめにされることが多いし、分けるにしても晋の分裂が区切りにされる程度だけど、 統一への視点で見るなら、分散的な都市国家群(春秋時代)が領域国家群(戦国時代)に変わっていく そういう過程でもあるんだよね。
@なしなしなし-y8q
Жыл бұрын
今回もありがとうございました。一時は強国になっても時代が過ぎれば弱国になり、滅ぼされ、そこからまた滅ぼす側になる。歴史とは繰り返されるものなのですね~🤔
@ks5643
4 ай бұрын
性格から見てこの国こそ周をついで真っ当な天下取りに相応しい国だったとも思えますね。 楽毅の5カ国連合の前に、燕を屈服させ領土にする機会があったがそれを逃してしまい、燕王の恨みだけを買って「先ず隗より始めよ」の話に繋がったという因果がありましたね。 この機会に燕を完全に併合していれば楽毅に責められる事はなく、斉と秦のの決戦が行われていてもう一波乱あったかも知れないと思います。
@濱本貴寛
Жыл бұрын
姜子牙系統の斉公で最後の君主康公は、田和によって海上の孤島に追放され(紀元前391年 周安王11年 庚寅)食邑として城一つを与えられ祖先の霊を祀る事となるが、12年後亡くなり姜斉の血統は途絶える。(現在、山東省煙台市芝罘区に康公の墓が有り) そして田斉第8代の君主田建、燕から攻めてきた王賁に降伏して後、共(現在、河南省新郷市輝県市)の地へ移され更に魏の故地に赴いたが食糧を断たれ餓死したと…。 因果は巡りますね…。
@ここをキャンプ地にした
Жыл бұрын
田単の活躍で滅亡から免れたものの、やはり楽毅にノックアウト寸前までフルボッコにされた影響から抜けきれなかった印象が強い。
@寸聞朶羅
Жыл бұрын
太公望呂尚の時代から始まったと言える斉。覇者・斉の桓公の出現から田氏による簒奪時代を経て、強大な経済力・軍事力を誇り、かつ文化・学問を奨励していたが、その学士たちを官僚として取り立てず、一族による中央集権制の政治を続けていたのが弱体化と衰滅の、一つの大きな要因だったのではないかと今回の動画で思わされた。
@手塚研正
Жыл бұрын
田常のクーデターには孔子の弟子の宰予が加担し更には彼は後に族滅されているために孔子からは一門の恥のように言われているんだよね
@rShibata
Жыл бұрын
逆に言えば、秦と肩を並べる斉を燕が併呑できていれば、燕がなり代われたかもしれないってこと?(まあそうは言っても燕の全盛期は大規模な国政改革によるものでなく、名君昭王が見出した賢臣によって突発的にうまれたものだから、色々厳しいだろうけど)
@YTest-q2w
Жыл бұрын
0:55: 🔍 東方の峡谷において、聖東方ともに天下を二分した強大な国家である性がなぜ滅びたのかを探る動画。 5:35: 📚 観光は初校たちを集めて外交的軍事的にリードし、東方諸国連合を結成し認められた。 9:52: 📚 性の歴史と電子一族の台頭。 14:56: 📚 林の発展と経済力、軍事力の強大さが強調されている。 19:35: 🔑 派遣国になれなかった理由は、国家の仕組みが異なっていたことだった。 Tammy AIで要約できました!ご参考になれば幸いです…
@三宅猫之助
Жыл бұрын
斉といい楚といい、改革はするけど当事者が亡くなると有耶無耶になる感じ。 秦のように敷かれたレールを驀進していっていれば、天下の趨勢は変わっていたかも。
@一般通過宇宙大将軍
Жыл бұрын
秦斉称帝の西帝、東帝の自称ほんとかっこいい
@hakui4313
Жыл бұрын
田氏がたくさん生まれて田氏のDensityが高くなったんですね。 田氏のDensity 田氏のデンシティ……
@kokansetuitamu
Жыл бұрын
やっぱり、豊かな国っていうのは領土拡大には向かないんだなーと思った。 貧しいからこそ、犠牲を生もうとも一致団結して裕福な領土をもとめて拡大思考が生まれてくるのか。
@KAWACHI102
Жыл бұрын
田常と田和、田単、田地、田文、あと田中
