中国人ですが、中国では「施氏食獅史」という有名な文があります。文字で書くとこんな感じです。 「石室詩士施氏,嗜獅,誓食十獅。氏時々適市視獅。十時,適十獅適市。是時,適施氏適市。氏視十獅,恃矢勢,使是十獅逝世。氏拾是十獅屍,適石室。石室湿,氏拭室。氏始試食十獅屍。食時,始識十獅屍,実是十石獅屍。試釈是事。」 漢字は日本の新字体に置き換えられています。 和訳 「石室に住む詩士の施氏という人は獅子を食べるのが好きで、獅子を十匹食べると誓いました。彼は時々市場へ獅子を見に行きます。十時頃にちょうど十匹の獅子が市場に現れました。その時はちょうど施さんも市場にいました。彼は十匹の獅子を見て、矢を使い十匹の獅子を殺しました。そして十匹の獅子の死体を拾って石室に戻ります。石室の中はジメジメとしていて、彼は石室の中を拭きました。ようやく十匹の獅子を食べようとしたときに、初めてその十匹の獅子の死体は実は石で作られた獅子だったことに気づきます。この事について説明してください。」 一見普通に見えますが、この文で使われている漢字は発音がすべて「shi」です。ローマ字で書くとこんなことになります。 「shí shì shī shì shī shì ,shì shī ,shì shí shí shī 。shì shí shí shì shì shì shī 。shí shí ,shì shí shī shì shì 。shì shí ,shì shī shì shì shì 。shì shì shí shī ,shì shǐ shì ,shǐ shì shí shī shì shì 。shì shí shì shí shī shī ,shì shí shì 。shí shì shī ,shì shì shì 。shì shǐ shì shí shí shī shī 。shí shí ,shǐ shí shí shī shī ,shí shì shí shí shī shī 。shì shì shì shì 。」 「大エイを上へおいおい追い合おう」の話を聞いて真っ先にこれを浮かびましたので是非参考してみてください(^o^)
文学のお話を聞いて思い出しました。 映画『戦場のピアニスト』で、主人公がドイツ人将校に(ドイツ語で)職業を問われ「Ich bin... Ich war Pianist...」と答えるシーンがあります。 この台詞を英訳すると「I am... I was a pianist...」になります。 しかし日本語訳すると、「私はピアニストです…でした…」のようになり、主人公の逡巡がうまく伝わらないように思います。 その言語がとる構造によって、上手く訳せる場合とそうでない場合があるのかな、と思いました。
37:12 言語によって「イメージ構築の連続性」が変化するのも肝なのかなと思いました。 例えば「貝の中の幽霊」を挙げると、日本語では「貝 → 幽霊 (outside to inside)」とイメージされますが、 英語「Ghost in the shell」だと「Ghost → Shell (inside to outside)」とイメージされます。 このような連続性の差異が文学翻訳不可問題に帰するのかなと……
6:56 パイウート語の分ですが、典型的な抱合語ですね。抱合語は北アフリカから東シベリアあたりに多く分布する、もしくはしていた形態の種類ですね。Utahあたりの言語と聞いて納得がいきました。ちなみに、抱合語で我々がよく知っているのはアイヌ語ですかね。これは確認を取っていませんが、江戸もアイヌ語の方言からとったもので、日本において地名にアイヌ語が残っている西端が愛知県にあると言われています。 28:17 屈折語、膠着語、独立語で出てきましたが、フィンランド語はウラル語族ですので、膠着語の要素が強いですが、屈折語的な感覚の方が強いというのは思います。なんせ、19格もあるという話ですからこれは骨が折れます。ただ、日本語の助詞の使い方の難解さに辟易としている外国人の日本語学習者とすれば、膠着語のアホと思ってるかもしれないですね。 トルコ語や他の中央アジアの言語が属するテュルク諸語も典型的な膠着語です。一部北東シベリア(サハ共和国あたり?)もそうです。結構広い範囲に分布しているので面白いですね。 37:16 「雪国」の視点は面白かったです。短歌、俳句等も言語に依存する文学でしょう。 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」を英語と日本語で考えると違いが判りますね。どうしても日本語の感覚を出そうとすると、 After the train I was getting on has passed the tunnel, I found the snow country . でしょうか。かなり冗長ですね。 今回も面白い内容でした。
国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国であった。 A snowy landscape was spreading When the train I was on passed through a long tunnel at the border とか、「一面の雪に覆われた異国の景色が私の目に飛び込んできた」みたいな訳にしたい、、、 色んな民族の言語(単語)のお話も、腸を縄跳びにするのもシグルイもめっちゃ楽しいです(笑)
@cyborgjanitor9 ай бұрын
After passing through the long tunnel at the border, Lays a snow country.
やっと、追いつきました。見始めたのが、鈴木貫太郎さんの動画に出演された頃からなので、大変でしたが、これからは、タイムリーに見(ら)れます。 長い単語なら、ドイツ語にもあります。 よく挙げられる例が、Donaudampfschiffahrtsgesellschaftskapitän (ドナウ川の蒸気遊覧船会社の船長)。定冠詞が、derで、Kapitän (船長)に合わせてあるので、ドイツ語話者は、これを一単語として認識していると言えます(単語の性は、最後の単語に合わせると習いますが、あえて、逆に考えてみました)。これに、Mütze(帽子)を加えて、Donaudampfschiffahrtsgesellschaftskapitänsmütze(ドナウ川の蒸気遊覧船会社の船長の帽子)にしても、一単語のままだと、ドイツ語話の先生が好んで言う冗談です。その証拠に、定冠詞は、Mützeに合わせてdie(女性名詞)になります。 これが、ドイツ語の和訳の依頼で、ワード換算されると、げんなりする理由です。日本語にするとワード数が、平均で3倍になります。特に化学系の特許翻訳は、4~5倍になって悲しすぎる。。。 あとドイツ語で日本語に訳しにくいのが、やり過ぎだろうと思うほどの受動態。 Hier wird getanzt. ここは、踊られる。ここという場所までが、ここは、踊ることが許されていると言う、踊(ら)れるではなく、「ら」を抜けない方の踊られる。 雪国の本で使われている独訳は、„Als ich aus dem langen Tunnel herauskam, lag vor mir das Schneeland.“です。説明を聞いていて、日本語を読んだときの印象に近づけるには、一層のこと、Schneeland(雪国)だけを主語にした方が良いような気がしました。Nach einer langen Tunnelfahrt lag das ewige Schneeland. では、これからも、おもしろいうんちく動画を楽しみにしております。 もとは理工系なので、言語学的なうんちくはできませんが、生活していて気付いたドイツ語で動画の話題に合う様な事例があれば、コメントさせて下さい。
40:17 ここの翻訳は、英語なら多分2つ選択肢があって、情緒はないけど原文と同じ主観の「On the train, I saw it go out of the long tunnel and that was a snow country」(列車の中で、私はそれが長いトンネルを抜け、そこが雪国であるのを見た)か「情緒を保ったままにできるけど第三者視点になってしまう「The train came out of the long tunnel into the snow country」(列車が長いトンネルから雪国へ抜けてきた)かで、第三者視点を選択したこと。情緒がなくなってしまうくらいなら第三者視点で列車がトンネルから雪国へ抜けてくる光景の美しさを描いた方が良いと、大胆にもそう判断したのは良かったと思う。