@user-Gifu_no_Zoukinya_san
Жыл бұрын
商人というのは基本的に自由民なので、斉という国は国家としての「遠心力」が強かったんじゃないかと思います。 お家騒動が多かったのも権力が分散しがちだったひとつの証拠でしょうし、田氏が一族を配したのも国家の求心力を血の結束で維持しようという苦肉の策だったのでは? 後の時代にも、斉の地方は反乱が起きがちだったりしますね。 楚漢戦争の時も項羽の新秩序に対して反乱起こしたり、新の時にも呂母の乱が起きてます。 自由を好む斉の商人と統制をしたがる中央集権的国家の相性の悪さは最悪なんでしょうね。 斉は国家としてひとつにまとまっているのが精いっぱいで、中央集権的な軍隊で外に向かう余裕がなかったんじゃないでしょうか。 そうこうしているうちに軍国主義国家となった秦が各地を征服し、力をつけてしまったと。
@hanagamimui8700
Жыл бұрын
資料に記載された名前が少ないせいもありますが、田氏で暗記出来たのは楚漢戦争に出て来た連中だけの諸氏も多いでしょう
@KOME1990
Жыл бұрын
斉の立地ってリアルタイムストラテジーとかやるならまず最初に立ち上げたい地域だよね。
@harigane4773
Жыл бұрын
田常、NTRで興奮する旦那だったのか…。
@丸丸丸-z6q
Жыл бұрын
最近、出てくる君主の事績は詳し知らなくても、諡号で一喜一憂できるようになってしまった。 そろそろ中国史初級ぐらいにはなってそう。なっていて欲しい。
@salonianlib
Жыл бұрын
田氏による簒奪が起きなかった世界線ではどうなっていたか、気になってしまいますね。 簒奪で無理したことの後始末に追われて統治機構の「近代化」が遅れたような印象を受けてしまったので。
@qoamb410
Жыл бұрын
「行を省みる者は其の過ちを引かず。省行者不引其過。」(晏嬰 晏子春秋)なんて言葉がありましたね。孫武、孫臏、キラ星の如く現れた天才、賢者達、斉はなるほど大国だったんだと私も感じます。鳥人間様の仰る通り、国の仕組みの違いが、明暗を分けたんだと私も感じました。更に、商鞅などの改革者が不在だった事も大きかったのかなと感じました。人による統治も良い面がありますが、固定化や特権化など弊害もある気がします、難しいですね。偉そうに、すみません。お話し面白かったです。長文すみません。
@MrDeha6450
Жыл бұрын
下剋上あり、その前後双方に名君がいて、経済力も軍事力も強くて....ほんとてんこ盛りですね。同族経営路線でもっていた国ではありますが、血縁が薄くなるにしたがって独立傾向が出てきて(最たるものがあの孟嘗君だったとは)、よく八王の乱にならなかったなとと思いました(もっとも、八王の乱になる前に楽毅に攻め込まれて蹂躙されたというのもあるかもしれません...で、八王の一角にになりそうな田単が踏ん張って一度国を立て直しているのにも注目したいです...というか、田単ある意味司馬乂ポジですか?)。滅亡後も楚漢争覇で第三極的立ち位置になっている(韓信がこのエリアの攻略をしてましたね~)辺りも見逃せません。
@ソクラテスくん
Жыл бұрын
斉と秦、どこで差がついたのか 慢心、(政治)環境の違い…
@AS-qu4sv
Жыл бұрын
有力都市を抱えた韓や魏とはまた別の意味で、自国の強みあるいは特徴として前面に押し出し発展に寄与してきた存在が国が傾いてきた時には足かせになってしまうという いつまでも同じものに頼り続けることはできないという経営の難しさを感じますね
@覇王花-r9u
Жыл бұрын
楽毅にあそこまでボコボコにされても滅亡しなかったのが最後の意地でしたかね。サンキュー田単。 3:46 中国古代史炎上系KZbinr…一体何人間なんだ…?
@マッチ-x1y
Жыл бұрын
Vis鳥p(ヴィストリップ)人間かな?
@奈良岡昭宏
Жыл бұрын
もし、斉が「田斉」ではなく「姜斉」のままだったら、どうなっていただろうか?
@heiho_ita
Жыл бұрын
開封の近くだから栄えるポテンシャルあるよな🤔
@pomelove9502
Жыл бұрын
田氏は斉に移住してきた当初から、国王の座を狙って少しずつ戦略的に奪取の準備を進めてきた様に思わせます。 ・・・なんてさすがに大袈裟ですが、田氏簒奪へのカウントダウンを陳完から見てみたいのはありますね
@劉文叔-c4s
Жыл бұрын
簒奪を明確に意識したのは流石に田常の父、田乞の代からでしょうね 彼の代で斉の二代名門、高氏と国氏を無力化させたのが非常に大きかった気がする
@ravilsan1987
Жыл бұрын
食客とか学士って現代でいうとChatGPTだよな
@くりぽん-o5d
Жыл бұрын
孫武孫臏司馬穰苴とぽこじゃかSSR兵法家出てくるのは 商売と特産品の経済力で豊かでひ弱なシティボーイ率いて戦わなきゃならない必然だったのかもしれない・・・
@もーが-i3v
Жыл бұрын
田氏水増し、ダイナミックで中華っぽくて好き
@ddrible9350
Жыл бұрын
戦国七雄の中で生活するとしたら斉かなあ。暮らしは一番良さそう
@劉文叔-c4s
Жыл бұрын
斉は外交で結構他国に負けている印象 楽毅の策で反斉包囲網を作られて滅亡寸前に追い込まれたり、范雎の遠交近攻策に嵌って秦と結び、他5国の滅亡を座視したりしてるしね
@たどころこうじ-n6j
Жыл бұрын
田斉…楚漢戦争の第三極…項羽と劉邦と田中…
@ムッシュビーン
Жыл бұрын
秦(ソレス・防御特化) 斉(シエン・攻撃特化) 上記の構図だと千日手になるんだけど、秦がチノ=リまで得たからね
@li8375
Жыл бұрын
スターウォーズ見てない人には分からなすぎる例えw
@mukutinausagi
Жыл бұрын
かといって、一族粛正しすぎても危ないし 政治って難しいですね
@pontarou01
Жыл бұрын
孫氏は田氏の分家だったけど、田氏が王位を簒奪したのを恥じて国を出た。
@neko76522
Жыл бұрын
量産型田氏 数は力だよ、兄貴ぃ!
@nameno6442
Жыл бұрын
斉の国は資源が多かったけれど少し場所が悪かったように思えますね。
@sameman4274
Жыл бұрын
古代中国の話とは言え、自分の名前にある国の栄枯盛衰はなにかと縁を感じてしまう😮…。
@qrukise
Жыл бұрын
田氏戦隊デンジマン
@ヒロミ北
Жыл бұрын
海に接してる斉の方が有利そうに感じるけど不思議だ
@無暗道人
Жыл бұрын
古今東西血の遠くなった同族ってのは厄介だよね。宗家に対する連帯感は薄いくせに、なまじ同族だから臣下ではないという意識が強くて言うこと聞かない。そして血筋を盾に権利だけは主張する。
@user-fuji01
Жыл бұрын
秦の遠交近攻政策て特別視されてるだけで、中堅国家レベルだったのでは? その後の歴史でも青州の地盤はたいしたことない
@udola
Жыл бұрын
ごひ(笑)Wにもご造詣がおありでしたか。
@kazunsikazunsi1329
Жыл бұрын
湣王がもっと臣下の話を聞き謙虚であれば、、
@マッチ-x1y
Жыл бұрын
横山史記より「噂だけで処罰できない。それに孟嘗君は我が国にとって必要な人物だ。」 …ここできちんとブレーキがかかっていればなぁ。
@じゅりお-f3m
Жыл бұрын
司馬穰苴の動画求む。。
@mocchi2643
Жыл бұрын
鄒忌、孫臏、田単とピンポイントで優秀な人物は居るものの、田斉には他国から流れてきた人材が居ない。自分たちがそもそも陳から流れてきて姜斉を乗っ取った家柄ということから、「他国出身者は信用してはならない」という考えが根強かったのかもしれない。
@伝説の麻婆豆腐
Жыл бұрын
燕に滅ぼされかけたのと、燕が滅ぼしていれば・・・ 場所柄、豊かな国で、肥え太った巨体を動かすには、内部が病んでいたと言う感じか 秦の外交や工作も聞いていたのでしょうけどね
@akanosoufu
Жыл бұрын
斉は人口も多かったし優秀な人物も排出してきて肥沃な大地と海にも面してたのになんで天下取れなかったか不思議ですねぇw
@intelljp
Жыл бұрын
5カ国連合の圧力で燕を併合できなかったのが大きいな。
@O-mega51
Жыл бұрын
併合よりも併合後の統治が難しい。あれだけの力と法で一旦統一した秦もカリスマの死後15年で滅んだのを見ると、斉が燕を一時的に併合したとてむしろ滅亡を早めていた、と思います
@yasufilooqula5051
Жыл бұрын
秦と違って、君主への中央集権改革に不徹底だったこととに尽きるのでは? あと、排出ではなく、「輩出」ですね。
@kenjih1408
Жыл бұрын
この時代って天下取るなんて、誰もしたことない目指してすらいない時代だからね。 基本的に目指しているのことは、自国を繁栄させ長く安定して統治すること。 秦は中央集権体制ガァーと後知恵で言うのは簡単だけど、 そういう体制って中華史上、従来存在してなかった、ある意味異常なものなんだよ。
@カイトウ-s4h
Жыл бұрын
異民族の侵略受け続けているのが斉の国力を地味に奪った。 秦は上手く異民族と交渉して、始皇帝の時代までは、異民族と仲良くして、異民族の侵攻うけませんでしたからね。 あとは、領土少なく平和な時代にはよい、分権制度とっていましたからね。 秦の中央集権体制は、指事が遅れるから、天下統一あとは余りよくない制度でしたが、秦が領土少ない指事が遅れない距離にある頃は有用な制度でしたからね。
@user-cf2dk5tj5n
Жыл бұрын
マネーパワーで国土が整備された という解説は以下にして管仲の政策で国力が豊かになったのかという事を無視しているように思います
@種子島智紀
Жыл бұрын
「一斉に」 という言葉は、戦国時代の斉が発祥なのではないか、と勝手に思っている。 斉が戦国時代初期に強国足り得たのは、文字通り一斉に統制が取れた行動を取れる程、兵士を訓練し、司馬穰苴のような軍略家が式を取ったから、戦国初期の斉は抜きん出た軍事力を持つことが出来た。 しかし、魏や燕、特に楽キの率いる先進的な軍隊に破れ、見る影も無く衰退した。 という勝手な妄想。
@intelljp
Жыл бұрын
「一斉に」自体は、日本語ですね。 「斉」に「ととのう、そろう」と言った意味があるので、国号に選ばれたのではないかとされてます。
@種子島智紀
Жыл бұрын
えっ、一斉って日本語だったの? てっきり中国でも一斉(いーちえ)とか言っているのかと思ってた。 ありがとうございました。
@ベンソンジョン-z7e
Жыл бұрын
毎度ながら詳しいな、魔理沙
@shou-sho
Жыл бұрын
孟嘗君みたいなのが君主とは別に実力持ってる国では、中央集権を完成させた秦にはかなわないってことですよね
@六原六
Жыл бұрын
呂尚が、殷の王と妲己を裏切り、西方からの侵略者の周を引き込んだ見返りにもらった国が斉だから、周を裏切ると斉の存在大前提が崩れるので、周より上に行けないし身動き出来ない
@かんる-p9r
Жыл бұрын
見当違いかもしれんけど、なんとなく田斉が戦国時代の北条氏にダブっちゃうんだよな。 資源が豊富で首都が国内最大級の経済都市。両帝というほどではないにせよ秀吉に抵抗した最後にして最大の勢力だったし。始祖が遠国の貴族で土着化して成り上がったというのも…。 宮城谷の小説が好きだったので、初見ですが楽しく見られました。
@影森治-e1h
Жыл бұрын
こいつぁただの簒奪者じゃねぇぞって感じのエピソードof田常
@maidminori
Жыл бұрын
売田(笑)集金兵と敵対してそう 北狄のプー太郎、東夷の売田 西戎の藻出夷
@邦明鈴木
Жыл бұрын
田斉の田氏の揉め事は、ある意味、日本における藤原不比等の4人の子の死後の藤原四家の争いに似てるかな。 結局、悲惨さで比べれば田氏の方が上回るが。
@yu521xuan
11 ай бұрын
齐桓公 公子 小白
@tyourea
Жыл бұрын
外戚を招いては、滅び、身内で固めても滅び。そう考えると清は、有能だったな。 清は、外国からの侵略で滅びたけど。
@MD-jk3ol
Жыл бұрын
立地がよかったんだな。 ヒトモノカネが集まったらそりゃ強国になるわ。
@山田山の介
Жыл бұрын
歴史にまったく学ばない岸田に見てほしい。
@nix-nl7sg
Жыл бұрын
お体ご自愛下さい
@c-history
Жыл бұрын
ご支援いただき、まことにありがとうございます……! ご厚意、何より励みになります……!!
@太郎甘えん坊
Жыл бұрын
この戦国七雄を見ていると、中央に位置する5国は日本の畿内に本当に似ている。 秦や楚にはブルーオーシャンが、5国にはレッドオーシャンしかないのが全て。
@阿骨打努爾哈赤
Жыл бұрын
燕や趙も北方にフロンティアがある。
@太郎甘えん坊
Жыл бұрын
騎馬民族に散々な目にあってる(五胡十六国時代や、のちの元や金)歴史が長きにわたり 続いている中国で、北方がフロンティアとなる可能性がない事は歴史が既に証明済み。 故の長城であり、秦も侵略ではなく防衛が基本路線であるのが、当時でも現実。 というのが私見。
@阿骨打努爾哈赤
Жыл бұрын
@@太郎甘えん坊 そうは思わない。このチャンネルで取り上げていたが万里の長城の中で趙や燕も北方に長城を築いていた。それは防御の為ではなく北の異民族を追い出したり駆逐したりして領土を広げ富国強兵を成し遂げていたのだ。
@namuamiodabutsu
Жыл бұрын
秦が趙・魏・韓と、次々に併呑していくのに、斉は共同出兵して領土広げれば良かったのに、 ほとんど静観してた。結果最後にのこって滅ぼされた。
@ピフミン
Жыл бұрын
おまどうま
@ryoland1704
Жыл бұрын
楽毅ちょっとは手加減してやれよ...
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